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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十四節 「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」
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~鬼影、去る~

 極秘治安維持部隊【影】。

 日本の裏側で暗躍し、極秘裏に重大案件を解決する為に活動する非公式団体である。

 かつて日本には【影】の様に暗躍する【忍び】と呼ばれる集団が居たとされるが、基本的には無関係。

 設立はおおよそ二十年程前と浅く、活動も言う程活発的では無かった。

 精々表側の人間が出来ぬ様な非合法の調査を行ったりする程度だ。


 それを鷹峰ら日本を想う者達が手を加え、今の形と成る。

 救世同盟を追う役目を担ったのも、単に日本という国を驚異から守る為。


 そんな団体も、統制は決して一枚岩ではない。

 鷹峰も複数いる内の一人の指示者に過ぎず。

 複数からの意見が出れば【影】内部の指揮系統が裁量を下し、行動に移すという事になる。


 つまり今回の騒動はいわゆる強硬派の手によるもの。

 グランディーヴァに頼らず自分達で事を解決しようとする者達の意見が通った結果だったのだ。


 そして行動はこれで終わりではない。

 二手三手先を考えた反アルトラン計画はここからが正念場となる。


 しかし彼等はまだ気付いていない。

 それが如何に無駄な行為であるかを。

 それが如何に愚かしい行為であるかを。


 アルトラン・ネメシスが如何に人知を超えた存在であるかという事を……。






◇◇◇






 小野崎紫織が血塗れの男を連れて帰路を行く。

 人が擦れ違う度に男の凄惨な姿を見て驚き、悲鳴を上げる者も少なくは無かった。

 それでも紫織は表情一つ変える事無く、道を歩き続ける。

 気付いていないのか、それともただ関心が無いだけのか。


 きっと後者なのだろう。

 何故なら〝彼〟は人間社会になど毛ほどの興味も持ち合わせていないのだから。

 興味の無い者達が起こす行動など、視界どころか意識にすら入りはしない。


 体裁だけを繕っていればそれだけで良かったのだ。

 見たままの人らしく。

 それ以上でもそれ以下でも無く。

 うわべだけを飾るだけで。

 世界がこうして一つになろうとしている。

 今はそれをただ眺めているだけで良いのだから。


 何より、先程襲撃された時、迂闊にもアルトランの名を出した者が居た。

 それが彼女に感づかせてしまった様だ。

 アルトランとしての自分を狙おうとする者の存在を。


 それが体裁を整える理由すら失わせた。


「ネメシス……フフ、ネメシス……そうか、【アネメンシー】……クフフ、面白い言葉遊び」


 それは世界を別つ前のネメシスの原型となった名。

 その名が意味するのはアルトランか勇とア・リーヴェしか知らぬ事ではあるが。


「私の事を知るのは……ア・リーヴェか。 では誰と接触……した?」


 無表情のままでブツブツと独り言を並べながら歩く姿はただただ不気味で。

 背後の男の存在が更にそれを助長し、擦れ違う者達に恐怖を与え続けていた。






 紫織が行く先々で騒ぎは起きたが、不思議と警察や救急車両が行く道を塞ぐ事は無かった。

 そのおかげか先程の騒動以降、住むマンションまで歩みを止める様な障害は無く。

 血塗れの男を引き連れたまま、彼女はエレベーターを介して自宅へと足を踏み入れた。


「ただいま……」


 彼女の口から漏れるのは繰り返し作業(ルーチン)と化した挨拶。

 それもここで終わり。


 しかしいつも聞こえるはずの声は返らない。

 彼女に届くのは、いつから付けられたままなのかわからないテレビの音声だけ。

 それも聞こえているのかどうかも定かではない程に関心の一つ向けはしない。


 だが―――そのテレビがあるリビングへと足を踏み入れた時、ふと彼女の歩みが止まった。


『―――グランディーヴァの藤咲勇氏が示して見せたのがまさか宇宙を創った神様とは―――』


 きっと【影】の襲撃さえなければ、この様に大々的に放送されていたとしても気付かなかっただろう。

