~革命を願いし者の唄~
『グランディーヴァが魔剣ミサイル迎撃に成功』……その事実は事後間も無く世界中に伝えられる事となる。
宙間崩壊する魔剣ミサイルの証拠映像付きともあり、信じるに足る情報。
これによって、アルディの凶行に不安を重ねていた人々の心配は拭い去られたのだった。
そんな頃……フランス、オルレアン。
かの有名な革命の乙女、ジャンヌダルクが実際に居た事があるとされる街だ。
そこの郊外……周囲を畑と森が覆うその中に、とある一つの豪邸があった。
建物の外見は歴史を感じられる古風な造りでありながらも、内部は簡素な現代風。
街の美観を損ねない為の配慮なのだろうか、そこに建築者の知恵が見え隠れするよう。
敷地内にある庭には銃を携えたスーツ姿の男が数人見られる。
それさえなければ自然に囲まれた洋館として背景に溶け込んでいた事だろう。
そんな建屋の内部にある一つの大きな部屋。
それこそ完全に無駄を省いた様な白い壁だけの四角い空間の部屋。
その一方で一面だけが巨大なガラス張りの窓となり、外の景色をハッキリと取り入れる。
部屋の中には幾つものトレーニング機器と思われる道具が並び、何人かの者がトレーニングに励む姿が見られた。
その中に……巨大なランニングマシーンを使用する一人の男が居た。
そのランニングマシーンは部屋そのものに備えられ、一般的な物とは大きさのレベルが違う。
普通であれば全長一メートルほどの長さを有する程度だろう。
だがそれはおおよそ十メートル……そして速度も尋常では無かった。
普通の人間ならばあっという間に弾かれてしまう程の……車両並みの走行速度。
そんな機器を……その男は難なく走る事が出来ていた。
「フゥッ……フゥッ……!!」
安定した息継ぎが余裕さえ感じさせる。
その男、全長はおおよそ百九十八センチメートル。
髪は薄めのブロンドで、顔付きは比較的細く整っている。
体は筋肉質ではあるが、無理の無い太さの筋肉が顔の大きさとのバランスを保ち、格好良さを際立たせるようであった。
風貌こそ別物だが……そのひたむきな姿勢は、かの者を彷彿とさせるよう。
そんな時、突如彼の意識の外から透き通るような静かな女性の声が響き渡る。
「デュラン……夕食の準備が整いましたよ」
その声を放ったのは、部屋の外から現れた一人の女性。
彼女もまた彼と同じブロンドの髪を有し、小柄ながらも優しそうな顔つきを持つ大人の女性であった。
「もうそんな時間か……フゥッ……!!」
彼女の声が聞こえるや否や、デュランと呼ばれた男は突然機器から飛び上がり、何も無い床へと着地を果たす。
コントローラーと思われるコンソールへと歩み寄ると、高速回転を続ける機器を停止させたのだった。
そう……彼の名はデューク=デュラン。
アルディと同じ【救世同盟】一派リーダー格の男である。
そしてこの場所こそ彼等の本拠地であった。
「体づくりも大切ですが、無理はなさらぬよう」
「ありがとう、でも心配は要らないさ」
そんな事を言いつつも、デュランは火照った体を休ませる為に傍に有るベンチへと腰を掛ける。
相当な時間を走っていたのだろう、湯気が立つほどに彼の体は熱くなっていた。
先程まで整っていたはずの息は大きな呼吸へと変わっており、疲労の色は隠せない。
すると、共にトレーニングに励んでいた者達が揃って彼の下へと歩み寄る。
「では今日はここまでにしておきましょう。 よく食べ、よく休む事もまた修練なのだから」
「やったぜ! リデルさんの料理は毎日楽しみなんだよなぁ~!!」
「全く……君はいつもそれだ。 少しは遠慮というものを知りたまえ」
彼の前に集まったのは男三人、女三人の計六人。
大男から優男やインテリ風の男、艶女や健全そうな女性。
中には無邪気さを見せる少女の様な者も。
しかし訓練のおかげか……いずれもが良く見れば屈強な体付きを誇っていた。
それだけではない。
その体から滲み出るのは湯気……ではなかった。
それは彼等の持つ力の光。
デュランが放つのも同様に。
