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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十五節 「消失の大地 革新の地にて 相反する二つの意思」
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~彼はよく頑張りました。褒めてあげたいくらいに~

 フランスの北東にあるオランダ・ドイツが面する北海。

 その二国の境目とも言える沖上空にアルクトゥーンは駐留していた。


 そんな場所に次々と隊員達が帰還を果たしていく。

 襲撃者達の僅かな情報をその手に持って。




「全く冗談じゃないわ。 あんだけ強烈なの初めてよ」


 こうして帰還を果たした仲間達が集められたのは、休憩する為に急遽設けられた休憩所。

 空いている格納庫を丸ごと一つ使用したもので、寝心地の良いソファーがズラリと並べられている。


 瀬玲がその一つにドカリと座り込み、気怠そうに背もたれへと寄り掛かる姿が。


 それも当然か。

 あれだけの逃走劇を繰り広げて疲れない訳も無く。

 おまけに余計な荷物もぶら下がっていればなおの事。

 その結果齎されたのは四肢の疲労感。

 長時間、極限下での全力で糸を引き続け、全身の筋肉が緩みっぱなしだ。


 そのまま寝てしまいそうなまでの脱力で肩もだらりと下がっていて。

 書記として訪れた笠本が心配して肩を揉み始めるくらいである。


「特に最後のはホントヤバかったな。 茶奈が居なきゃどうにかなってたかもしんねぇ」


 心輝も身体の疲れは無くとも精神面での疲労は隠せず。

 ようやく帰って来た来た事でホッと一安心の様子。


 しかしその場に当の茶奈の姿は無い。

 これには帰還者を迎える様に訪れたカプロも首を傾げていて。


「んで茶奈さんはどこッスかね?」


「あぁ、今は医務室だよ」


「えっ……」


 そうさりげなく伝えられた言葉がカプロの驚きを誘う。


 エクィオが放ったソウルフルブラスターは決して生半可な攻撃では無かった。

 それこそ瀬玲や心輝が今までに体験した事も無い様な一撃だったからこそ。


 それだけの威力を前に、茶奈も無事では済まされなかったのである。


「とはいえ、ただちょっと怪我しただけみたいだけどな」


 確かに貫ききる事は出来なかっただろう。

 だがあの攻撃は超濃度の命力鎧を確かに貫いたのだ。

 そうして出来た傷は茶奈に流血を伴わせるほど。


 なお診断の結果は左腕に一部火傷、及び右手の甲に裂傷といった具合で。

 決して深くは無いが、茶奈自身も驚きを隠せなかったそうな。


「フルクラスタ抜けるくらいなんだから相当だって事よね。 正直相対したくない相手だわ」


 何せグランディーヴァ随一の防御力を誇る茶奈に一手を加えた相手なのだ。

 瀬玲だけではなく他のメンツまでもが嫌がる様に首を振る。

 もちろん冗談半分、雑談の間だからこその本音であるが。


「ほんでも、そんな攻撃防いじゃったら(やっこ)さんの方も自信喪失なんじゃないかねぇ」


「ま、それはあるかもね」


 そんな瀬玲の愚痴に付き合うのはディック。

 彼もまた勇の天力転送によって素早い帰還を果たしていて。


 なおリデルは現在、彼の自室で就寝中。

 あれ程の騒動直後に突如アルクトゥーン内への移動ともあって、現実を掴みきれず気を失ったそうな。

 とりあえずの事情もあるという事で、今は一時的に制限区画内での滞在を許される事に。


「こっちの刺客も相当だったねぇ。 あのユウさんが押された時にゃあホントどうしようかと」


 ディックが言う程ではないが、パーシィとシスターキャロの実力はそう形容する程に強力だった。

 仲がいいのか悪いのかよくわからない二人のコンビネーションは絶妙で。

 勇の隙を狙う行動はまさに息のあった物。

 精密作業の様にそれぞれが役割を果たしていたのだから。


 もし【菱輝星キュリクス】が無ければディックとリデルは。

 最悪の場合、勇もが帰ってくる事は無かっただろう。


「しっかしカプロ氏の造った【キュリクス】は大したもんだねぇ。 まさか天士サマの攻撃も防げるなんてさ」


「うぴぴ、そいつはガチのマジで造った渾身作ッス。 命力が切れない限り絶対防御は保証するッスよ」


