ウチの部長は、ちょっと、変。
初めましての方は初めまして、疎陀です。常連さんは、いつもありがとうございます。
一迅社さんのアイリス大賞2のタグ付けてます。恐らく、疎陀史上初めてになるであろう試みですが……まあ、TINAMIさんからお付き合いして頂いてる方は『ああね』と思うでしょう。では、宜しくお願いします!
「『ツンデレ娘』を丸裸にしようかと思うんだが……どう思う?」
肩口まで伸びた綺麗な黒髪をなびかせながら、『芸術品』とまで言われた綺麗なお顔をこちらに向け、私立天英館高校文芸部の部室、第二資料室に入ったボクに流し眼でそんな事を告げて来る部長。
「取りあえず、警察に通報しようと思います」
えっと……携帯、携帯……っと……あ、あったあった。
「待て。携帯を手に取るな。ボタンを押すな」
「携帯も手に取りますし、ボタンも押しますよ! 何考えてるんですか、部長!」
「なにと言われても……文芸部らしく、ツンデレ娘を丸裸にしようと思っただけだが?」
携帯を鞄の中に仕舞いながら、ボクは大袈裟に溜息をつき眼の前の部長を半眼で睨む。
伊野カオル。
我が文芸部の部長で、ボクの先輩。モデルである母親譲りの大きめな眼と、高い鼻を持ち、巷ではファンクラブまである容姿。某『港を照らす』大学で教授職をしている父親譲りの鋭利な頭脳。『誰に似たかは分からんな。努力の賜物だ』と言いきってしまっても嫌みに聞こえない程の、ずば抜けた運動神経。天が、出血大サービスで才能を三つも四つも与えた様なスーパー高校生。漫画の世界から飛び出したかの様な部長に、付いたあだ名が『伊野カオルに死角なし(パーフェクト)』。正直、ネーミングセンスはどうかと思う。
そんな、スペック高めな我が部長、普通の感性ならモテてモテて仕方無いのだろうが……神様も、『あ、ちょっと才能あげ過ぎた?』とでも思ったのだろう、冒頭の言葉で分かって頂ける通り、性格が少し『アレ』だ。その為、特定の異性と付き合った事はナシ。友達が居ない訳では無いが、決して多い訳でも無い。少なくとも、『お前、一人ぼっちかよ。仕方ないな』とか言いながら、部活に入ってくれる程の仲の良い友人は居ない。なので、この文芸部はボクと部長の二人ぼっちだ。全く、何処に死角が無いのやら。
「ええっと……どの当たりが『文芸部』らしいんですか?」
いつものボクの席、部長の対面に座りながら問いかける。と、部長が我が意を得たりと言う顔で口を開いた。
「先日、私が書いている小説を見せただろう?」
「ええ」
「面白くなかっただろう?」
「……」
え、ええっと……その……何て言いますか……
「……沈黙は時として雄弁よりも真実を抉る。まさにその反応で、君が私の大作を『面白く無かった』と判断した事が分かったよ」
長江で遊ぶ魚の様に目をあっちにうろうろ、こっちにうろうろさせているボクを見て、部長が溜息交じりにそう呟く。
「わ、部長! そんなあからさまに肩を落とさないで下さいよ! お、面白くなかった訳じゃないんですけど、その……さっきの『沈黙は時として雄弁よりも真実を抉る』みたいな固い言い回しが多くて……ボクにはちょっと難しかったと言うか……」
「……流石にアレぐらいの言い回しは、文芸部員としても高校生としても難しいと言って欲しくは無かったんだが……」
「う……ぼ、ボクは本を読むのあんまり好きじゃないんですよ!」
ま、漫画とか、ラノベぐらいはたまに読みますけど。
「それこそ文芸部員に相応しく無い言動だが……まあいいだろう。確かに、先日書いた作品はエンターテイメントとして面白くなかった可能性は高い。自身で書いていながら、モチベーションが上がりにくかったからな。そこで、だ」
部長が、長机の上にA4サイズの本をでーんと置く。ええっと……
「……ドランク・マガズン?」
