~導き出された結論~
カプロの失意を他所に、オーストラリアでの戦いは最終局面を迎えていた。
勇達は遂に魔者達の王を見つけ、総攻撃を仕掛けていたのだ。
だが……その王は思った以上の強敵。
持つ魔剣こそ強力と名高い原初の魔剣【古代三十種】ではないが、その力はそれに足る程に強力無比な柄の長い巨大戦斧。
リーチと、それを操るスピードに彼等は翻弄されていた。
その実力は今まで戦った王と比べても屈指の実力者。
以前対峙したギューゼル達と比べれば見劣りこそするものの、油断すればやられてしまいかねない。
伊達に強者達の王ではないという訳である。
そんな時、仲間達の視線が勇へ集まる。
今まで多くの強者である王達を屠り、実力であるならばもはや最強を名乗ってもおかしくない彼の一太刀に期待を寄せていたのだ。
そしてそれに気付いた勇は覚悟を決め……剣を抜く。
そこに現れたのは……藍色の翠星剣……【勇星剣】。
「やるしかない……俺がやるッ!!」
彼の心には未だ声が響く。
『その剣を使ってはいけない』と。
彼の様な彼ではない声が断続的に響き続ける。
感覚に近いそれは……まるで囁きだった。
しかし勇はそれでもなお、剣を振り上げ声を張り上げる。
全身に力を篭め、そして……王へ向けて飛び出した。
「うおおッ!!!」
「来るカッ!!」
もはや目に捉えられるレベルの速度ではない。
彼の気配だけが残像と成って光の様に跡を残す。
その素早さはまさに雷光。
一瞬にして死角へ回り込み、その敵意を王へ向ける。
しかし王は本能でそれを予見し、既に防御態勢に入っていた。
だが、勇の戦闘センスはそれすらをも凌駕する。
死角へ回り込んだのは布石。
それは更なる攻撃への手順に過ぎない。
彼が立っていたのは……王の真正面だったのだから。
「なッ!? がぁッ!?」
気配だけを死角に残し、雷光たる速度すら超えてその場に現れた勇に……王は全く反応する事が出来ずにいた。
ただ意識だけが……「何故か正面に居る敵の様な何か」と認識し、硬直する。
そして勇の構える魔剣が切っ先を向け……鋭く一筋の軌跡を描いた。
キュウンッ!!
それで全てが終わり。
そう思っていた。
ガシャァーーーーーーンッ!!
その瞬間、幾多の金属片が宙を舞う。
砕けたのは……勇星剣であった。
「なっ……!?」
まるでただの金属の棒の様だった。
力を篭めても、篭めなくても。
備え付けられた命力珠が魔剣を強化しているはずだった。
その力でも十分斬るだけの力はあるはずだった。
だが、勇星剣はその衝撃に耐える事無く……無残にも粉々に砕け散ったのだ。
勇の体が斬撃の勢いに身を任せ、王の背後に着地を果たす。
そんな彼の顔は失意を含んだ絶望の表情。
攻撃を成す事が出来なかった。
仲間の期待に応えられなかった。
カプロの造ってくれた剣をみすみす壊してしまった。
幾つもの失意が彼の心に大きな闇を堕とす。
しかしそんな勇の背後に巨体が忍び寄っていた事に彼は気付いてはいない。
「アリの様ナ、小童が……クク……死ぃねェ!!」
声がして初めて勇は気付く。
その狂気、その殺意に。
そして見上げた時……王は既に、魔剣を振り下ろそうとしていた。
「勇さんッ!!」
「勇ーーーッ!!」
「ああッ!!」
仲間の声も虚しく、振り下ろされた斧の刃が勇へと襲い掛かる。
どくん……
その時、世界が止まった。
キュィィィーーーーーーーーーン!!
その瞬間を誰が認識出来たのだろうか。
それはまさに刹那。
人が認識するしない以前の次元の出来事だった。
声を上げる茶奈達の目の前に立つのは、勇本人。
そしてその手に輝くのは……見紛うこと無き【光の剣】。
ズズゥーン……!!
魔者の王が力無く崩れ落ちる。
その体が縦に分かれながら。
途端、生きていた者も、死んだ者も光に包まれ始める。
王が死ねば光に消える……それはフララジカが始まってからずっと続く事象の一つ。
たちまち彼等は光の粒子へと姿を換え……空高く舞い上がっていく。
後に残るのは、夕焼けを交えた青い空だった。
◇◇◇
「勇さんッ!! 申し訳ねぇッス……ボクの認識不足が招いたミスッス……」
勇達が日本の成田空港に降り立ち、最初に出迎えたのは誰でも無いカプロ当人だった。
どうやら勇星剣の件を聞いていてもたってもいられなかったようだ。
だがそんなカプロの姿を前に、勇は優しく微笑み返していた。
「仕方ないさ。 実物をお前に見せられなかったし、それに俺も何となくわかっていたんだ……けど使わなきゃいけないと思って……お前の気持ちに応えられなくてごめんな?」
たちまちカプロの目元からは涙が溢れ……感極まった彼は勇へと抱き付いた。
勇もそんな彼の気持ちを汲んだのだろう……そっと励ます様に「ぽんぽん」と頭を撫でるのだった。
勇星剣自体は決して失敗作では無かった。
完成度で言えば完璧と言っても過言ではない代物だ。
では何故、簡単に壊れてしまったのか。
その原因は、勇自身にあった。
彼の謎の力は常に放出し続けているようなものだった。
意識すれば止める事は出来るが、加減をしなければ幾らでも出続ける……そんな力。
おそらくそれが無いと思われているのは、人や魔者が認識出来ないからに過ぎないのだろう。
世の中には真空発生器と呼ばれる機器がある。
それに空気を流し込むと、機器の反対側から吸引を始めるという代物だ。
その機構をざっくり説明すると……空気を内部で吹き付け、空気の流れを作る事で吸い込む力を生み出すというもの。
勇の体と勇星剣に起きた現象はいわばそれに近い原理だった。
体から発せられる謎の力が勇星剣に篭められた命力をとめどなく引き寄せ続け、最終的にはゼロ……つまり、魔剣が死ぬまで吸い取っていたのだ。
勇が振るった時、勇星剣は既に死んでいたのである。
それはまるで勇本人が命力珠になった様なものだ。
だがその吸い取った力は彼の体には籠らない。
全ては大気に消えるのみ。
言うなれば、彼はもう命力に関わる全てを使う事が出来ない……つまりはそういう事。
それがカプロの導き出した最終的な結論であった。
この事実が、後の彼にとって大きな転換の材料となる事を、まだ誰も知る由は無かった。