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ストレイクーガ辺境伯

 10日ほどの旅路の末、開拓団は無事ストレイクーガ辺境伯領にある魔境から王国を守る都市エイムサハールに到着した。

 高く分厚くそして長い防壁には物見の為の鐘楼が幾つも建てられ、防壁の向こうに広がる魔境への警戒が窺い知れた。

 そんな危険と隣り合わせに見えるエイムサハールだが、その街は王国でも5本の指に入るほどに栄えている。

 通称『冒険都市』と呼ばれるほど大勢の冒険者が生活しており、彼らから毎日多くのモンスターの素材が届けられ、それを求める商人達から金貨が雨霰のように降り注ぐからだ。



 もっともそんな羽振りのいい話は今のギンたちには関係のない話だが……


「なぁ、ギン。金貸してくんね?」


「ねぇよ……」


 やさぐれたアルバーと開拓団御一行と共に街の外でこれまでの行程同様天幕張っての夜営である。

 一応出発までに戻ってこれば街の中に入ってもいいそうだが、そんな金回りのいい街なら領主があれやこれやでチューチュー吸う。おかげで街に入るための通行税やら物価やらがくそ高くとてもじゃないが遊びにいけるわけがない。

 なのでギンたちにできることはにぎやかなエイムサハールの街を想像するか、防壁の向こう、冒険者たちが狩りを行う通称『魔の森』のさらに奥、天高くそびえ立ち雲を貫き連なる『神竜山脈』の山々の頂を眺めるかの二択である。


「今頃フィリオ様と御付き連中は領主からあれこれもてなされてんだろうなぁ…」


「そーだなー。」


「あー、ちくしょう。エイムサハールの色街は綺麗所が揃ってるって噂なのに……」


 …そんなとこには行かないと思うぞ?


 アルバーに呆れつつ、ギン達開拓団は街の外で侘しく夜を越すのだった。






 贅の限りを尽くした。そう形容することが出来そうなストレイクーガ辺境伯の城を辺境伯本人の案内でフィリオは進んでいた。


「これが伝説の名工、カントーカの作といわれる鎧ですな。」


 希少な鉱石であるミスリルを惜し気もなく使い、さらに色とりどりの宝石と緻密な装飾が施された絢爛豪華な鎧を前に辺境伯は得意気にいう。

 だが、その価値が本当にわかっているのかは甚だ疑問だ。


「3,000万ゴールドほど掛かってしまいましたが、まぁ私もモンスターから王国を守る辺境伯の端くれ、これくらいなら安いものですかな。がっはっはっ。」


 辺境伯の案内で幾度となく繰り返された自慢話。フィリオを案内しつつ、美しい調度品の前を通る度に辺境伯はその値段(・・)をいやらしい顔で楽し気に語った。


 …下衆が!


 フィリオは内心毒づく。

 辺境伯はモンスターの防衛を理由に帝国との戦争には兵も資金も出さなかった。にもかかわらず、これほどの財産を蓄えていたのだ。

 ただ、それをフィリオに見せつけたのはもはや彼には見られてもどうということがない。何故ならフィリオは王から召還されない限り王都へと戻ることはない。仮に告発する書状を書いたとしてもそれは必ずストレイクーガ辺境伯の領内を通らずして王都に届くことはないからだ。

 故に辺境伯は自らのコレクションを王族に見せつけ、その悔しそうな顔に臣下として本来味わうことの叶わない優劣感を堪能していたのだ。


 そんな二人の後ろを五人の騎士がついて歩く。彼らは皆、フィリオ付きの騎士だが、その態度はそれぞれ異なっていた。

 フィリオのすぐ後ろを歩く、五人の中で最年長の騎士達のリーダー、ガルバスは背筋を正し、感情を表に出さず、ある意味正しい冷静沈着な騎士の在り方を体現している。

 対してガルバスの横を歩く燃えるような赤髪の女騎士エイスは同じく姿勢は正しているがその顔は、主を侮辱されている屈辱に怒りに燃えていた。

 ガルバスとエイスはフィリオにとって特別な存在だ。ガルバスはフィリオが幼い頃の教育係でその後も参謀として近くにいてくれた騎士。そしてエイスはフィリオが才を見出だし自分の近衛騎士にした騎士だ。

 かつては王太子として多くの騎士を抱えていたフィリオだが、ある者は父によって遠ざけられ、ある者は失脚したフィリオを見限り、残った騎士たちも王国の将来を考えると連れ出すわけにもいかず、結局この二人しか供にすることはできなかった。