「高遠書房という出版社から出ている、ライトノベル系の月刊雑誌だ。このページを見てくれ」
そう言って部長が開いたページには、『第十回 高遠書房ライトノベル大賞応募作募集!』という文字が躍っていた。
「……これが、何か?」
「折角だから、これに応募してみようと思う。締め切りは三カ月後だし、今からネタを考えつつ書こうと思ってな。明確な目標があれば、作品の質は向上しやすいだろう?」
部長の言葉を頭上で聞きながら、ボクは雑誌にパラパラと眼を通す。『ライトノベル』というジャンルの特性か、イラストも多めだし、文体も軽やか。読みやすいのは読みやすいし、ボクだって嫌いでは……少なくとも、部長の書いた『アレ』よりは随分親しみやすい。親しみやすいけど……
「……ええっと……部長が書くんですか、ライトノベル」
「そのつもりだが?」
「……」
なんだろう? ライトノベルを書く部長ってのが若干想像できないんですけど……
「なんだ? まさか君も、純文学の方がライトノベルよりも高尚だ、などとくだらん事を思っている訳ではないだろうな?」
「そ、そうは言いませんけど……何と言うか、部長の趣味に合わないんじゃないかな~って。ほら、こないだのも思いっきり純文学でしたし」
慌てるボクの言葉に、いつもの鋭利な視線を向けた後、部長は深く溜息をついた。
「……確かに、ライトノベルを書いてますと言うよりも、純文学を書いてます、と言った方が受けが良いのは確かだな。どうしても、ライトノベルは一段軽く見られる節がある」
そう言った意味じゃなかったんだけど……まあ、その考えには一理あるかも。『ライト』ノベルだし。
「だが……良く考えてみろ。普通、純文学は物語が完結したらそこで終わりだろう?」
「ええっと……そうですかね?」
「『吾輩は猫である第二章 実は吾輩は犬であった』とか『真・人間失格 今日から猿になる』等という作品を見た事があるか?」
「総じてサブタイトルが酷いですが……見た事無いです」
「まあ、『白ばんば』などは続編と言っても良いだろうが、それでもまあ、一般的に続編は出ないからな。だがその点、ライトノベルの世界は違う。例外が無いとは言わないが、人気の作品は概ね続刊が刊行し、その売れ行き次第では以後も巻数を重ねる事が普通だ」
「……そうですね」
「純文学は確かに高尚だろう。ライトノベルで一番大きな賞よりも、直木・芥川両賞の方が歴史も注目度も段違いだが……それでも、ライトノベル作家の方がより沢山の作品を刊行し、印税収入を得ているだろうと思うが、違うか?」
「言い方がヤラシイですが……まあ、違わないですかね?」
「続刊を出せる、と言う事は、一々キャラ設定に拘らなくても良いと言う事だ。どうしても、新シリーズの一巻目はキャラや舞台設定の説明に大幅に時間を取るだろう? しかし続刊となれば、『既に読者が知っている』と言う前提で、二巻以降はその分量を大幅に端折れる。面白い説明なら読んでも苦ではないが……まあ、正直説明文を面白く書くなんて芸当は、相当難しいぞ?」
「……詳しいですね、部長。ライトノベル、好きだったんですか?」
いつも部室で読んでるのは古臭い純文学か、小難しい学術書だった気がするんですが……
「世の中には、インターネットという便利なモノがある。これぐらい、調べればすぐわかるさ」
「はあ……」
そうですか。
「それに……君に面白くないと思われたままなのは、正直悔しいからな」
心持、そっぽを向いてそう言う部長に……思わず、苦笑してしまう。普段大人っぽい分、何だか子供みたいでちょっと可愛らしい。
「……分かりました、協力します。それじゃ、今日の部活はツンデレについて考える……って事で良いですか?」
ボクの言葉に鷹揚に頷いて……その後、首を横に振る部長。あ、あれ?
