開拓生活
これはとある騎士の追憶。
「本当に戦場へ行くの?」
「ええ、私も父さんより歳上な領主の6番目の側室になんてなりたくないからね。」
俺の質問にマリアさんはそう答えた。
金のない下級貴族の娘の役割なんか決まっている。金のある貴族との婚姻。もちろん正妻になんてなれっこない、なるのは側室、つまり愛人みたいなもの。要するにほとんど身売りみたいなものだ。
「でも! でも、危ないよ?」
「知っている。でもそうでもしないと父さんに婚姻結ばされちゃうから…仕方がないじゃない。」
とりあえず、戦場に出て手柄を立てていれば無理矢理結婚させられることはない。マリアさんはそう言った。
「でも、でも…」
「こーらっ、そんな顔しない。約束したでしょ? 立派な騎士になってお嫁さんにしてくれるって。」
「うん……」
「君が立派な騎士になって、領地をもらえるくらい手柄をたてたら、きっと父さんも認めてくれるから。私はそのために時間稼ぎにいくんだからね。」
「…うん!」
「待ってるから。絶対に迎えに来てね。」
そう言って、マリアさんは戦場へと旅立った。
開拓団の朝は早い。私、傭兵団鷹の目団長ボーマンの娘、リコも日の出とともに活動がはじまる。
今はまだ各自の家が用意されておらず、皆でテント暮らし。朝ごはんも皆で食べる。だから一度に作るご飯の量がすごい。私やお母さんだけじゃとても手が足りないので開拓団の女性、皆で作る。
「あらリコちゃん、おはよう。」
仮設の炊事場につくとおばさんたちが挨拶してくれる。
「お、おはよう、ございます…」
人見知りな私は消え入りそうに返事をすると子供たちのもとへと向かう。
「リコお姉ちゃんおはよー。」
「おはよー。」
子供だってやることがある。洗い物に皮剥き。お姉さんの私は皆が怪我をしないか監督でありお手本だ。
「ちゃんと手を洗ってきた?」
「「うん!」」
そんな私たちの様子に「リコちゃんは小さいのに偉いわねぇ」とのおばさんたちの会話が聞こえた。確かに私はまだ背はちっこいけどもう15歳、成人した立派なレディなの!失礼しちゃう! と、思うけどもちろんそんなことを言う勇気はないのだけれど……
朝ごはんは麦入りのスープ。大きな鍋から湯気が立ち、美味しそうな匂いが辺りに立ち込めるとテントからのそのそと騎士さんや男の人たちが起きてくる。
一度は盗賊団に落ちぶれて開拓団のみんなに怖がられていた鷹の目のみんなも、お母さんに「手を洗いなさーい!!」とか子供のように叱られて頭の上がらない様子から今ではすっかり受け入れられた。
みんなのお椀によそい、皆でご飯を食べる。
…いや、一人だけ来ていない。ギンさんだ。朝の弱いギンさんはいつも皆が食べ終わるくらいに起きてくる。
「こんな豚の餌、食べられるか!」
そんな楽しいご飯の時間に今日も騒ぎが起きる。原因はいつもと同じジャンミールとかいう髭の騎士だ。やれ、量が少ないだの。やれ、豪華さが足りないだの。いつも不満ばかり。
騎士さんたちの中に料理が出来る人がいないことや別々に作ることで発生する食材の無駄を少しでも減らしたいことから、フィリオ様の命令でまとめて調理し一緒に食べているのだが、…どうやらジャンミールはその事が何より気に食わないらしい。
そんなジャンミールを赤髪の騎士エイスが諌める。しかし当の本人はそんなことどこ吹く風の様子。ストレイクーガ辺境伯の食事がどんなに素晴らしかったかとか、貴族としての気品がどうとか…人目も憚らず言いたい放題だ。
辺境伯と会ってからジャンミールの態度は本当に酷くなった。それまでは普段はフィリオ様にべったり引っ付いて媚びへつらっていて、横柄な態度をとるのはフィリオ様が見ていない時だけだった。だが、それ以降はフィリオ様をあからさまに軽んじるようになり、いつでもどこでも今のように振る舞っている。
おかげで開拓団の空気がどんどん悪くなる。
「嫌なら食わなきゃいいだろ…」
その空気に耐えられなくなったのか、誰かがそんなことを漏らした。
「なんだと!!平民ふぜ、い…っ!?」
それを耳にしたジャンミールががなり声をあげたが、そこにいたのはようやく起きてきたギンさんだった。
ジャンミールはギンさんたちヴァルハラ・クランが怖いのかおろおろとみっともなく狼狽える。
「ふぁあ……」
しかしギンさんはあくびを一つ。既に具の残っていない鍋から汁だけよそう。前に具を分けてあげたほうがいいのかなと勇気を出して話しかけてみたけど… どうやら朝の弱いギンさんは汁だけでいいらしい。
あんなにすごい魔法使いなのに朝が弱いなんて……なんか少しかわいいと思う。
それはそうと、ギンさんに全く相手にされていないジャンミールは怒って顔を真っ赤にさせているが突っ掛かる勇気はないのか、ただ鼻を「ふんっ」と鳴らしテントへと戻っていった。
朝ご飯が終わるといよいよ本格的な開拓のお仕事だ。
男の人たちはギンさんが抜いた木の枝を払い根を落とし、丸太置き場まで運んで乾かす。お母さんやおばさんたちは洗濯をしたり畑を耕したり。お父さんや鷹の目のみんなは周りを警戒したり森で鹿や猪を狩ったりする。
ちなみにギンさんは鷹の目の人を数人連れてより広範囲の偵察が仕事だ。飛行魔法で上空を飛び、鷹の目が簡単な地図を作る。気になるところがあれば地上に降りて詳細調査。私は魔境全体は神竜山脈の山頂から眺めただけだ。それでも見たことも聞いたこともない世界が私には見えた。なのでそんな調査をしているギンさんたちが少し羨ましい。
そういえば最近少し気になることがある。神竜山脈の調査でギンさんが別行動をとって以降、マルフィリアという毛玉みたいな騎士がいつもギンさんとセットで働いている気がするのだ。ううん、気のせいではない。一緒に働いている、というか仕事以外でもわりと一緒にいる。私にはわかる!
