~Esthétique incompatible <相容れぬ美学> 瀬玲とパーシィ①~
瀬玲とパーシィ。
相まみえた時から、二人のぶつかり合いは既に始まっていた。
パーシィが自慢のフットワークで飛び掛かっては紫燐光を撒き散らし。
瀬玲がそれを跳ねて躱して距離を取り、魔剣を向けて反撃する。
二人の攻防はもはや場所すら選ばず駆け飛び回る程に激しい。
全く戦闘スタイルの異なる二人。
しかし近接戦における戦いは、やはりパーシィの方が一つ上か。
武装は両腕に備えた打旋棍型魔剣だけと、実にシンプル。
防具も作務衣にも似た長袖ジャケットで、魔装ではなさそうだ。
とはいえその動きは実にトリッキーだ。
突いて、叩いて、振り回し。
その上で脚も頭も見境なく武器として奮い、回り込み、絶え間なく隙を狙い続ける。
まるでその動きは心輝の戦術とうり二つ。
強いて言うなら炎による空中機動が出来ない分、地上滑走だけで成し得ているという所か。
まるで体操選手の様に跳ねては回り込み。
鋭い閃光の様に大地を駆け巡っては打ち込み。
隙を見つければラッシュで畳みかける。
それでいて当然遠慮は無い。
容赦無く隙を狙うその姿はまるで格闘家そのもの。
ただひたすらストイックに、敵を討ち倒す為だけに全力を奮う闘士の姿である。
もちろん優雅さも忘れない。
彼が女性らしさを持つ上で必要な美観を損なわない為に。
「あっははァ!! さっきの威勢はどぉしたのかしらぁん!?」
対して瀬玲は、防戦一方だ。
そもそも瀬玲は近接戦闘が得意という訳ではない。
元々の戦闘スタイルが遠距離支援であり、そのスタンスは今も変わらないから。
血沸き肉躍る戦いを求め、格闘戦訓練も嗜んではいるだろう。
ただその基礎的能力は言う程高くは無く、専ら『気合い』でカバーしているのが現状だ。
それもパーシィの様な生半可ではない相手を前にすれば、不利は否めない。
しかも今回、瀬玲は新型魔剣を持ってきている。
それはまるで片手刀と大型盾の様相で。
実際にそれを盾にして防ぎ、携帯刀で反撃しているのだ。
実はこの戦闘スタイルは、瀬玲にとっては初の試みとなる。
そう、その戦闘経験はほぼ皆無。
素人にも近い戦闘スタイルでパーシィとやりあってるのだ。
不利にならない訳も無い。
「チッ!!」
「まるで素人じゃない!! 盾も剣も使い方がまるでなってないわぁ!!」
それでも攻撃が見えていない訳では無いから。
辛うじて盾で防ぎ、四方八方から襲い来る攻撃に対応する事が出来ている。
でもそれだけでは、相手を倒す事など出来ない。
かといって魔剣から矢弾を撃ち放っても、素早いパーシィは捉えられない。
弓型魔剣の四つ穴からは絶えず細い矢弾が放たれているのだが。
キュキュンッ!! キュウンッ!!
だがいずれも速度こそあれど威力は乏しい。
パーシィが容易に弾ける程に。
以前使っていた【カッデレータ】の矢弾と比べるとずっと弱いのだ。
「これならぁ!! 前使ってた魔剣の方がずっと楽しめるじゃなあいッ!?」
しかしそんな攻撃も、限界を超えた魔剣使いを前にすればただの小細工にしかならない。
撃ち放たれた矢弾を弾き切り、パーシィの強引な刺突が瀬玲を襲う。
ガゴォッ!!!