 あれだけの大渦の中でも耐えきれる程の防御力を誇っているのだ、相当に手が込んでいるのだろう。

 どうやら【キュリクス】の防御性能は堅いだけでなく、事象に対する反転効果も搭載されている様だ。

 そうでなければ真っ先に飛ばされていたのは間違いなく彼等なのだから。


「じゃあそれ量産すれば無敵の軍団が出来るんじゃね? 俺の新型魔剣にも搭載してくれよ」


「そんなん造ってる暇なんかねーッスよ。 基板一枚の完成にどんだけの期間と労力と資材費と研究費掛けたと思ってるんスか。 魔剣一基を円で換算したら五百億くらいッスよ。 あ、ディックさん、【キュリクス】壊したら承知しないんでよろしく頼むッス」


「お、おう……」


 つまりそれだけの価値がこの玩具の様な菱形ブレスレットには篭められているという事。

 いくら仲間内とはいえプライスレスとはいかないビックリ価格である。


 それを初めて聞かされたディックとしては、もはや付けているだけで戦々恐々だ。


 何でも、【キュリクス】そのものの開発は相当前から行われていたそうな。

 魔特隊時代からずっと研究は行われていて、当初の予定は腕甲レベルの大きさ。

 当初の目標は勇が持つ為の魔甲発展形、その究極体である。

 それも【エテルコン】の存在が判明した事によって急激に開発が進み、今こうしてブレスレットレベルにまで抑え込めたのだとか。


 ちなみにこの事は勇も福留から聞かされて知っている。

 さすがの勇もその価値を前には相当ビビった模様。

 だから逃げる時も、この魔剣だけはと心配した訳で。


「そんなのあるならボクも欲しかった。 あのコの攻撃ほんと痛かったヨ」


「アンタ人の話聞いてるッスか?」


 そう口を挟むのは、ソファーに埋まる様に寝転がったナターシャ。

 リヨンに赴く前には嬉々としていたものなのだが―――


「ボクもうあの街嫌い。 筋肉怖いし、あのコも怖いし、あの人ももう嫌だ」


 今となってはこうして不貞腐れ、背もたれへ顔をくっつける様に背を向けていて。

 このまま座席と背もたれの隙間に体ごと埋まっていきそうな勢いだ。


 獅堂に至ってはもはや名前すら口にしたくないのだろう。

 あれだけの事をして見せられれば仕方の無い事か。


 街が嫌いになった理由としては余りにも理不尽なものであるが。


「ボクは今日の出来事でオトナという存在になりたくないっていう確固たる意志をもったよ。 人生はそれが全てじゃないんだとね」


「嬢ちゃん一体何があったのさ……」


 しかも口ぶりがやけに哲学的だ。

 まるで人が変わったかの様に。

 これでは敵の情報を引き出す事さえもままならないだろう。


 とはいえ―――

 彼女の口から引き出さなくとも、()()が語らずともその姿で教えてくれる。


 そんな彼女の前に置かれていたのは―――【エスカルオール・アルイェン】


 ただ既にその両刀身は崩れ、命力珠も光を失って燻っている。

 もう既にこの魔剣は死んでいるのだ。 


 ピューリーが打ち放っていたのはフルクラスタ化した拳による連続打撃。

 それに対して圧倒的に命力値で劣り、しかも強度的に弱い魔剣で防げばこうなるのも必然だった。


 相手の度重なる攻撃によって深く傷付き。

 逃げる為に必死に撃ち放った全力のエリアルブラストが更に状態を悪化させ。

 おまけに以前デュゼローとの戦いで一度死に掛けていた魔剣という事もあって。


 全ての事象が重なった結果―――

 今こうして亜月の形見である【エスカルオール】は皆の前で息を引き取ったのである。


「……ごめんね」


 その事に皆が注目していたのを悟ってか、ナターシャから謝罪の声が小さく漏れる。

 こうして蹲っているのは、皆に思い出のある魔剣を壊してしまった事で顔見せ出来ないという理由もあるのだろう。

 

「ま、しゃねッス。 この魔剣ももう限界だったんスよ」


「そうね、今日まで頑張ってくれた事に感謝しなきゃね」


 でも、そんな彼女の背後では首を揃えて横に振る仲間達の姿が。


 以前ナターシャにこの魔剣を託した瀬玲は当時「大事に使ってね」と念を押していて。

 でもこうしてナターシャを生かして帰すという役目を果たして逝ったから。

 それだけで十分だったのだ。


 ナターシャは皆のそんな想いに応える様に、ソファーで蹲りながらも小さく俯いて見せていた。


「だとすると代替品を考えなきゃなんねッスが、決戦までに復元はキツいッスね」

 

