~始め躊躇う狩りの唄~
据え置き最新ゲーム機『ワンダーアクトZ』専用ゲームソフト、『モンスターランサーエクストリームワールド』……略してモンラン。
日本のゲームメーカー『コペポン』が世界に誇る、ドM御用達の多人数アクションゲームだ。
このゲームは基本オンライン協力プレイ形式。
プレイヤーは専用アバターを作成し、そのキャラに多種多様な武器を持たせて巨大モンスターと戦うというもの。
怪物を穿つ者……それがモンスターランサーという名前の由来。
片手剣や両手剣、斧や槍や鞭、弓矢といった古風なものからライフルやショットガン、バズーカ砲といった近代兵器、孫の手やヤカンといったネタ装備までの多種多様な武装が用意されており、それらから得意な武器を選んで戦いに赴く。
これもまた人気要素の一つでもある。
中世初期の野性味あふれる雰囲気と現代の技術がちらりと覗く様な世界観が舞台。
武器や道具は道端に生えた野草やキノコや虫、土砂から鉱石などを使い、全てを戦いに役立てる事が出来る。
モンスターは設定上いわば災害の様なもので、自然発生したものをアバター達が協力して退治するという世界背景。
アバター達にしか武器を使う事が出来ない為、やむを得ず戦うというものなのだが……簡単な設定だけで、基本的にはゲーム重視という仕様になっている。
アバターはゲームの世界では特殊な種族で、死んでも戦闘後に壺から飛び出て復活するという謎設定。
シュールな描写が話題を呼び、壺内部で再生されているだの、クローンが生成されているだの様々な憶測を呼び込んだものだ。
しかし一度本番となればプレイヤーに情け容赦は無い。
敵の攻撃を受ければ部位ダメージを受け、最悪の場合四肢が破壊されて動きや攻撃力が鈍る。
そしてモンスターの必殺攻撃……例えば巨体からの押し潰しなど、それらを食らえば一撃の名の下に死亡が確定するのである。
例えば、五十メートルのモンスターに潰されて生きている人間が居るだろうか?
つまりそれだけ……妙にリアルなのだ。
そういったストイックなまでにリアリティとファンタジーを融合させたこのゲームは発売直後から話題となり、今では世界展開される程のビッグタイトルとなったのである。
そして今、そのゲームが勇の目の前にある。
勇も知らない訳ではない。
ただやった事が無いだけに過ぎない。
やりたいとも思わなかった……そんな理由が彼にはあったのだ。
「よし、全員分セッティング完了したな」
心輝ら三人が手早く動き、合計八部屋分のゲーム機セッティングの終わりを告げた。
今後その部屋はしばらくの間グランディーヴァ専用となり、彼等の訓練として使用される事となる。
気付けば一部ギャラリーなども集まり、ちょっとした賑やかさを生んでいた。
訓練対象である勇以外のアバターは適当に造られ、仲間同士で使い回しとなる。
ちなみにこのゲームは前作からアバター引継ぎが可能であり、当然の事ながら心輝ら三人や茶奈は既に自アバターを所持しているのでそういった作業は必要無い。
瀬玲に関しては……辞めていたので一から作り直しだ。
そしてナターシャに呼ばれてきたのであろう竜星も……何故か自アバターを保存したゲームデータを所持して馳せ参じたのであった。
「実は僕もモンランプレイヤーなんですよ」
決して自慢する事ではないのだが……経験者が言う程多くは無い艦内において、彼の様な現役経験者が居るのは大きい。
何故なら、これから勇達が行うのは……仲間内のみで行う、休み無しの大連続狩猟行軍。
心輝や茶奈ならともかく、前田や渡部は常人……熟練者と言えど体力に限界もある。
今はとにかく人員が必要なのである。
そう……これは勇が全てのミッションを生きたままクリアするまで行われる、超苦行なのだから。
これから行われる訓練ミッションの概要は以下の通り。
心輝と茶奈を筆頭に、前田、渡部、竜星が持ち回って訓練対象者にゲーム内で指示を送る役目。
いわゆる指南役だ。
それに対し……勇を筆頭に、マヴォ、イシュライト、ナターシャが訓練対象者となる。
また、埋め合わせ用人員として瀬玲、ディック、獅堂、時々カプロやコンビニ店員のイアン=ホン=チャイン氏が参戦予定である。
「ワタシ、モンランもできるよー」
日本フリークの国連所属兵イアンさん、さりげなく自アバターを所持しての登場。
驚きの心輝クラス熟練者である。
惜しむらくはタイムシフトの合間にしか出来ない為、参戦出来るタイミングが少ない事か。
一戦一戦がハードともあり、常人組や初プレイ組には各戦ごとのインターバルが必要とされる。
勇以外のメンバーは考える時間も必要ともあり、毎度のプレイは強要されてはいなかった。
それにはさすがの瀬玲も「まぁ時々やるくらいならいいわ」と納得したようで……落ち着いた様子を見せていた。
準備が整い、アバターを持たない各自がキャラクター作成を始める。
とはいえ、訓練対象者はナターシャを除きゲームにはあまり拘りが無い。
適当にキャラクターを作り、ものの五分程で作業は完了した。
勇に至ってはテンプレート番号3、日本人に似た厳つい男性アバターだ。
「勇さん……もう少し拘りませんか……?」