そう、それは命力……彼等もまた魔剣使いなのだ。
「私はしばらくここで休んでから行くとするよ。 皆は思う存分腹を満たしてくれ」
「同志デューク……そんな事を言っていると、またピューリーに全部食べられてしまいますよ?」
そう話す背後で、無邪気な少女が無い胸を自慢げに張る姿が。
「はは……それならそれで構わないさ。 リデルの料理は絶品だからね、遠慮する事は無いさ」
デュランが微笑みながらそう返すと、彼等はそれ以上何も言う事は無く。
跡目を引きながらも挨拶の仕草を向け、揃って部屋から退室していった。
残ったのはデュランと、リデルと呼ばれた女性だけ。
「貴方も大概よ? 今日も随分と無理をしたのでしょう?」
「はは……君に嘘は付けないな。 今日も少し張り切り過ぎたかもしれない……」
デュランが肩を揺らしながら俯き、呼吸を整える。
言う様に随分と無理をしていたのだろう、太ももが僅かに痙攣する様を見せていた。
彼女が夕食と言った通り、既に時刻は夕刻。
赤い夕日が室内に差し込み、二人を主に染め上げる。
リデルはそんな中でただ静かに、息を整える彼を見つめ続けていた。
僅かに呼吸の音が収まりを見せると、リデルは覆いかぶさる様に細い腕をそっと彼の首へと回す。
そして紡いでいた口を解き……彼の耳元で呟いた。
「デュラン、今しがた連絡が入りました。 グランディーヴァがアルディの魔剣ミサイルを阻止したと」
なお男は肩を揺らして俯いたまま。
決して彼女の声が聞こえていない訳ではない。
その証拠に、デュランの口元は何故か……嫌味の無い優しい笑みが浮かび上がっていた。
リデルがゆっくりと彼の側頭部に自身の頭を委ねる。
まるで彼に応えをねだるかの様に。
「……そうか、それは良かった」
それはリデルが予想だにしなかった答え。
思わずその小さな目が見開かれ、ちらりとデュランの顔に視線を向ける。
その時初めて……彼女は彼の真意に気付いた。
「……何故、そう思うの?」
そう聞いたのは、デュランがきっとそう聞いて欲しいと思っているだろうから。
彼女の優しさともとれるその一言は、彼の言葉を引き出すには十分だった。
「確かに争いを広げる事は【救世同盟】の責務とも言えるだろう。 その志は彼と共有していると思っているさ」
デュランが大きく息を吐き出す様に声を上げる。
それと同時に……肩に圧し掛かるリデルを慈しむが如く、肩の揺れが収まりを見せた。
そして僅かに彼女へその顔を向け、小さく頷いて見せる。
「だが魔剣ミサイル……あれはナンセンスだ」
その時僅かに、デュランの顔が強張りを見せる。
気付けば笑みも消え、厳しさが垣間見える様相へと変わっていた。
「意思の無い殺しに意味は無い……むしろアレを撃ち落してくれたグランディーヴァには礼を言いたいくらいだ」
そんな彼を前に、リデルもまたやり場のない視線を外す。
その顔に覗くのは……どこか哀しさを帯びた、彼女の細めた眼。
「だがいつか彼等を止めなければならない……それが世界を救う為ならば。 私が同志デュゼローの想いを引き継ぎ、あのユウ=フジサキを倒してみせるさ。 リデル……君にはそれまで私の傍で共に戦って欲しいんだ」
「デュラン……」
デュランの手が……リデルの頭の傍、自身の首に回した腕へとそっと充てられる。
「そして全てが終わったら……君の想いに応えたい。 それまで待ってくれないだろうか?」
すると彼女はその大きな手に自身の頭を委ねる様に……そっと頭を下げて乗せた。
「……ええ、待ちますわ」
まるで互いの温もりを感じ合うかのように、二人が寄り添う。
そんな二人の姿は恋人というよりも夫婦のよう。
沈みゆく日の前で、二人はただ静かに寄り添い続けるのだった。
【救世同盟】のデューク=デュラン。
彼にもまた、勇と同じ信念と志があった。
思想を利用しようとしている訳では決して無く、純粋に世界を救える事を信じて。
勇とデュラン……道は違えど貫こうとする先は同じ。
そんな二人の進む道が交差し、相まみえる日はそう遠く無いだろう。