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時き継幻想フララジカ 第三部 『真界編』  作者: ひなうさ
第三十節 「誓いの門出 龍よ舞い上がれ 歌姫を胸に抱きて」
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~激風 子の心親知らず~

 アルクトゥーンが東京へ到達した翌日の朝。

 魔特隊本部には多くの人々が訪れていた。


 藤咲家を始め、園部家、相沢家は当然の事。

 レンネィや愛希達、倉持や池上、心輝や瀬玲の友人からナターシャの恋人である竜星まで……該当する人物がこぞって集められていたのである。

 今日この日は当然平日。

 仕事や学校はあるのだが……この日だけは急遽休みをとってもらい、こうして参じてもらった。


 その理由はもちろん……今後の勇達との同行に関する説明会に参加してもらう為だ。




 先日福留が勇達に説明した通り、今後機動旗艦アルクトゥーンによる行動がメインとなる。

 その間に家族や友人が【救世同盟】に捕まり人質とならぬよう、彼等に同行を願い出る必要があった。


 もちろん、このままただ黙って付いてくる訳にはいかないだろう。


 彼等にも生活がある。

 これから行おうとしているのはいわば先の見えぬ『無期限の出向』。

 学校や仕事、交友や趣味活動などに支障をきたす可能性があるのだ。


 例えどの様な配慮をしても、世界は月日を刻む。

 学生など顕著で……アルクトゥーンに乗ってしまえばその間だけ休学扱い、戻っても時期次第では低学年層と一緒に授業を受ける羽目になってしまうだろう。

 会社も、籍を残していたとしても久しく仕事をしていない人間に甘くするとは考えにくい。

 交友や趣味活動も同様で、アルクトゥーン内で出来る事は限られてしまい、広くは出来ないかもしれない。


 そういった事は政府の協力があっても防ぐ事は不可能。


 そんなリスクを知った上でどうするか……それを同行推奨者達に判断してもらう為の説明会なのである。




 本部建屋二階、ミーティングルーム。

 勇達が見守る中、福留が集まった人々へ向けて壇上から説明する。

 対して中央に座るのは当然、関係者の人々だ。

 語ったのは今後の簡単な計画から始まり、彼等への危険は無いという事の根本的な説明など。

 そしてこれから語るのは、出向した場合の各所属機関への政府サポートとリスク、出向しない場合の対応とリスク。

 こういった説明も手馴れたもので……次々と話題を上げ、配ったパンフレットに沿う様に話を進めていく。

 始めは強張りを見せていた面々も次第と納得し、自分達の進むべき道を真剣に悩む者がちらほらと見え始めていた。


「―――もし同行する事になった場合ですが……日本政府からの手厚い補助が確約されます。 出向期間中は政府への重要案件への従事相応の経歴が与えられ、全てが終わった後での生活が有利になるでしょう。 例えば就職・転職・進学などにお墨付きが付く訳ですね。 また、在職・在学希望の方々には各々の所属機関へ籍を残すよう通達がなされます。 これによって、不利な経歴は付きません」


 勇達との同行で彼等が不利になる事は避けねばならない。

 それが福留と、日本政府の打ちだした答えだった。


 勇達のこれからの活動はいわば世界的な救済活動である。


 だからこそ、可能な限りのサポートを行う事が最も大事だと結論付けた。

 これは国連でも承認された、世界を股に掛けた立派な政策なのだから。


「とはいえ、直接関係の無い人々は今後も今まで通りの生活を続ける事となりますので、業務からの離脱や休学といった扱いは免れません。 同行を決めた方々はそういったリスクがある事を理解する事が必要となります。 もちろん、アフターケアはしっかりとさせて頂きますがね」


 例え()()()()があろうと、世間の目は厳しい。

 そうなってしまった場合に新しい道を選ぶかどうかの選択肢は同行者にあるが、アフターケアとはそれを支える為の対応も行うといったもの。

 例えば、結果的に退学などをしても、再びどこかの学校への入学・進学・編入のサポートが執り行われるという事だ。


「次に……同行しない場合ですが、こちらも基本的には政府サポートが適用されます。 重要人物保護プログラムが適用され、常時周囲の監視が行われる様になるという訳です。 これにより不審者などとの接触の抑止力にもなりますが……これは人力管理(マンパワー)ですので確実性に乏しく、必ず保護出来る保証はありません」


 変わらず生活を続けるという事は詰まる所、常に移動している対象を保護しなければならないという事。

 実生活において、他人の世界に足を踏み入れるなど容易い。

 街中、人通りの多い道、電車の中……人が多い所でアクションを起こされれば気付かぬ内に事が終わっている可能性も否めない。

 それを防ぐのは人力……人個人にしか出来ない。

 福留の言うボディガードの様なプロフェッショナルが護衛に居たとしても……必ず守りきれる保証はどこにも無いのである。


 かつて起きてきた要人の暗殺などを見ればその真偽は明らかであろう。


「また、同行しない場合は経歴に関する政府サポートに期待せぬようお願い致します。 日本政府と致しましては同行を推奨している為、しない場合に対する恩赦は適用外となっておりますので」


