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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十六節「謀略回生 ぶつかり合う力 天と天が繋がる時」
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~Talent et apparence <才能と容姿> イシュライトと崔①~

 イシュライトと(サイ)懍藍(リェンラン)

 二人の拳法家が拳を交えながら大地を駆ける。

 だが既にその応酬は、もはや普通の拳法家では成し得ない動きに発展していた。


 大地を一蹴りすれば、たったそれだけで数十メートル先に跳ね。

 拳を一振りすれば、砂塵が激しく舞い散り弾け飛ぶ。


 それを成すにも何の躊躇は無い。

 相手が倒れるまで、加減する事無く打ち込み続けるだけだ。


 それを容易に成せるのが魔剣使い―――


 いや、敢えて呼ぶなら魔拳法家と言った所か。




 そんな二人の応酬―――押しているのはあのサイの方だ。


 


指裂(リェジー)!! 爪襲(ジャオシー)!! 崩天蹴(ボテンチュウ)!! ホォウッッッ!!」


 息も止まらぬ連続攻撃の嵐。

 それも拳だけではない。

 指が、爪が、つま先が、体の至る箇所全てが彼の武器。

 何に置いても無駄なく卒なく、全てを攻撃に繋げて隙が無い。


 それも全てがしなやかに。

 見せるはまるで艶女の如き柔らかな動き。

 それでいて、撃ち込まれる節々は当たる直前にだけ鋭さを帯びる。


 その威力、まるで鋭利な刃物。

 防いでいるはずのイシュライトの表皮を容赦無く削り取っていく。


 しかもその全ての拳撃は決して魔剣の力では無い。

 腕にこそ腕甲を取り付けているが、一切光は放っていないのだ。


 それはただの小手調べか、それとも必要としないだけか。


 だがそれでも激しい攻撃を繰り出し続けている事には変わりない。

 あのイシュライトに防戦を強いる程の連続攻撃を。


「フゥゥゥゥンッッッ!!」


「クッ!?」


 そしてその末に放たれたのは、腕が丸ごと杭になったかの様な激しく鋭い指突き。

 そこから体現される威力はもはや受けずともわかる程に破壊的。


 故にイシュライトは―――跳ね退いていた。


ザザッ……


 しかし、その攻防もようやく終わりを告げる。

 二人が距離を離した事で、再び機会を探る必要があったからである。


 互いに迂闊には跳び込まない慎重派。

 隙が見えない限り、ただ間合いを詰めるなど以ての外だ。

 少なくとも、互いに実力を見せ合った今ならば。


「さすがだねぇ。 イシュライトとか言ったっけ。 きっと僕の事を拳法家だと聴いて会いに来てくれたんだろう? あの人(リデル)、そこまで喋る様な人には思えなかったんだけど―――ある意味で言えば嬉しい事してくれたよ」


