影
お久しぶり!
「おっおい! 見ろよ、あれ『蒼葬』のファルカじゃねぇか。」
「ああ。大通りには『鬼殺し』のゴルドッツもいたぞ。」
「マジか!!」
男たちが囃し立ててそんな会話をしている。いや、エムサハールの街のあちこちでそんな会話がなされているのが聞こえる。ドラゴンの噂が広まり王国の内外からAランク、中にはSランクという上位の名の知れた冒険者たちが集まっているのだ。
「俺ちょっと声かけてこようかな?」
「おっおれも…」
男たちは冒険者だった。エイムサハールの安定した生活に慣らされて知らず知らず飼い殺されているとはいえ、やはりトップクラスの冒険者には憧れがある。
ドンッ
そんな憧れの存在に声をかけようと一歩踏み出した男だったが、前の者が突然足を止めたためにその背にぶつかり尻餅をついてしまった。
「ってぇなあ! なにぼさっとしてやがんだ。」
「…おい、あれ……」
服についた砂を払いつつ凄む男だが、相手はそんなこと気にもせずに青い顔で一方を見つめて震える指を指す。
「あん?」
男はその指の先を見た。そこには不自然に割れた人集りの中、ひとつの集団がいた。
…傭兵か?
通常、冒険者のパーティーは色やエンブレムの統一はあれ、装備自体は各々の好みの物をつける。だがそこにいた集団は画一的な装備を身に付けていた。
戦争が終わるまでは冒険者たちは傭兵を自分たちと同格と考えていた。だが戦争が終わり、食えない傭兵が盗賊に落ちぶれると冒険者たちは格下に見るようになった。
それは傭兵崩れの盗賊がそれまで相手にしていた本職の盗賊と比べてあまりに手際が悪かったからだ。そのため、例えば商人の護衛などでBランクの盗賊に襲われた時、普通ならBランクの冒険者でなくては厳しかった。だが元Bランクの傭兵崩れの盗賊の場合、Bランクなら余裕、Cランクでも頑張ればなんとかなった。だから冒険者たちは傭兵をたいしたことないと思うようになった。
しかしそれは正しくはなかった。
盗賊家業がうまくいかない苛立ちかそれとも食い詰め追い詰められてか、時間が過ぎるにつれて傭兵崩れの盗賊は出来ないことを諦めて得意なことをするようになった。
通常、盗賊というのは殺してしまっても構わないくらいの心持ちであっても積極的に殺そうとはしない。人死にがでたとなればそこを交易路として使おうとする商人がいなくなるからだ。そうなると獲物は減るし、道を使いたい商人から冒険者ギルドへの、または交易を盛んにしたい領主から騎士団への討伐と繋がる。だから勝手に通行料をせしめるぐらいが賢い盗賊であった。
しかしそんな盗賊の真似事の出来ないと悟った傭兵崩れたちは傭兵らしく敵と戦い、殲滅し、全てを略奪することを選んだ。
元Bランクの傭兵を相手にBランクの冒険者では厳しくなり、Aランクの冒険者が必要になった。元Aランクの傭兵団が盗賊落ちしたとなれば大討伐並みの冒険者たちが召集されたほどだ。
「…ヴァルハラ・クラン……」
青ざめた男の絞り出したその言葉は他の男たちを凍りつかせるのに十分だった。
それはこの国、いやこの世界に生きるものなら誰もが知っている最強の戦闘集団の名前だ。
「…噂は本当だったんだ……」
戦いを求めて掟を捨てた最凶の狂戦士集団がエイムサハールに訪れる。そんな噂が現実のものとなったのだった。
さてっここからは時間との勝負なのです!
エイムサハールに着くとマルフィリアは気合いを入れる。
実際にそうだ。魔の森でやり損ねた冒険者たちがいつ戻ってくるかわからない。ギンの飛行魔法で距離を稼いだとはいえ、一両日中には移民希望者を集めて出発してしまいたい。
なので手早く人手を分け、『鷹の目』の者たちに街の中の酒場などにいるであろう傭兵や冒険者の募集、街の外にいるであろう市民の募集に行ってもらっている。
「えっ!? なっ無いですか!??」
「はい。誠に申し訳ありません…」
移民の募集を任せて行った先である商会でマルフィリアにアクシデントが起こっていた。
「ガルバス様から話がつけてあると聞いていたですが…??」
「はい…… ですがその…申し訳ありません…」
ここに来たのは両替が目的だった。ガルバスがまだ王都にいた頃から懇意にしていた商会の支店らしく、頼るように勧められていた。
むむむぅ… 困ったのです……
以前のオークションで大金は手にしている。しかし現状、圧倒的に少額貨幣が足らず市場が回せない。
辺境伯の手がまわっているですか……?
