魔法使いの掟
「よく来てくれましたね。」
モーガンの乱から数日後、ギンとマルフィリアはフィリオに招かれて彼の元を訪れていた。
モーガンに顔面を殴られたマルフィリアも腫れはひいたが青あざは残っているだろうが、相変わらず長い前髪で顔が隠されてそれを見ることは出来ない。
もっとも、ギンもフィリオも女の子の青あざを見たがる趣味など無いわけだが… 性別も年齢も問わず戦場に立つものを戦士と認めてその名誉を称えるギンと違い、年下の少女に守られて怪我を負わせたフィリオからしたらそれは受け止めねばならないとはいえ、見せろとも言えない見たくない物なのだろう。
「実はお二人にはお願いがありまして… 時間は用意するように努めますので村人の中で見込みのありそうな者に魔法を教えていただけないでしょうか?」
「…魔法を、か?」
「はい。交易を考えてあの飛行魔法だけでよいので使える者を増やしたいのです。」
「…」
その言葉に思わずマルフィリアはギンを見つめる。
「すまんが無理だ。」
その視線に促されたわけでもないがギンはけんもほろろにそう答えた。
「なぜですか?」
「俺たちは魔法協会の師匠連に指導者として認められていない。」
ギンはそう答える。
魔法協会では魔法使いを育成するための組織として師匠連といわれる組織があり、師匠連に認められなければ魔法を教えることが出来ない。そして師匠連に認められる条件はいかにも年功序列を重んじる魔法協会らしく年齢であり、まだ幼いマルフィリアはもちろんSランクといえど三十路に届いていないギンも師匠連に認められていなかった。
では認められていないと何がダメなのか?
理由は魔法使いの杖に使える高品質な魔法晶が入手出来ないからだ。
低質な魔法晶ならば例えばゴブリンでもゴブリンシャーマンやゴブリンマジシャンといった魔法を使う上位種のモンスターから入手することができる。だが低質な魔法晶では魔法使いのチェスのようなおもちゃや現在広く出回っているあらかじめ決められた下級魔法限定で使える魔導具にしか使うことが出来ない。
魔法使いの詠唱という指示により状況に合わせて様々な魔法を、時に高威力で発揮することのできる高品質な魔法晶は精霊から入手する必要がある。
精霊とは物質や生物が魔力に染まりモンスター化したものでなく、火風水地、時に光や闇といった実体を持たない元素が魔力によりモンスター化したものだ。そのため物理での攻撃は一切通らず魔法使いにしか倒すことが出来ない。結果、精霊の討伐は魔法協会の管轄でその副産物である高品質な魔法晶は魔法協会が独占している状況なのだ。
アルバーの義手を作る際にどうしても高品質な魔法晶が必要になったのだが、その時はたまたま受けた未確認モンスターの討伐依頼が精霊だったので本当に奇跡的に手にいれることが出来た。数百年サイクルで発生する大量発生を除けば、何十年に一度広い世界のどこかに一体発生するか発生しないかの精霊を、魔法協会より先に見つけることなど本来はあり得ないことなのだ。
「…なるほど……」
ギンの説明を聞いたフィリオは困ったように頷いた。
「物資はそんなに不足しているのですか?」
その様子に思わずマルフィリアが尋ねる。
「いえ、現状逼迫しているわけではないですよ。食料の方は十分生産供給の目処がたっています。
ただ、問題は金属、そして塩です。」
「? 金属の方は鉱脈を見つけたんじゃなかったか?」
確か以前鷹の目の団員を連れて周囲を探索しているときに見つけていたはずだ。ここから少し距離はあるが別に村を拠点に村人たちが作業にいけないほどでもない。
「ええ、ですが採掘にまわせる人手がありません。それに岩塩は見つかっていませんし海も遠い… どのみち交易は現状で必要不可避です。」
