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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十三節 「二つ世の理 相対せし二人の意思 正しき風となれ」
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~終戦と無念 特別になりきれなかった者~

 決死の覚悟が心輝の一撃を呼び起こす。

 全ては想いを貫く為に。


 渾身の蹴撃が今、勇の脇腹下(死角)目掛けて繰り出された。




 人間には幾つか死角が存在する。

 体の構造と目の位置から、見えぬ部分は少なくは無い。

 背後などは特筆するまでもなく、見えても見難い空など多種多様である。


 しかし肉弾戦(インファイト)において、最も死角となり易いのは……いつも見えているであろう場所。


 そう、腕の裏、脇下である。

 体を守るであろう腕が邪魔となり、意外な死角となりえてしまうのだ。

 体付きが大きい者ほど、それを感じる事は多い。

 肩幅が大きければなおの事。


 だがそこを意図して狙うのはほぼ不可能に等しい。

 腕の動きを予測する事が出来ないのと同じ事だからだ。


 でももし偶然それが出来てしまったら。

 そう動けてしまったら。

 死角を突かれた者に訪れるのは……致命傷。

 それを躱す手立ては無い。




 並の人間ならば。 

 

  


 もし相手がバロルフの様に限界を超えていない者であれば、この一撃がきっと逆転劇を飾る事となるであろう。


 だが勇の秘めたる力は、もはやその可能性すらをも凌駕する。

 死角からの攻撃でさえも、直感的に感じ取っていたのだ。

 彼の心に見えるのは、心輝の蹴撃軌道とその残滓。

 黒い背景の中に輝く……彼の希望の光。


 それを感じ取った勇は信念のままにその身を揺り動かす。




 視線を向ける事も無く……体を大きく捻り、その蹴りを仰け反る様に躱したのである。




 腕の何倍も強靭な筋肉を有する脚。

 そこから生まれる蹴撃は、力が乗れば拳撃よりもずっと強い攻撃となるだろう。

 当てる事が出来るのであれば。


 力が強くとも、その動きは大柄となるからだ。




 すなわち……今の心輝はまさに、隙だらけだったのだ。




 その一瞬で、心輝の顔に焦りの表情が浮かび上がる。

 そして勇はその失敗を見逃さない。


 なんと勇は……目の前で弧を描いて逸れていく回し蹴りを、拳で迎え撃ったのである。


 直撃(インパクト)の瞬間を逃した蹴撃にもはや威力は無い。

 それに対して、狙い打つかの様に放たれた勇の拳には最大の力が乗っている。


 その結果はもはや言わずとも決まっていた。




バッギャアーーーーーーンッ!!!!!




 勇の突き上げる拳が心輝の左足へとぶち当たる。

 途端、心輝の左足に備えられた【イェステヴ】が粉々に弾け飛ぶのだった。

 その足を強く跳ね上げながら。


 跳ね上げられた足が体すらをも引っ張り上げ、全身を宙へ浮かせる。

 低空に舞う体はぐるりと回り、平衡感覚を失わせた。

 何が起きたのか……それを把握する事すら困難なまでに大きく。


 勇が次に何をしようとしているのか、それすらも気付けぬまでに。




 もう心輝には何も残ってはいなかった。

 【グワイヴ】も【イェステヴ】も砕け、魔装は力を失い、【殴る者】は力に耐え切れず焼け落ちた。

 命力も尽き、全身が砕けそうなまでに朽ち果て、流れる血すら僅か。


 勇がそんな彼に出来るのは、とどめを刺す事だけだった。


 もしも心輝がアルトラン・ネメシスの下へ走れば、彼は必ず不幸になるだろう。

 相手が心を持つアルトランであればまだ望みもあるかもしれない。

 だがアルトラン・ネメシスは怨念が生み出した負の心の感情の塊の思念体。

 そこに慈悲は無い……あるのは醜悪なまでの悪意だけ。

 レンネィの命を利用し、ボロ雑巾の様に使い切り、最後は捨てて殺す。

 そうなる事は目に見えていたから。


 だから彼を何が何でも止めなければならなかったのだ。

 でもきっと言っても聞かないから。

 それが園部心輝という男だから。




 そんな想いを胸に、勇が一歩を踏み出した。

 余りの力故に大地が震える程の……強き一歩を。

 目の前で宙を舞う心輝へと向けて。


―――今の俺にはこれしか出来ない―――


 天力が、全身の力が、滾る。


―――傲慢だと言われても、今のお前にはこう応えるしかないから―――


 大地が、空気が、打ち震える。


―――だから俺は、お前の分まで戦ってみせるよ―――


 そしてその右拳が力強く引き絞られた時……その一撃は、力のままに、空へ弧を描く。




 この時……虹の光を纏った拳が、舞い飛ぶ心輝の顔面へと撃ち下ろされたのだった。

  



 もはや形容しがたい程の鈍い音がその場に響く。

 それと同時に、心輝の体が即座にして大地へと打ち付けられた。

 衝撃が更にその身を土塊と共に跳ね上がらせる。




 再び拳を振り上げていた勇の前で。




 強引に、強烈に。

 心輝が跳ねる速度よりもずっと速い速度で……身構えさせていた。


 その身に籠るのは、もはや肉体としての力のみ。


 それだけで十分だった。

 そこに天力など必要無かった。


 ただ心輝の意識を断ち切るだけの為に。




―――だから待っててくれ、レンネィさんと共に―――




 力と、想いが全て重なりし時、最後の時が訪れる。

 二度目にして最後の……撃ち下ろしの一撃。






ドガゴォンッッッ!!






