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開拓のはじまり。

 これはとある騎士の追憶。


「ぼくがおおきくなったら、およめさんにしてあげる!」


 それは無邪気で子供らしい幼い日の約束。


「君が立派な騎士になったらいいよ。」


 俺の告白にマリアさんは微笑みながらそう答えてくれた。


「ほんと!!」


「ええ、本当よ。」


「やくそくだよ!」


 俺はそれが当然果たされる約束だと思っていた。

 俺とマリアさんの生まれ育ったのは小さな村だ。俺の父もマリアさんの父も、領主からこの村の防衛に任命された下級貴族。

 俺にとって歳の近い同じ貴族の娘は5つ年上のマリアさんしかおらず、マリアさんにしても5つ年下の俺しかいなかったからだ。


 でも、それは違ったんだ……







 神竜山脈を無事に越えることに成功した開拓団は山脈から程近い、大きな湖畔そばにベースキャンプを構えることにした。

 山脈から絶えず雪解け水が流れ込みわき上がるこの湖のおかげで生活に必要な水の心配はなくなった。


「んーっ…」


 狭い幕舎から出たフィリオは一つ伸びをする。

 宛もない開拓地を目指す旅が一段落したおかげか、視界に映る者たち皆、明るい顔をしている。

 そんな中、フィリオは木陰でダベっているギンとボーマンを見つけた。


「やあ、二人とも。」


「これはフィリオ様っ。」


 フィリオは二人に声をかける。ボーマンは姿勢を正したが朝が弱いのかギンは眠そうだ。


「お、おい!ギン。」


「いいよ、ギンにはかなり働いてもらったんだ。 …それより例の件は……」


 フィリオはギンを起こそうとするボーマンを止めてたずねる。

 この地に付いてすぐ、フィリオはここを本格的に村に出来るかの調査を頼んでいた。


「魔力的には問題ない。水にも土地にも魔力は溶け込んでいるがかなり薄めたポーションみたいなもんだ。健康には害はない、どころか少し健康になるくらいじゃないか?」


 ギンは眠そうに答えた。

 ギンに頼んでいたのは魔力的な調査だ。

 微量であれば魔力は生物を健康にする。ポーションなんかが良い例だ。しかし濃すぎる魔力は生物を、時に無機物さえも強化し過ぎてモンスターへと変えてしまう。当然、人体には良くない。


「そうですか。」


 フィリオはほっと胸を撫で下ろす。


「では、我々鷹の目からの調査報告です。現在ここを村にした場合、生活圏となりえる範囲にモンスターの巣および人の痕跡は発見されませんでした。」


「ありがとうございます。」


 フィリオは礼を言う。

 『人の痕跡』。それはラーガシュヴィヴァールからもたらされた情報をもとに調査をしてもらったことだ。


 始め、ギンとマルフィリアからラーガシュヴィヴァールのことを聞いた時、ガルバスなんかは『モンスターでありながら王を騙るなど』と激怒していた。しかし実際にあって見るとその圧倒的な力、纏う気品に格の違いを思い知らされてむしろ自分たちが紛い物のように思わされたほどだ。

 そんなラーガシュヴィヴァールからもたらされた情報。それは山脈の西に自分たちと同じ人間はいないが『エルフ』『ドワーフ』『天人』『獣人』という人々は生活しているということだった。

