神に祈りを
これはとある騎士の追憶。
「マリアさんが死んだってどういうこと!!」
それは届かなくなった手紙の代わりに父から教えられた。
「詳しくは知らん。ただ勇敢に戦って死んだとだけ聞いている。」
問い詰める俺に父はただそう答えた。
「…それって帝国のやつらに殺されたってこと……?」
「……ああ、そういうことだ。」
「嘘だ!!」
俺は信じられなかった。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!! マリアさんが、マリアさんが! 帝国のやつらになんて負けるわけがない!!」
俺は扉を開け放ち、逃げるように駆け出す。
そしてついたのはいつも打ち込みをしている木の前。俺はいつもの堅い木の棒を手に取った。
嘘だ!
ガッと、いつもとは違う低く鈍い音がした。
それでも、痺れや痛みなんかまったく気付かないくらい気にならなかった。
俺はマリアさんへの想いをぶつけるかのように全力でまた打ち込む。
マリアさんは強い人だ、負けたりなんてするはずがない!
また、打ち込む。
マリアさんは賢い人だ、負けたりなんてするはずがない!
何度も何度も、
マリアさんは優しい人だ、殺されたりなんてするはずがない!
ひたすらに、
マリアさんは尊い人だ、失われたりなんてするはずがない!
力任せに、
マリアさんは、
がむしゃらに、
マリアさんは…
あんなに誇らしかったマメも潰れ、皮も剥け、棒を握る俺の手は血で真っ赤に染まっている。
マリアさんは……
ボキッと音をたてて棒が折れた。
…マリアさんは
思い出すのはマリアさんからの最後の手紙。
……マリアさんは、弱い女性だった。
だから早く強くなりたかった。
……マリアさんは大切な女性だった。
だからそばにいて守りたかった。
「…ろしてやる……」
自然と、俺の口から言葉がこぼれる。
「殺してやる!帝国のやつらめ!一人残らず殺してやる!!!」
それはマリアさんへの想いを燃やしすべてを焼き尽くさんとする、復讐の誓いだった。
フィリオの前では奇妙な光景が広がっていた。
「神よ!!」
「うおおおっ!! 神よ!!!」
「かーみーよーーーっ!!!」
ある者は頭を打ち付けんほど五体投地し、ある者は自分を締め上げんほど合掌し、ある者はなんかもうよくわからない奇怪で独特な礼拝スタイルで神に祈りを捧げている。
「…えっと…… これはいったいなんですか??」
時間は少し遡る。
「…よし。こんなものですかね… エイス。少し見てもらえますか?」
「はっ!」
フィリオはたった今書きあがった羊皮紙をエイスに手渡す。
前の話し合いを踏まえて今後どう開拓を進めるかのスケジュールをまとめたものだ。
「では拝見させて…ってフィリオ様絵うまっ!?」
「ふふっありがとうございます。」
驚くエイスにフィリオはサプライズが成功した子供のように笑う。これまでフィリオは手慰みに絵を描くことがよくあったが王族という立場上、それを他人に見せたことはなかった。
開拓団の者のほとんどは字を読むことが出来ない。なのでフィリオはスケジュールを表にまとめ、イラストをつけ、そういった者たちにもわかるように作ったのだ。
「それでは早速人を集め公示致しましょう。」
驚くエイスに対し、フィリオの教育係でその画力を知っているガルバスはいつも通りの態度だ。
ガルバスとエイス。この二人の騎士はほぼ常にフィリオのそばに控えている。いや、そばに控えている騎士は三人だ。三人目はモーガン。フィリオに対し常に殺気を放っているこの騎士もまたそばを離れることがない。
仕事を与えて引きはなさそうとはしたが、「国王よりフィリオ様の身辺警護の任を請け負っている。」の一点張りで離れようとしない。
おかげでフィリオは二人を自身の護衛からはなせない。
誰の発案か知らないがずいぶんといやらしいことをしてくれる。
ジャンミールが勝手に和を乱し、モーガンが勝手にこちらの行動を制限する。もしヴァルハラ・クランの二人がいなければすでにツンでいただろう。
と、言うのもまずギンがいなければ神竜山脈を越えられずモンスターの襲撃激しい山腹を開拓するはめになっていた。
開拓団の士気はジャンミールが崩し、もし防衛にガルバスやエイスを回せば自分がモーガンに殺される。よしんばそれらをなんとか耐えたとしても衰弱しきったところでおそらく本命の暗殺者であるストレイクーガ辺境伯が動けばどうすることも出来ずに終わる。
厄介なのは二人が素の行動、単独での行動ということだ。おかげで裏をとったり尻尾をつかんだり出来ないことだ。作戦を与えるでもなく連携をさせるでもなく、あくまで自由な行動でこちらの害悪となる毒を盛り込んだだけ。
まったく、そんな頭が回るなら少しくらいまともな政治に活かしてほしいものです。
もっとも、彼らは今ある甘い蜜をどうやって自分が吸うかしか興味がないのだが……
「…フィリオ様?」
そんなことを考えて少しぼぉっとしていたせいか、ガルバスに声をかけられた。
「えっ、あっはい。」
「…公示に向かいたいのですが……よろしいですか?」
ガルバスは一瞬だけちらりとモーガンを見た。
「そうですね……」
常に殺気を放っているモーガンだが今のところ不審な行動を起こしたことは一度もない。エイスがいれば大丈夫だろうか?