 つまり、「身の安全を守りはするけど、生活は自力で」という訳だ。

 当然だろう、危険を除けば彼等はいわゆる一般人と同じ立場となるのだから。

 勇達へのリスクにもなり続けるという意味で言えば、むしろマイナスイメージの方が強いと言える。


 一般の人々との待遇の差が出来てしまう事への懸念対策の一つであろう。


 「NO!」と言い続けて甘い汁だけは吸うなど許されないのだから。

 

「―――以上が同行に対する説明となります。 ここに居らっしゃる皆様はいずれもが対象者となっており、場合によってはその親族もが対象となりえます。 まずは各々で考えて頂き、その上で同行するか否かを決めて頂きたく。 その点の質問は随時受け付けておりますので、その際は遠慮なくパンフレットに記載された電話番号へご連絡願います」


 彼らに配られたパンフレットには今説明した事だけでは無く多くの例題が描かれており、それだけでも十分説明が付く。

 それでもわからなければ口頭による説明を受ける事が出来るという、二段構えの対応だ。


「最終決定は二日後、金曜までとなります。 短いですが、皆さんの安全を考慮するとこれ以上の猶予を取るのは難しいと判断しての事ですのでご了承願いたく」


 アルクトゥーンの到達予定日が早まった事で結果的に判断期間を縮めてしまった。

 事情もあって仕方の無い事であるのだが……短期という事もあって、傍聴者に動揺を呼ぶ。


「先程も申しました通り、関係者の方々にいつ【救世同盟】の手が及ぶかは知れません。 政府としましても瀬戸際での防護策は講じておりますが……旅行者の中に『刺客』が紛れていた場合、必ずしも全てを塞き止める事は困難を極めます」


 【救世同盟】の志を持つ者を外見で見分ける事が出来る訳も無く。

 一般人にも浸透しているともあり、例え税関が戒厳令を敷いていたとしても判別する事はほぼ不可能だろう。

 だからこそ、政府は同行を推奨しているのである。


「また、これからの戦いにおいて皆様の存在は勇君達の心の支えにも成りえます。 だからこそ皆様の御協力をお願いしたいのです。 英断を、どうかよろしくお願い致します」


 福留がそう言い切ると、深々と頭を下げる。

 政府の代理として、勇達の仲間として。

 そして平和を強く望む者として。




 背筋を伸ばしたまま上半身を直角に落とす姿は、ただただ美しく流れる様に……堂々としたものであった。




 誰しもが口を紡ぎ、己の心に決断を委ね始める。

 これで話が終わり……そうとも思える間が生まれていた。




 だが、そんな静寂を、一人の声が……引き裂いた。




「……もういい加減にしてくださいッ!!」




 空気を斬る様な甲高い声、震えながらも力強い発声。

 ……それは怒号。


 途端、怒りを打ち放った者へ周囲の視線が集まっていく。




 その視線の先に居たのは……心輝の母親であった。




 「どうしてそこまでして争う必要があるっていうんですかッ!! そうやって戦って……あずちゃんが死んじゃって……また戦って!! そしてまた私達から家族を奪うんですか!! ……そんなのはもうたくさんよおッ!!」