 それが心輝の体の中心を撃ち貫き、大地に向けて突き下ろされたのだった。






 ただの力任せの渾身の一撃。

 天力の欠片も乗らない、人としての一撃。


 だがそれでも……その威力は彼の意識を断ち切る。




ドッゴォォーーーーーーンッッッ!!!!!




 たちまち大地に心輝の体が打ち付けられた。

 勇の拳と共に。


 その瞬間、大地が激しく揺れ動く。

 心輝の体を貫いた衝撃が地面を強く揺さぶったのだ。


 勇が拳を離しても、心輝はピクリとも動かない。




 うつ伏せに倒れたまま……彼は遂に、その動きを止めたのだった。




 ……しかしそんな心輝の体は、それ程には傷付いてはいなかった。

 大地を揺らすまでの威力があったのにも拘らず。


 そこはやはり勇が詰めが甘い人間だという事なのだろう。


 勇は最後の最後で躊躇してしまったのだ。

 そこで「このまま最後の一撃を加えても良いのだろうか」という疑念を持ってしまった。

 それが無意識的に天力を働かせ……最後の一撃の威力を透過させてしまったのだ。

 結果、心輝に全く影響を与える事も無く地表だけに威力が届いたという訳である。


 それが出来てしまうのも天力の在り方。


「―――やっぱり徹しきるのは思う以上に難しいな」




 例え不幸にしない為とはいえ、親友と呼べる相手を殴る事に抵抗を持たない者など殆ど居ないだろう。

 この様な殺し合いにも近い場ならなおさらだ。


 彼もまた人間だから。

 そこに躊躇する事もまた、彼の一つの人間らしさなのだろう。

 天士であろうとも……本質は何も変わらない。




 そんな悩みを浮かべている時、心輝の体がピクリと動く。

 勇はそれに気付き、狼狽える余りに思わず足を後ずさらせていた。


 手加減した事で彼の意識を完全に断ち切る事が出来なかったのだ。

 甘さ故の失敗が、勇の動揺を呼び込む。

 躊躇してしまったが最後……更なる追撃を行う事すら忘れてさせてしまっていた。


 心輝が全身を震えさせながら肘を大地に突き、その身をゆっくりと起こさせて。

 しかし起ききるに至らず……その肘だけで体をひきずりながら勇へと近づいていく。

 そしてとうとう勇の足元へと辿り着き、弱りきった左手で脛を掴み取った。


「なん……でだよ、なん……でッ……!!」


 震えた手が、体が……彼の無念を体現する。

 その中で上げられた顔に浮かぶのは、口惜しさと苦しみが同居した苦悶の表情。

 大粒の涙が零れ、汗と混じり合いながら……頬に付着した泥へと溶け込んでいった。


「なんで、俺じゃねぇんだよ……なん、で……俺が天士に……なれ、ねぇんだよ……!!」


 勇の脛を掴む手に力が籠り、「ググッ」と握り締められる。

 でもその力は人並み以下……勇に何の影響も与えはしない。


 ただただ、彼の想いだけが伝わって響くのみ。


「前向きだったんだ……諦め、なかったんだ……なのに……なんで―――」


 その声はもはや枯れ枯れで。

 残る力を全て訴える事に費やしている様にも見えて。


「俺がレンネィを……守らなきゃいげねぇんだ……!! 俺があいづを……まもっでやんなぎゃ……なんねぇんだ……!!」


「シン……」


「俺はあッ!! 嫌なんだよおッ!! もうじぬのはいやなんだ……あんな思いは……ウッ、フグッ……もういやなんだよぉ!!」


 遂には右手までもが勇のもう片脛をも掴み取る。

 それを支えに立ち上がろうと必死になって。

 もう脚は動かないのだろう……ピクリとも動きはしない。


「なん……でおれだけ……よわぃんだ―――どぐべづ(特別)じゃねんだ。 づよぐなりでぇよ……おれがみんな、まもっで―――」


 勇の服を掴みながら、ゆっくりと這い上がっていく。

 そんな心輝を前に……勇はもう、何をする事すら出来ずにいた。


 その強い想いは勇がとてもとてもよく共感出来た想いだったから。




 特別になりたい自分が居て。

 でも自分はそうじゃなくて。

 特別な人が自分の目の前に居て。

 その人の様になりたいと願った事は何度もあった。


 そうして気付けば特別になっていて。

 こうして特別視される。

 そこでやっと気付けたのだ。


 特別なんて……決してイイ事なんかじゃないのだと。


 特別な力は大いなる責任が伴う。

 その責任を背負う事が出来るから、人は特別へとなれる。


 重く辛い事を背負えるから……人は真に特別へと変わる事を受け入れる事が出来るのである。




「おれがあッ!! まもるんだあッ!! みンなッ!! おれが……まも……るンだ……!!」




 この様に求めても、望んでも、願っても。

 それだけでは得られはしないのだから。


 途端、勇の服を掴む力が弱まり、心輝の体がずるりと落ちる。

 しかしすぐにもその動きは止まる事となる。


 その時……勇が無意識に彼の両肩を掴み上げていたのだ。


「おれが……おれが……」


「そうだな……シン、お前も俺も何も変わらないんだ。 お前は弱くなんかない……!!」


 心輝の肩を掴む勇の手もが震える。

 彼の想いを受け止めて、痛い程理解出来たから。


 勇の頬にもまた……大粒の涙が零れ落ちていた。




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