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余波

「…なぁ。あの話、お前はどう思う?」


 王都にあるSランク戦闘ギルド『ヴァルハラ・クラン』。そのロビーにもなっている酒場でそんな会話が聞こえた。


「ああ、あれか? 魔境のドラゴンの話か?」


「そう! それだよ!」


 相方の返事に最初の男はテーブルに身を乗り出す勢いで相づちを打った。


 魔境のドラゴン。

 それは魔境の開拓に行ったフィリオたち開拓団がドラゴンに出会い、その鱗が1枚数千万という途方もない額で取引されたという噂だ。

 今や王国中が巻き上がっているかもしれないその噂に、ここヴァルハラ・クランのメンバーも例に漏れず、その話がしたくて多くの者がこの酒場に集まっていた。


 だが、ここの者たちは話したい内容が他とは違っていた。


「オークションに出されたのは鱗だけだ。…この事をどう思う?」


 最初の男はそう切り出す。


 ギンとアルバーが開拓に参加したことはヴァルハラ・クランの者たちなら皆が知るところだ。そして噂では開拓団がドラゴンを倒したとはいっておらず、オークションでも出てきたのは鱗だけではっきりドラゴンとわかるであろう頭部などは出されていない。

 もし噂の通り倒していないとしたら?倒せなかったからドラゴンとわかる部位をオークションに出すことが出来なかったとしたら?


「…あの2人が勝てない相手がいる、そう言いたいのか?」


 相方の男は声をひそめて答えた。

 しかし最初の男はその配慮にまるで気づかず、


「そう、そうだよ! どんな奴かなぁ?どんな攻撃をするのかなぁ? くーっ腕が鳴る、戦ってみてぇぜ!!」


 ギルド中に響き渡るであろう大きな声でそう言った。


「何を言っているんだ!お前は掟を忘れたのか!!」


 相方の男は思わず声を荒らげる。ギルドの中からはそーだそーだと相づちのヤジがとんだ。


 ヴァルハラ・クランは指揮官ではなく兵士、自らの意思で戦いを求めてはならず依頼や命令を持って戦う。それは世界に必要とされ、死後に神の軍勢にないるための鉄の掟であった。


「じゃあお前は戦いのない今のヴァルハラ・クランでいいと言うのか!!」


 最初の男も言い返す。これにもそーだそーだと相づちのヤジがとんだ。


 ヴァルハラ・クランの者にとって戦いとは料理のようなものである。そしてヴァルハラ・クランというギルドはその料理を彩る最高級の皿だ。

 料理には皿が必要だ。人は獣のように食べ物を地べたに落とし這いつくばって食べるわけではない。地べたに落としてしまえばどんな極上の料理だってゴミになる。

 では皿だけあればいいのか? 確かに優れた食器にはそれだけで芸術品としての価値がある。最古にして最強のヴァルハラ・クランはそういう意味でも国宝級の皿と言えるだろう。しかしそれは芸術品としての価値だ。どんな料理屋だって空の皿をそのままで出したりはしない。それは料理が乗って初めて完成される。



 2人の他愛ない会話から始まったこの話は、すぐにヴァルハラ・クラン全体を巻き込み、そしてそれを分裂させることになるのだった。






「…はぁ……」


 女は窓の外、遠く西の空を見てため息をついた。

 歳の頃は三十路ほど、だが若さを失ったのではなく青さがなくなったという印象の美しい女性であった。


「…はぁ……」


 何度目かはわからないため息。顰みを真似るという言葉もあるが、ため息という行為も美女が行えば憂いを帯びた妖艶さを醸し出すから不思議だ。

 現に側を歩く何人もの女たちがその様子に見とれてほぅと小さく息を洩らす。


「…はぁ…」


 スパコーン!


 突然、その頭が勢いよく叩かれた。


「っ~…いったいなぁ。何するんだい!?」


 女が振り返るとそこにはそろばんを持った娼館の主の婆がいた。


「何するんだもないさね。全くため息ばかり、辛気臭いったらありゃさないよ。」


「辛気臭いって…… こんなところに活気なんてないだろう?」


 女のいるここは娼館であった。借金のかたに売られてきた女のたちが金を貰って客と寝る場所だ。

 しかし今の女は篭の鳥ではない。かつては幼くして親に売られた身の上であったが今ではとうに年季を払い終えていた。


「なぁに言ってるさね。泣いたってお金は降ってこないんだよ?なら気分だけでも楽しくやらにゃ人生辛いだけさ。」


「そりゃそうだけどさ…」


 そんな女の態度に婆も小さくため息をついた。


「全く、この商売で本気の恋をしちゃ傷つくだけさって口を酸っぱく言ったつもりだったがね。誰に似たんだか……」


「そんなんじゃ…」


 やれやれ、婆はそう言って女の横に座ると子供をあやすように優しくその頭を撫でる。


「あんたは本当に幼い頃にここに来てあたしが育てちまったみたいなもんさ、あたしに似たんだろうね。」


「お婆?」


「あいつの師匠もあんなだったさ。ベッドで死ねない呪いにかかっててね…なんだかんだであたしも待っちまったが、結局戦場で逝っちまったよ。」


「お婆…」


「っと…そういやあんた、あの話は聞いたかい?」


 少ししんみりしてしまった空気を振り払うように婆は言った。


「あの話…? ああ、ドラゴンの鱗の話?なんか凄い高値がついたらしいね。」


 昨日の客がそんなことを話していたと思い出しつつ女は答えた。


「ああ、それでヴァルハラ・クランの奴らときたら『あの2人が負けた相手なら俺らだって戦いたい!』とか言い出す奴が出てきて、掟を守る派と別れて大乱闘になったらしいさ。」


