~終曲 〝若者たちよ〟~
茶奈の救助が成功し、勇の胸に抱かれた。
その様子は既に管制室に居る者達の目にも留まっていた。
途端、彼等の様子を映していた映像が消え……モニターが電源を落とす。
「二人だけの時間を覗き見る様な野暮ったい事はここまでにしときましょ」
そう小さく声を上げたのは、アルクトゥーン操縦桿を握るカプロ。
その周囲では他の仲間達全員が勢揃いし、しみじみとした喜びを見せていた。
彼等は茶奈が空へと飛び立った後、急ぎ追いかけていたのだ。
実は早い段階で、彼等は集結出来ていたのである。
それというのも……全てはディックの機転のおかげだ。
状況を察知し、第三部隊であるマヴォ達は即座に第二部隊の居る場所へ向かっていた。
そこで瀬玲とイシュライトを回収し、第一部隊の居る場所へ。
その頃に茶奈が空へと発った訳だが……それと同時にアルクトゥーンもまた第一部隊の居る場所に合流していたのである。
そこで全員が合流を果たし、即座に宇宙へと向けて飛び出したのだ。
スペック上、不可能ではないと思われていた大気圏単独離脱。
カプロにとっては当然初めての事……不安も大きかっただろう。
しかしそれすらをもやりきり……今こうして、宇宙空間へと辿り着けたという訳だ。
ちなみにアルディはあの後勇の手によって気絶させられて連行、現在アルクトゥーンの独房にて拘留中だ。
もし今回の作戦失敗を耳にしたら、どれだけ驚愕するだろうか。
あれ程科学論を展開してこのザマなのだから、惨めにもなろう。
だが相手はテロリスト……仕打ちとしてはそれくらいで十分だ。
「さてと……これで最初のミッションは成功ってトコッスね」
「皆さんお疲れさまでした。 ……私の読み違いで危機に晒してしまい、申し訳ありません」
莉那が皆の前でらしくない礼を見せる。
対して仲間達は責める事も無く、彼女の詫びに否定の声を上げていた。
「気にすんなってさぁ。 まぁ初めてにしては上出来なんじゃないかねぇ」
ディックの軽口も、こんな時には助けにも成ろう。
莉那の失敗も仲間達が補えばいい。
今回の茶奈の様に。
彼等はそれを理解しているからこそ……責め立てる様な事などはしない。
「ありがとうございます、精進致します」
「ええ、それでいいのですよ莉那さん……受け入れ、噛み砕き、自分の糧にする事が何よりも大事なのですから。 皆、それをわかっているから、これからもきっと貴女の事を信頼するでしょう」
例え孫であろうが、福留はこういう時に贔屓などしない。
そう語る口は、勇達を諭すものとなんら変わりはしなかった。
莉那もその言葉を前に、小さく頷き……力強い瞳を福留に向けるのだった。
「んで、ここで問題……ここがどこだか、わかるッスか?」
唐突な質問が飛び、思わず心輝達の頭を傾げさせる。
なんとなく察した者は思わず眉をぴくりと動かし、頷く様を見せていた。
「んーこたえは?」
「ナッチー……アンタ少しは考えたらどうッスかね……。 答えは、タイ上空宙域ッス」
その答えを前に、気付かなかった者達が驚きの声を上げる。
ここがタイ上空という事は詰まる所、降下直前だったという事。
どうやらミサイル撃墜は思った以上にギリギリだった様だ。
そしてミサイルはタイへと向かっていたのだ。
彼等が結果的にその付近に到達するのは必然だったのである。
「とはいえ……ちょっと大気圏離脱するのにエネルギーを大量に消耗しちゃったんで……後一、二時間くらいはここに居なきゃなんねッスけどねぇ」
さすがのアルクトゥーンも推進力をこれだけの労力に使えば消耗は激しかった様だ。
クリーンでエコな命力がエネルギーとはいえ、その消耗を補うにはこの艦に乗る人達の協力が必要不可欠。
急激に奪う訳にもいかず……降下に必要な力は、時間を置いて得るしかないという訳である。
とはいえ、それだけの短時間で補給が出来てしまうのも、この艦の強みといった所か。