「ううっ!?」
強烈な打撃が盾弓を叩き上げたのだ。
そうもなれば、無防備な瀬玲の姿が途端に露わとなるのは当然の事。
「はぁい、隙 だ ら け!!」
そしてそれを逃がすパーシィでは無い。
こじ開けられた隙間を縫うかの様に、鋭い蹴りが瀬玲の腹部を撃ち抜いた。
「ガハッ!?」
たちまち軽い体が景色の先へと跳ね跳んでいく。
それだけの威力が今の一撃には乗っていたのである。
「終わらないわよぉ!! 徹底的にや ら な い とぉ、デュラン様に怒られちゃうぅ!!」
それでもパーシィは止まらない。
跳ね跳ぶ瀬玲を追い掛ける為に、その逞しい足で大地を蹴る。
その顔に猛り悦ぶ笑みを浮かばせながら。
そう、彼は楽しんでいるのだ。
この攻防を。
この様な戦いこそが彼の本望であり、生き様。
それは戦いに塗れた『あちら側』で生まれ育ったからこそ。
相手が魔者であろうと人間であろうと関係は無い。
生きる為に戦い、殺す事に馴れ続けてきたが故に。
その末に戦いそのものの意味を見出した生粋の戦士なのである。
その性格を除いては。
「私は愛に生きる戦士!! デュラン様の為に戦い、相手を殺し、そして悦んでもらう為のッ!!」
「はぁ!? キッショ!!」
倒れる事も無く体勢を整える瀬玲。
そんな彼女に浴びせられたのは、パーシィの性格が故の台詞。
それに瀬玲が反応しない訳が無かったのだ。
恋愛観に関しては、異常なまでの潔癖感を意識する瀬玲だからこそ。
嫌悪感を露わにする瀬玲だが、そんな中でも攻撃が止む事は無い。
再びの打突ラッシュが襲い掛かったのだ。
「ふざけッ!?」
それも跳ね退けながら盾で防ぎ、事無きを得るが。
さすがの【アーディマス】製とあって傷一つ付いてはいない。
でもこのままではジリ貧だ。
例え武装が保ったとしても、彼女の限界が訪れるだろう。
それをわかっているのか、瀬玲の表情も優れない。
「このままでは負ける」という不安を拭えないからこそ。
反撃の糸口さえ見つからないこの現状で。
「なんならアンタにもデュラン様とアタシの愛を見せつけてあげてもいいわよぉ!? た だ し、五体満足じゃない状態でねぇ!!」
「あァ!? そういうの大っ嫌いだからやめて欲しいんだけどッ!!」
しかもその中で始まったのは舌戦。
まるで煽るかの様なパーシィののろけ話が始まっていて。
その異様な語りは、瀬玲の嫌悪感が過去最悪なまでに膨れ上がる程。
でももしかしたらパーシィはそれさえも狙っているのかもしれない。
感情を揺らがせる事もまた戦いに置いて基本だから。
そうして隙を作り、突いて倒す、それが真の戦士たるもの。
そこに卑怯という言葉は存在しない。
これは生と死を掛けた戦いなのだから。
スポーツとは訳が違うのだから。
「わかってないわねぇ!! 愛というものは万物を超えるのよッ!! 世界も体も性別も何もかもが無意味なのよおん!!」
ただしこれがブラフでは無く本気で言っている可能性も否めないが。
瀬玲は至極真っ当な恋愛観を持っている女性だ。
愛に飢えている事には変わり無いが、その方向性は極めて人間的。
男を愛し、男に愛されたい、女性としての心を持つ一般的な女性なのだ。
それもフララジカを機にこうして拗れに拗れ、今では美観だけにしか靡かなくなったが。
そんな瀬玲が最も嫌悪するのが同性愛。
もちろんこれは決して悪という意味合いではないが。
一般的に見れば受け入れられつつある風潮で。
だからこそ否定している訳でもなし、仕方ないという事も認識していて。
ただ、それでも許せない事は当然ある。
その行為を大々的に見せつけられる事が堪らなく嫌いなのだ。
昨今でサブカルチャーなどでもその行為がやたらと取り上げられつつある。
アニメや漫画など、時にはドラマでも、もはやあらゆる場所で目に付く様になっていて。
そこで意図せず突如として見せられれば、嫌いな本人としては当然憤慨モノであろう。
だからBLやGLといった類のモノを非常に敵視している。
目立ち過ぎる様になったが故に、その感情は醸成され続けたのだ。
そして今、否が応にもそれを見せつけられて嫌がらないはずが無い。
それでももし美男美女ならまだギリギリ許せるが、相手は如何にも厳ついオッサンで。
その上ピンクの髪に無精髭ヅラ。
全てにおいて嫌悪の対象。
会話する事さえ吐き気を催す程に。
「さぁー!! そんな私達の愛を育む為の木馬になってちょうだぁい!!」
「死ねッ!! いいから黙って死ねッ!!」
相容れない二人の攻防はなお続く。
一方的な戦いであろうとも関係無く。
互いの美観を賭けた戦いはそう簡単には済みそうも無さそうだ。