~悪風 空と海に蠢く~
勇達が空島へと向かっている頃……。
空島【アルクルフェンの箱】では、既に戦闘が繰り広げられていた。
周囲は黒い突風が吹き荒れているが……そんな物などものともせず、次々と深緑のボディを有した航空機が空島上空へと到達していく。
台風の目とも形容出来る島中心部へと到達すると……航空機は着陸する事無く周囲を回り、内部から出て来た多くの兵士達が降下を始めていた。
いずれも軍服の様な迷彩色の服を身に纏い、簡易的な軽量魔装を身に着けた者ばかり。
しかしその服には所属する国や団体を示すエンブレムは飾られていない。
そう、それが言うなれば【救世同盟】の証。
無国籍、かつ全ての軍事戦力に対する敵。
恐怖を煽り、戦いを助長する者達。
彼等は総じて、自分を飾らない。
世界を守る為に……彼等は自分を棄てた存在なのである。
表層部でも既に戦闘が繰り広げられ、無数の光が飛び交っていた。
それは銃弾の火薬が弾けた光。
幾多もの銃弾が撃ち出され、激しい攻防を演出するかのよう。
島の入り口を守るのは国連兵達。
だがその数はまばらで、自身の身を護るので精一杯といった状況だ。
中には非戦闘員もおり、彼等の裏で脅え隠れる者も少なくは無い。
既に数人の救世同盟兵が空島内部へと侵入を果たし、戦況は彼等側へと傾きつつあった。
激しい爆発音がけたたましく鳴り響く中……空島内部。
白い壁に覆われた、人幅三人分程の細い通路。
そこに国連兵に守られながら縮こまる一人の毛玉が居た。
「ウヒイイイイ!! ヤバイッス!! このままじゃヤバイッスよぉ~~~!?」
彼がカプロ……勇達の親友とも言える存在である。
だが見せる姿は以前と同じように憶病で……大袈裟な所は変わらない。
数人の護衛が押し寄せてくる救世同盟兵へ向けて発砲し迎撃する中、外からの爆発音が響く度に足がすくみ、縮こまる。
彼が足を止める度に彼等は立ち往生し、国連兵達が堪らず憤りの声を上げていた。
「怯えていないで早く逃げてください!!」
そう叫ぶのは近衛の女性兵、しかも魔者だ。
比較的人に近い様相を持つ彼女は他の隊員同様に魔装とヘッドギアを纏い、銃を片手に彼の手を取る。
半ば引きずる様に通路の奥へ奥へと走っていくが、既に大人になって大きくなったカプロを運ぶのは屈強な魔者であろうといささか骨が折れる様で。
仲間達が援護するが……その後退速度は明らかに攻めて来る敵と比較しても格段に遅い。
「やっぱりやる事やっとけばよかったッス!! もうこの際ロナーさんでもいいッス!! もうここでやっちゃいましょ!! ねッ!?」
「馬鹿な事言ってないで自分の足で走りなさい!! あと私で妥協するんじゃないッ!!」
カプロの相変わらずの調子の良さであるが、状況が状況なだけに誰もが笑えない。
ロナーと呼ばれた近衛兵も、半ば怒りを露わにした表情を浮かべながらカプロを引き続けていた。
「ガッ!?」
そんな中、護衛の一人が凶弾に倒れ、地に伏せる。
肩に被弾した様で生きてはいるが、どう見ても戦闘続行出来る状態では無かった。
「カルロスッ!?」
「に、逃げろロナー!! グゥエンッ!! お前達だけでも……ここは俺がッ!!」
だが負傷したにも関わらず、カルロスと呼ばれた負傷兵はなお落とした銃を拾い、応戦を始めた。
例え負傷したとしても護衛対象を守り通す……彼は紛れも無く兵士だったのだ。
「カルロス……行くぞロナー、カプロ氏を早く安全な場所へ!!」
「りょ、了解……!!」
カルロスはその身を挺して彼等を庇い、逃がしたのだ。
その想いを無駄にせぬ様……ロナー達はカプロを引っ張り上げ、長く続く通路の先へと走っていったのだった。
「ンヒィィィィィィ!!」
カプロの情けない叫び声を響かせながら。
戦場を包む風は徐々に【救世同盟】の色へと染まりつつある。
この状況を打開する事が出来るのは恐らくもう、勇達しか居ないのだろう……。
