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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第二十七節 「空白の年月 無念重ねて なお想い途切れず」
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~堕ちた探求者~

「千野さん……俺達、なんでここにいるんすかね……」

「アタシに聞かないでよ……」


 荒野を一台の大型車両(ジープ)が走る。

 砂煙を巻き上げ、小石を飛ばしながら……周囲に何も無い荒野を走るその様はどこか哀愁を漂わせるよう。

 それを運転する褐色肌の現地人と、広い後部座席に座る数人の白人や黒人。

 その中に二人……場違いの様な(なり)の日本人が居た。


 二人の名前は千野(ちの) 由香(ゆか)望月(もちづき) 朝文(あさふみ)


 かつて【東京事変】にてデュゼローと直接インタビューを行い、一躍脚光を浴びた者達だ。




 そこは中東、サウジアラビアの北西部。

 北にしばらく行けばイスラエルとイラクが控える地域だ。


 


 【東京事変】から一年と二ヶ月……故あって二人はその地に降り立った。




 二人にとって、今の状況は誤算も誤算。

 本来なら、二人は重職席にふんぞり返り、私腹を肥やす毎日を送っている()()だったのだから。


 だが現実は甘くない。


 二人はデュゼローとの接触を事前に行い、彼の意思を伝える事で脚光を浴び、スクープを得る事でキャリアを積むつもりだった。

 だがデュゼローの計画は失敗、彼女達を弁護する者が居なくなったのである。

 その後二人は逆に【救世】の協力者などという嫌疑を掛けられ、彼女達の所属する日の本テレビではちょっとした炎上騒ぎが起きた。


 その責任が二人に圧し掛かり……結果、二人は降格。

 【東京事変】で現場に居合わせた()()()()を買われ、今こうして現場を走る人間としてこの地に赴いたという訳だ。




 乾いた砂交じりの空気が千野の肌にかさつきを呼び、思わず彼女の顔がしかめる。


「モッチ、ちょっとアタシのバッグ取ってくれない?」

「すんません千野さん、今動けないっす……」


 車の中は人で一杯だ。

 身動きしようものなら同席の人間がこぞって彼女等を睨み付ける。

 中には唯一の女性である彼女に妙な言葉を投げかける者も居た。

 ()()彼女はその言語がわからず、スルーせざるを得ないが。


「ったく……いつになったら着くのよ……これじゃ戦い終わっちゃうじゃない……」


 千野がぼやきながらふくれっ面を見せる。

 そんな彼女を横目に……モッチは息苦しさからか、疲れた顔付きで溜息を繰り返していた。




 彼等の向かう先は同じだ。

 運転手以外はいわゆるジャーナリスト……各国からやってきた()()の取材陣。

 荒々しい風貌の者ばかりだが、彼等の顔にはどこか期待をちらつかせていた。




 すると車両が速度を緩め、次第に切り返す。

 その慣性が車内にも訪れ、窓際に居た千野を押し潰す様に乗客達がグイッとその体を寄せた。


 そして停止し……堪らず千野が扉を開けて飛び出す様に外へと出ていく。


「はぁ……はぁ……全く洒落にならないわ……!!」


 たちまち風で巻き上がる埃が全身を覆い、堪らず彼女が体をはたいて落とす。

 だがすぐにも埃は彼女に再び纏わりつき……とうとう諦め肩をも落としていた。


「千野さん……荷物持ってくださいよォ!?」

「あーはいはい」


 元々は上司と部下の間柄なのだが……今の二人の立場は同じ。

 協力し合えと現上司から言われたのだろうか、千野はしぶしぶながらも軽い三脚だけ(・・)を手に取り先を行く。

 不満を覗かせるしかめ顔を覗かせるモッチには目も暮れず……千野が目の前にある丘陵へと歩いて行った。


 他のジャーナリスト達は既にその先に。