 ただこうして一度口を開けば、声が自然と先程の拳の様に溢れ出ていく。


 イシュライトは魔特隊の第一部隊メンバーとして二年間従事してきた実績がある。

 魔剣を持たない魔者の拳法家というデータと共に。

 もちろん、数こそ少ないが戦闘の動画も。


 だからサイもイシュライトの事をそこから知って、こうして狙っていたのだろう。

 己の武術道の礎とする為に。


「どちらかと言えば拳法家というより、貴方が最強を目指していると聞いて。 奇遇ですね、私も最強を目指している身でしてね」


 対するイシュライトも比較的余裕だ。

 何事も無かったかの様にいつもの澄まし顔を見せつける。

 拳の甲や表皮に痛々しい削り跡を残し、鮮血が滴り落ちているにも拘らず。


 しまいには両足を広げて腕を背後に回す、【手無し】の様子すら見せつけていて。


 これはイ・ドゥールにおける、相手への敬意の一つ。

 強き者に対して言葉を交わす時には拳を見せず、腹を晒すという文化である。


「へぇー!! それは奇遇だねぇ!! いいよね最強。 僕はずっと昔から憧れていたんだぁ!!」


 そんな文化の事を知ってか知らずか、サイの口はどうにも止まらない。

 まるで話のわかる相手に語りたくてしょうがなかったのではないかと思える程に。

 類は友を呼ぶ―――そんなシチュエーションを望んでいたかの様に。


 そうして見せる表情は跳ねるかの如く、実に嬉しそう。


「だからちょっと鍛えて、大人に見せて、殺してみたんだけどさぁ……現代はダメだね、死に縛られ過ぎて生きるっていう事を忘れてる気がしてならなかったよ」


「貴方の逸話は聴いていますよ。 でも私にとっては普通の事ですから、皆が言う様な偏見は何もありませんでしたがね」


 しかもイシュライトがこんな事を宣ってしまえば調子に乗るのも当然か。

 しまいには両人差し指を向け、「おぉっとぉ!?」と嬉しそうにニヤける姿が。


 そう、イシュライトにしてみれば、相手を殺すなど普通の事なのだ。


 拳を極めるイ・ドゥールの戦士において、拳を受けて死ぬ事はむしろ誉れ。

 己の及ばぬ力量で相手の血肉になるならば、という自己犠牲を基とした精神が根付いているから。

 だから修行中において例え相手を殺す事になろうとも、誰にも責められる事は無い。

 殺した相手の意思を受け継ぎ、強くなる為の糧として成長に繋げるのである。


 勝利こそ自信。

 死こそ成長。


 それがイ・ドゥールの戦士が持つ当たり前の概念。


 だからサイの言う事には充分理解出来るし、こうして話も合う。

 拳も蹴りも、二人は遠慮なく撃ち込み合えるという訳だ。


「話がわかる人で良かったよ。 これなら遠慮なく打ち込めるってもんだね」


「ええ。 続きが楽しみでなりません」


「―――ただその前に、僕の愚痴を少し聞いてもらえないかな? デュラン達にはなかなか打ち明けられなくてねぇ」


 ただこんな明るそうな性格でも向き不向きはあるみたいで。

 どうやらサイはそれ程デュラン達には打ち解けていない様子。




 サイはこの通り、相手を殺す事になんの躊躇も見せない人間だ。

 現代的倫理から大きく外れ過ぎている存在だと言える。


 しかしあのデュラン達は違う。

 ピューリーならともかく、どちらかと言えば人間らしい人物の方が多い訳で。

 デュランがその代表とも言える存在だ。


 だからこそ、この様に語るにも遠慮してしまうのだろう。




 もちろんイシュライトがそんな理屈など知るはずも無いが。

 とはいえ、彼もまた語りを遮る理由も無かったからこそ頷きで返す。


 そうもなればサイが喜びを見せるのは当然か。

 空かさず指を鳴らし、「やったね!」とはしゃぐ姿を見せつけていて。


「僕の名は祖国では女の名前っぽくてね、加えてこの容姿さ。 昔から女の子みたいだって揶揄われたもんさ。 ま、そんな奴等片っ端から潰してやったけどね。 幸い、容姿以外は男よりもずっと強かったから困らなかったけども」


 対してイシュライトには話が合うという事もあって、もはや遠慮無しだ。

 そうして語り始められたのは―――何故か出生からの話。


 サイは自分で言う通りの美男子系、あるいは女性感の強い小顔の面影を有していて。

 僅かに丸めで低い顎のラインと、それでいて首までの輪郭は流れる様に伸びている。

 くりっとした眼に一重の瞼はまるで子供の様にも見え、中性感を押し出すかのよう。

 東洋人の持つ独特の幼さが引き立った顔立ちと言えるだろう。


 でも当人は余りそんな顔が気に入ってはいない様だ。


「それでもね、やっぱり体は軽いからさ。 大人相手になるとそうもいかなくなる。 本気で行かないと勝てないじゃあないか。 当たり前の事だけどさ」


 先程見せた体のしなやかさも、彼の身体が比較的細めであるが故か。

 それでも一発一発が重く鋭いのは、それを成せるだけの厳しい修練を乗り越えて来た結果なのだろう。


「だから本気でやる事にしたのさ。 拳を極めるって事に対してね。 どいつもこいつも舐めて来るからさ、本気出すのに躊躇しなくて済んで良かったよ。 そういう奴等、僕は大嫌いだから」


