脱落者
「ダ、ダンナぁ… やっぱり降りやせんかぁ…」
日は暮れて辺りはすっかり暗くなり動き回るには危険な時間帯だというのにポロは泣きそうな声で言う。
しかしそれも無理ないことだ。モンスターと戦闘になるなら魔力を温存する必要もない、との事でギンたちは飛行魔法を使いすでに神竜山脈まで来ていたのだ。
嘘をついていただけでポロは神竜山脈に入ったことなどない。いや、エイムサハールの冒険者で神竜山脈に踏みいる者などいない。
それはモンスターに関係があった。
モンスターとはダンジョンなど魔力濃度の濃い場所で様々な物が突然変異を起こし強化された個体やそういった個体が繁殖したものだ。そのため大抵のモンスターは本能的に魔力濃度の濃い場所を好み、より魔力の濃い場所を求めて熾烈な縄張り争いをしている。
そんな魔力濃度の濃い場所が神竜山脈なのだ。エイムサハールの冒険者たちが日々狩りをする魔の森はそんな縄張り争いに負けたものの棲みかでしかない。
「明日からはひたすら登るんだ。わざわざ今夜だけ降っても仕方がないだろう?」
「それはそうでやすが…」
ポロは悩む。
このままこいつらについていった方がいいのか?
この先モンスターはどんどん強くなる。自分は全く役にはたたないだろう。その上自分は道を知っていると嘘をついているのだ、もしその嘘がバレでもしたら……
ダ、ダメだ!絶対置いてけぼりにされる!!
ポロは今まで何度も使えない仲間を盾にしたり見捨てたりしてきた。だからこそ、そうとしか考えられなかった。
い、今すぐにでも逃げねぇと…!
「いたっいたたたたっ…」
ポロはわざとらしくお腹を抱えた。
「ん? どうした?」
「いや、なんか急に腹が… いたたたたっ、ちょっと雉撃ちに行ってきやす!」
そういってポロは走り去るのだった。
月明かりに照された坂道をポロは一人、駆け降りていた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
ちくしょう!ちくしょう!!
ポロは内心毒づきながら走る。
パロの兄貴め!適当なこと言いやがって!!何が簡単な仕事だ!何がオークの巣にぶちこんでやればいちころだ!!
今は一刻も早く山から降りなければならず、そんな愚痴に思いをはせている余裕などない。しかし恐怖に囚われたポロの心はそんなことでも考えていないと保てないほどか細い有り様だった。
「あっ!」
がっ!
だが、そんなことに気を使っていたせいだろうか。ポロは木の根に足を取られ、ゴロゴロと坂道を転げ落ちてしまった。
ゴロゴロ、ドン!
しばらく転がった後、何かにぶつかってようやく止まる。
「いててててっ、ちくしょう。」
とはいえ盛大に滑落したわりに、あちこち擦り傷や打ち身にはなったが幸いなことに行動不能になるような大きな怪我はなかった。
へへっさすがあっしだぜ!ついてる!!
信仰心など欠片もないがこの時のポロは神様のケツにキスをしてもいいほどの気分だった。
そう、この時までは……
「ぶぎぃぃ。」
「…へっ?」
その鳴き声にポロはようやく自分が何にぶつかったのか気がついた。
「ぶぎぃいい…」
「ひぃっ!」
むわっと湯気立つ生臭い息が顔を顔にかかった。
しかし嫌悪感より恐怖心が勝る。
オ、オ…オークソルジャーじゃねぇか!!
ポロがぶつかったもの、それはオークソルジャーだった。しかも昼間ギンが倒したものよりずいぶんとレベルも高い。
「ひっひっひぃぃぃ!!」
腰が抜けてうまく立てない。
それでもポロは惨めに哀れに滑稽に、カサカサと地面を這いずり少しでも距離を取ろうとする。
だが距離を取った事で、視界が広がってしまったせいで、ポロに更なる絶望が襲った。
「ぶぎぎぎぎ…」
「ぶぎ、ぶぎぃ…」
「ぶぅぎぃい…」
「ひいぃぃぃいい!!」
オークソルジャーは一体ではなかった。いつの間にか何十体というオークソルジャーたちに囲まれていた。
「おたっおたっおたしゅっおたしゅけぇ…」
恥や外聞などない。言葉が通じないことすら意識の範疇にない。ポロにできることはただ、土下座で祈ることだけだ。
一秒、
二秒…
三秒……
………
いや、実際はそんなにも時は流れていないのかもしれない。
しかし瞼の裏の真っ暗闇はそんなわずかな時間さえ永遠のように感じさせた。
だ、だいじょうぶでやす、か……?
沈黙に耐えきれず、ポロは恐る恐る顔をあげる。
びちゃっ
そんなポロの顔に生臭く生暖かい粘液がかかった。
「っっっっつ!!!」
オ、オオオオオークナイト!!!???
オークナイト。それはまるでフルプレートの鎧のような硬質化したした皮膚を持つ、オークソルジャーのさらに上位の種だ。
「っ!っ!っ!っ!!」
空気を求める魚のように、もはやポロは声さえ出ない。
無理もないことだ。
魔の森でオークナイトが発見されることは滅多にない。しかし一度目撃情報が出ればすぐに厳戒態勢がしかれ、エイムサハールの冒険者総出の緊急クエストがだされるほどのモンスターだ。
そんなオークナイトが今まさに目の前で、よだれを垂らし舌なめずりして迫ってきている。
ぐぷぁあっ
ねっとりとしたよだれが糸を引く口が大きく開けられ、ぬらぬらと鋭い牙が光る。
「っ!っ!!」
ポロはその口から少しでも逃れようと地面の上を惨めに掻く。
しかしそんなポロの細い足がオークナイトの太い腕でがっしりと掴まれてしまった。
「っ!っ!っ!!」
ミシりと音をたてて骨が砕けたような気がする。だが痛みは恐怖に屈したのか何も感じられなかった。
「っ! っ! …っ!!」
もがく、あがく。
それでも、そんな努力を嘲笑うように体はずるずると引きずられ手繰り寄せられてしまう。
「っ!!!!」
生臭い息が近くなる。鋭い牙が近くなる。ぽっかり空いた暗闇が、近くなる。
がぶっ!
「ーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
神竜山脈の山裾で、ポロの声無き悲鳴は静かに木霊するのだった。
正直前回にここまでやっときたかった。
ぐぷぁあっ
……自分の擬音語がおかしい自覚はあります。ありますが…正解はわかりません。




