01 地球は滅亡
田舎のような、都会のような、そんな平凡な街で産まれた俺はサッカーや野球をやるわけでもなければ、デジタルモンスターや仮面ライダーに興じる事もなく、気が付けば中学1年生になって、MDウォークマンを操作しながら登校していた。
今日は、緑のMDだ。これには、高い金を出して借りたCDアルバムが録音されている。ガンダムの主題歌集。耳を突き抜けるその音楽はアニメの映像を想起させ、テンションを上げながら境界線を目指す。
在来線を跨ぐ大きな橋の中腹、一番高い所でイヤホンを外す。ここが境目だ。ここを抜けると、退屈な学校生活が始まる。高いところから見渡してみる。見慣れた鞄を背負った奴らがうろうろと歩いている。アリンコのようだ。ここからまた降りていけば、俺もまたアリンコになる。
コンビニを通過し、横断歩道を渡り、アリンコの俺はもうすぐ中学校に着く。MDプレイヤーは学校に持ってきてはいけないというルールだ。カバンに隠す。
「おはよう、バナナ」
後ろから声をかけてきたのはクラスメートの茂木くんだ。バナナというのは俺のあだ名だ。俺は全く持ってこのあだ名を認めていない。
「おはよう」
「ダルいよなー、学校」
「ダルいなー」
「バナナは部活無いからいいよな」
「部活ないのはダルいよ」
「部活ある方がダルいわ」
ダルい、というのが俺のクラスの流行語であり、担任のヨシオカ先生に禁止されていたワードだった。
2人でとぼとぼ歩くこと2分。
我らがダルい中学校、通称〝ダル中〟にたどり着く。今日も校門の前には学習塾の宣伝をするスーツ姿の大人がビラを配っていた。
1年4組。これが俺たちのクラスだ。40人いて、担任のヨシオカ先生がいる。女子は19人いて男子の方が多い。世の中、女子の数が少なければ、地球は滅亡するのでは無いかと思う。思うだけだ。思うだけダルい。
俺は部活をやっていないから、友達は少ない方だ。それでも毎日ライトノベルを読んでいる小暮クンのような立ち位置ではなく、休み時間になれば4人くらいで会話できるメンバーがいる。そんな日々が俺の中学生活だ。
冴えない日々の退屈で無駄な描写は省く。
気が付けば放課後だ。
俺は中身の無いカバンを手に取り、教室を出る。掃除当番は再来週だ。部活に明け暮れるクラスメートの背中を見ながら、玄関へ向かう。へんな匂いのする下駄箱。廊下から響くヤンチャ系3年生の叫び声。それに応える女子の声。玄関先でバレーの練習をするアホ共。それらを無視して、俺は校門を抜ける。
今日もまた、家に帰るだけだ。
何をするわけでもない。
先生に禁止されているが、こっそりコンビニに寄る。昨日のマガジンを読み忘れていた。立ち読みを、ドキドキしながらする。
コンビニを出て、学校を背に、在来線を跨ぐ橋の中腹を越えたとき、俺の世界は薔薇色になる。
境界線を越えた時、直ぐにMDプレイヤーをカバンから取り出して、イヤホンを両耳にさす。絡まったケーブルを戻し、ケーブル付属の細長いリモコンを押した。
右の耳と左の耳は、イヤホンが発するデシベルを、欲している。ハッスルにホッスルわけだ。
ボリュームを捻って、音をあげる。
+(プラス)、
+(プラス)、
+(プラス)、
かき消す。
周りの雑音を。
かき消していく。
俺は音漏れをしながら、耳をいたぶりながら、音楽の世界に入り込む。
それは素敵な、素敵な演奏と歌声。
俺の世界は学校じゃない!
もっと素晴らしい何かを求めているんだ。
橋を渡りきった時。見たことある顔とすれ違う。クラスメートの女3人組。何故か心臓がバクバクする。イヤホンを付けてることをバレたく無いから?女子だから?とにかく真顔ですれ違う。すれ違って、ちょっと音量を下げてみる。噂話はされて無いだろうか。ちょっと気になる。気になるだけだ。気になるだけダルい。
頼むから、境界線を越えてから、俺の世界に干渉しないで欲しい。
こうして家に帰る。
誰もいない家に。