 つまり、彼が語るのは天才なりの苦悩というものだろうか。


 強さを求めて努力し、悩み、次に繋げる。

 そのプロセスは才能の有り無しに拘らず発生するもので。

 その上で強敵相手への立ち回りを学び、対処する。


 でも彼の相手は不幸にも―――武人ならざる相手ばかりだったのだろう。


 もちろん武人たる人物も居たかもしれない。

 しかしそれも微々たるもので、殆どは彼で言う所の〝ファッション拳法家〟ばかり。

 拳法家という面を被った素人の集まりにしか見えなかったのだ。


「でもそんなクソ共に嫌気が差したから、試しにぶっ殺してやったのさ。 これが力だ!って見せつける為にね」


 その結果が例の演説。

 「命を奪える程の()を持たぬ者に武術を扱う資格は無い」という意味を込めての。


「あれは個人的に言わせてもらえば成功だったね。 おかげで僕は殺して殺して殺しまくれる仕事を得られたって訳だ。 人一人殺す度に自分の拳へ純粋な殺意を乗せられる様になってね、嬉しかったなぁ」


 どうやら当人、世界から廃絶された事自体は殆ど気にしていない様子。

 むしろ喜ばしい事だったから。


 その志を得たからこそ、彼は殺人の免罪符を手に入れた。

 殺す事に一切の躊躇いを必要としなくなったのだ。

 全ては拳を鍛える為に―――その為ならば喜んで血を撒き散らすつもりなのだろう。




 だがそんな語りが続いた時、突如としてこの場の空気が変わる。




 サイの眼がイシュライトに鋭く向けられたのである。


「でもね、許せなかったのはその後さ。 フララジカってのに出くわして、魔者って奴に遭った訳さ。 そこで知ったよ。 僕の力が如何に非力だったのかって事をね」


 きっとこのサイの事だ。

 魔者に遭遇した時、勢いのままに戦いを挑んだのだろう。


 そして、負けたのだろう。


 例え如何な拳法家と言えど、命力が無ければ攻撃は通らない。

 無敵だと思っていた拳法がたったそれだけで敗北したのだ、悔しくもなろう。


「絶望だったさ。 あれほど死ぬのが怖かったのは初めてだったよ……! 何しても、どうしても勝てないんだ。 その上であんな絶望を植え付けて……!! あの時から僕は魔者という存在が憎くて憎くてしょうがない。 命力っていうからくりを知った今でもさ。 生まれだけで肉体的優先性を持った君達がッ!!」


 サイは武術の才能こそあれど、体格に恵まれなかった。

 だからそれだけで充分コンプレックスになっていたのだ。


 それ故に、魔者という()()()()存在が何よりも許せない。


 ……サイには魔者がそう見えていたのだ。

 羨望の存在として、飛び抜けた目上の存在として。


「だからねイシュライト……僕は君を最強にさせるつもりはないよ。 僕が! 今ここで! 君を殺す!! 魔者は全て殺す!! デュランも藤咲勇も僕が殺す!! そして僕が真の最強になるッ!! それが僕の目指す最強の形なんだあッ!!」


 そう言い放ちきった時、サイはこれ以上に無い光悦した笑みを浮かべていた。

 その姿こそまるで本当の女性の様な艶やかな笑みを。

 スポットライトと花吹雪があればあたかも映えそうな、輝かしい笑みを。


 きっとこう叫びたかったのだろう。

 ずっとこう言い切りたかったのだろう。


 しかも、宿敵とも言える魔者相手に。

 その代表とも言えるイシュライト相手に。


 それが叶った今、もうサイは充分に満足しきった様だ。

 そうなれば続くのは当然―――


「じゃあそういう訳で続きを始めるとしようか。 君を完膚なきまでに叩き潰して、僕は先に行くとするよ」


 そんなサイを前に、ずっとイシュライトは黙ったまま。

 今の一言に合わせ、再び拳を前へと差し向けるのみ。




 二人の戦士が再び相まみえる。

 互いの想いを拳に乗せて。


 例え、その想いが如何に歪んでいようとも関係無く。




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