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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十一節 「幾空を抜けて 渇き地の悪意 青の星の先へ」
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~動乱序曲 〝演説〟~

 アルクトゥーンがとうとうロシアを越え、フィンランドとエストニアの国境にあるバルト海へと到達した。

 その後の予定ではポーランド、チェコ、オーストリアといった国の人の少ない地域を選んで航行し、スイスへ入るといった算段だった。




 だがその日、日本時間で夜九時頃、現地時間で正午二時頃……突如として艦内が慌ただしさを見せ始めていた。


 事情を知らぬ民間乗員が慌て走る者達を遠巻きで眺める。

 そこから異変を感じ取った者がスマホの画面を走らせ、専用アプリで艦内情報を確認する姿が伺えた。

 有事の際、彼等にはリアルタイムで情報が伝わる事は無いからだ。

 彼等がアクセスしているのは艦内の公共システム。

 それにアクセスする事で何が起きているかは知る事が出来るが、それらは全て任意でしか知る事が出来ないという訳だ。




 そんな中……勇達が急ぎ、管制室へと走る姿があった。




キュゥゥゥン……


「待たせて済まない!!」


 管制室の扉が消え、勇達が揃って管制室へと足を踏み入れる。

 途端、彼等の目に……異様な光景が映し出された。


 それは管制室上部にあるモニターに映るもの。




 そこに映っていたのは……一人の人物が声高々に語る姿だった。




『―――かくして、我々【救世同盟】はこの世界を救わんと立ち上がった正義の集団なのだ!!』


 何処かの室内の中央に映った人物……それは顔と手以外が白い衣服で覆われた、茶褐色の肌を持つ男。

 全体的に細身ではあるが、力強い顔付きと顎全体を覆う深い黒の髭が特徴的。

 頭にはターバンが巻かれ、それが民族的である事をありありと見せつけていた。


 語る言葉はアラビア語だが、英語の翻訳が当てられ、艦内でミシェルが魔者の乗員に向けて通訳を行っていた。

 既にマヴォやカプロはその場に、他は英語かアラビア語がわかるのか静かに映像を注視していた。


「これは一体……」


「彼はアルディ=マフマハイド……【救世同盟】の内の巨大勢力の一つを束ねる有力者です。 どうやら彼は私達の行動に合わせて声明を発表する事にしたようですね……何をしようというのかまではわかりませんが」


 ミシェルの通訳を邪魔せぬよう、福留が後に訪れた勇達へ小声で伝える。

 その名前を聞いた途端、勇と茶奈、心輝が思わずその目を見張らせた。


「アイツがアルディ=マフマハイド……小嶋と会っていた人物の一人……!」


 勇が小嶋を捕まえる決定打となった数々の証拠の中に、小嶋とアルディの会合の画像もあった。

 その事から、その名前は彼等の中に強く残り続けていたのだ。


『だが数日前、世界を再び危機に陥れんと立ち上がった無法者達が名乗りを上げた……そう、【双界連合グランディーヴァ】と名乗った愚か者達の事だ』


 まるで勇達を極悪人かの様にこき下ろし、自分達の正当性を誇示する。

 しかしこれは政治や経済などでも良く見られる手法。

 憤慨する心輝やナターシャは別として、他の者達は冷静にその映像を見届けていた。


『彼等はあろう事か世界を救うと(のたま)いながら戦う事を否定する集団である。 そんな者達に我々は屈する訳にはいかないのだ!! ……いや、屈する事は万が一つにも無いだろう。 何故ならば、我々は戦う事を真に許したもうた神の思し召しの下で戦っているのだから!!』


 アルディが画面の向こうで手を組み、天へと向ける様に拳を掲げる。

 握りしめられた両手はこれでもかという程に震え、力強さをありありと見せつけていた。


『これは聖戦(ジ・ハード)である!! 神の下に集え戦士達よ!! 我々は屈せぬ!! 神が求め、願い、許して下さったこの戦いを永遠とし、生きる事に生を感じる為にも!!』


