~穏やかなる任務~
勇とレンネィがちょっとした会話を交わしたその日。
茶奈達は政府から受けた依頼をこなす為に、都心のとある場所へと訪れていた。
その場所はと言うと……幼稚園。
年端も行かぬ子供達が園内を駆け回り、無邪気な姿を見せるその場所に彼女達が姿を晒す。
魔剣などの武器は一切持ち合わせず、魔装に酷似したタダのジャケットを身に纏う。
そう……彼女達は戦いに来た訳ではなかった。
「みんなー、今日はみんなの為にすごい人達が来てくれました!!」
子供達が集まる一室で、保育士の女性が声を上げて視線を集める。
そんな中、一室の扉枠から姿を現したのは……笑顔を振りまく茶奈、心輝、瀬玲の三人であった。
「わああああ!!」
途端、室内に声援が湧き上がる。
子供達に浮かぶのもまた笑顔。
彼等の登場に、知らされていなかったであろう子供達の喜びはいきなりの最高潮だ。
今や魔特隊、特に彼女達【一番隊】は子供達にとってのちょっとした人気者だ。
最近は広報活動が多く、世間に露出が多い。
それと同時に戦いとは別の面での力の披露を行うなど、彼女達の扱いはまるで芸人のよう。
彼女達の戦いを模したアニメも放送され、もっぱら子供達に大人気である。
大人達の一部はそれを「プロパガンダだ」などと揶揄するが、政治など知るはずも無い子供達がそんな事など気にする訳も無く。
イケメン声優や有名所の女性声優の起用と露出もあって、親御さんにも好評を博している様子。
そんな彼女達の実物が目の前に現れたのだ。
喜ぶのも無理は無いだろう。
報道陣がそんな様子を外から子供達に見つからない様に立ち並び、茶奈達の姿をカメラに収めていく。
これも一種の広報活動……世間に魔特隊の事をアピールする為の大事な活動であった。
子供達への紹介が済み、彼女達が子供達を引き連れて園中央の広場へと姿を現すと……たちまち報道陣の動きがヒートアップし、フラッシュを幾つも眩く光らせる。
茶奈がそんな彼等へ優しく手を振ると、不意に報道陣の中からも彼女の名を呼ぶ小さな声援が飛び出していた。
多くの報道陣が彼等を写す中……子供達との触れ合いが始まる。
まずは身体能力を見せつけるかの様に……心輝が飛んでは跳ねて、低い建屋の幼稚園の周りを縦横無尽に駆け回る姿を披露し、子供達の興奮を煽る。
特撮ヒーローさながらのアクションに、大人達ですら驚きの連続。
もちろん、「ハッ!!」「とぉ!!」といった掛け声付きだ。
アニメで使われているカッコイイ音楽が同時に流れ、子供達は歌いながら彼の姿を必死に追っていた。
お次は瀬玲の……お手玉。
ただのお手玉ではない……一体何個あるのかわからない程に次々と玉を渡されては次々と空高く打ち上げていく。
延々と渡され続ける玉と、落ちて来る玉を拾う手は別の意思があるかの様に動き続ける。
供給される玉が無くなると、今度は彼女がアクロバティックに動き回り……それでもなお受け取られ続ける玉との連動した動きに思わず声援が飛び出る。
踊る様な薄緑の髪の動きも相まって、ビジュアルで言えば心輝にも劣らない。
最終的には全ての玉が大きく弾かれ園内を飛び回るが……最終的に彼女の元へと戻り、それを一気に掴み取る様は驚きの余り声が出なくなる程だった。
そして最後は茶奈の浮遊体験会。
エアリアルフィールドを利用した浮遊で、彼女に抱きかかえられながら一人一人順番に空へと上がっていく。
そんな様子を子供達が見ると、次から次へと「搭乗」希望者がこぞって手を上げる。
とはいえ空から眺める景色は子供達には少し刺激が強かったようで……泣いてしまう子供も出始めてしまった。
あやす様に頭を撫でながら泣く子を降ろす茶奈に、大人や報道陣は思わず苦笑。
そんな事もあってか、最終的には全員が希望するには至らず……思ったよりも不評な形で幕を閉じた。
そして彼女達の子供達へ向けたメッセージ。
「魔特隊はみんなが笑って毎日を過ごせる様に、いつも頑張ってお仕事しています。 時には、悪い人をやっつけたりはするけれど、本当はそんな悪い人とも一緒に過ごして、良い人になってもらいたいって思ってます。 だからみんなも、悪いことをするから悪い人だって決めつけないで、いきなり人を叩いたり、悪口を言う事がダメなんだよって教えてあげてね。 そうすればきっと、悪い人も良い人になれるから」
子供達はその言葉を静かに聴き、彼女達の言葉が途切れると……素直な声で「ハーイ!!」と手を挙げた。
そんな子供達の様子を前に、茶奈達は曇り一つ無い万遍の笑顔を浮かばせたのだった。
こうして茶奈達の幼稚園での活動が終わり、彼女達が乗って来た大型車へと帰っていく。
控室とも言える車内で、三人が椅子に腰を下ろして緊張を解すかの様に一つ溜息を吐いた。
「やっぱり子供達はいいですよね……ふふ」
「そうねー……ちょっと気合い入れないと、地が出ちゃいそうで怖いけど」
「俺は子供より報道陣の方がこえぇよ……」
それぞれが思いの節を語り、『任務』に募る本音をぶつけあう。
彼女達の普段は今でも……昔と何一つ変わる事は無かった。
「……しっかし、最近こういうのばっかだよなぁ……」
するとそんな中、心輝の口から愚痴が漏れる。
それを聞いた途端、三人の口から笑顔が消えた。
「まぁ、PRは大事ですし……これがあるから他の部隊も動きやすくなるから大事ですよ」
「わかっちゃあいるけどねぇ……ここ半年、俺達の役目はこればっかだよ?」
心輝がドカリと背もたれに背を預け、車内の天井を見上げる。
うんざりした様な窄めた口を覗かせ、目を座らせて。
彼女達【一番隊】の戦闘行為は、かのサウジアラビア以降行われていない。
それ以降、彼女達はずっと広報活動に従事している。
戦闘行為はといえば……現在は【三番隊】~【六番隊】が率先して行っているという現状だ。
現在、魔特隊には【一番隊】から【六番隊】までの部隊分けがなされている。
茶奈が部隊長、心輝が副隊長として、下に瀬玲とイシュライトが付く【一番隊】。
マヴォを部隊長として、ズーダーが付く【二番隊】。
『あちら側』の傭兵魔剣使いを集めた【三番隊】と【四番隊】。
そして、『こちら側』の傭兵による対魔銃兵で組織された【五番隊】と【六番隊】。
役割は皆同じとされている。
だが、基本的に露出しているのは【東京事変】で公になった茶奈達が居る【一番隊】のみ。
顔が割れているという事もあって、彼女達が最も適していると言えば間違いはないのだろうが。
今日の『任務』を終えて、彼等は再び本部へと帰る。
今は既に自身の家と化した、囲いの中へ。
こうしてまた外を覗く機会が訪れる事を望みながら。