 ただ、こうして失われて浮上する問題はと言えば、代わりに奮う魔剣の事である。


 現状、決戦までの猶予期間はグランディーヴァには残されていない。

 勇達が得たのは些細ではあるがとても重要な情報で。

 その情報も時が経てば現実との整合性にズレが生じて価値を失ってしまう。

 それどころか、相手がそれ以上の手を講じてきた場合にはギャップによって不利にさえ陥る事も。

 そのため決戦までには相応の時間しか無く、今さら新作武器を造るにはいささか時間が足りない。


 とはいえ、彼女の力を良く知る仲間の誰しもが不安を抱きはしなかった様だ。


「大丈夫でしょ。 今のナッティなら()()も使いこなせるだろうし」


 何故なら、ナターシャの持つ魔剣は【エスカルオール】だけではないのだから。

 むしろ本懐とも言えるあの二対の魔剣がある。


 【レイデッター】と【ウェイグル】……かつてアンディと兄妹で使っていた魔剣が。


 飛行能力こそ無いが、かの魔剣は性能ならば実の所【エスカルオール】よりもずっと上。

 使用者の力を、限界を超えて引き出す恐るべき力を誇る魔剣だからこそ。

 見た目は変哲も無い地味な魔剣なのだが、その能力はカプロが手を加える事を躊躇する程に強力なのである。


 つまり当面、武器の心配は無し。

 だとした時、次に必要となるものがあるとすれば―――


「んじゃ詳細はもうすぐ帰ってくる獅堂さんに聞くとしますかねぇ」


 そう、【エスカルオール】をここまで傷付けた原因だ。


 ナターシャはこんな調子で語るにも少し頼りない状態で。

 そうなれば後は獅堂の持つ情報が頼りという事になる。


 ただ獅堂はナターシャが置いてけぼりにしたという事もあって、実はまだ帰ってきていない。


 元々リヨン組の二人は密かに侵入したイシュライトと合流してから逃げる算段で。

 気配を完全に消す事が出来る彼なら囮としても優秀、実力も申し分無く、一人での逃走さえ可能だ。

 リヨン組は他と比べて能力が低かった事もあってバックアップを充てられていたという訳である。


「―――そう簡単にいけば良いのですがね」


「ッ!? イシュ、帰ってたの!?」


 そんな折、なんと憩い部屋の入り口にそのイシュライトの姿が。

 しかしその表情はどこか浮かない。

 目を逸らし、まるで何かを伏せているかの様で。


「ええ、今しがたユウ殿と共に」


 肝心の勇がこの場に居なかったのは詰まる所、獅堂とイシュライト回収のため。

 獅堂が重傷を負った事がイシュライトから伝えられ、急遽出っ張っていたのだ。


 だが―――


「ですが彼は―――今医務室に担ぎ込まれ、勇殿とマヴォ殿が付き添っています」


「アイツッ、何かあったのかよ!?」


「……彼はよく頑張りました。 褒めてあげたいくらいに」


「「「ッ!?」」」


 そのイシュライトのしんみりとした態度が彼等に想像以上の事態を予感させる。

 それ程までに彼が見せた表情は悲しみに満ちていて。

 目を細め、食い縛るその姿がまるでやりきれぬ想いを纏っていたのだから。


「マジかよ、アイツ……」


 遂にはただただ無念を噛み締めるかの様に天井を見上げ。

 目を瞑る姿は無念を表すかのよう。


「ええ、彼は―――」




 そうして遂にイシュライトの口から真実が語られる。

 獅堂の顛末、そして今起きている事を。


 そう、獅堂は―――






 今も医務室でピンピンしていた。






「―――いやね、あの筋肉にはほんと参ったよ。 相手が相手なだけにさ。 憎めない相手って居るもんだね」


「それは俺もなんか共感しちゃいそうで逆に怖いな……」


 しかも絶賛、勇達と絡んで会話中である。

 茶奈まで巻き込み、笑い声さえ上げる程に。


 もちろんさっきのイシュライトの態度はただの振りである。

 ちょっとしたお茶目心という奴だ。

 状況が状況なだけに笑えないジョークであるが。


 ちなみに獅堂は逃走中にイシュライトから応急処置を施され、現状は命に別状無し。

 本格的な治療こそ必要としているが、そこはきちんと自己再生能力で悪化を防いでいる。