「随分と現実と宗教をミックスしてるもんだねぇ~……色濃い程にあっちの思想がありありと見えて気持ち悪いもんだ」


 ディックがそう鼻で笑いながらも、鋭い眼光をアルディへと向ける。

 それもどこか必要以上に睨み付けるような目付きで。


 そんな時、彼の横に立つ獅堂が苦笑を浮かべながら画面を見上げ……それとなく応えた。


「そりゃそうさ、知らないのかい? 彼は別名『砂上の戦教師(せんきょうし)』。 フララジカが起こるずっと前から戦いを説いて戦火を広げる事で有名なテロリストなのさ」


「へぇ……随分と詳しいじゃないかい?」


「さすがにね。 ディックさんこそ知らないとは思えないですがねぇ。 以前は軍人やってらしたんでしょ?」


 そう言われると、ディックは「やれやれ」と言わんばかりにお手上げを示しながら首を横へ振る仕草を見せる。

 何故獅堂がそんな事を知っているかはさておき……あまり彼は自身の過去を語らないのだろう。

 それを耳にした瀬玲が「ふぅん」と声を唸らせていた。


『―――そこで我々は来たるべき聖戦を迎えるべく、新たな行動を起こす事に決めた』


 途端、アルディの声がトーンダウンし……それが逆に勇達の注目を集める。

 冷静に見聞きしていた者、嘲笑していた者、憤慨していた者……いずれもアルディの豹変に何か不穏な空気を感じとったからだ。


 誰しもが押し黙る中……再びアルディがその手に熱を篭め、その強張った顔を画面へと向けて咆えた。


『先日、ここリビアより遠く離れたタイという国にて新たな魔者の国を発見したという情報が公表された。 我々はこれにあたり、その魔者の国を亡ぼす事に決定した。 準備が整い次第、攻撃を開始する』


「なっ……!?」


 これはれっきとした宣戦布告。

 しかも相手(隠れ里)は『こちら側』の技術など持ち合わせていないだろう……この動画を見る事が出来ない以上、奇襲にも等しい。


 一方的とも言える宣言を前に、さすがの勇も憤りを隠す事が出来ない。


「でも、攻撃って言ってもすぐには行動は出来ないハズですよね? リビアってどこなんでしょうか」


 龍が茶奈の疑問に合わせる様にパソコンを操作し、アルディの映像が流れる横に世界地図を表示する。

 アフリカでも有名なエジプトの左に位置するリビアが中心に映し出され、現在のアルクトゥーンの位置と合わせ比較されていた。


「ヨーロッパの南、地中海を挟んですぐの、アフリカ大陸の一国だ」


 位置的に言えば今の地点からほぼ真南、距離で言えば日本の北海道北から鹿児島南に到達するのとほぼ同程度の距離。

 そこにアルディが居ると思うと……緊張が場を包まずには居られない。


「しかしそこから派兵するとしても、一体何日掛けるのか……悠長に語っている程余裕があるのか?」


 龍の言う事も一理ある。

 こうやって宣言したとしても、遠くのタイまでの出兵となれば人も金も時間も膨大に掛かる。

 辿り着く頃には多くの敵に囲まれてしまう可能性も否定出来ないだろう。


 だがそんな思惑を……アルディが跡形も無く吹き飛ばす。


『我々は今日までに多くの協力者の賛同を経て力を得る事が出来た。 だからこそ成さねばならぬ!! 彼等の意思を汲み、現実を取り戻す為に!! ではご覧頂こう……これが我々の力の集大成だ!!』


「「「なっ!!?」」」


 アルディの声と手に導かれ、画像が大きく動く。

 そして彼の裏、画面に姿を現したのは……想像を絶する恐るべき光景だった。


 そそり立つのは巨大な鉄の柱。

 灰色と赤のペイントを施されたその柱は天を突く程に長大。


 まさに暴力の象徴そのものと言わんばかりの物体を前に……勇達はただただ驚愕する。






『刮目せよ!! これぞ万物を焼く神の業火の矢……【魔剣ミサイル】である!!』






 この様な物が出てくる事を誰が想像しただろうか。

 いや、現実には想像足り得たのかもしれない。


 カプロが今までに何度も『あちら側』と『こちら側』の技術をミックスした魔剣や道具を開発してきた。

 それを基礎に、多くの科学者が対命力弾や人工命力珠、そしてそこから派生する魔装兵器を開発、実験、実装を重ねて来たのだ。

 新しい知識、技術を得た人類の進歩はもはや留まる所を知らない。




 そして出来たのが【魔剣ミサイル】。

 遥か遠方であろうが紅蓮の炎で焼き尽くす事の出来る最強最悪の兵器の誕生であった。




 普通であれば材料を持ち込んだ時点で多くの国に知れ渡り、制裁を受けていただろう。

 しかし今は非常時である。

 【救世同盟】が跋扈し、多くのシンパを抱える今……そういった資材の入手は想像を超えて容易くなっていた。

 本来ならば止めるべき先進国が【救世同盟】として彼等にそういった機器を渡す世界になってしまっているのだから。


 そうでなければ、リビアの様な途上国にこの様な巨大ミサイルを造る事など出来はしない。

 技術的にも、資金的にも。

 全てはそういった物を所持する国から流れ、組み上げられた譲渡品である事が容易に予想出来る。


『この大陸間弾道ミサイル(ICBM)には当然核弾頭が搭載されている。 また、その力をおよそ三百基の命力珠コンバーターにより強化・増幅し、小型でありながら従来の核兵器よりも高い威力を誇るのだ!! これが我々の持つ裁きの矢である!!』


