出発前
「…戦場へ、戻りたいな……」
ギルドの外、楽しそうに買い物を楽しむ人々を見てギンの口から零れたのはそんな言葉だった。
出来れば魔法使いとしてSランクにあがる前の戦場がいい。極大魔法を覚えてからは常に仲間に守られていた。だからその前だ。
自分の命をギリギリのところに置いて、ただ敵を殺すことしか考えられない戦場へ……
「ああ、今なら誰にも守られずに戦えるじゃないか。」
でも、それは何処にある……?
その時、ギンの側を子供たちが走り過ぎ、ローブの裾がヒラリと揺れた。
無邪気にはしゃぎ、走り回る子供たち。
それは守るべきもののはずだった。
守り通したもののはずだった。
でもなぜだろう。
ギンの心には虚しさしかなかった。
「どうした? こんなところに突っ立って? まさか立ったまま寝ているわけじゃないよな??」
「…アルか。」
黄昏ていたら左腕だけ鎧を着けている大男、アルバーが声をかけてきた。
アルバーは昔は『隻腕のアルバー』今は『鉄腕のアルバー』と呼ばれるヴァルハラ・クランのメンバーの一人。ギンとは歳が近く親友と言ってもいい。
「なに、ギルドをクビになったからな、少し黄昏ていただけだ。」
「マジか!?」
「ああ、戦争がないんじゃ仕方がないことさ。」
アルバーは少し悲しそうな顔をした。
「これからどうするんだ?」
「魔境の開拓民を募集しているそうだからな。そっちに行ってみるつもりさ。」
「そうか…ちょっと待ってろ。」
アルバーはそう言うとギルドの中へ入っていった。
…どうしたんだ? ああ、依頼の報告でもあったのだろう。その後でゆっくり話そうってことか。…どうせなら夕飯くらいおごってくれねぇかなぁ……
ギンはそんなことを考える。たしかにSランク魔法使いは高給取りだ。だからギンが依頼を受けるとどうしてもギルドはSランク魔法使いにたいする給料を払わなくてはいけない。それがとても申し訳なく思っていたギンは終戦後は最低限生活出来るサイクルでしか働いていなかった。
「すまん!待たせた!!」
アルバーがそう言って駆けて出てきたのは待たされてからかなり時間が経ってからだった。
「…どうせ暇だし、いいんだが……どうした?なにか問題でもあったのか?」
ただの報告にしては時間がかかりすぎている。
「ああ、退団してきた。」
「はぁああ!?」
思わず大きな声が出てしまう。
「退団ってアル、お前何を考えてるんだ!」
魔法使いのギンと違って剣士のアルバーにはまだ仕事がある。
「つってもなぁ、ギンが遠くに行ったらこいつどうすんだ?」
そう言うとアルバーは左腕を見せてくる。
鎧で覆われているように見えるがそうではない。腕そのものがギンの作った魔導具で義手だ。
アルバーは昔ギンを庇って呪いを受けた。解呪は魔法使いと対極の神官の領分だったが運悪くその戦場には神官がいなかった。だから魔法使いのギンは呪われ腐る左腕がアルバーの命まで腐らせないよう、彼の腕を切り落とした。
その時からギンは償いを探してきた。そして見つけた方法が魔導であり結果がこの義手である。
「…自信作だ。アルが整備をサボらなければ壊れることはない。」
試作と改良を重ね、湯水のように給料を注ぎ込んだ。これから先大きな戦いがなければ問題はない。
「それにアル。ヴァルハラ・クランのメンバーになることがお前の夢じゃなかったのか?」
王国最強を自負するヴァルハラ・クランの入団試験は厳しい。生まれつきギルドの戦士となるべく育てられたギンと違いアルバーは何度落とされても諦めず5回目の試験でようやく入団を認められたのだ。
もちろん親友のアルバーが着いてきてくれるのならこの上なく心強い。だが親友だからこそ、連れていくのは心苦しかった。
「今ならまだロキールさんに頭を下げれば取り下げてくれるって。ほら、行ってこいよ。」
うまく笑えているだろうか?
ギンは努めて優しい笑顔を作り軽口を叩くように言う。
でも、
なんて顔してんだよ……
きっと自分も鏡写しのように同じ顔をしているのかもしれない、アルバーは悲しみを隠しきれていない不器用な笑顔を浮かべていた。
「いいんだ。」
「…アル……」
「いいんだよ…」
「…なにがだよ……」
「俺の憧れたヴァルハラ・クランはな、ピカピカの鎧着て街中で威張り散らして治安維持するギルドじゃない。護衛と称して商人たちに媚び諂うギルドじゃない。冒険者たちとゴブリンを取り合うギルドじゃない。前線で勇敢に、勇猛に戦うギルドだったんだ……」
「アル……」
「もう、俺の憧れたヴァルハラ・クランは無いんだ… だから、だから…もういいんだ。」
…寂しいこと言うなよ……
「…なんて顔してんだよ! それより行き先は魔境だろ?ドラゴンとかいたら血沸き肉踊る戦いが出来るかも知れないじゃないか! ほら、早く移民申請に行こうぜっ!!」
空気を変えようとわざと明るく言うのはいいが照れ臭いからって馬鹿力でバシバシ叩くな、痛てぇ!
「ったく… ドラゴンとかおとぎ話を信じるような歳でもないだろ?」
「うるせぇな、ヴァルハラ・クランのSランクが二人も行くんだ。ドラゴンくらい出てきてくれなきゃ話にならないだろ?」
「ははっでもまぁ、それは違いないな!」
こうして二人して馬鹿笑いしながら城前の広場に用意された移民申請窓口へ向かうのだった。