悪党
お待たせしてすみません。
エイムサハールから開拓村へ、深く暗い魔の森を進む商隊に緊急事態が発生していた。
「なっ!? おっお前たちいったい何を!!?」
「ははっ、わりぃな旦那。これも仕事なんでね。」
突然の襲撃。しかしそれはモンスターでも野盗でもなく、むしろそういったやからから身を守るために雇ったはずの冒険者たちの手によるものだった。
「なぜだ!? 前金は十分に払っただろ! 報酬額だってかなりのものだ、お前たちだって納得したじゃないか!!」
「いやぁ、まあそうなんだが… でもあんたらを殺したらかなり支払ってくれるお客様が現れたんでね。」
「誰だ!! い、いや…いくらだ!その倍を報酬額に上乗せする、だから……」
すでに冒険者たちに支払う額はこの商人の男にとっては冒険している金額だ。
だが帝国との戦争が終わり、帝国との交易が始まった。その時にリスクを恐れず帝国に出向いた名も知れなかった者たちは今では大商会に名を連ねるほどだ。
そんな一握りの成功者の成功談を、商人の男も夢見ていた。
「ははっ気前がいいねぇ。でも金なんざ命あっての物種だし、俺らはこれ以上奥へは行きたかねぇんだ。」
「んなっ!?」
自分と同じように夢を追っていると信じていた冒険者からの保身の言葉に商人の男は声を失った。
だがそれも無理もないかもしれない。確かに魔境に最も近いエイムサハールの冒険者とは端から見れば夢追い人に見えるだろう。
しかし実際は違う。常に多くの商人たちがモンスターの素材を求めて滞在するエイムサハールでは冒険者の生活は他の土地よりずっと安定している。
常にある需要に安定した供給をするために、他の地域と違っえ食えない新人期間には生活費を援助し、一人前と呼べるようになってからも無理をさせない仕事の斡旋を徹底している。
安定した素材の供給のためにギルドや辺境伯は安定した生活をもって冒険者を飼い慣らしているのだ。
なのでエイムサハールの冒険者は実はむしろ他の地域の冒険者より冒険をしない気質があるのだ。
もっとも、飼い慣らされず夢見る数少ない冒険者も餌不足等で神竜山脈から上位種のモンスターが魔の森に降りてきて緊急討伐が発生すれば嫌でも叶わない現実を知るはめになるわけだが…
「まあ、旦那の挑戦はこれで終わりになるわけだが… 俺らは旦那からの前金、旦那を殺してもらえる報酬で十分すぎる稼ぎだ。おっと、旦那の死体からもらえる金もあるな。ははっ当分遊んで暮らせそうだ。」
がっはっはっと冒険者たちは下卑た笑いをあげた。
くそぅ!!
商人の男がもはやこれまでかと覚悟した、まさにそのときだ。
「ぎゃああぁぁ!!」
「いでぇええぇ!!」
突然、山なりではなく文字通り上空から降り注いだ矢の雨に見舞われ、冒険者たちから悲鳴があがった。
いったい何が!?
商人の男が見上げた先には…
神竜山脈を越えたマルフィリアたちがまず発見したもの、それは何者かに襲撃された商隊の成れの果てだった。
既にモンスターに食い荒らされており、たいした検死ができずわだかまりだけが残った。
次いで見付けたのは交戦中の商隊。だが彼らはモンスターに襲われていたのではなく、護衛の冒険者たちから攻撃を受けていた。
既に事切れた者もいたが、幸い商隊の隊長である商人は無事であった。ただ負傷した者が多くその治療を優先した結果、冒険者たちには逃げられてしまった。
そして…
「さてとです、なにがあったのか教えてくれますですか?」
商隊を襲撃しようとしていた冒険者、襲われていた商人たちを集めてマルフィリアは訊ねる。
タイミングよく襲撃されるところの商隊を発見したギンたちは鷹の目の団員の正確な狙撃により武器を持つ手首、そして逃げるための膝を射ぬいて無力化に成功していたのだ。
「俺はてっきりお前が雇ったのかと思ったぜ。…まぁそのお前も襲われてたわけだが……」
「なにを言うか! ワシだってお前の仕業だと思ったわ! …その成りを見るまでは……」
今助けた商人と先に助けた商人は顔見知りなのか互いにそのようにいった。
「…商人の御二方には心当たりは無いようですが… 誰に頼まれたのか教えてくれますですか?」
「…ふんっ。」
しかし冒険者のリーダーはそっぽを向き、それにマルフィリアは少し困ったように考える素振りを見せた。
「…辺境伯様ですか?」
「なっ!?」
マルフィリアの言葉が当たりだったのか、冒険者のリーダーは驚き振り替える。
「根拠なんてないですよ? ただここまで商隊は森の奥から順に襲われてたです。これがもし後続に気取られないようの故意だとしたらですよ… 複数の冒険者のパーティーにそういった命令を徹底出来る人が辺境伯様くらいしか思い付かなかっただけなのです。」
そもそも奥から順に襲われてたこと自体、サンプルが少なすぎてマルフィリアの勘みたいなものだ。
「あなたが正直な人でよかったのです。」
マルフィリアは笑顔でそう言うと冒険者のリーダーは舌打ちをひとつついたがもはや開き直ったかのように喋り出す。
「ああそうだよ! フィリオ様のところへ向かおうとする商人たちを殺すように俺たちに依頼してきたのは辺境伯様さ! いや俺たちだけじゃない。辺境伯様が依頼したのは新米を除いたエイムサハールの大半の冒険者たちさ! わかるか?お前らはエイムサハールの全ての冒険者たちを敵に回したんだよ!!