「いや、拘る必要無いじゃん……?」
このゲームの売りの一つであるキャラクター作成。
ゲーム自体になんの影響も無いが、好みのキャラクターを色々造れるのが特徴だ。
拘り始めればキリが無いが、愛着を持てるのも強みと言える。
現に……ナターシャが造り始めて止まらない。
「ナターシャさん、もうそれくらいにした方が……」
「んー!! なんかしっくりこないの!!」
輪郭から背の高さ、関節の位置や指の細さやまで設定出来るのもまた醍醐味の一つともあり、そういった所まで触り始めると、彼女の様なデザイン重視人間は納得出来るまでやってしまうものだろう。
彼女のアバターはいわば共用アバターだ。
埋め合わせ人員が使う事もある……専用でないのだから拘る必要は逆に無いだろう。
ほんの少しハプニングはあったが……何とか全員分のアバターが作成完了し、ようやくゲームの世界へと飛び込んだ。
勇達を待つのはちょっとしたストーリー展開と、強引なまでの露骨なモンスター退治への誘導。
物語など飾りと言わんばかりの展開の連続に、勇達の顔が引きつりを見せる。
イシュライトに関してだけは……文字を読んでおらず、興味が無さそうではあるが。
「んじゃ早速狩りに行くぜ!!」
遂に各自が自由に動ける様になり、途端に協力プレイが解放された。
当然だ……基本は協力プレイが必須というだけに、最初から一人で勝てる相手など存在しないのだから。
「最初は当然、【ブンブラドン】だよな~!」
「基本ですもんね。 あれを倒せないとモンランプレイヤー名乗れないですよね」
その名称だけで話題が広がるという事実。
何も知らない勇には何が何だかわかるはずも無く……周囲で繰り広げられる会話に入れず、どこか疎外感を感じざるを得なかった。
「よし、全員クエスト受けたな……んじゃ始めるぜー!!」
勇達の背後からゲームを知る者達が基本的な事をレクチャーして本番までを手軽く繋ぐ。
さすがに最初から何も知らないままプレイは時間の無駄でもあるからだ。
とはいえ、本番ともなれば手出しは不要な訳だが……そこは実際に動かして慣れていくしかない。
途端、全員の画面が暗転し……「ファンファ~ン!!」という軽快なファンファーレが鳴り響いた。
そう、本番始まり前のお決まりの合図音だ。
するとその時……たちまち周囲に数人の声が打ち上がる。
「「「もんら~ん!!」」」
「は?」
突然の出来事に、勇達初心者組が目を丸くする。
それはまるで打ち合わせたか様に……息ぴったりの掛け声だったからだ。
当然茶奈の声も含まれている。
だが、彼等にとっての驚きはそれだけに留まらなかった。
何故か……ゲームが始まらないのだ。
画面には『出発の儀式が未完了です』の文字が。
「お前等も叫ぶんだよ。 じゃないといつまでも始まらねぇよ」
「はぁ!?」
これには勇だけでなくマヴォやイシュライトまでもが反応し、疑問の唸り声を上げる。
しかし心輝だけでなく、他のメンバーもまた同様に真面目な顔付きだ。
「このワンダーアクトZのコントローラーには骨伝導音声認識機能が備わってんだ。 その機能を利用してモンランの儀式である掛け声を上げなきゃ、ゲームは始まらねぇ仕様なんだ」
そう、先程の掛け声は言うなれば儀式の様なもの……モンランプレイヤーにとっては当然の事だったのだ。
最初からその機能があった訳ではない。
ファンファーレ自体は初期作から変わらぬもの。
昔、とあるプレイヤーがそのファンファーレを聴いた時、自然とゲームタイトル略称である「モンラン」を掛け合わせて叫んだのが始まりだった。
それが友人、知り合い、仲間を経由して伝わり、あっという間に日本中、世界中へと広まった。
今では世界のファンが同様に声を上げる程に浸透している掛け声と昇華したのである。
そして前作から初めて……公式開発が遊び心を炸裂させた。
コントローラーの機能を最大限に利用する為に、なんとその掛け声をゲームに取り込んだのだ。
もはやその声を上げぬ者はいないであろう昨今で、抵抗は無いと踏んで組み込んだ仕組みは見事にモンランファン達のハートを鷲掴みにしたのであった。
「さぁ!! 早く叫ぶんだ!! さぁ!!」
「勇さん頑張って!!」
「う……うう……ッ!!」
なんたる恥辱。
なんたる羞恥プレイ。
その横でナターシャが楽しそうに声を上げる中……勇やマヴォ、イシュライトが震え、声を上げる事に二の足を踏む。
瀬玲がその背後で頭を抱えている様を見るに、彼女もこれが嫌なのだろうと予想が付く。
「も、もんらぁん……」
「声がちいせぇ!! 音を上げねぇとセンサーが拾わねぇぞ!!」
「「「も、もんらぁあああんッ!!」」」
そしてとうとう三人が揃って赤面しながら大声を張り上げた。
それと同時にコントローラーが彼等の声を認識し……ゲームがようやく先に進み始めたのだった。
「次回からはコンスタントに頼むぜ」
「毎回やんのかよ!?」
辱めが毎度必要という事実に、勇達の落胆は計り知れない。
いずれは馴れるだろうが。
とはいえようやく本番……ゲームでも訓練には変わりない。
勇達は気持ちを切り替え、目の前の画面へ戦闘時と変わらない緊張を浮かべていた。