「違うんですか?」
「正確には、君をぎゃふんと言わせるほどの面白い話を考える、だ。その為のツンデレだ」
「……は?」
「ツンデレに限らず、漫画やライトノベル、あるいはゲームの世界には『お約束』と呼ばれるキャラが幾つか存在しているだろう? 金髪ツインテールとか、お嬢様とか、委員長とか、眼鏡の文学少女とか」
「そうですね」
オタクをひた隠す女の子とか、毎朝窓から侵入してくる幼馴染とか、義妹とかも。
「例外もあるが、総じてそのキャラ群には人気が付きやすい。だからその辺のキャラを配置すれば、そこそこ面白い話になるのではないか?」
「なんて安直な……でも、それならツンデレじゃ無くても良いんじゃないですか? ぶっちゃけ、ツンデレキャラなんて世の中に溢れすぎて差別化は難しいと思うんですけど」
大して詳しい訳じゃないけど、『別に○○の為じゃないんだからね!』と言う台詞が出ればツンデレキャラ、と言われるくらい、石を投げればツンデレに当たる昨今のサブカルチャー事情。今さらツンデレキャラを出した所で、二番どころか千番煎じくらいだと思うんですけど……
「はなから差別化など図るつもりは毛頭ない」
「……はい?」
「掃いて捨てるほど多種多様のキャラ像がある現代のライトノベル業界に置いて、既存のキャラクターに一切被らないキャラ像など作れるわけがないだろう。そんな芸当が出来るなら、学校なんぞ辞めてそっちの世界で食っていくさ」
「そうでしょうけど……良いんですか、そんなんで?」
新人賞って、面白くてありふれた物より、多少粗削りでもキラリと光る物がある人の方が受賞しやすいって聞いた事があるんだけど……
「常識で考えろ。文芸作品など星の数ほどある現代日本で、オリジナリティあふれる作品など見た事があるか? 『この作品ならではのオリジナリティを』なんて、そんな事を言ってる選評者や編集部自身、オリジナリティの欠片も無い作品をバンバン世に送り出しているじゃないか。書店を見て見ろ。ライトノベルなんて異世界転生か異世界召喚、後は日常系だろう? それの何処にオリジナリティがあるんだ」
「ぶ、部長! それは思っても言っちゃダメです!」
「某週刊少年雑誌を見て見ろ。人気が落ちてきたら、『テコ入れ』と称して、何でもかんでもバトルモノになるんだぞ? 『またバトルか』と言われるくらいに。最初は思いっきりギャグ漫画だった某超人プロレス漫画なんて、一巻と最終巻だけ見たら全く別のストーリーだぞ? 最初は放屁で空を飛んでいた主人公で良くあそこまで話を作り込めたなと、むしろ感動すら覚える」
「何か恨みがあるんですか! あの雑誌に!」
「別に恨みは無い。『可愛いは正義』と言う言葉があるが、同様に『面白いは正義』だ。面白くて誰にも迷惑をかけて無いなら、バトルだろうがトーナメントだろうが、好きにやればいいさ。別段文句を言う筋合いはあるまい」
「……そう思うなら発言は控えて下さい」
あの会社とあの雑誌に立てついたらダメですって。影響力が凄いんですから。
「話を戻しましょう。ええっと……それじゃ、ツンデレじゃ無くても良いんですか? 要は、キャラが立てば」
「いや、ツンデレが望ましい」
「……なんでですか?」
まさか、ツンデレが好きなんだ! とか言いんだすんじゃないんだろうな、この人。
「理由は二つだ。聞くか?」
「教えて下さい」
「一つ目。『○○キャラ』と言って一括りにされがちだが、キャラ属性は大まかに分けて二つあると思う」
「二つ……ですか? 良く分からないんですけど……」
「分かりやすく言えば、『職業』と『特性』だ」
「……ごめんなさい。全然分かりやすく無いです」
「そうだな……例えば、『妹キャラ』は人気キャラクターの一つだな?」
「そうですね。間違いなく人気も需要もあると思います」
「では、一つのキャラクターに対して『妹キャラ』と『姉キャラ』は並立すると思うか?」
「妹と姉? それは……まあ、無理かな?」
妹なのにしっかり者とか、姉なのに甘えん坊みたいなキャラは居るが、『姉』『妹』と括るとなると……片や年上で、片や年下。物理的に不可能でしょ、それ。
「まあ荀公達の様に、『年上の甥』等もあるから、一概に無いとは言えんが、あまりメジャーでは無いな」
「……誰です? 荀公達って」
「三国志に登場する魏の軍師、『王佐の才』と呼ばれた荀文若の甥。甥っ子なのに年上でお兄さんという二面性を持つ、正に一粒で二度美味しいキャラだ。BL好きには堪らんだろう」
「……三国志がえらく汚された気分なんですけど」
「荀一族については、また今度ゆっくり語るとしよう。取りあえず、妹、メイド、シスター、幼馴染、委員長、お嬢様などは『職業』の意味でのキャラ属性だ」
「はあ」
「対して『特性』のキャラ属性と言うのはツンデレを筆頭に、ヤンデレやクールデレ、或いはヘタデレ、サシデレ等だな」
「最後の二つ何! 聞いた事無いんですけど!」
「『下手くそなツンデレ』と『デレる前に刺す』というヒロイン像だ」
「下手くそなツンデレはともかく何ですか、デレる前に刺すって! ヤンデレですか?」
「ヤンデレは病的なまでに主人公を愛す、一種の精神異常状態だが、サシデレは違う。ツンの代わりに刺す」
「ツンの代わりに刺すとか有り得ないんですが!」
「ちなみに、ツンじゃ無くても刺す」
「それはタダの犯罪者だと思うんですけど!」
何でもかんでもデレをつければ許されると思ったら大きな間違いですよ!