 重い荷物を引きずる様に歩くモッチを置いて丘陵を登り切ると……彼女の瞳には一つの光景が映っていた。




 火花を散らし、大音を立て、激しい土煙が舞う……そこは戦場。




 遠く離れているとはいえ、その激しさはその場からでもよくわかる程。

 発砲の光と思われる音がチラチラとちらつくと、遅れて発砲音が僅かに響く。


 それは……魔者と戦う【救世同盟】の軍勢。


 それだけではない。

 救世同盟軍が撃つ相手には軍服を着る人間もいた。

 相手にはどこかの国の軍も含まれているのだろう。


 だとすれば考えられるのは一つ……魔者はいわば、人と手を取る事を選んだ者達。

 そして魔者と共に戦うのはいずこかの国の軍隊……察するにサウジアラビア軍。


 それはもはや戦争とも言える状態。

 そんな光景を彼等ジャーナリスト達は次々に写真へと収めていく。

 千野達もまた同様に……遅れて来たモッチをせかす様に呼び寄せ、準備を整えてカメラを動かし始めた。


 激しい爆音が鳴り響く中で、誰もが無言で状況を写す。

 人が撃たれ死のうと、一切構う事無く。


 戦場に訪れるのが初めてな二人はその現場に驚きを寄せる。

 戦いの凄惨さに、ではない。

 その凄惨な現場にて、もはや誰一人感情を揺り動かす者がいないという事実に、である。


「千野さん……ここ、ヤバくないっすかね……」


 そんな折、モッチが突然震えた声を上げる。

 それに気付き、千野が手に取ったカメラを下げて彼へと振り向いた。


「ヤバいって?」

「だってほら……なんかどんどん……こっち近づいてきてますよ……」


 モッチの言葉を聞いた瞬間、彼女が慌てて振り向く。

 気付けば彼の言う通り、戦火が徐々に彼女達の居る丘陵へと確実に近づいてきている事が手に取る様にわかる様であった。

 「ハッ」として周囲へ視線を配ると……ジャーナリスト達も徐々に後退を始めており、既に乗って来た車に退避する者も出始めていた。


「うそっ……!? モ、モッチ逃げるよ!!」

「う、うわぁあ!?」


 それは完全に、作為的だった。

 そう……救世同盟軍は明らかにジャーナリスト達をも巻き込もうと戦火を広げようとしていたのだ。


 途端、銃弾が一発カメラを掠り、鋭く弾ける金属音を呼ぶ。

 そこで初めて自分達が狙われている事に気付き……千野とモッチは二人して機材を投げ捨て踵を返して走り始めた。


「ヤバイ!! ヤバぁイ!!!」

「わああああ!!」


 丘陵の坂を駆け降り、乗って来た車へと向かう。

 だが、車が突然激しいエンジン音を掻き立てると……二人を待つ事無く車体を切り返し、そのまま走り去っていったのだった。


「なんでッ!? 待ってよおッ!!」

「待ってェーーーーーー!! 置いて行かないでッ!! うわっ!!」


 その時、坂を走るモッチのバランスが崩れ、荒野の土肌へと転げ落ちる。

 一回転体を回し、そのまま滑る様に転げ落ちていく。


「んがぁーーー!!」

「モッチィ!!」

 

 たちまちその走る勢いは止まり、モッチの体がうつ伏せに地面へと倒れ込んだ。

 千野が心配する様にそんな彼の傍へと駆け寄りその手を取る。

 幸い気絶する程の衝撃では無く……鼻血を流すが意識はハッキリしている様であった。


「あ……ぐ……千野さん……逃げて……俺もうだめっす……足が……」


 どうやら転んだ時に足をくじいたのだろう。

 その足は震え、地面に突くと途端にモッチの顔が苦悶の表情を浮かび上がらせた。


「ふざけないでよっ!! そんな事出来る訳……あ……」


 その時、何を思ったのか……彼女はふと丘陵の先へと視線を戻す。

 そこに見えたのは……銃器を携えた人間の姿だった。

 救世同盟軍の兵隊である。


 兵隊が二人を見つけ、銃を構える。

 外さぬよう、しっかりと狙いを付けて。

 動かぬ二人を狙うのは……とても簡単だった。


 立っている者ならば、なおさらである。




「千野さぁーーーーーーんッ!!」






ッドォォォーーーーーーン!!