「負けた? …っ!それで!あいつは!ギンは無事なの!?」


 しょうがないやつらだよ、とあきれ笑いの婆だったが、女は血相を変えて詰め寄る。


「こっこら、落ち着きさね。オークションで眠り姫を見たって話もあるからあいつなら無事だよ。」


「そう…」


 婆になだめられて女はほっと胸を撫で下ろした。


「まったく、そんな慌てておいてよくそんなんじゃないとか言えたさね。」


「本当にそんなんじゃ……」


 女はまたそう言った。


「…はぁ…… よし!決めたよ。」


「何を?」


「フィリオ様の開拓村、ずいぶんとお金があるそうじゃないか。ヴァルハラ・クランも分裂することだし、うちも2号店でも出そうじゃないさ。」


 そう得意気に語る婆。


「…はぁ。」


「なーに関係無さげな声をあげてるさね。2号店の店主はあんただよ。」


「…はぁ!?」


「あんたもいい加減いい歳さね。いいかい、これは決定だよ!」


 こうして姐さんもフィリオの開拓村へ移住することになるのだった。






 フィリオの書状を手に王都を目指すアーンボルト、その歩みはかなりゆっくりしたものだった。

 歩みが遅いといっても文字通りの意味ではない。むしろ移動速度はやや早め、ご機嫌取りのための献上品など多くの荷物やそのための人足、護衛のことを考えると少し無茶をさせている移動速度だ。ただアーンボルトは、表向きはフィリオの書状を安全に届けるために、実際は会談を行うために、諸侯の邸宅から邸宅へと王都へ向かうのならかなり回り道を必要とするルートを通っていた。


 …すでにここまで広まってしまったのか……!


 王都までその行程の半分ほどが過ぎただろうか、たどり着いたその街でもアーンボルトは人々が囃し立てているドラゴンの噂を耳にすることになった。

 水面の波紋の如く拡がる噂と蛇行しながらのアーンボルトとでは分が悪いのは当然だ。だが、だからこそ急がせ進んでいるアーンボルトは焦りを感じずにはいられない。


「やあやあやあ、ようこそいらっしゃいました。」


 街中を越えて屋敷の門までつくとでっぷり太った貴族がにこやかにアーンボルトを招いた。


「本日は泊めていただきありがとうございます。」


「いえいえ、王の臣下として当然のことですよ。さあ、ささやかですが酒宴の用意をさせています。ささ、参りましょう。」


 貴族の案内でアーンボルトはその屋敷を進む。


「それはそうと父君はお元気ですかな?」


「ええ、お陰さまで健勝です。」


「それはそれは、喜ばしいことですな。

 っと、実は息子の嫁を探しておりましてな。確か妹君も許嫁はおりませんでしたな?」


 きたか… と、アーンボルトは思う。

 幸か不幸か、父である辺境伯が良縁を拘りすぎたためにマキナの縁談はいまだ決まっていなかった。


「ええ、早く決めてやらねばいき遅れになると言ってはいるのですが……」


「そうですかそうですか。もしよろしければ…」

「すみません。父はあれを溺愛しておりますので私が言ってもなかなか……」


 アーンボルトはそう言うが、実際はただの社交辞令の挨拶のようなものだった。

 ここまで訪れたほとんどの家からマキナの婚姻を求められたが、アーンボルトとしても受け入れるつもりはない。

 罰として家の取り潰しを恐れているストレイクーガ辺境伯家だが、実際それをやるのは王家としても難しい。何故ならそんなことを決定したとしても父、いや、自分も素直に従わず反旗を翻すからだ。もちろん王家と戦って勝ち目はないのかもしれない。それでも戦わずすべてを失うくらいなら戦ってすべてを失う。そうしたら王家も多大な犠牲と費用が要求されるわけだ。

 その解決策として最も有力なのがマキナの婚姻だ。形だけマキナを時期当主に据えて実権は入婿が握る。もちろん父や自分は反発するだろう。だがもし入婿が優秀な人物ならその前に家臣団を掌握して反乱を押さえ込む。そうでなくともよっぽどの無能でない限り家臣団を分裂させて内乱に持ち込める。王家としては犠牲も費用もぐっと押さえることができるわけだ。


「そうですかそうですか、いやぁ辺境伯殿も困ったものですな。」


「お恥ずかしい限りです。しかしこの旅が終われば一度じっくり父と話し合わねばなりませんね。」


「おおっそうですか。ぜひ父君によろしくお伝えください。」


 それはマキナの婚姻の重要性を理解しているアーンボルトのリップサービスにすぎないが貴族はうれしそうに声をあげた。


 もちろん、相手の貴族もそれを鵜呑みにしているわけではない。

 本音を建前で隠し、腹の中を探りあって化かしあう。


 その後アーンボルトは手土産には多すぎる金子と引き換えに、この貴族がパトロンとなっている議会議員の協力を取り付けたのだった。

とりあえず時系列でやるがさらりと流す方向にしようと思いました。今回新キャラたちの名前を出していないのはそのために情報量を減らそうとしたからです。

名前が思い付かなかったからではない!…思い付いてないけど……

でも冷静に考えたら次くらいに姐さんは名前出さなきゃな気ががががががががが……

…アネーサじゃダメかな……?

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