「って言うか、特性のキャラって『デレ』しか無いんですか!」
「普通のライトノベルはハッピーエンド、つまり主人公とヒロインが結ばれるのが基本だ。サブキャラであればデレ以外の特性を持つが、ヒロインは最終的にデレる。ヒロインが一切主人公に好意を抱かないライトノベルなんか誰が読むか。NTR属性持ち以外」
「……否定はしませんけど……」
「何が言いたいかと言うと、『職業』と『特性』は並立するが、『職業』と『職業』、或いは『特性』と『特性』等は並立が難しいと言う事だ。『メイドでツンデレ』キャラは出来ても、『ヤンデレでツンデレ』は無理だろう?」
「待って下さい。妹だけどメイドとか、幼馴染だけど委員長なんてキャラも居ません?」
「居るには居るが、それは物語の都合上、やむにやまれぬ事情があっての事だ。本当はお嬢様だけど、事業に失敗してメイドになっている、とかのな。第一、一つのキャラに二つの属性を持たす意味が無いだろう? 二人キャラを出した方が早いし、話も広がる」
「……なるほど」
「『職業』と『特性』は並立が可能と言ったが、むしろ並立しないと意味が無いとさえ言える。タダの『妹』キャラならそこに何の感慨も抱かないだろうし、『ナース』でも特性が無ければモブキャラ同然だ。要は、如何に『特性』のクラスを活かしきるか、それに尽きる」
「一理ある様な気がしますね、それは」
「納得してくれた様で何よりだ。それでは、二つ目。いいか? 今のこの日本でクリエイティブな事を行おうと考えた場合、最も優れた表現媒体は何だと思う?」
「最も優れた表現媒体……ええっと……ゲーム?」
「不正解だ」
「アニメ?」
「五十点。可は上げれんな。正解は漫画だ」
「漫画……ですか?」
漫画、ね。いや、勿論嫌いじゃないけど。
「理由は何です?」
「逆説的にはなるが……例えば、小説で漫画並の表現をしようと思うと、どうしても勝てない部分、つまり無理が出る事がある」
「無理、ですか?」
「『絵』という媒体が無い小説では、アクションシーンや大袈裟な描写、或いはヒーロー・ヒロインの容姿といった『眼で見て楽しむ』部分でどうしても漫画や映画、アニメなどには劣る事になる。『百聞は一見に如かず』では無いが、絶世の美女を百万の言葉で語るよりも、一目で見た方が分かりやすい」
「それは……まあ、そうでしょうね」
『向日葵が咲いた様な笑顔』とか言われても、ピンとこないのは確か。絵があった方が百倍分かりやすい。
「特に、漫画はほぼ何でもアリだ。映画やドラマなら不自然なCGで誤魔化す様な所も、筆一本で何とでもなる。究極の表現方法だと言っても過言では無い」
「ソレについては特に反論はありませんね。某映画監督が、『この漫画凄いよ。日本、二つに割っちゃうんだもん。映画じゃ無理だよ』みたいな事を言ってる単行本のオビ、見たことありますから」
「熱烈な外国人ファンが、日本で被りモノをしてコントをしている姿に、思わずコーヒーを噴き出した、と言われてるあの映画監督だろう? 私もそのオビは見た事がある」
「でも……それじゃ、ゲームとかアニメでも良いんじゃないんですか? 確かに、ドラマとか映画で、『あ、コレ明らかにCG!』って分かると興醒めしますけど、アニメとかゲームならそんなに違和感無く無いですか?」
「その通りだ。『音楽がつく』、『絵が動く』と言った意味ではより深い感動や共感を呼び起こす事が多々ある。ゲームに至っては『主人公を動かせる』という過程が加わるから、感情移入に関しては飛び抜けているだろう」
「でしょ?」
「だが、膨大な時間と莫大なお金と想像を絶する人数が必要だ。少なくとも、個人でどうこう出来るモノでは無い」
「……ああ」
確かに。大作RPGなんて、制作期間十年とか、一本あたりの製作費が軽く数億とかあるからね。
「でも、『同人ゲーム』ってジャンルがありますよ? 商業に負けない程のクオリティが高い物を作っているって聞きますし」
「詳しいな。あの辺りのゲームは大体十八歳未満禁止の、つまり性描写の多いシーンが満載の筈だが……持っているのか?」
「も、持ってませんよ! 何言ってるんですか、部長!」
「別段可笑しい話では無いだろう? 君も健全な高校生だ。若い肉体を持て余す事も往々にしてあるのでは無いか?」
「言い方が生々しすぎる! セクハラで訴えますよ!」
顔が赤くなるのが自分でも分かる。何言ってんだ、この人!