「ほいじゃま……早速ッスが、お楽しみタイムにいきましょうかねぇ~うぴぴ」
するとカプロが突然コンソールを叩き、操作を始める。
彼が行ったのは艦内放送開始の操作。
「あーあー……艦内の皆様に連絡致しまぁッス。 現在当艦は色々ありまして、実は宇宙空間に漂っておりまス。 諸々の諸事情は後でお話するとしまして~……これより、居住エリア中央地下、底部展望室の重力制御を一時的にカット致しまス。 これにより、普段は経験出来ない『無重力体験』が出来まスので、興味のある方は是非とも足をお運びくださいまッスぇ!! うぴぴ」
そう通信を送ると、再び操作を行い通信を終える。
そして空かさず立ち上がると……その体を即座に180度回転させた。
「じゃ、行ってくるッス!!」
そこからのカプロは素早いものだ。
あっという間に部屋から走り去り、喜びのままに通路を駆け抜けていったのである。
興味本位の塊の様なカプロだ……一番楽しみにしているのは彼なのかもしれない。
突然の事で誰しもが唖然とする中……次々と興味のある者達が我に返り、その身を揺り動かした。
「俺も行ってくるぜッ!!」
「あ、ボクも行くぅ!!」
二人だけでは無く、あまり興味の無さそうな瀬玲や笠本も。
それに続き他の仲間達も足早に管制室から立ち去って行った。
それもそうだろう。
人類が自分達の力で宇宙に行くには未だ困難が伴う時代だ。
真の無重力体験など、短い人生の内で出来るかどうかもわからない。
だからこそ、誰しもが興味を持つだろう。
そしてそれは……彼女も例外ではない。
「莉那ちゃんも行って来ては如何ですか?」
「お爺様、ちゃん付けは―――」
「今は日本時間で言えば深夜、業務時間外です。 つまり今はプライベートタイムなのですよ?」
そうも言われればさすがの莉那も口答えが出来ず。
「若い内になんでも体験する事が大事です。 今しか無いのであればなおさらですよ? ここは私が見ていますから」
「……わかりました、行ってきます」
もしかしたら彼女も内心、興味があるのかもしれない。
それを表情に出さない彼女だからこそ真意はわかりかねるが。
落ち着いた足取りで莉那もまたカプロ達を追う様に管制室から退出していく。
兵士達も福留の許可の下、続き立ち去って行った。
残ったのは福留、そしてミシェルと龍だけだ。
「私もお付き合い致します」
「私もだ……こんな時こそ、私の様な者が代わりにならなければな」
そんな二人を前に福留は「ウンウン」と頷き、喜びに溢れた表情を見せる。
「ありがとうございます。 彼等にはこういう時間こそ必要ですからね、存分に楽しんで頂きたいものです」
「そうですね……これから凄惨な戦いが続くかもしれないから。 こうやって支えるのも、私達の仕事なのかもしれません」
老人達が、軍人が、若い世代に想いを馳せる。
これからの道を切り開く事が出来るのが若者しかいないから……こうする事でしか助ける事が出来ないから。
長い時間を楽しく過ごしてきた彼等だからこそ、今こうして譲る事もいとわない。
全ては……今抱き合う男女の様に……幸せを享受出来る世界を作る為に。
こうして、地球の半分を股に掛けた戦いは終止符を告げる。
彼等のお陰で醜悪な殺意は虚空に消え、広がろうとしていた負の思想は塞き止められた。
しかしこれが終わりではない事など、誰もがわかっている事だ。
未だ世界のどこかで、悪意が、殺意が、犯意が蠢いている。
それを止める事が出来るのはもはや勇達だけなのかもしれない。
だからこそ、彼等は戦う。
例え自分達の命を軽んじる事になったとしても。
今日のような事が起き続ける限り……彼等は戦い続ける。
そして、それは待つ。
小さく淡い光を放ちながら。
今その時、かの者が現れる事を焦がれながら。
彼等が降り立つであろう熱帯の地で……ただ、静かに……。
第三十一節 完