◇◇◇
空島の直下、洋上。
そこに一隻の空母と、二隻の駆逐艦が並び航行していた。
上空吹き荒れる戦いの風と打って変わり、その場は至って無風。
いや、恐らくは既に……嵐が過ぎ去った後なのだろう。
空母に靡くのは、青と赤に幾多の星が目立つアメリカの国旗。
だが、旗が無駄に靡くだけで……その甲板には誰一人として歩く姿は無い。
人影が見えるのは……船を見渡せる艦橋内のみ。
そこではあろう事か、捕縛された兵士達が幾人も並べられ、数人の銃を持った者達に包囲されていた。
包囲する者も、される者も、皆同じ軍服を着込んで。
「貴様……本当にこんな事をしても良いと思っているのか……!!」
艦橋内で縛られた一人の白髪の男が唸り声を上げる。
その男の首元に下がるのは勲章の山。
階級を表すエンブレムもまた、相当な高位である事を示すデザインを象っていた。
「当たり前ですよ艦長……全ては世界の為に、ですから」
対する者も相応の立場の人間なのだろう。
首元に下げる勲章のみならず、その身の振りはどこか威厳を感じさせるものであった。
そう、彼等は総じて空島の警護の為にやってきた空母の乗員だった。
だが、結果……内部に潜んでいたスパイに気付かず、空母は彼等によって制圧されてしまったのである。
艦長の前に立ちはだかる者こそ、この艦の副艦長。
相応の立場の人間がまさか【救世同盟】の思想に傾倒していたなどとは思っても見なかったのだろう。
そんなやりとりが行われている間も、空母の輸送艦載機が空から帰ってくる。
それは先程空島上空を飛んでいたものだ。
空母を乗っ取られた時から……艦載機までもが彼等に利用されていたのである。
では、それらに乗る兵士達は何処から来たのか……。
その答えは簡単だ。
傍を航行する駆逐艦からやってきていたのである。
空母を挟む様に浮かぶ二隻の駆逐艦には国旗は掲げられていない。
二隻の駆逐艦こそが【救世同盟】の駆る船だったのだ。
制圧した空母を完全に乗っ取り、空島へ兵士を送る為に……こうして今、ここに居るのである。
駆逐艦から飛ぶヘリコプターが空母へ移る度に、多くの兵士が甲板へ姿を現す。
彼等は完全に空島を乗っ取るつもりで動いていたのだ。
「空島を制圧すればユウ=フジサキの行動は制限され、停滞するだろう。 そうすれば世界は滅びから遠ざかるのだ。 何としてでもこの作戦は成功させねばならぬ事なのだよ」
「正気か……!? 訳の分からんペテン師に騙されて恥ずかしくないのかッ!!」
「ほざくがいい……いずれ理解する事だ。 その時は嫌がおうにも従ってもらう。 もちろん末端としてこき使ってやるさ」
もはや艦長の声は届かない。
それほどまでに、副艦長は【救世同盟】の思想に浸かっていたのだから。
聞く耳も持たぬ彼を前に……艦長ももはや上げる声を失い、静かに項垂れるのみ。
慈悲は無い。
そう悟らせるには十分過ぎる状況だったのだ。
だがそんな時、救世同盟兵であろう一人が大きな声を張り上げた。
「これは……レーダーに反応!! 上空、北北西より超高速で接近する影あり!!」
「何ッ!? まさかッ!?」
副艦長が慌て、報告を上げた者の傍へと駆け寄っていく。
その眼に映ったのは紛れもない、信じられぬ速度で近づいてくるレーダーの反応であった。
「奴等……こんなにも早く……!! 現在攻略中の人員に通達せよ、ユウ=フジサキが来るぞ!!」
そう、それは間違いなく勇達。
予想だにもしなかった事態に、救世同盟兵達の顔色が一挙に変わる。
勇はそれ程までに恐れられた存在なのだ。
しかし彼等は小嶋の様に油断はしない。
彼等はこれでも戦う為に訓練してきた者達だ。
想定外を跳ね返す為に、あらゆる可能性を考慮する事を叩き込まれてきたのだから。
空で、海で……多くの者達の意思を乗せた風が飛び交う中……遂に勇達が空島へと到達を果たすのだった。