「なに? 持って無いのか?」
「も、持ってませんよ!」
「まさか……興味が無いとでも言いだすんじゃないだろうな?」
「きょ、興味が無い訳じゃ……って、コレは確実にセクハラです!」
ぜったい訴える! そして、謝罪と賠償を要求してやる!
「男と女のつがいが生まれて致す事を致した結果、私も君も、この世界に生を得たのだぞ?その様に過剰に反応する方が異常だし、何より祖先に対して失礼だ」
「……それはそうだとしても、異性に対して『十八歳未満禁止のモノを持ってるか?』って聞くのも充分失礼でしょ?」
「ああ。尊厳では無くデリカシーの問題か」
「理解してくれました?」
「ふむ。ならば以後気をつけよう……だが、『同人ゲーム』にしたって、お金と時間と制作環境が整えば、もっと良い物が発売できたと、そう思わないか?」
「そ、それは……まあ、そうでしょうけど」
「『同人なのにレベルが高い』や『商業作品に負けないクオリティ』という謳い文句は、裏を返せば『商業の方が凄い』という前提条件があって初めて成り立つ言葉でもある。同じクリエイターが作るなら、時間と金とアシスタントを整えて作ったものの方が良い物になる可能性は高い。違うか?」
「……違いませんね、多分」
「劣悪な制作環境だからこそ閃くインスピレーション等も、あるにはあるのだろうがな。と、話が逸れた、漫画の話だ。前述の様に、費用対効果の面で見ても、最も優れた表現手段である漫画だが……一点に関しては小説の方が勝っていると思う」
「どこです?」
「眼で見えない部分、つまり人間の心理表現。この部分については小説に一日の長があるだろう」
「そうですか?」
「考えてもみろ。延々、主人公が自身の葛藤について悩み抜く漫画があったとして、そんなもの読みたいか?」
「……そういう方向性で大ヒットを飛ばした作品もあるんですけど……今でも映画化してますし」
「今のリバイバルブームは原作の放り投げっぷりと、パチンコ・キャラグッズの影響が非常に大きいと思うが。しかもアニメだろう、アレは。まあ、動きの無い漫画よりも動きのある漫画の方が相対的に面白いだろう」
「それはそうですけど……部長、一々毒を吐かないと気が済まないんですか?」
「そう言うつもりは無い。大多数の意見だろう、これは。逆に、全然人物の内面に触れない小説があったらどう思う? 事象を事細かに書き上げるだけの小説などただの説明文だ」
「まあ……そうでしょうね。『人物の精神的な成長が巧く書けていました』みたいな寸評も見ますし」
「つまり、小説ではキャラの内面描写が巧く描き切れているモノが素晴らしい、と言う訳だ」
「大体、仰ってる事は分かりますが……だから、ツンデレですか?」
「要約すると『人が沢山いる所ではツンとしちゃうけど、それでも二人きりの時は甘えちゃう、きゃるん!』みたいなモノなのだろう? ツンデレは」
「突っ込みどころが腐るほどありますけど……何ですか、『きゃるん!』って? 死ぬほど部長に似合わないんですけど」
「そうか? 口はばったいようだが、これでも『綺麗な顔してるのに』と良く言われるが?」
「……その後に、『喋らなければ良いのに』って言われません?」
「惜しいな。『口を縫いつけてしまいたい』とは良く言われるが」
「よっぽど酷いんですね、部長の口」
「過大評価をする人間は嫌いだが、同様に卑下して自身を過小評価する人間も死ぬほど嫌いだ。客観的に見ても、そこそこ整った顔だと思うが……君がそうでは無いと言うのならば、少し考え直さなければならないな」
「え?」
「どうだ? 客観的に見て、私の顔は二目と見れない醜い顔をしてるか?」
「むしろ、二目と見れない酷い顔なら見て見たい気もしますが……そ、そ、その……き、綺麗な顔をしてるんじゃないかと……って、な、何言わすんですか!」
「ふむ。存外可愛いな、君は。顔を真っ赤にして」
