~Menteur <嘘つき>~
リデルからの情報提供も済み、勇と茶奈の騒動も落ち着きを見せ。
後は得た情報から今後の詳細な作戦を詰めていくだけだ。
という事もあって本日の会議は終了。
仲間達も「今出来る事を」と出口へ向かいだす。
しかしそんな時、今までずっと静かだったあの男が突如動きを見せた。
「皆さん、少し待ってもらって宜しいでしょうか?」
終わりだと思っていたのも柄の間の声が聴こえ。
それに気付いた勇達がふと振り向けば。
そんな彼等の視線の先には―――福留の姿が。
「どうしたんですか? もしかして……話しきれていない事があったんじゃ」
「あぁ、いえいえ、そういう訳では無いのですがね」
突然の福留の呼び声に、勇達も不安を抱いた様子。
もう福留に不甲斐ない所を見せたくないと思っているだけに。
でも福留は手を左右に振りながら微笑みを浮かべていて。
これには勇達もホッと一安心である。
「今のお話で少し気になった事がありましてねぇ。 それで忘れない内に詰めておきたいと思ったのです」
やはりそこは先人の知恵か。
長年の経験が何かを気付かせた様で。
〝きっと福留の事だ。 何かしら思う事があるに違いない〟と、皆が再び管制室の中央へと集まっていく。
もちろん、ディックに付いたリデルも一緒に。
「終わった所を申し訳ありません。 それでですね、気になったというのが……先程のリデルさんのお話を聞いている中で気付いた事なのです」
「私の情報で何か不備がありましたか?」
「いえ、素晴らしい情報だと思います。 気になったのは情報というよりも―――」
そんな時、福留が「ふぅむ」とちょっと声を唸らせて顎を取る。
勇が「おや?」と思う中で。
その仕草を見せるのは大抵、福留が何か策謀を巡らせている時だ。
彼の事を見本としてよく見て来た勇だからこそ気付ける些細なもので。
それが勇にも不安と疑念を抱かせる事となる。
「ええ、相手の戦力を教えて頂いたのはとても有益と言えるでしょう。 居場所も当然の事ながら。 きっとアルクトゥーンなら奇襲も訳無いでしょうし、情報通りならこのまま快進撃を加える事で難なく作戦を遂行出来るでしょうねぇ」
福留が「ウンウン」と頷きながらにこやかに語る。
その姿を前に、リデルもどこか嬉しげだ。
だが、突如としてその笑みは消える事となる。
「それで……リデルさんはいつ、本当の事を話していただけるのでしょうか?」
その一言が放たれた時、場が突如として凍り付く。
そう形容出来るまでの静けさが包み込んだのだ。
不安を感じていた勇も。
周囲の仲間達も。
当事者であるリデルも。
今の一言は、息を付く事すら忘れてしまう程に衝撃的だったのである。
「何をおっしゃるんですか。 私が嘘を付く理由なんて―――」
「えぇ、えぇ、そうですね。 リデルさんが嘘を付く理由なんて皆目見当も付きませんし、さすがの私も初対面の方の嘘を見抜く事なんて到底出来ません」
そんな福留がこうして何もわからないと言う。
普通の人なら「何の冗談だ」と鼻で笑う事もあるだろう。
でもこの場に居る者達は違う。
福留がこんな所で冗談を言う人間ではないという事を、誰しもが知っている。
ここ一番の所で機転を利かせてくれる人物だという事も知っている。
だからこそ、その結論が導き出されるまで待っていたのだ。
だからこそ、凍り付いた様に黙っていたのだ。
その先に見える真実を知る為に。
「―――ですがね、貴女の嘘に気付いた方を察する事は出来るのですよ?」
そう言われた時、リデルが咄嗟に振り向く。
最も「嘘」に気付く可能性を秘めた人物へと。
そう、ディックである。
遂には仲間達の視線まで集めていて。
槍玉に挙げられたディックとしては、眉間をポリポリと掻き毟り、どうにも気まずそう。
「あー……すまんリデル。 実はな、お前の嘘は……結構わかり易いんだ」
「えっ……」
長く一緒に暮らしてきたから?
それとも彼女の癖がそれだけ単調だったから?
いや、どちらも違う。
それと言うのも、ディックだからこそわかる癖がリデルにはあったからだ。
「お前は何かを語る時、俺を事をよく見て来る癖があるんだよ。 そんな時大抵、俺の目を見て来るんだが……嘘を付く時はな、俺の鼻頭を見ているのさ」
「あ……」
そうして見せたのは、自身の鼻を指で突く素振り。
この告白を前に、リデルが思わず声を詰まらせる。
わかり易そうな癖だが、実はそうでもない。
こうしてわかったのは、ディックが狙撃手として卓越しているからこそ。
相手の視線がどこを向いているのかが一目で読み取れるから。
リューシィが自分の眉間を狙っていた事に気付いたのと同様に。
もちろんこの癖は無意識の内なのだろう。
ディックを見るという行為も、恐らく彼女が潜在的に不安を抱いていて。
ディックという存在が支えになっているからこそ、彼を見る事で自信に繋げていたのだ。
そして目を見るというのは、彼の同意を求めるが故に。
でも嘘を付く時は、彼の同意など必要無い。
それどころか見透かされない様にと敢えて視線を少し外した、という訳である。
「……でもお前が嘘を付く理由はわからない。 だから俺は信じようと思ったんだ。 きっとこれはなんて事の無い嘘で、行き着く先は俺達と一緒なんだってな」
例え嘘を付いていても。
例えそれを隠そうとしていても。
ディックはリデルの事を愛していて、信じている。
彼女が今でもあの家に居てくれた事を感謝している。
だからディックはリデルの嘘に付き合ったのだ。
彼女が自分達を貶める様な事はしないと信じていたから。
「えぇ、そうであるに越した事は無いでしょう。 ちょっとした些細な嘘であれば平気です。 ですが、もし戦いの根幹に関わる嘘ならば見逃す訳にはいきません」
ただその信じる信じないはあくまでも夫婦間の事で。
勇達はこれから激戦地に向かう事となる。
それを間違った嘘で塗り固めた情報で送り出せば、それは間違いなく彼等の足枷となるだろう。
敵の実力がもし拮抗したモノならば、その嘘こそが敗因とさえなりうるかもしれない。
その可能性が芽生えてしまった今、放置しておく訳にはいかないのだ。
「ですから話して頂けませんか? 貴方の知る真実を。 嘘偽りの無い情報を。 今の疑念をも覆せる本質をねぇ」
今まで、勇達はリデルの事を信用して話を聞いて来た。
嘘偽りの無い、共通の敵を持った者同士として。
でも疑念が生まれた今、彼女の言葉はもう真っ直ぐに受け入れられはしない。
この場には心の色を見れる者が何人も居る。
それ故に、嘘を付けばすぐにバレるだろう。
だからもう言い逃れは出来ない。
もう嘘は付けない。
皆の視線が集まる中、不安を抱いたリデルの視線が再びディックへと向けられる。
でももうディックも彼女を庇う事は出来ない。
ディックもまた戦場に立つ身だからこそ、他人事ではないのだ。
だがその時、誰しもが思いもしない行動を目の当たりにする事となる。
「フッ……フフッ……フフフフッ」
リデルは……笑っていたのだ。
戸惑う訳でも無く。
怯える訳でも無く。
「フフ、アッハハハハハ!!!!」
皆が驚き慄く中で。
高らかと―――大笑いしていたのである。