 現に今まで似た様な報道をされていたにも拘らず、彼女は気付きもしなかった。


 それも今となっては事情も変わり、意識の方向も変わる。


「そう……そういうこと。 彼が天士に目覚めたか……クフフ」


 テレビに映るのは当然、勇の肖像。

 〝彼〟はその姿を珍しく記憶の中に留めていた。


 紫織が……いや、アルトラン・ネメシスが勇と関わったのは一度だけではない。

 ドゥーラとして、また井出として出会い、一度彼の命を救った事すらある。

 その意図こそ読めはしないが、きっとそれも策略の内なのだろう。


 そうであっても、勇が天力に目覚めたという事実に至っては予想外だった様だ。


「何の因果か……あの時助けた子が今、私の障害に……なったのね」


 その顔に浮かぶのは薄ら笑い。

 もはやその表情から感情を読み取るのが困難な程の。

 滲み出る不気味さが彼女の本心を隠すかの様に塗り潰していた。


「私の()()の波動を感じなくなったのも……彼の所為か。 なるほど、ア・リーヴェ……創世の鍵を使ったか……ヒヒッ」


 その時漏れ出た甲高い笑い声は、滅多に出る事の無い感情の形。

 興味を示した時にだけ露わとなる〝彼〟自身の感情だった。


 しかしその笑いも一声に留まり、場に再び静寂が訪れる。

 テレビから発せられる籠った小さな音だけが、ただ静かに。


 すると紫織は突如として「くるり」と振り返った。

 その先、リビング隣にあるのは両親の寝室―――だった場所。


「さぁ……貴方も一つに……なりなさい」


 そっと腕を上げ、その部屋へと向けて人差し指を向ける。

 今の一言をキッカケに、血塗れの男がゆっくりと部屋へと向けて歩み始めた。

 彼女達の一連の行動を観る者は居ない。

 両親と思しき者達も、もうリビングには居ない。




 代わりに隣室に〝居た〟のは……不気味に胎動する、巨大な肉の(つぼみ)であった。




 成人男性の胸元にまで達する程に大きな楕円形の物体。

 濁った桃色とも言える肉色を有し、一定間隔で脈動を刻む。

 ブヨブヨとした弾力性を持つ不定形性の台座がそれを受けて立たせる。

 脈動する血管の様なツタが壁に這う様に伸び。

 それに絡み付く不定形物質が溶けて混ざり合う様に張り巡らされていた。

 しかし音も臭いも無く、ただただ静かに動きを刻むのみ。


 そんな不気味な物体へと、血塗れの男が寄っていく。

 ひたり、ひたりと血のりの靴跡を刻みながら。

 そして蕾の前へと立った時、その体ががくりと力を失い―――蕾へと圧し掛かる様に倒れ込んだ。


 するとどうだろう、突如として男の体が蕾の中へと沈んでいく。

 それでいてゆっくりと、音も無く沈み込んでいく。

 男の体も溶けだす様に表皮を崩しながら。


 ズブズブと、一つになっていく。


 それからおおよそ一分程度で、男の姿は消え去った。

 全てが肉の蕾と一つになったのである。


「フフ……今はこれでいい。 これだけで……アハ、アハハ」


 途端堪えきれなくなったかの様に、紫織の笑い声が家中に響き渡る。

 喜びと悦びが入り混じった嬌笑(きょうしょう)が幾度と無く音域を歪めながら。


 その笑いはもはや人間のそれとは異なる―――奇笑(きしょう)


 多様な笑い声がちぐはぐに繋ぎ合わされた異質な笑いであった。


「イキヒヒィッヒッヒ―――」


 だがその笑いが極限に達した時―――






 突如として、その場が強い白光に包まれた。






ドギャオオオオオオオンッ!!!!!






 それは爆発。

 しかも相当な熱量と爆発力を誇る大爆発だった。

 凄まじい爆発は紫織の家全てを吹き飛ばし。

 窓を突き破って青空の下に晒す程に凄まじかった。

 それも彼女の家だけではない。

 上下左右囲む様に隣家もが吹き飛び、業炎を吐き出していたのだ。


 それは指向性爆薬。

 決められた方向だけに爆発を引き起こす爆弾である。

 それが彼女の家へと向けて、囲む八方全てに設置され。

 紫織の家周囲全てを巻き込む事も厭わずに爆破されたのだ。


 まるでマンションそのものを倒壊させかねんばかりの爆発がなお続く。


 当然、マンションの住人は避難済みだ。

 紫織が学校へと登校した時から、全ては始まっていたのだ。

 

