~分身たりし者達の唄~
勇が瀬玲への連絡を済ませ、一息を付く。
気付けば通路のベンチに並んでドカリと座り込む二人の姿が。
「剣聖さん、今はカプロに任せましょう」
勇の手に持つのは、連絡の後に買ったのだろうペットボトル飲料。
それを差し出すと……剣聖は遠慮する事無く受け取り、手馴れた様に蓋を開けて口へと流し込む。
よく見れば剣聖自身の体もどこか茶こけていて。
水分や栄養が不足しているのだろうと察するには十分な程に……疲れて肩を落とす様を見せていた。
「ああ、ひとまずは安心ってトコだな……」
瀬玲がそこで現れ、勇と挨拶を交わしながら擦れ違う。
急ぎだという事は連絡済み……彼女にも余裕は無い。
工房に消えていく瀬玲を跡目に、勇達は再び溜息を付いていた。
「……一体、何があったんですか?」
勇はずっと気になっていた。
剣聖がここに訪れた時から。
そして彼がここに現れる理由が余りにも衝撃的過ぎて、訊かずにはいられなかったのだ。
対して剣聖はと言えば……未だ俯いたまま。
「俺にもわからん……ただラクの声が聞こえてな。 駆け付けたらもう、ああなってやがった」
途端、彼の掴む空のペットボトルが「ボコリ」とへこみ、その形を崩していく。
一瞬にして、その原型がわからなくなる程に……歪み潰れていた。
「やった奴もわからん……だが、見つけたらただじゃおかねぇ……ッ!!」
見せるのは彼の怒り。
しかも殺意溢れる程の……敵意。
そんな姿も、勇は知らない。
「剣聖さんはラクアンツェさんの事を……?」
その様な感情を露わにする剣聖を前に、つい勇がぶしつけな質問を挙げる。
三百年以上も一緒だったのだ、そういった感情が有ってもおかしくないのだから、そう思うのも当然だ。
だが……そんな質問に、剣聖は抵抗も無く穏やかな声で応えた。
「そんなんじゃねぇよ……もうそんなのはとっくに通り越しちまった。 俺達はずっと一緒に戦ってきた。 だからアイツらはどちらかと言えば俺自身……自分の分身みたいに思っちまうもんさ」
その「アイツら」には恐らくデュゼローも含まれているのだろう。
彼等は三人で強くなり、同じ志を基に三剣魔となった。
そしてこれからも一緒だと思っていた。
でも……その後デュゼローが死に、ラクアンツェがこうして息絶えようとしている。
剣聖は今、身を引き裂かれた様な想いをしているのかもしれない。
全ては、家族でもある仲間達を想うが故に。
「剣聖さん……その、なんていうか……俺……」
その隣に座る勇も、剣聖の言う事にどこか引け目を感じて。
彼の言う分身の一人でもあろうデュゼローを倒したのは他でも無い、勇自身。
そんな敵意を見せつけられもすれば……罪悪感に苛まれもする。
しかし、剣聖はどぎまぎする勇を前に察したのか、視線を向けぬままそっと声を上げた。
「デュゼローの事か……俺も見たぜ。 だが気にすんな、アイツはおめぇがやんなきゃ俺がシメてた」
「えっ?」
世界は広くとも、情報が回るのは一瞬だ。
この二年間の間で、剣聖も何かしら世界の情報を得ていたのだろう。
そこには当然、【東京事変】の事もあったのだ。
「アイツは結論を急ぎ過ぎたんだ……あんな事して解決したって、その先にゃ何も残らねぇって。 焦るのもわからなくもねぇがな。 なにせフララジカは始まっちまった……時間はもう残ってないみたいなもんだ」
「もしかしてもう間に合わない……?」
「いんや、んなわきゃねぇ。 キッカケが無い限りは緩やかに進み続けるはずだ。 問題は今起きてる世界の問題がフララジカにどう影響するかってトコだな」
彼が言うのは【救世同盟】の事だ。
デュゼローの意思を継いだ彼等の行動が本当にフララジカを停滞させているのか……未だ疑問は多い。
世界ではまだ転移が続き、世界は混ざり合い続けたままだ。
二次転移も含めれば、その動きはむしろ加速している。
まるでそれは……【救世同盟】の思想がむしろフララジカを進めているかのように。
「何が真実かなんてわかりゃしねぇ……だからまずは解決しなきゃなんねぇんだ。 何が何でも創世の鍵を手に入れてな」
剣聖達が創世の鍵を追い求めるのは、きっとそれが大きな理由だったのだろう。
真実も虚実も、解決してしまえば何の意味もなさない。
だから彼は盲目的だろうと構わず求め続けたのだろう。
「それで剣聖さん達はこの場所に来たんですね。 探しているのは隠れ里ですか?」
それを聴いた途端、剣聖の顔が勇へと素早く向けられる。
目を見開いて見つめる様は……まさに図星。
「よく知ってやがるな……さてはお前等、見つけたな?」
「ええ、つい先日ですけどね」
「ったく、やっぱりそういう事に関しちゃお前等には勝てねぇなぁ……」
例え超人であろうとも人だ。
世界を隅々まで探すなど、相当難しい話である。
それに対し、現代は機械がそういった事を代行する事が出来る。
確実に、正確に……掴んだ情報を人に伝える。
その精度はどうしても人間では超える事は出来ない。
現代技術の粋は……剣聖達が認める程に発達しているのである。
引くところは引く、そんな潔い剣聖の言い分に……勇はまるで自分の事であるかの様に誇る。
気付けば勇の顔にいじらしい「ニシシ」とした笑顔が浮かんでいた。
「もしかしたら……そこに創世の鍵に直接繋がる何かがあるかもしれねぇんだ」
「えっ!?」
そんな時さりげなく吐かれた一言。
その一言は、勇の動揺を買うには十分過ぎる程に……衝撃的だった。