 激しい衝撃音が鳴り響いた。




 途端、二人の頭上に細かい砂粒が無数に舞い散り、パラパラと音を立てて地面に落ちていく。

 激しい砂埃を巻き上げ……その場の視界を大きく遮る。


 千野は立っていた。

 モッチも蹲ったまま、丘陵に目を向けている。


 そして二人が丘陵を見上げ、ただ静かに佇む。

 そこに映る人影を前に……ただ声を殺し、その場の行く末を唖然と眺めるのみ。






 砂煙が晴れ、そこに立っていたのは……茶奈であった。






 【東京事変】の頃よりもずっと凛々しくなった素顔にもはや幼さの一切は無い。

 背中から噴き出す様に放出された淡い赤の光はまるで翼。

 キリっと戦場へ視線を送り、一杖(いちじょう)を片手に堂々とした威風を見せる。

 その様はさながら戦乙女(ヴァルキリー)の如く。

 凛々しく麗しい彼女を前に……千野とモッチは見惚れるしかなかった。


「貴方達!! その場から動かないで!!」


「え、あ……はい……」


 突然の怒声にも足る大声に、千野とモッチは思わず肯定の頷きを見せる。


 すると茶奈はそっと戦場へと振り向き、丘陵へと立つ。

 途端、空から三つの影が続き落ちて来た。




ドドドォーーーン!!




 再び砂煙を巻き上げ、姿を現したのは……心輝、瀬玲、イシュライトの三名。


 魔特隊の到着である。


「魔特隊……来たんだ……」

「ち、千野さん……俺達助かったんすね……」


 たちまち二人に湧き上がる安堵感。

 その所為か、立ち尽くしていた千野がへろへろとその腰を大地に落とす。


 そんな彼等の様子を横目に、茶奈達はそっと戦場へと視線を戻した。


「手筈通り、二翼展開!! 中央は私が突破します!!」

「「了解」」

「援護は任せなさい!」

「レディ!!」




ドンッ!!




 それはほとんど間も無いやり取りからの出立。

 たったそれだけで四人はその場から姿を消したのだった。


 そして訪れる静寂。

 聞こえるのは相変わらずの遠方からの発砲音のみ。

 それに気付いた千野がゆっくり立ち上がり、相変わらず丘陵を見上げる。


「ち、千野さん……カメラはまだあの場所にあります……どうせ逃げれないんだ、録るもん録って帰りませんか?」

「モッチ……アンタたまには度胸ある事言うじゃん……」


 立ち上がった彼女の意図を読んだのだろう。

 モッチがそう焚き付ける様に声を発すると、千野は震えながらも小さな笑みを零して彼へと返す。

 そのまま彼女はゆっくりと坂を登り……カメラへとそっと近づいていく。


 途中には先程銃を構えていた兵隊の倒れた姿があった。

 既に息絶えたのだろう、ピクリとも動く様子は無い。


 助ける為に加減が出来なかったのかもしれない。

 二人が助かる為に一人が死んだ……その事実を前に、千野の心が大きく揺らぐ。

 だが彼女は先程のジャーナリスト達を思い出し、そっとカメラに手を添える。


 今の彼女は戦場カメラマン……真実を映し、ありのままを伝える為に。


「フウッ……フウッ……」


 乾いた空気が彼女の口内から水分を奪い、カサついた喉が彼女の呼吸を僅かに妨げる。

 気を落ち着かせ、カメラに映る光景をありのままに伝える為に自分が残したい言葉を選ぶ。


 そこに映るのは、激しく戦う茶奈達の姿だった。


「見てください、あれが魔特隊の戦いです!! 魔者に立ち向かうあの姿は未だ健在と言えるでしょう」


 カメラをひたすら回し、戦いの惨状をありありと見せつける。


「しかし、相手は魔者ではなく【救世同盟】です!! 【救世同盟】はどうやら先刻の宣言通り魔者の里を襲撃、現在サウジアラビア軍と交戦中。 そこへ魔特隊が事態の収拾を行う為に訪れた模様です!!」


