謝罪
すみません、遅くなりました。
「いったいいつになったらフィリオを見つけ出せるんだ!!」
きらびやかな宝飾品に彩られた執務室に怒気を孕むストレイクーガ辺境伯の声が響く。
「も、申し訳ありません。しかし冬になり冒険者たちの活動も低下しておりまして……」
「言い訳など聞き飽きたわ!!」
縮こまっている初老の執事に辺境伯は手元にあったインク壺を投げつける。
「始めはすぐに見つけるとか言っていたな! その後はあと少し、もうすぐと言い続け、秋が来る頃には冬が来るまでにはと!! どうした!冬になってしまったではないか!! どうしてすぐに見つけ出せないんだ!!!」
「も、申し訳ありません。しかし『灰狼』がいなくなり森に明るい闇ギルドがおらず、今は表のギルドも動員して探索しております。今しばらく、今しばらくお待ちを…」
「灰狼、か……」
額から血を流しながらも伏して許しを請う執事に目も向けず辺境伯はボソリと言う。
長らく辺境伯と蜜月の関係を築いていた灰狼もフィリオたち開拓団の道案内を最後にいなくなった。だが彼らの死体は見つかっており、返り討ちにあったことはハッキリとわかっている。
だが辺境伯はその事は全く気にしていない。墓場まで持っていかねばならない秘密を共有することで灰狼は自分たちのこれからは安泰だと考えていただろう。しかし辺境伯ははじめからフィリオの暗殺を期に彼らとの関係性を精算、つまるところ彼らを処分する気でいた。
良き手駒とは手柄が大きくなりすぎる前、秘密が多くなりすぎる前に死んでくれるやつらだ。その意味では灰狼は本当に良い手駒だったが… まったく、だが仕事はしっかりこなしてから死んでほしかったものだ……
辺境伯は灰狼のことをそう思い返す。
彼らの死体はあった。だがそこに開拓団の者の死体はなく、彼らはさらに先に進んでいた。そして神竜山脈の麓で争った形跡もモンスターに襲われた形跡もなく、彼らの足跡は忽然と消えていた。
始めは他の闇ギルドたちを使って捜索をさせた。彼らが灰狼の後釜を狙って街中で騒ぎを起こさせないためだ。
結果を言えば大失敗だった。彼らは魔の森で潰しあい、あるいは神竜山脈に挑んで消え去り、最終的に闇ギルドの大半が壊滅してしまった。
おかげで灰狼の行っていた闇オークションは開催されず辺境伯へのあがりは滞っている。表の方は相変わらず盛況で辺境伯としてはなんの問題もないのだが、やはり金を余らせた者たちが暇をしているのを指を咥えて眺めているだけではやきもきするものだ。
最近では王宮から連絡のないフィリオの安否を気にする手紙、実質的には暗殺の成功報告の催促が届き、大手を振って表の冒険者ギルドに依頼を出すことも出来たが…… 冬になり神竜山脈のモンスターが餌を求めて麓まで降ってくるこの時期に魔の森の奥まで行こうとする冒険者などいない。
つまり、当分フィリオを発見することは困難。
「ちっ! おいお前!!いったいいつまでそうしているつもりなんだ!! その絨毯はお前の命より価値があるものだぞ!!さっさと掃除をせぬか!もしシミのひとつでも残ったら命はないからな!!!」
未だ伏して許しを請い続けている執事にそう言うと、辺境伯は苛立ちを隠せないようにヅカヅカ大きな音をたてて部屋を出ていくのだった。
一方その頃、
「申し訳ございません…」
開拓村のフィリオも騎士のガルバスから謝罪を受けていた。
「頭をあげてくださいガルバス。私も同意してのことですから。」
元々フィリオとモーガンを二人きりにして出方を窺うのはガルバスの案だった。
確かに危険を伴う案であったが、これから足りなくなる物資をエイムサハールへ調達にいかねばならないことを考えるといつまでも騎士の一人を自分の側で遊ばせておくわけにもいかない。なのでフィリオもこの危険な案に乗ることにしたのだ。
誤算があったとしたらモーガンの実力を過小評価していたこととマルフィリアが突然やって来たことだ。
モーガンがマルフィリアに動揺したようにフィリオも動揺し、警戒はしていたのに回避をし損ねたのだ。
とはいえ、もし来てくれていなかったら初太刀は避けられてもその後どうなっていたかわかりませんね……
フィリオは痛々しく巻かれた包帯を撫でて一人思う。
モーガンの攻撃には本当に恨みが込められていた…
「…私は、知らず知らずに民の恨みを買っていたのですね……」
「フィリオ様…?」
戦争は殺し合いだ。だからこちらも殺しをしているのに殺されたことに恨みや復讐を言うのは間違っている。マルフィリアはそういった。
確かにそうだ。だがそれは戦場で命をかける戦士の道理、王の道理ではない。
王の道理とはすなわち国であり国民である。国を豊かにし、国民を幸せにすることである。
つまるところ敵国の者の生き死になどどうでも良いことなのだ。
褒賞問題で涙を飲んでもらった者は大勢いた。だが彼らは話し合いの末に一応納得してもらってのことだ。
だがその影で私はモーガンのような者の尊厳に目も向けず踏みにじっていたのですね…
「…はぁ……」
フィリオはため息をはく。
これまで帝国と終戦したのは間違ったことだとは思っていないかった。教国の脅威を考えてそれは必要なことだと思っていた。
だが本当にそうだったのだろうか? 他に術はなかったのだろうか? フィリオが個人的に戦争が好きではない、そんなわがままが反映されていたりしなかったのだろうか?
「…お酒でも飲みたい気分ですね……」
普段あまり飲みはしないがフィリオもお酒は好きだ。だが時代の今昔、国の内外を問わず酒に溺れて政治を蔑ろにした執政者は多くフィリオは自重していたのだ。
…今までは自制心のない愚か者とだけ思っていましたが…… 彼らが酒に溺れた理由が分かる気がしますね。
「…フィリオ様?」
「あっ、いえ…… すみません、聞こえなかったことにしてください。」
思わず口から漏れ出ていた弱音をガルバスに聞かれてしまった。
「…少々お待ちを。」
だがガルバスも酒に逃げようとしていたフィリオを非難することはせず、ただそれだけ言うと部屋から出ていく。
? どうしたのだろうか?
しかしガルバスはほどなく戻って来て、その手にはなにやら大ぶりな瓶がいつか抱えられている。
「以前手にいれましたなにやら珍しい酒とのことです。どうぞお納めください。」
「っ!?」
非難されるかもと思っていたがなんとガルバスは酒を差し入れしてくれた。
「張り詰め続ければ弓の弦もいずれ遠からずに切れてしまいます。たまには羽目を外すことも大切です。」
ガルバスは最後に「…内緒ですよ?」と少しいたずらっぽく酒を差し出した。
ああ、そうだ。昔はいずれ王となる重責から逃げるように勉学にのみ励んでいたフィリオに、ガルバスはこんな感じでよくお菓子や娯楽小説を差し入れしてくれた。
「…ありがとうございます。」
後悔に後ろ髪を引かれ、眼前には問題が山積している。
しかしフィリオは昔を懐かしみ、少しだけ心が軽くなるような気がしたのだった。