どうする?衛兵につき出すか? ははっ無駄だね!!」
高笑いする冒険者のリーダーに商人たちの表情は暗く陰った。
だがそんな重い空気を感じさせない軽い調子で鷹の目の団員たちが話しかけてくる。
「じゃあまぁっこいつら片しとくから嬢ちゃんはおっさんらとちょっとあっち行っててな。」
「「??」」
「むぅ、子供扱いしないでくださいなのです。」
周囲の男たちが団員のあまりにも軽すぎる『片す』の言葉の意味を理解出来ない中、1人それを理解したマルフィリアは拗ねたように頬を膨らます。
「ははっわかったわかった。まっ前に逃げられた冒険者たちが戻る前にいろいろ済ませないといけないからな。あっちで休んでる旦那起こして出発の準備しといてくれ。」
「むぅぅ… わかったのです。でもでもマルフィだってへっちゃらなのですからね!」
そんなことをびしっと言いつつ、マルフィリアは商人たちを連れてギンたちの元へと移動していった。
「…ははっ……こんなん見たりやったりせずに済むならその方がいいってのに…若いねぇ……」
「…お前だって鷹の目に入った頃はあんなんだったろ?」
遠い目をしてマルフィを見送る若い団員に少し歳のいった団員が言う。
「おっお前ら何をする気だ!? 俺たちはエイムサハールの冒険者だぞ!わかっているのか!?」
「ん? ああ、わかっているぞ?」
鷹の目に団員たちはスルリと剣を抜き、そして…
ザスッ
「エイムサハールの冒険者だ。魔の森でモンスターに殺されてもなんの不思議もない。…だろ?」
「なっ!?」
なんのためらいもなく冒険者を刺し殺した。
あまりにも自然に、あまりにも流れるように。大水が人を飲み込むような、断頭台の刃が落ちるような、ただただ当然の帰結のように人を殺した。
「やっ、やめてくれ!助けてくれ!!」
残された、これから死ぬのを待つだけの冒険者たちは口々に命乞いをする。
「ははっ、いいねぇ。命乞いしてくれるクズっていうのは。」
ザスッ
「罪悪感を感じさせず俺たちが『悪党』だって自覚させてくれる。」
『悪党』が人を殺すのは当たり前。
そんな当然の帰結に則り、鷹の目の団員たちは冒険者たちを皆殺しにしたのだった。
「お前のせいで!!」
傷付き、腐り、泥にまみれた亡者が群がり、口々に罵声を浴びせてくる。
「違う!私は!!」
「お前が戦争を始めたから自分たちは死んだのだ!!」
「違う!私じゃない!!」
「言い逃れをするな!戦争を始めたのはお前たち王族だ!!」
「私ではない!!」
「お前の血が戦争を始めたのだ!!」
「あっ…ああ……」
泥の上を亡者は行進し、泥の中から亡者は這い出し、泥にまみれた亡者の手が私にすがる。
「どうして戦争をやめた!!」
「それは……」
「どうして勝利を捨てた!!」
「やめろ…」
「どうして自分たちの死に勝利の報いを与えなかった!!」
「やめろ!」
手が手が手が、私の体にまとわりつき、亡者の重みでズブズブと泥に沈む。
「お前のせいで!!」
首を絞めんと迫るモーガンの顔。怒り、哀しみ、嘆き、懇願をぐちゃぐちゃに混ぜた憎しみの顔。
「うわぁああああ!!!」
ザスッ!!
いつの間に握りしめていた剣がモーガンを貫く。
筋張り刃の侵入に抵抗する肉の感触、手にかかるねっとり暖かい返り血。
「ひっ!」
私はへたりこむ。
「お前のせいで!!」「お前のせいで!!」「お前のせいで!!」
迫り来る、亡者の行進。
「違う、私は… 違う、違う……」
「はぁ、はぁ、はぁ…」
暗い1人の自室でフィリオは目を覚ます。
また、同じ夢だ。
「はぁ、はぁ…」
グッショリと汗に濡れた震える手を凝視する。
大丈夫だ。血なんてついていない。ついていない、ついていないのだが…
洗っても落ちない、拭っても消えない、そんな血の感触がねっとり手にまとわりついている。
「…お前のせいで、か……」
打ち据えられた言葉を1人反芻する。
帝国と終戦を結んだことが間違いだったとは思っていない。平和のためにあの時の判断は正しいものだった。
「私は、正しいことをしたんだ。」
果たして本当にそうだろうか?
正しいことをした。ならなぜ自分は悪夢に苦しめられているのだろうか?
正しいことをした。ならなぜ自分は悩み迷っているのだろうか?
正しいことをした。ならなぜ自分の手は血に濡れているのだろうか?
「……」
その夜もフィリオの震える手は、さまよいながら酒瓶へと伸びるのだった。
動かない主人公とおかしなことになってきた主人公。
…あるぇ??