「か、可愛いって! も、もう! とにかく! ツンデレの話でしょ!」
「そうだったな。基本的にツンデレという種族は」
「種族って」
「ツンデレという種族は『ツン』と『デレ』のギャップがあればある程良いとされているらしい」
「まあそうでしょうね。ツンからデレに移行する瞬間を巧く描ければ、それこそ『人物の心の変化が巧く描けていました』って評価になるし……ああ、なるほど。確かに書き易いかも知れないですね、ツンデレは」
「そう言う事だ。ライトノベルなど書いた事も無い私が書くんだ。下手に奇をてらうよりも、お手本が沢山あり、なおかつ人物の心理描写が比較的表現しやすいツンデレからスタートするのがベターだろう」
まあ、最初にいがみ合っていた主人公とヒロインが徐々に心を通わせていく、なんて王道だけど感動できるストーリーだし、悪くは無いと思う。ツンデレを出すならラブコメが一番書き易いと思うけど、推理小説とかバトルモノなんかの他のジャンルに比べれば、ラブコメは当たり外れが少ないし……結構、良い選択かも。
「某週刊少年誌に出てくるキャラ達も全員ツンデレだしな」
「そうで――待って下さい」
何を言ってるんですか、貴方は。
「考えても見ろ。最初はライバルとして登場し、回を重ねるごとに存在感を薄くしながら、読者に忘れられたころ、味方として現れるんだ。『敵』から『味方』になるんだぞ? 中途半端に『実は好きなんだけど素直になれなくて』ではなく、『嫌い』スタートだ。ギャップの量は半端無いだろう。しかも、決め台詞は『勘違いするな。お前を殺すのはこの俺だと決まっているんだ』」
「……」
「意訳すれば、『べ、別に貴方の為に戦ってる訳じゃないんだからね!』」
「本当に何か恨みがあるんですか、あの雑誌に!」
「いいや、むしろヘビーユーザーだ。微々たるものではあろうが売上にも貢献してるが、何か?」
「……もういいです」
「勘違いするな。あのシステムを否定している訳では無い。ウけた事をきちんと繰り返しする事は大事だ。ツンデレにしたってそうだろう? 『素直になれない』という、ただそれだけの事を、各メディア媒体を通じて繰り返し繰り返し行った事により、ヒロイン全員がツンデレのゲームや、ツンデレ喫茶、果てはツンデレカルタ等も売り出される一大ジャンルを築いているんだぞ? この国は大丈夫か? と声を大にして問いたい」
「……いつか刺されますよ、部長」
ツンデレ信者に。むしろ、一辺ぐらい刺された方が良いんじゃないですか?
「現実の世界に置いて『好きな人の前で素直になれなくて憎まれ口ばかり叩く女の子』なんて幻想種が居たら、残念ながらその子の好意は実る事は無いと思うが。普通は煙たがられて終わりだ」
「そうでしょうけど……」
「そう考えると、相手側にも受け入れる程の器が無いと『ツンデレ』という属性は実らない事になるな。恐らく美少女ゲームの主人公は全員、常人では考えられない精神修養を積んでいる事だろう。もしくは真性のマゾヒズムの持ち主か……どちらにせよ、現代の高校生には到底到達する事が出来ない領域だ」
「概ね、『何処にでもいる普通の高校生』って言いますけどね、あの辺の主人公は」
「そんな仙人みたいなスタンダードは無いと断言できる。所詮お話しの中と割り切ればそれでも構わんが」
夢が無いと言うか、何と言うか……
「まあ……総括すれば、『イラスト』という副次的効果のある漫画なら、華やかな……例えばメイドなどの『職業』のキャラ属性も重要だが、人物の内面描写を重視する小説という媒体に置いては、『特性』がメイン、『職業』はあくまでサブ的な属性、と言うのが私の結論だ。どうだ?」
……要するに、あれでしょ? キャラ立ちしてる小説の方が面白くて、だからキャラをしっかり書きこみましょう、その方法は人物の内面描写を書ききる事が一番です、それなら、人気があって書き易いツンデレキャラを出しておきましょう、って、そういう事でしょ?