「何が裁きだふざけるなあッ!! そんなものを撃ち込んだら隠れ里どころか……タイや周辺諸国までがどうにかなってしまうじゃないかあッ!!!!」


 当然その威力は計り知れない。

 しかも核弾頭……撃ち込まれた土地は焦土と化し、放射能によって長い年月を未踏の地へと変貌させるだろう。

 その周辺に居るのは魔者だけでなく人の住む土地がある。


 それを知っていて……彼等は撃つ気なのだ。




 彼等はそれすらもまとめて焼くつもりなのだから。




 勇が思わず咆え、怒りを露わとするのも無理は無い。

 あまりにも衝撃的で。

 あまりにも残酷的で。


 これ程までに猟奇的な事を行おうとする人間を……勇は知らない。


『これが神の望んだ戦いであるならば、死すらも世界の為と言えるだろう。 犠牲こそが神の意思なのだ。 これは決して愚者たるグランディーヴァでは止めうる事など出来ぬ!! 今、我々はリビア中腹部に居る。 もしその自惚れが神に届くと思うならば……今すぐ我々を止めてみせよ!! お前達が襲い来ようと恐れはせぬ!! 死すらも神の望む事たれば、全身全霊を以って応えよう!!』


 アルディが高々と咆え、自信満々にグランディーヴァの面々を煽る。

 これは明らかな挑戦状、明らかな罠。


 彼等が本当にそこに居るかの確証は無い。

 そもそも魔剣ミサイルが本当に存在するかどうかも。


 だがアルディが虚構で演説をしているとは到底思えない。

 それ程までの力説だったのだから。


 多くの疑惑が管制室内に居る者達の脳裏に巡り、悩み頭を抱える。

 リビアへ行ってアルディを討つべきか、それともタイへ行って防衛線を張るべきか。

 共にリスクが高く、いずれも成功する可能性は薄い。

 それが彼等の声を紡ぎ、押し黙らせてしまっていた。




 そんな中……一人の男が顔を上げ、高らかに咆え上げる。




「皆……リビアに行こう!!」




 そう答えたのは当然……勇だった。


 腕を振り下ろし、力強さを見せつける。

 俯き意思を決めあぐねていた仲間達の悩みを吹き飛ばすかのように。


「これは間違いなく罠だと思う。 でも、俺達にはそれを突破出来る力があるはずだ。 アルディ達の思惑を打ち砕くには……それしかない!!」


 勇の言う事はいわば力による一点突破。

 それは単純明快であり、逆に罠に対して最も弱いとも言える一手。


 だが、勇達の力の真価を全て知られた訳ではない。


 勇達が持つ力は既に人知を遥かに凌駕している。

 並の人間の想像すら敵わぬ程に。

 それが通用する今ならば……突破する事は可能だろう。


 そして勇達の切り札はまだ多く存在する。


 自分達の持つ可能性が大きいからこそ……勇はそう決断したのだ。


「……わかりました。 では進路をリビアへ向けましょう。 早速ですが、その突破力を生かす提案がありますので移動しながら説明いたします」


「莉那ちゃん……ありがとう!! よろしく頼む……」


 もはや勇の言葉に異論を唱える者は誰一人として居なかった。

 誰しもが彼と同じ想いだったから。

 アルディの凶行を止める為に……力を奮う事を選んだのだ。


「それじゃ、一旦操縦を誰かに任せるッス。 ボクは一旦格納庫まで行くッスから、莉那ちゃんの話を聴いたら―――」

「話ながら向かいます。 ミシェルさんは進路上の各国へ通達を。 ズーダーさんは操縦を。 他スタッフは航路変更対応をお願い致します。 龍さんは私達と共に来てください。 作戦に不備が無いか御助言願います」


 途端、莉那が席を立ち、勇達を掻き分ける様に入口へと歩み出す。

 指示を受けた者達は佇み、勇達の出立を見送るかのように視線を向けた。


「じゃあ、行ってくる!」


 勇を筆頭に、戦闘部隊員が揃って残る者達に手を翳し応える。


 彼等の戦いに向けた意思は強く……去り際に見せた背中はいずれも決意に満ち溢れていた……。




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