思い返せばギンさんが神竜山脈の調査から帰ってきた時、マルフィリアはおんぶをされていた。その長い髪で表情を見ることは出来なかったが、あの時マルフィリアは恋する乙女の顔をしていた。ギンさんにおんぶをしてもらえたら私だったらしてしまう!だから間違いない!!
マルフィリアは敵!
「リコお姉ちゃん、どーしたの??」
大切なことなので心のメモ帳にしっかり書き留めていたら、子供たちが私のことを不思議そうに見上げていた。
いけないいけない。私も真面目に働かなくちゃ。
私たち子供組の仕事はお母さんたちが耕した畑から石を広い集めることだ。こうしてやっと使える畑になる。
「や、やめてください。私には夫がおります!」
「何を言うか、そんな男の妻をやるよりワシの愛人になった方がずっと幸せだぞ?ん??」
またジャンミールだ。
みんなが働いている中、ジャンミールはテントで過ごしたり馬に乗って散歩をしたり、本人いわく開拓の監督らしいが… テントにいるときは開拓団の誰かを従者のようにこき使い、散歩中は近くで働いている人たちをわざわざ仕事を止めて平伏させたりと邪魔でしかない。
そしてそんなジャンミールのもっとも困った行動が開拓の綺麗な女性にこうして絡むことだ。騎士であるジャンミールは一応爵位を持つ貴族、もし怪我でもさせようものなら死罪すらあり得るので絡まれたお姉さんは本気で抵抗することが出来ない。
「どうだ?ん?」
「い、いやぁ…やめて、ください……」
「うひひひっよいではないかよいではないか。」
「おい、おっさん。いい加減にしてくんね?」
誰かがジャンミールにそんなことを言い放った。
「なっ!?誰だ邪魔をするのっ……うげぇっ!?」
そこにいたのはアルバーさんだ。アルバーさんはモンスターの襲撃に備えて待機しているのだが…最近ではもっぱらジャンミール対策になっている。
「仕事の邪魔をしてんのはあんただろ?おっさん。」
「なっ!?何を言うか!ワシは監督としての、仕事…を……」
じろりとアルバーさんに睨まれたジャンミールの声はどんどんボソボソと尻窄みになった。
「……なっ!何をじろじろ見ているのだ貴様ら!! ええい!さっさと仕事をせんか!!」
そして最後にはアルバーさんから目をそらし、迷惑そうに見ている開拓団みんなの視線に気づくとそんな風に怒鳴ってどこかに行ってしまった。
「す、すみません。お手を煩わせてしまって…」
「気にしないでください、悪いのはあのおっさんですから。それに貴女のような美しいお嬢さんのピンチなら何時だって駆けつけますよ?」
「そっ、そんな、お嬢さんだなんて… 私、息子もおりますし……(どきどき)」
「なんと!? とてもそうは見えません。どうです?今度ゆっくりお話でも……」
スパコーン!
そのままの流れで自然とナンパに洒落こんでいるアルバーさんをお母さんがすっぱたく。
「まったく、人妻を口説くんじゃないよアルバー!!」
その通りだと思う。
『鉄腕』のアルバーさんはまだ『隻腕』と呼ばれていた頃から女好きで有名だ。まあ、英雄色を好むと言うしそれにそんなアルバーさんのおかげでギンさんを狙う恋のライバルは少ないので文句はない。
ジャンミールがどっかに行ったのでその後は特に問題なく仕事が進み、お父さんたちが鹿を獲ってきたので晩ごはんは少し豪華なものになった。
お腹いっぱい食べたのでもう眠い… 明日はどんな一日になるのかな? おやすみなさい……zzz
作者ですら名前を忘れかけてたボーマンの娘リコ。いったい何人の読者が覚えていただろうか?
……たぶん0人だと思う。