その時だ。
「たっ頼むっ!魔養酒をくれ!! あれが無いと、俺は、俺は…駄目なんだ!!」
冒険者の魔法使いだろうか? 男が店員にすがり付いているのが見えた。
「ですから、お金がないのであればお売りすることはできません。」
しかし男に返されたのはそんな冷たい店員の言葉。
魔養酒は一時的に魔力を爆発的に増加させる効果を持つ魔法使いの酒だ。非常に強い中毒性があるため禁制品ではないがその流通は制限されており、とても高価な酒である。
「じゃっじゃあこれをっ杖を売るっ! だから魔養酒をっ!魔養酒をっ!!」
魔法使いが杖を手放すというのはどういうことなのか。中毒になっている男にはもはや考えが及ばないのだろう。
マルフィリアがどんなに力を求めても彼女の師匠は魔養酒には絶対手を出させてはくれなかったことを思い出す。
御師匠様…
男の有り様を見れば自分がどれほど浅慮であったかが思い知らされる。
マルフィリアは子供扱いされるのか嫌だ。早く大人になって一人前として認められたかった。
だが実際は一人でなにかをしようとするたびに自分がいかに子供だったかを思い知らされるばかり…
「あのぉ…」
ついていていた商人の男がマルフィリアに声をかける。
「なんですか?」
「両替をご所望ですよね? いくつか力になれそうな所を紹介させていただきたいのですが…」
「本当なのですか!?」
手で胡麻すりながら言う男にマルフィリアは詰め寄る。
「ええ、もちろんですとも。ただ、その… 開拓地で商売が出来るよう、騎士様からフィリオ様にお口添えいただければ、と…」
「なっ! お前抜け駆けはずるいぞ!! 俺も!俺も良いとこ知ってますぜ?」
もう一人の男も慌てて手を上げる。
その後、2人の商人のお陰もあって、マルフィリアは目標額とまではいかないまでもそれなりの額の両替に成功したのだった。
「ええい! 駄馬!この駄馬が!!」
神竜山脈を越えようとするジャンミールであったがその足取りは芳しくないものであった。
それもそのはず、彼の跨がる馬は借金をして買ったそれなりの名馬ではあるものの、山岳をいこうとするのはそもそも馬は驢馬に劣る。
「ええい! 行け!行かぬか!!」
びしびしと馬に鞭打つがそれでも馬はなかなか進んで行かない。
ええい! …だがまあいい。ワシにはこれがある。
ジャンミールは懐を触る。
そこにはフィリオたちが管理しているはずのラーガシュヴィヴァールの白い鱗があった。
あいつがなにを企んでいるかは知らんが、ともあれワシにはこれがある。
メルトノアールの黒い鱗が数千万ならこれは売れば数億、いやその一つ上の桁も堅い。借金取りから逃げるように開拓団に入ったが、それだけあれば借金を返しても十分遊んで暮らせる。
…いや、それはもったいないな……
これはただの珍しい鱗なだけではない。神竜山脈の通行証でもあるのだ。
辺境伯に差し出せば重臣として迎え入れられるだろう。王に差し出せば土地持ち貴族になれるだろう。
いや、待て……
うまく使って辺境伯と王家両方に取り入る。そして辺境伯家を乗っ取れれば、莫大な財産が手に入る。あれが手に入れば王家とだって戦争が出来るし、そうなれば……
ワシが王、か…
「ふひっふへひゃひゃひゃっ。」
笑いが溢れる。
だがその不気味な声に怯えたのか馬は再び足を止めてしまった。
「はっ、なにをしておる。輝かしい未来がワシを待っておるのだ! 進め!進め!!」
びしびし
「これはこれは、なんとかぐわしい御人であるか。」
「っ!? 何者だ!!」
突然、どこからともなく声がかかりジャンミールは周囲を伺う。
だが人影はどこにもなかった。
「ええい! 何者だ!姿を表せ!!」
「わかった。だが驚かないでもらいたい。」
足元から声がしたかと思うと、それは馬の影からにゅるりと姿を表した。
細くスラリとした黒き竜。ワニやトカゲに近いシルエットのメルトノアールと違い、まるで神話の悪魔のようなドラゴンだった。
「ひっひぇえええぇぇ……」
「怯えないでくれ。私は影竜ワラキアグリド、願いを叶える王子である。」
意外にもワラキアグリドと名乗ったドラゴンは紳士な態度でそう言った。
「ワっ、ワシは、ジャ、ジャンミール。誉れある騎士、ジャンミールじゃ、」
「だから怯えないでくれジャンミール。先程も言ったように私は願いを叶える王子。君の願いに誘われて君の力になりに来たのだよ。」
「…へっ??」
力になりに来た。好戦的なドラゴンしか知らないジャンミールからすればワラキアグリドの言葉は驚きでしかない。
「ほっ本当か??」
「ああ。君は選ばれたのだよ。ひとまずこの山脈を越える手伝いをしよう。」
そう言うとワラキアグリドは再び馬の影に沈む。
バサッ
消えたかと思えばいきなり馬にドラゴンの翼が生えた。
「さあ行こうジャンミール。君の大志が尽きぬ限り、私は君の味方になろう。」
馬の口からワラキアグリドの声がして、そのままジャンミールは空を飛ぶ。
ワシが選ばれた存在。ドラゴンを味方にした特別な存在。その力はワシのもの。
「ふひゃひゃひゃひゃひゃっ。」
ジャンミールは笑いが止まらないのだった。