「…皆は今、何をしていますか?」
「本日は種まきの予定です。とはいえそろそろ終わった頃でしょう。次の指示を待っているところかもしれません。」
「…わかりました。私も行きます。」
フィリオが言う。
モーガンを警戒した、というのも少しはあったのかもしれない。だがどちらかと言うと本国を案じているフィリオだが、市井の生活を実際に見聞きできることを喜び楽しんでいた。
こうしてフィリオはおそらく種まきを終えたであろう開拓団の元に向かった。
そして時間は戻る。
「神よ! 神よ!! どうか、どうか!お願いします!!」
「「「お願いします!!!!」」」
なんか開拓団の皆がカルト教団っぷりの熱狂で神に祈っているのだ。
「えっと……これは……??」
困惑するフィリオだが、ガルバスもエイスも首をかしげて不審がるばかり。
「おや? これはフィリオ様。」
「あっ、ボーマン。あなたはまともなままなのですね。」
一人、いつも通りなボーマンがやって来てフィリオは安堵する。
「ん? まともとは?」
「あっいえ、その… 皆はどうしてしまったのでしょうか??」
どうしてボーマンはまともなのだろうか??
「ん? ……ああ! フィリオ様たちには馴染みのない光景でしたね。田舎ではごくありふれた光景なので…」
なんと!? 田舎では人々が定期的に発狂するとでも言うのだろうか??
「あれは種まきを終えて、無事収穫できるように祈っているのですよ。」
「収穫の祈り? 神殿で祈祷してもらうとかではないのですか??」
確かに今の村には神殿はおろか神官すらいないんだが…
フィリオの王族なので干ばつなり疫病で神殿に祈祷を行ってもらった経験はある。
だが、ボーマンが言うにはちゃんと神殿で祈祷を行ってもらえるのは一部の金のある豪農に限った話で多くの農家はそれが出来ないらしい。
なので必死で祈る。作法とか知らなくて無茶苦茶だが、知ってる神にはどんな神であろうと必死で祈る。
その結果がこれである。
「神よ!どうかどうか実りを!!」
「疫病退散、害虫撲滅!!」
「寒波はやめてください!晴天を!晴天を!!」
…なるほど。
何でも多くの農家にはまともな貯蓄がない。なので収穫に壊滅的な被害がでたら一発アウト。部分的被害でも次の種代は借金、その上で次も被害がでたら利子が膨れ上がって借金の形に土地を失う。
生活、どころか人生に直結しているので彼らは必死なのだ。
「…退いてください。」
「……フィリオ様…??」
カルト的に祈る皆を退かし、フィリオは一歩前に出る。
シャオンっ
澄んだ音をたててフィリオは宝剣を抜いた。
「天上に在られるいと貴き神々よ。どうか願いを聞き届けたまえ。」
フィリオの振るう宝剣のヒュンとした音が空を斬る。
宝剣は錫杖の代わりだがそのきらびやかさが、王族であるフィリオの高貴さが人々から言葉を奪った。
しばらくの祝詞を終えたフィリオの前に、人々の中にはむせび泣く人さえいた。
いつの間にかギンやアルバーも見ていた。
「アル、剣舞でもしてきたらどうだ? ヴァルハラ・クランの戦士の剣舞となれば病魔くらい祓えるだろう。」
「おっそうだな。」
ギンの言葉にアルバーがバスターソードを手に前へ出る。
「…悪い虫がついたら大変です。エイス、貴女も舞ってきなさい。」
「はっ!」
ガルバスの言葉に笑い声が起こり、エイスもロングソードを抜いて前に出た。
時に激しく時に美しい二人の剣舞。
人々は喜び囃し立てる。
…是非皆で収穫の喜びも迎えたいものです。
それを見てフィリオは強く想うのだった。