 住人達の代わりにそれを見上げるのは【影】の隊員達。

 この爆発を引き起こした張本人達である。


「魔導爆薬の全起爆受領信号確認。 計画成功です」


「ああ、いくらアルトラン・ネメシスと言えど依り代を破壊されればどうしようもあるまい」


 彼等には作戦遂行の徹底が課されていた。

 世界の敵という存在を倒す為ならば例え一般市民が犠牲になろうとも。

 小野崎紫織を抹殺する為に全力を以って事に当たれ、と。


 その証拠に、まだ爆発は続いていた。

 彼女の家周辺だけでなく、ありとあらゆる家々が炎を吹き出し始めたのだ。

 その勢いはもはやマンションそのものを爆破していと言っても過言ではない。


 ここは言わば住宅街。

 それ程までの爆発を引き起こせば被害は免れない。

 吹き飛んだ破片が民家や近くのマンションへと飛んで被害をもたらすだろう。

 避難していない地域にでさえもその影響は及び、多大な存在が出る事となる。


 でも彼等はそれすらをも歯牙に掛けはしない。

 小野崎紫織を抹殺する為だけに注視して。

 目標地点だけをただじっと見据える。


 全ては世界を救う為に。


 そこに見え隠れするのは【救世同盟】の思想にも似た覚悟と決意。

 彼等は決して【救世同盟】の一員では無い。

 結果としてそうなったのだろう。


 もしかしたらその思想の根底は紙一重。

 本来は何も違い無いのかもしれない。


「これで生きているなら、そいつはもう生物じゃないな……」


 遂にはマンションの外壁をも崩し始め、無数の破片が落下していく。

 建物そのものも歪み始め、倒壊するのも時間の問題とすら思えた。


 だがその時、彼等は総じてその目を疑う事となる。




 再び爆発が引き起こされたと同時に、黒い大きな影が空へと向けて飛び出したのだから。




 それは人とは思えぬ程に大きく。

 皮膜であつらえられたこうもりの翼の様な二翼を携え、空を舞う。

 その体は丸く、まるで卵に翼が生えた様ななり。


「な、なんだあれは……!?」

「馬鹿な!!」


 そして飛翔する球体に二足で立つのは当然―――小野崎紫織であった。


 あれ程の爆発に晒されながらも彼女は生きていたのだ。

 しかもその体には傷一つ浮かぶ事無く、身に纏う制服に僅かな煤こけた様を見せるのみ。


 堂々と空を飛ぶ彼女を前に、隊員達の驚きは隠せない。




「なかなか……面白い余興だった……フフ……」


 紫織がそんな人間達を空から見下ろす。

 風を受けながらも、球体の上で揃えられた二本の足を崩す事無く立ちながら。

 

 球体は先程の肉の蕾だ。

 先程よりも一回り大きくなり、左右から翼が生えていた。

 外観こそそれ以上の変わりは無いが、羽ばたく様はまるで彼女とは別の意思を持っているかのよう。


 地上で狼狽える者達の上空を、旋回する肉蕾の背から見下ろし。

 彼等から放たれる負の感情を受け、その身を悦び打ち震えさせていた。


「アア……イイ……素敵な恐怖。 ではごちそうを振る舞ってくれたお礼に……お返しをして差し上げないと……」


 すると紫織は何を思ったのか、その手をそっと持ち上げる。

 自身の顔の前へと掌を翳すと、ただ息を「フゥ」と吹き付けた。


 その時、彼女の掌で異変が起こる。

 黒い煙の様な物が突如浮かび上がり、「ぐねぐね」と蠢き始めたのだ。

 それはたちまち掌の上でグルグルと回りながら密度を増させていき―――


 あっという間に握られる程度の小さな黒い球体へと変わったのだった。


「さぁ、愉しんで……至上の悦びと快楽を。 貴方達にも分けてあげましょう……」


 その一言と共に、彼女の掌が僅かに傾けられ。

 黒の球体はその傾きに従う様に、重力に引かれて転げ落ちていく。


 そうして手から離れた球体は【影】の隊員達が見上げる中へと落ちていき、景色に混じって姿を消した。


「では……さようなら、命に成りきれぬ愚かな肉達よ……」


 その様すら見届ける事無く、紫織が頭上に広がる青空を仰ぎ。

 途端、肉蕾が彼女の意思に従うがまま翼を羽ばたかせて空へと舞い上がる。

 まるで紫織の体が肉蕾と一体化したかの如く、直立不動を崩さぬままで。


 そしてそのまま―――空の彼方へと消えていったのだった。






 とうとうマンションが倒壊を始め、崩れ落ちていく。

 なおも爆破は続いていたのだ。

 紫織が去った後であろうとも。


 設置された爆弾は全て時限式。

 停止信号が訪れるまで止まる事は無い。


 安全な場所で見ていた【影】の隊員達は爆弾を止めるどころか身動きもせず。

 ただただ立ち尽くし、空を見上げたままだった。

 

 いや、厳密に言えば……もう動けなかったのだ。




 黒く艶やかな糸状の何かが、彼等の周囲に居る全ての者の脳を貫いていたのだから。




 それはまるで構築に失敗して不規則に編まれた蜘蛛の糸のよう。

 【影】の隊員達の居る場所は言わば安全圏で、付近には周辺住民も居た。

 買い物に出る者、車の運転を楽しむ者、ペット連れで散歩する者。

 それら全く関係ない者達までをも巻き込んでいたのだ。


 そしてそれは人間だけでは済まされない。

 周辺に居た動物や虫までをも貫いていたのだ。

 地に付く人間や犬猫のみならず。

 空を舞う鳥、蝶や甲虫、小さな蠅までもが一瞬で。

 全てが余す事無く絶命し、その場で身動きを止めていた。


 それほどまでの強靭な、生物全てを蝕む死の黒糸がそこに生まれていたのである。


 その糸を生んだのは、紫織が先程落としたあの球体。

 たった一つの球体が彼等周辺一帯全ての意思持つ生物を漏れなく一瞬で死に至らしめたのだ。


 そこにもはや慈悲は無い。


 ―――いや、そもそもこれは爆破された事への仕返しではない。

 単に大好物である負の感情を届けてくれた事に対する返礼。

 ただ普通に贈り物を頂いた事に対して礼を返しただけに過ぎないのだ。


 その結果こう至った事こそがアルトラン・ネメシスという存在の本質なのである。




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