「なるほど。」
今度はギンが頷く。
「とはいえSランクの飛行魔法だけといってもそれが使えるだけの魔力を得ようとすれば10年以上の修行は必要だしな。雇おうにも俺だから一人で済んだだけでラーガシュヴィヴァールの協力があってもSランクの魔法使いが5、6人は必要だぞ?」
ラーガシュヴィヴァールの協力とは道中でモンスターに襲われないこと、山頂の彼の領域で休息を取らせてもらうことの2つだけだ。だがたったそれだけのことがあるだけで大違いだ。もしその2つがなければ神竜山脈を越えるのは何十人というSランク魔法使いを揃えても不可能なことだろう。
「…Sランク魔法使い、6人ですか…… それは無理ですね。」
Sランク魔法使いを雇うとなれば何らかの縁でもない限り恐ろしく金がかかる。6人雇うにはストレイクーガ辺境伯クラスの財力が必要になる。
もっもと、そんなに雇いでもしたら戦争準備とあらぬ疑いをかけられるわけだが……
「まあ、短期間で育成する方法もないわけではないが…… それなら魔導具を作れば良い話だし、どのみち魔導具を作るにも高品質な魔法晶が必要になるからな。」
「そう、ですか……」
ぶっちゃけ魔法協会のせいで八方塞がりである。
だがギンは魔法協会に恨みや嫌悪を抱いてはいない。確かに魔法は便利である。魔法さえ普及すれば解決できる社会の問題もギンの目には数多く見受けられる。しかし魔法は便利なだけでなくとても危険である。例えば飛行魔法も魔法協会から補助魔法に位置付けられ攻撃使用を禁じられているだけで、敵兵を持ち上げて高所から離すだけで攻撃として使用することも可能である。
だからこそ、ギンは『魔法は魔法協会が正しく管理する。』という理念に共感し魔法の普及には否定的なのだ。
さらに言えばギンは魔導具の普及にも否定的だ。自身の作る魔導具にはすべて『パンドラ』と呼ぶ仕組みをつけて内部機構を解析しようとすればそれを破壊する仕組みを組み込んでいる。
今でこそ魔導具を作り多くの魔法使いに敵視されているギンだが実は魔導具が玩具と軽んじられていた黎明期から魔導具を魔法協会が管理するように訴えていた一人だ。他の主な旗頭が質から数の戦争を予見していた帝国の『魔法軍師』であったため共闘することができず、さらに自身がアルバーの義手を作るために高品質な魔法晶が必要としたことから魔導具の管理を魔法協会に認めさせることが出来なかったのは何よりの皮肉だ。
「どうしたですか?」
思わず自嘲気味に笑っていたギンにマルフィリアが不思議そうに尋ねた。
「ああ、すまん。ちょっと、な……
それよりも当面は俺が荷運びを行う。それで余裕が出来たら河を下って探索を行う。こちら側の種族が見つかり交易ができればよし、見つからずとも海まで行ければ塩の生産ができてよし、で良いんじゃないか?」
「そう、ですね。…といいますかそれしかないでしょう。」
ギンの言葉にフィリオは頷く。
「まあ、ラーガシュヴィヴァールのようなドラゴンでもでない限りアルバー1人いれば大丈夫だと思うぞ?」
「…それが一番恐ろしいのですが……」
ギンは軽く言うがフィリオは重々しく答えた。
その時だ。
「しっ、失礼します!!」
慌てた様子のエイスが部屋へと飛び込んできた。
「どうしたのですか?」
「そのっ、ボーマンからの報告です! 警ら隊がドラゴンを発見したとのこと。ドラゴンは真っ直ぐこちらへ向かっているそうです!!」
「なに!!」
ドラゴンの突然の襲来、村の初めての防衛戦の火蓋は切って落とされたのだった。
無駄な説明回になってしまった……
設定考えるのが大好きなんでどんどん膨らむけど賞用ということで読みやすさ重視で抑さえてたけど我慢できなかったんや……




