オークション
生存報告
エイムサハールについて3日、ついにオークションの日になった。
その間、何店もの商会を巡って持ってきた皮などの素材を売却したがおおむね年間平均相場でいえば6~7割、この時期の相場なら3~4割ほどの価格で買い叩かれた。
とはいえ、これはフィリオから聞かされていた想定の範囲内。それでもわざわざ多くの商会を巡ったのは少しでも高く買い取るところを探すことよりもオークションにドラゴンの鱗を出す噂をばらまくためだった。
「お集まりの皆々様大変長らくお待たせいたしました。それでは早速オークションを開催いたします!!」
司会の男の挨拶に超満員の会場は歓声に揺れる。狙い通りドラゴンの鱗を競りにきた客だけでなく一目見ようという野次馬で立ち見の者も出ている始末だ。
…ここまではうまくいっているです。
マルフィリアはその様子にほっと胸を撫で下ろす。
今日までストレイクーガ辺境伯からの妨害はなかった。
もちろん、こちらには魔法使い三強の1人ギンがいるのだ、暴力での妨害はない。目に見える形での、つまるところマルフィリアたちのオークションへの出品や会場への客の制限も、辺境伯の経済への介入、私物化という他所からの商人たちへの悪評に変わりかねないのでない。
そう思えば何事もないのは当然であり、うまくいっていることも当たり前の結末といえる。
しかし、全てが順調に進み、余計なことを考える余裕があると漠然とした不安が生まれるものだ。
…辺境伯はいったいなにを考えているですか?
視界に映る辺境伯はオークションの客と愉しげに談笑している。隣に目を向けると暇そうなギン。
余裕がある時だからこそ、マルフィリアはリラックスした態度で周囲に目や耳を向けていた。
指揮官が疑惑に囚われれば兵は怯えて縮こまり、楽観視し過ぎれば油断して隙を生む。常に余裕を持った態度でどっしり構えつつ周囲の警戒を怠らないことが大切だ。と、お師匠様も言ってたです。
「よしっ…です。」
「ふわぁぁ…」
小さく気合いを入れるマルフィリアの横でギンはあくびを1つ。
…魔法使いとしてはすごい人ですけど… しょうがない人ですね……
「それでは皆様次の品へと行きましょう。
お待たせいたしました。これがお目当てというお客様も多いことでしょう。
神話の存在?おとぎ話の作り物?いえいえ、実在いたしました。ご覧ください、ドラゴンの鱗でございます。」
「「うおぉぉぉ…」」
マルフィリアがギンをつれて壇上に立ち、その黒い鱗をテーブルに飾ると会場は再び大きな歓声に包まれた。
オークションに出したのは黒いメルトノアールの鱗だ。開拓村の防衛を考えてラーガシュヴィヴァールの白い鱗は村で管理している。
「こほんっ」
客の男の1人が手をあげた。
「見たところずいぶんと立派な鱗に見えるが… 果たしてそれが本当にドラゴンのだと言う保証はあるのかね? 例えば…大きくなりすぎたオオトカゲの鱗とかではないのか?」
ニヤニヤした男の顔。難癖をつけて値を叩こうとしているのがよくわかる。
しかし、その言葉に会場から小さな失笑が漏れる。
確かにオオトカゲというモンスターの鱗はその大きさの差はあれど同じ爬虫類系の鱗で見た目だけならよく似ている。
だが、魔力を感じることのできる魔法使いなら、いや魔力を感じられずとも、一流を見極めることのできる目利きならば、その漂うオーラから明らかにオオトカゲとは異なる未知の存在であることがわかるはずだ。
つまり男は難癖をつけようとしたがただ自分の目利きの無さを露見させてしまったことになる。
会場のその様子に、視界に捉えていた辺境伯は赤ら顔でわなわなと震えていた。
なるほど。難癖の差し金は辺境伯だったですか。
よくよく見ると嘲笑の一部は辺境伯へと向けられていた。
おそらくだが、あの男は辺境伯と懇意のある商人なのだろう。それが目利きの無さを露見させ、その顧客である辺境伯も巻き沿いを食らった。
「指揮官として戦闘に参加されたフィリオ様からドラゴンの鱗であることを証明する書状を預かっているです。」
しかしマルフィリアはそんな辺境伯には構わず、フィリオから預かった質の悪い羊皮紙を広げる。
「なんと! フィリオ様も戦われたのか!!」
戦争は終わりはしたが長く続いた間のプロパガンダの影響か、この国では勇敢に戦ったものを讃える傾向が強い。
会場は暫しその話で盛り上がるのだった。
「85万、85万。他はありませんか?」
司会の男の声にジキルは冷ややかに耳を傾けていた。
一見、オークションは盛り上がっているようだが、実はそうではない。
…桁が1つ……いや、二つ足らないな……
そう、伝説のドラゴンの鱗だというのに値は思うほど上がっていない。
エイムサハールの商人は辺境伯に睨まれ、その影響を受けない買い手はすでに談合の話をつけている。今必死に辺境伯と競っているのは小遣いの範囲で背伸びをしているただの個人たち。
冷ややかに見ていられるジキルはもちろん談合に乗った側だ。さる大貴族に雇われたただの買い手。さる大貴族とはドラゴン討伐の伝説を持つ家柄のため、ドラゴンにまつわるものならどんな物でも金に糸目をつけない美味しいお客様だ。
まっ、下手な芝居に付き合えばそれだけで取り分が増えるんだ。付き合ってやるさ。
そんなことを考えていたジキルだがふとマルフィリアがテーブルに出していた鱗を仕舞おうとしているのが目についた。
土壇場での出品の取り止めは当然それなりの賠償金が要求され、マルフィリアたちにはそれを払う余裕はない。なのでこれはあくまでもポーズ、ボーマンが教えた値をつり上げるためのちょっとしたおまじないだ。
しかしそんなことは知らない、いや、考えればわかるかもしれなかったが下手な芝居に付き合って頭を回していなかったジキルは慌ててあるハンドサインで手をあげてしまった。
「うぉおおっ!! 10倍!855万はいりました!!!」
そのサインに司会の男は大きな声をあげ、会場はどよめいた。
しまった!!
ジキルはすぐに失敗を悟る。
それは正当な価格帯でありサインを間違えたわけではない。ただ焦った行動を晒していまい他の者にもマルフィリアの行動を気取られてしまったのだ。
辺境伯の談合に付き合う大前提はドラゴンの鱗が落札できること。この先の鱗が出品されず、オークションに出されるのがこれ1枚となればそんな約束守ってなどいられない。
続々と上がる手、手、手。値はみるみるとつり上がり、ジキルはマルフィリアが鱗をテーブルに戻したタイミングの1,500万でなんとか落札することができたのだった。
……
得も言われぬ苛立ちを感じていた。
「…眠れない……」
誰に宛てたでもない言葉は暗い部屋に溶けて、部屋の中では酒瓶だけが光輝いているように見えた。
「……」
飲めば眠りが浅くなり、疲れもとれない。明日も仕事があるのだ、早く寝てしまった方がいい。
「……」
キュポンッ
考えとは裏腹に、コルクの栓の抜ける音が虚しく響いた。
トクトクトクトク……
グラスに満たされるこの酒特有のとろみのある液体。
鼻孔をくすぐるこの酒特有の甘い香り。
…少し、だけなら……
…
……




