~中心へ向かう為の唄~
遂に勇達へ【創世の鍵】の在り処が伝えられた。
しかしその所在地は、辿り着くのが不可能とも言える……星の中心。
それでも勇は諦めずに方法を模索する事を選んだ。
諦めなければいつか必ず……その想いが彼の根底にあったから。
その想いは、仲間だけでは無くヤヴの心にも一つの変化をもたらしていた。
「……以上が、ワシらの知る真実だ。 これから先はお主達が考えて行動するといいだろう」
「ありがとうございます、ヤヴさん」
勇が笑顔を向けて頭を下げる。
ヤヴが教えてくれた事は結論に至るにはまだ遠い事実なのだろう。
でも一歩進む事が出来たから、勇にはそれだけでも十分だったのだ。
そんな時、瀬玲が小さく手を挙げ……ヤヴへと視線を向ける。
「ヤヴさん、ちょっといいかな?」
「……何かね?」
勇達が瀬玲へと視線を向ける中、瀬玲が手を降ろしていく。
そして二人の視線が合った時……瀬玲の眼が僅かに鋭さを帯びた。
「この事ってさ……デュゼローも聴いた事なのかな?」
その時、ヤヴの顔が「ピクリ」と動き、僅かな強張りが走る。
明らかに何かを知っている……そう思わせるには十分な反応だった。
背を向けた剣聖も目だけを動かし、動向に耳を傾ける。
そんな中で……ヤヴは一つ息を整えると、彼女を前に頷いて見せた。
「うむ……その事はこちらに来てからグーヌーより聞いている。 彼等はデュゼローという者を筆頭とした【救世】を名乗る者達と密約を交わし、この真実を伝えたそうだな。 それ以上の事は訊かなかった様だが」
「やっぱりね。 それで【東京事変】に至ったのね……全部知って、無駄だと思ったから……」
「あの野郎……見ねぇと思ったら隠してやがったか……余計な気を回しやがって」
デュゼローの事ともなればさすがの剣聖も気になるのだろう。
そして彼が何を思って伝えなかったのかも……よく知る剣聖だからこそ理解出来た様だ。
「セリ、お前何か知ってたのかよ?」
「ん……まぁねー」
その一言を最後に、瀬玲は何も語る事無く「ニヒヒ」といじらしい笑顔を浮かべていた。
実は瀬玲、アージと会った事を打ち明けてはいない。
それはまだ彼女とイシュライトとの秘密のままだ。
まだアージが何を目的として動いているのか、何をしようとしているのかがわからなかったからこそ……迂闊に語る事を避けていた。
「デュゼローも言っていたな……『世界に神は居ない』って。 つまり、【創世の鍵】に触れる事が出来る者はもう居ないって事なんだろうな……知る限りでは」
勇も【東京事変】の折にデュゼローと対話を交わし、そんな話を彼の口から聴いていた。
その時のデュゼローに一つの諦めの様な意思を帯びていたのは間違いない事だ。
「でもアイツも諦めたんだ。 その先に進む事は出来ないって。 けど俺は諦めないさ……アイツが進めなかった道なんて幾らでもあるんだ。 だったら俺達は誰も進めていない道を切り拓くだけさ」
そう、デュゼローは強かったが、決して万能ではなかった。
勇を阻止できなかった事もしかり、アルクトゥーンの真価も発見出来なかったのだから。
彼もまた人間だから……。
そして勇は仲間達と共に今を切り拓けたから。
「それじゃあ、次は死なないで星の中心に行く方法を探さなきゃいけないですね。 なんだかすごい事になってきたなぁ」
茶奈が小さく腕を前に構え、本人なりのやる気を見せる。
そんな小さな仕草でも、勇達にはどこか元気を与え……大きな笑顔を漏れなく呼び込んでいた。
「もしかしたら昔から文化を継承するイ・ドゥールにも何か手がかりがあるかもしれません。 機会があれば立ち寄る事も考えてもいいかもしれませんね」
「ならよ、もしかすっと共存街の魔者達も何か知ってるかもしれないぜ? ゼッコォとか割と博識だしよ」
勇の一言を皮切りに、仲間達の間に活気が生まれる。
僅かな可能性でも、先に進む為のキッカケがあるのかもしれない。
それが彼等に希望を呼び込んでいた。
途端に屋内は提案と論議に包まれ、先程の様な明るい雰囲気を取り戻す。
剣聖もそんな空気の中で……相変わらず背を見せながらも、自身なりのアイディアを模索する様を見せていた。
「なるほどな……これが人か……」
話し合う勇達を前に、ヤヴは一人佇みぼそりと呟く。
まるで何かを悟った様に……優しい微笑みを浮かべながら。
彼の呟きを拾う者も居ない中で、彼はただ見つめる。
目の前で諦めを知らぬ若者達を見守る様に。
きっと彼には……今はそれしか出来ないから。
―――聴こえているだろうか、創世の女神よ―――
願いを、想いを馳せるのみ。
―――彼等はきっと……貴女の希望に足り得るよ―――
目を細め、慈しみを纏う穏やかな顔付きで。
暖かく……勇達を見守り続けていた。
それから一時間程が過ぎ去った。
気付けば昼間は過ぎ去り、夕刻が迫ろうとする時を刻む頃。
議論も詰まり、後は行動するのみ。
勇達もどこか話し合う事に満足し、出来上がった結論に自信を覗かせていた。
それが成功する確証なんてどこにも無い。
そればかりは勇の「確証」も閃いてはいない。
でも、試してダメなら違う方法を模索する。
それでもダメなら次を探す。
世界が終わるまで。
世界が救えるまで。
彼等は止まるつもりなど毛頭も無いのだから。
だが……そんな彼等の足を掬わんと、悪意が魔手を伸ばしていた。
「里長、大変だ!!」
突如、木の扉が勢いよく開き……外から若者のゴトフ族が勢いよく飛び込んで来た。
息を上げ、険しい顔付きを浮かべて。
手に握るのは手製の石槍……里を守る為の武器だ。
「何があった……!?」
突然の事に驚きつつも、ヤヴは冷静さを失う事無く若者に応える。
勇達の注目をも集める中で……若者は乱した息を整える間も無く荒げた声を上げた。
「正体不明の魔者が……里の入口の外にッ!! 恐ろしいまでに強く、既に半数の防人が犠牲に……!!」
「なんだとッ!?」
前触れも無く訪れた敵襲。
それはヤヴだけでなく勇達をも驚愕させる。
果たして、急襲せし魔者の正体とは。
争い知らぬゴトフの里を……得も知れぬ悪意が今、覆い尽くそうとしていた……。