 世界がどう変化するのかを楽しみたいラーガシュヴィヴァールはそれ以上の情報をあえて教えてはくれなかったがこれはフィリオたち開拓団に衝撃をもたらした。

 おとぎ話の種族とはいえ、無人と思われていた世界に人が住んでいたのだ。

 楽観的に考えればストレイクーガ辺境伯以外と交易をすることが出来る。湖からは北に西に南に3本の川が流れている。そこを辿れば彼らと接触することが出来るかもしれない。

 悲観的に考えれば、彼らと戦いになる。彼らからしたら我々は彼らの領土にやって来た侵略者でしかないのだから。


 戦争を好まないフィリオとしては彼らと友好的に接したい。


「では、ここに村を開拓しましょう。」


 フィリオの言葉に遠巻きに会話を聞いていた開拓の皆が歓声をあげた。

 王国から弾かれ、魔境という地獄に追いやられ、さらに神竜山脈を越えて見つけた楽園。そしてはじまる開拓、新しい生活。


「森を切り開いて畑にしましょう。その際斬り倒した木は家の材としましょう。」


 フィリオがてきぱきと騎士たちに指示を出し、開拓団が動き出した。



「…ふうっ。なんとか秋蒔きの麦には間に合いそうですね。」


「いえ、それは難しいかと。」


 斧を手に森に向かう男たちを見て言うフィリオにボーマンが答えた。


「なぜだ?」


「通常の開墾のスピードであれば間に合うでしょう。しかし今は時期が違います。」


 確かに開墾の作業は冬に行うことが多い。しかしそれは農閑期で人手があるからではないのだろうか?


「それもありますが… 冬の方が軽いのですよ、樹木が。」


「軽い?」


「ええ、枝には葉がついておらず根も水を吸い上げていない。だから軽いんです。それに水を吸った木は材にして乾燥すると歪んでしまいますからね。」


「なるほど。」


 王宮にいて実際を知らないフィリオには初めて知ることだ。


「おそらく秋までに開墾出来る範囲はフィリオ様が思われているよりずっと狭いでしょう。なのでまずは蕪などの冬の食料。冬の間も開墾を続けて、麦は春に蒔くことになるでしょう。」


「まあ、俺はエールでいいから酒さえあればいいや。」


 ずっと黙っていたギンがぽつりと呟いた。


「ん?」

「ん?」


 ボーマンと二人、頭に疑問符が浮かぶ。


「…ん? どうした?」


 そんな二人にギンは自分がおかしなことを言ったことに気がついていない様子だ。


「えっと、ギン? お前、エールが何からできてるのか知らんのか?」


「ああ、知らん。」


 あっさり答えるギン。


「えっと… エールは麦から出来ているのですよ?」


「なっ!?」


 王族のフィリオですら知っていることなのに、この戦闘狂は本当に一般常識がないなとボーマンは思った。


「…つまり麦が育てられないと酒はお預けか!?」


「まあ、そうなるな。」


 ボーマンが答えた。


「戦闘もないのに!?」


「ええ、そうですね。」


 極力戦いという手段を避けたいフィリオが答えた。


「……きしっ、きしししっ。」


 不気味に笑い、ギンはゆらゆら亡霊のように歩き出す。


「おっ、おい!」


「きしししっ。…手伝ってくる。きしっ、戦いも酒もない生活なんざ耐えられるかよ!!」


 ギンはそういうと開墾途中の男たちを退け、


「主、包み賜うは始原の気。」


 山脈を越える際に何度も唱えた飛行の極大魔法を詠唱しだした。


「何をするつもりでしょうか?」


「さ、さあ?」


 なんというか、ギンの殺気に気圧されてボーマンと二人で見ていることしかできない。

 そうこうしているうちに詠唱は終わり、


天空飛行(エアリアルドライブ)!!」


 ギンの言葉と共に大地が揺れ、森の一角の木々が根ごと引っこ抜かれて宙に浮かんだ。


 あまりの出来事に誰も彼も言葉を失くす。

 しかしそんな中ギンは浮かせた木々を地面へ下ろすと移動して、魔力が尽きるまで計三度飛行の極大魔法を使った。


 抜根は大の大人数人がかりで下手をすれば一本抜くのに半日かかる大仕事だ。それを思えばギンは数ヶ月の仕事を瞬く間にこなしたことになる。


「これで麦は間に合うな?」


「え、ええ…」


 ゆらゆら戻ってきたギンについ肯定してしまう。


「ん。じゃあ寝る。」


 そういうとギンは天幕へと歩いていった。


 秋蒔きの麦は間に合う。間に合うには間に合う。だが……


「醸造にも時間はかかるし、そもそも醸造設備がないんですが……」


 とはいえさっきのを見た後だととてもでないが教えられない。


「えっと… 作業工程変わったんで俺、指示してきますね。」

「ちょっ!!」


 すちゃっと逃げ出すボーマン。


 ……


「はぁ…」


 フィリオはため息をつくしかなかった。

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