 人間離れした茶奈達の動きは、例え命力の障壁を突破する命力弾と言えどもはや捉える事は出来ない。

 縦横無尽に走り回る彼女達の特攻を止める者はもはや誰も居なかった。




 次第に戦火が収まりを見せ始め、千野の昂りも徐々に引き始める。

 しかしそれでも声を上げる事は止めない。

 それは彼女が持つ信念が故。

 今起きている真実をただただ伝えたかったから。


「何故、あそこまで【救世同盟】は魔者と戦う事に拘るのでしょうか……魔者と戦うあの姿はどうにも……横暴さすら感じさせます」


 自分が対話を交わしたデュゼローという男にはそこまで荒々しさは無かった。

 むしろ世界を本当に導いてくれる様な人間だと思っていた。

 だからこそ……彼女が脳裏に疑念を過らせる。


 彼はこんな戦場を望んでいたのだろうか、と。


「魔特隊が武力を奮うのは一見、【救世同盟】と重なる雰囲気があるのは否めません―――ですが、彼等の行動は人助けです。 私も先程彼等に命を救われました。 これが彼等の行動原理なのならば、私達が信じるのはどちらなのか……火を見るより明らかでしょう!!」


 彼女は訴える。

 凄惨な現状を。

 大地を焼き、血に染める戦いがある事を。

 何一つ余すことなく。




「これが今、世界で起きている現状です!! 世界は今……戦争の真っただ中にあるんです!!」




 気高く咆えて、想いをありのままに伝える。

 声は凛々しく、だが頬に伝うのは涙。


 彼女は訴える。




 世界は……こんなにも……残酷なのだという事を。






――

―――




 その後、千野とモッチの二人は魔特隊に救助され、無事に帰国を果たす。

 全てを納めたフィルムは持ち帰り、日の本テレビにてその光景が全国に映される事となった。


 だが二人が公開される編集映像を見せられた時……ただただ……落胆の色を滲ませていた。




『―――見てください、あれが【魔特隊】の戦いです!! 魔者に立ち向かうあの姿は未だ健在と言えるでしょう。 しかし、魔者と戦うあの姿はどうにも【救世同盟】と重なる雰囲気があるのは否めません―――』




 思わずその声が押し黙り、その手が震える。

 それは明らかに故意を感じる編集。

 まるで魔特隊を貶めるかの様な……そんな内容へと改変されていたのだ。


「部長!! これは一体どういう事なんですか!! これじゃまるで……!!」


 千野が「ドン」とデスクを叩き、部長と呼ばれた大柄の男の前で大声を撒き散らす。

 そんな彼女の態度が気に入らないのか、男は顔をしかめて鼻息を荒げた。


「今時、情に訴える様なのはヤラセなんて言われかねんよ。 それよりも今は世論に追従する方が得策だ。 その方が視聴率が取れる時代だからな」




 たったそれだけで、二人の訴えは退けられた。




 こうして、ねつ造とも言えるレベルの映像が世に流布された。

 現場の臨場感もあって、その一連の動画は部長の言う通り多くの人間の目に留まる事となる。

 千野が撮ったオリジナルのデータは重要機密として彼女の手には戻らず、彼女の訴えは最後まで聞き届けられる事は無かった。




 そして千野は一人、日の本テレビを去ったのだった。




 彼女はその後、姿をくらました。

 それに合わせて動画の真実を訴える書き込みが大衆掲示板に見られたが……それは決して表に出る事無く闇に消えた。


 ジャーナリスト千野……彼女の名声は地に堕ち、もはや耳を傾ける者など居なかったのである。




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