……たったこれだけの事を説明するのに、どれだけ時間を使った事か。まあ、文芸部の活動は基本、『お喋り』だから別に構わないんだけど。
「それじゃ、ツンデレキャラだったら何でも良いんですか? 例えば『妹でツンデレ』とか、『お嬢様でツンデレ』とか」
「内面描写が秀逸であれば、別段『職業』に拘る必要は無かろう、と言うだけであって、意外性があればあるに越した事は無い。そもそもツンデレは『普段はツンツンしてるけど、二人きりの時はデレデレ』というギャップにこそ、その真骨頂がある。落差は大きければ大きいほど良い。そうだな……例えば、『魔王だけどツンデレ』」
「……は?」
「『はっはっは! よく来たな、勇者よ! ……べ、別にお前の事を待ってた訳じゃないんだからな!』」
「なんですかその魔王!」
「一人ぼっちで、勇者が来るのをずっと待ってるんだぞ? ついついテンションが上がって、ツンデレ台詞が飛び出してもおかしくあるまい」
「おかしいですよ! 切なすぎでしょ、魔王! しかも、微妙にツンデレじゃないですよ、ソレ! 魔王は本当に来てほしくないでしょ、勇者に!」
「最初はそうだろうが、何年も何年も一人で暗い洞窟とか高い塔なんかに住んでいるんだぞ? 最初は勇者を憎んでいたが……次第に、自らを倒しに来る勇者を心待ちにする様になる事もあるかも知れないじゃないか。恋こがれる乙女の様に」
脳裏に、『勇者、今は中ボスの所か……べ、別に寂しくなんかないもん』って言いながら床にのの字を書く魔王が浮かぶ。お前は何をしているのかと、小一時間問い詰めたい。
「魔王繋がりで、勇者だけどツンデレ等も良いかも知れん。『やっと、ここまで辿り着いた……ほ、本当は来たくなかったけど、皆が頼むから仕方なく来たんだからな! か、勘違いするなよ!』」
「うわ、ウザ!」
「無論、武器屋もそうだ。『ありがとうございました……な、なんて、思って無いんだからね!』」
「それは商売人としてダメでしょう!」
「神父もだな。『ふ、ふん! どうしてもって言うなら、パスワードを教えてあげても良いけど……』」
「パスワード方式! 今時そんなゲームは無いですよ!」
何世代前の話をしてるんですか!
「と言うか、部長! 貴方はツンデレを何だと思っているんですか!」
「ツンデレらしい台詞をたくさん出せば、ツンデレになるのでは無いのか?」
「内面描写は何処にいったんですか! と言うかですね! 何でもかんでも落差があれば良いってものじゃないんですよ!」
もっと、似合うストーリーがあるでしょ!
「そうか。それでは……よくあるストーリーで、男子高校生と女性教諭が恋に落ちるシチュエーションがあるだろう?」
「若干、ターゲットの年齢層が高そうなシチュエーションですが……まあ、良いです」
「その女性教諭がツンデレだったら、どう思う?」
「どう思うって……別に、良いんじゃないです?」
良い年した女性がツンデレって、若干イタイ感じはするけど……まあアリと言えばアリかな? 少なくとも、さっきのよりは幾分マシだと思う。
「『さあ、授業を始めるわよ。皆、席について……か、勘違いしないでよ! べ、別に本当に席について欲しい訳じゃないんだからね!』」
「……え?」
「『きょ、今日は小テストをするんだから! わ、私だって、好きで小テストする訳じゃないんだからね!』」
「ちょ、部長?」
「『あ、あれ? 今日は山田君、お休み? や、休むなら休むと連絡ぐらいしなさいよ! し、心配するでしょ!』
「ストップ!」
「なんだ?」
「『なんだ?』じゃないですよ! なんですかソレ!」
「ツンデレ教師、朝バージョンだが?」
「貴方はツンデレを何だと思っているんですか!」
「その台詞はさっき聞いたぞ?」
「大事な事だから二回言ったんですよ!」
この人は……根本的に、何にも分かって無いんじゃないんだろうか。
「皆の前ではツンツンしているが、二人きりの時はデレ、つまり甘える事だろう? だから、授業中は『ツン』で放課後は『デレ』だ」
「意味が全く違いますよ! 別にクラス全員の前でツンである必要はないでしょう! 別のシチュエーションで考えて下さい! もっとあるでしょう! こう……ライトノベル読者層が受けそうな設定が!」
「それでは……そうだな、政治家がツンデレ」
「受けそうな設定って言ったのに、何でライトノベル読者層を置いてけぼりにする設定がでてくるんですかねぇ! 貴方は読みたいのか! 政治家のライトノベルを!」