 では、残る三人の騎士はなんなのか? 答えは出発間近に父から押し付けられた、忌憚ない言い方をすれば、信用できない者たちである。


 精査する時間があれば良かったのだが…


 もっともそうさせない為に本当に直前で押し付けてきた訳だが…

 とはいえ流石に王国の領内でなにかを仕出かすことはなかったのでフィリオは三人をつぶさに観察していた。


 まず口に蓄えたカイゼル髭が特徴のジャンミールだ。戦争に参加して前線で手柄をあげた、との話だが王都の流行りを取り入れた服装をしている。しかし流行りをあれこれただゴテゴテと取り入れただけで全体のコーディネートはちぐはぐ、どうしてもお上りさんの印象の男だ。

 そして性格は、よくいるよくない騎士、貴族、といった感じだ。辺境伯の財力を目の当たりにして今ではすっかり辺境伯に胡麻をすりよいしょに勤しんでいる。しかしここまでの旅路の間、フィリオに媚びへつらい、開拓団の市民には高圧的に振る舞っていた。さらには元鷹の目傭兵団や元ヴァルハラ・クランの二人の前ではこそこそしていたので、手柄の話は嘘かかなり盛った話で間違いないだろう。


 ついでマルフィリア。ボサボサの癖っ毛がかなり長く、顔も髪の隙間からなんとか片目が見えるくらいである。騎士たちの中では最年少らしく小柄な体格も相まって後ろから見ると完全に毛玉が歩いているようにしか見えないほどだ。

 性格についてだが…正直よくわからない。現に今も辺境伯の話を興味なさげに聞き流すどころかうつらうつら舟を漕ぎながら半分寝ながら着いてくるだけだ。恐ろしくマイペースな性格でフィリオが探りをいれようと話しかけても不思議な回答を連発してのらりくらりと煙に巻いてしまう。


 そして最後にモーガンという青年だ。背が高くその性格もいかにも好青年というものだ。ジャンミールと同じく戦争で前線に出ていたという話だが身体に幾つも残る傷跡がそれを証明していた。ただ戦闘力に関しては若さに任せたものでまだまだ発展途上といったところだろう。

 そんなモーガンだが今は辺境伯の話は耳にも貸さず、一番後ろからただフィリオの背を睨み付けている。これは今に限った話ではない。これまでの旅路でも人の目のない場面ではフィリオに殺気を向けていた。そんな殺気を隠せない辺りにフィリオはモーガンの若さを感じていた。


 モーガンに恨まれる理由だが、答えはわからないが心当たりくらいはある。

 戦時中に手柄をあげた騎士に対して貴族が行った口約束の報奨は山ほどあった。

 例えばまだ手にいれていない帝国の領土を与えるというものだったり、自分の領土であっても何人もの騎士にバッティングしていたりとひどいものであった。

 戦後、フィリオはそのごたごたを父から押し付けられたわけだが、限られた土地に限られた資源、口約束という証明するものもない契約も相まって、命をかけて戦った騎士たち全員に満足のいく解決が出来たとは言いがたいのがフィリオの本音だった。


 …とはいえ、モーガンは『本命』ではないだろうな……


 言っては悪いがモーガンはフィリオの命をとるにはあまりに若く青すぎる。おそらく先ほどあげたような恨みを焚き付けられただけの、おとり、撒き餌、目眩まし、そんなものだろう。



「あーそうそう、フィリオ様。開拓に行かれる前に我がストレイクーガの領土についてきちんと説明させていただいてもよろしいですかな?」


 一通り自慢し飽きたのだろうか、辺境伯はそう切り出してきた。


「領土? ここ、エイムサハールの防壁までと記憶しておりますが?」


「なんと!? 何をおっしゃいます。この先魔の森も我が領の経済を支える大切な我が領土でございます。」


「いやいや、王国の認めたストレイクーガの領土は防壁までと…」


「いえそれは少し昔の話ですな。これを御覧ください。」


 そういうと辺境伯は一枚の手紙を取り出した。

 そこには最近の日付で魔の森をストレイクーガ辺境伯領とする旨と父の署名と王国の印が押されていた。


 そこまで私が恐ろしいのか!?


「と、いうわけでフィリオ様には魔の森の西を開拓して頂きたく思います。」


 辺境伯の言葉にフィリオの頭は真っ白になるのだった。

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