 会話をしていてもそういった所に意識を回せる器用さが売りの一つでもあるからこそ。


「ただピューリーとかいう少女には気を付けた方がいい。 もしかしたら彼女は茶奈さんと同じアストラルエネマかもしれない」


「「「えっ!?」」」


 もちろんそこまでして耐えているのは楽しい会話を交わす為では無く。

 忘れぬ内に重要な情報を勇達へ伝える為。


 獅堂は得た情報がそれ程までに重要だと思ったから。


「あの全身を包む光は間違いなくフルクラスタってやつだ。 それに飛行能力も。 まるで君のコピーみたいな能力を有した子だったよ」


「私のコピー……」


「でも君とは真逆の性格さ。 年端も行かないのに非常に口が悪い。 子供って所は普通だけどね」


「ムゥ、そんな子供までがデュランの手駒なのか。 一体何故そこまで組みするのだ」

 

 ただそんな話も聞けば聞くほど疑問が沸くばかりで。


 その様な少女が戦士として戦う事も今となっては非常識でも何でもない。

 強い力を持ち、有効に動けるならば誰でも武器を取って戦う事が出来るから。

 

 ディックの娘、リューシィの様に。


 ピューリーもまたデュランにその力を必要とされ、仲間として行動しているのだろう。

 理由などそれだけで十分なのだ。

 あれだけの力を持つからこそ、年齢などに関係無く誘われても不思議では無いのだから。


「でも私は、例え子供でも魔剣使いとして暴力を奮っているなら許す事は出来ません」


 そんな中、強い反応を見せたのは―――やはり茶奈。


 自分の持つ力が如何に強力であるかという事は彼女自身が一番よく知っている。

 そしてその力を奮う事の怖さ、相手を傷つける事の怖さも痛さも。


「だからピューリーという子は私が止めます。 同じ力を持っているなら、同じ力で叩き伏せるだけです。 力の誇示ではなく、その力が如何に危険な事かをわからせる為に」


「茶奈……」


 本当はそんな事など望んでいないのだろう。

 〝話で解決すれば一番いい〟……そう思えるのが彼女の在り方だから。


 でもきっと相手は子供で、言っても聞かないだろう。

 加えて茶奈と同等の力を持っているからこそ、生半可な人間では躾ける事さえままならない。

 暴力的な性格故に、反論は全て力でねじ伏せて来るだろうから。


 だから茶奈は決めたのだ。

 例え暴力で解決する事になろうとも、そうしなければならない相手ならば迷う事無く力を奮うと。

 

「わかった。 決戦の際にはその子を頼む」


「はいっ!」


 どうやら決戦に向けた茶奈の心は決まった様だ。


 決して殺す為でも無く、叩き落す為でも無く。

 自分勝手な力を奮う事への楔を打ち込む為に。


 そんな強い意思を見せる彼女を前に、獅堂もどこか満足気だ。

 きっとこれが一番伝えたかった事実なのだろう。

 最も注意するべきと言える話だったからこそ。


「さて、伝えたい事はこれで全部さ……そろそろ寝るとするよ」


 そうもなればもはや起きている理由は無い。

 たちまち獅堂の瞼が急激に落ち始めていて。


「ああ、今はゆっくり休んでくれ。 デュランとの戦いは出なくていいからさ」


「はは、ありがたいね……彼等にはどうにも……勝てる気が―――」


 そう言い切る前に、獅堂の意識はぶつりと途切れる。


 相当無理をしていたのだろう。

 何せ全身骨格の至る所に亀裂や骨折がある状態で。

 応急処置が施されていたとはいえ、相当な痛みを伴っていたはずなのだから。


 今頃イシュライトが瀬玲を呼びに行っているからこそ、大事は無いと言い切れる。

 ただそこまで心配する程の傷を負っていたから、勇は心配でならなかったのだ。 


 獅堂の事もまた紛れも無い仲間だと思っているからこそ―――






 直後、頭にタンコブを腫らしたイシュライトが瀬玲と共に現れ。

 獅堂の体はその日の内にしっかりと治療を施されたのであった。




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