 彼女の溜まりに溜まった感情が遂に溢れ出る。


 元々、心輝やあずが戦いに赴く事に賛成していた訳では無かった。

 ただ本人達が自由気ままで、彼女の制止を振り切って決めたから。

 そして二人が死なない様に政府が支えるという言葉を信じたから。


 だが結果として、亜月は死んでしまった。

 母親として、愛する我が子が死ぬ所を見る程辛い事は無いだろう。


 しかも……二回も、である。


 魔剣兵の媒体として使われていた事を知った時から……彼女の心はもう限界だった。

 これ以上に無い程打ちのめされて、それでもまだこうやって戦いに準じさせようとさせるから。


 咆えずにはいられなかったのだ。




「これでまたシン君が居なくなっちゃったら……私達はどうすればいいのよおッ!! もう私達の家族を奪わないでよおッ!!!!」




 声が枯れてしまう程に強い叫びだった。

 心の奥底から溢れ出た本音だった。

 それが余りにも心に刺さり過ぎて、誰しもが声を殺す。

 他の親御達も気持ちがわかるからこそ……悲しみを共感したかの様に俯く様を見せていた。


 たちまち心輝の母親のすすり泣く声が部屋に小さく響く。

 もはや誰もが声を掛ける事すら出来ず……頭を上げた福留も、哀れみを秘めた細い目を向けて押し黙る程。






「オフクロ……悪いんだけどよ、俺は何があっても戦いを辞めるつもりは無いぜ」






 そんな時、沈んだ空気を打ち払ったのはあろう事か―――息子である心輝であった。


「シンく―――」

「俺達の戦いはよ! ……もう好きだとか嫌いだとか、戦いたいとかそうじゃねぇとか……そういう次元の話は、もうとっくに通り過ぎてんだよ……」


 母親の声すら塞き止める程の大声が大部屋に響き渡る。

 心輝の募る想いを乗せた、今にも詰まりそうな声が。


「俺だってあずが死んだ事は辛かった……こないだだってそうだよ。 でもよ、だからって何かを出来る奴が止まって、何もしなくて……それで世界が終わっちまったら何の意味も無くなるじゃねぇか!! いくら悲しんだって、苦しくたって……それを結局止めなきゃ、皆死んで終わりじゃねぇか!!」


 募りに募った想いは心輝だけではない。

 勇も茶奈も瀬玲も……皆一緒だった。

 現実を知る誰しもが、その拳に力を篭め……強く握りしめる。


「俺はそんなのこそごめんだ!! 例え傷付いたって、ボロボロになったってよ、俺に出来るのが戦いなら、俺はそれを全力でやりきるぜ。 じゃなきゃ、これから力が無くても動こうとしている人達に申し訳が立たねぇ。 ……これはもう、個人が我儘でどうこう言える問題じゃあねぇってわかってくれよ……」


 そう言い切り、心輝の口が閉じる。

 対して彼の母親は……決意の声を前に唖然としていた。


 きっと彼女自身も、自分の言った事の理不尽さはわかっているのだろう。

 でもそう言わずには居られなかった。

 そんな事は、彼女の事を知る者ですらわかりきってる事でもあったから。


 でも息子の放った言葉は自身の言葉を遥かに凌ぐ程の重さで。

 

 それでいて、真っ直ぐに彼の決意を心に感じたから……彼女はもう何も言う事が出来なくなっていた。

 これ以上言えば……自分がただ惨めになるだけだという事を理解してしまったから。


 途端に心輝の母親が項垂れ、机に突っ伏した。

 それを心配した心輝の父親や祖父がそっと肩を抱き慰める。

 そんな様子を前に、心輝は静かに自身の昂った感情を押し込む様に口を窄ませていた。


 するとその時、不意に一人の人影が立ち上がる。




 立ち上がったのは……勇の父親であった。




「園部さん……お気持ちは察しますが、一つよろしいでしょうか?」


 


 それは慈しみを篭めた、耳を撫でる様な優しい一言。

 その声に気付くと、茫然としていた心輝の母親達がそっと彼へ向けて視線を向け始める。


「私達も初めて勇が戦いに行くと言った時、怖くて怖くて仕方ありませんでした。 時にはボロボロになって帰ってきて……まさかって思う事さえあったんです。 でもね、勇は毎度言うんです……『俺は死ぬ気は無いよ』、『帰ってこれる様に願っててくれ』って」


 勇の両親も、勇や茶奈が戦いに赴く事に幾度となく反対してきた。

 それでも、彼等しか出来ないから……送り出すしか無かった。

 それは今でもそうなのだから。


「……勇も茶奈ちゃんも、心輝君も瀬玲さんも……皆、死ぬ為に戦う訳じゃないんです。 生きる為に戦うんです。 だから皆わかってるハズです……生き残る為に戦う方法を。 だからこうして皆、今こうしてここに居られる。 亜月さんも、勇を生かしたかったから体を張ってくれたんだと思っています。 私達はそう、信じたい!」


 死ぬ為に戦場に赴く者など居はしない。

 少なくとも、勇達は生き残りたいからこそ、その力を高め続けて来た。

 そして明日を得たいから、その力を行使する事を決めた。


 そう決めた彼等はもう、昔の彼等ではない。


 もう彼等は……十分に強いのだから。


「だから園部さん……心輝君を信じてあげてください。 勇達を信じてあげてください。 きっと皆が協力すれば、上手く行くでしょうから……私達が出来る事をして、皆を支えませんか」


「……はい……そうですね……ごめんなさい、取り乱してしまって……」


 気付けば、心輝の母親を心配した瀬玲の両親もが、彼女の肩をそっと摩っていた。

 古い付き合いともあって、気心の知れた人の思いやりが彼女の心を癒していく。

 勇の両親とも気付けば数年来の付き合い……こうも諭されれば、理解する事も出来はしよう。

 少なくとも……彼等は彼女と同じ立場なのだから。


「妻に代わって謝らせてください。 ご迷惑をおかけしました……」


 小さく縮こまった彼女を抱き、心輝の父親が皆に向けて声を上げる。

 しかし彼等に対して非難の声を上げる者など……皆無だった。


 それどころか同情の声を掛け、彼女達を慰めるかのよう。


 幸いにも、この場に居る人間は皆……人としての優しさを持ち合わせていた。




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