「最近、テレビでも良く分かる政治経済の番組があるだろう。人気じゃないのか? 政治経済問題。少なくとも私は興味があるぞ? 可能なら、銀行員が異世界に召喚されて経済について教えてくれるライトノベルなどで経済を学びたいと思う」
「不人気で打ち切られたでしょ、あれ! っていうか、人気・不人気で語る問題じゃないでしょうし、別にライトノベル読者層をターゲットにはして無いと思うんですけど!」
「まあ、銀行員は人気が出ないかも知れないが……聞け。政治家、そうだな? 国会議員が全員ツンデレだったらどう思う?」
「この国は終わってると思います!」
「首相に詰め寄る野党の党首の答弁がツンデレ口調だ。『総理! この問題についてどうお考えなんですか! べ、別に総理の本音が知りたい訳じゃないんですからね!』」
「本当に終わってますよ、そんな国会!」
「対する総理の答弁も当然、ツンデレだな。『わ、私の考えなんて、貴方に話す必要無いんだからね!』」
「史上最低の逃げ口上ですね!」
「『に、逃げないで話ぐらいちゃんとして下さいよね!』『ま、まあ、貴方がどうしてもって言うなら、教えて上げても良いけど!』『か、勘違いしないで下さいよ! べ、別に国民の生活を心配してる訳じゃないんですからね!』」
「国民の生活は心配して下さい!」
何だろう。言葉も無いんですけど……いや、ココでボクが諦めたらダメだ。諦めたら、そこで試合終了だ、と白髪仏さまも言っているジャマイカ。
「……まあ……百歩譲って、キャラについては良いです。『ツンデレ』という大枠が出来ていれば……ええっと……めちゃくちゃ頑張れば、多分何とかなりますから。問題はストーリーですよ」
「ストーリー?」
「ええ。ツンデレキャラをどの物語で活かすか、究極はそれにつきます。何かあるんですか? こういうストーリーにしたいってプロットみたいなのが」
特に、部長の造るキャラは『アレ』っぽいですし。
「良くあるツンデレキャラを巧く活かすには、これまた良くあるストーリーを使うのが一番良いだろう」
「さっきまで政治家がツンデレとか言ってた人の言葉とは思えないんですが……何と言うか、オリジナリティの欠片も無い発言ですね」
「何度も言わすな。オリジナリティなんてそんなにポンポン出てくるか」
「……少しぐらいは出す努力をして下さいよ、それでも」
「ふむ、善処はしよう。さて、プロットだが……そうだな、皆の知っているお話をアレンジしようか」
「……パクリ?」
「失礼な。リスペクトと言ってくれ」
「便利な言葉ですよね、リスペクト」
「それに関しては否定しない。インスパイアとかオマージュも同義だが。それにアレンジするのは童話だ。これなら問題ないだろ? 著作権も切れてるし」
「著作権云々はともかく……童話ですか? 桃太郎とか、浦島太郎とか?」
……まあ、巧く造れば何とかなるかな? 今では殆ど伝説となった、某桃髪魔法使いのライトノベルだって下敷きは三銃士だし、成功例は沢山ある。桃太郎役の冴えない主人公に、犬・猿・雉役の女の子を配したハチャメチャラブコメとか、これまた冴えない浦島太郎とツンデレ乙姫の切ないラブストーリーとかなら、そこそこ読める作品にはなりそうだけど……
「いや、『三年寝太郎』だ」
「チョイスが渋い!」
「時は室町末期。日本中を眠りの世界に叩き込み支配する計画を建てる悪の秘密結社『居眠り小五郎』によって、強制的にコールドスリープされてしまった寝太郎を救う為、弟である寝次郎と寝三郎、妹のキャサリンが『居眠り小五郎』のアジトに潜入する冒険活劇だ」
「ストップ! 妹のキャサリンって何!」
「キャサリンは寝太郎の末の妹だ。母がセントクリストファーネイビス人だからな」
「セントクリストファーネイビスって何処! いや、その前に寝太郎、ハーフですか!」
「いや、寝太郎は生粋の日本人だぞ? キャサリンは寝太郎の父と、三番目の奥さんとの間に生まれた子だからな。ちなみにキャサリンの父も、寝太郎の母の再婚相手であって寝太郎の実の父ではない。両親ともに一緒の兄弟は一人も居ないのが、寝太郎を取り巻く家庭環境だ」
「……なにその重たい家庭環境?」
「血の繋がらない妹は出しておけば鉄板だとインターネットで見たぞ? 取りあえず、出しとけば簡単にウケるのでは無いのか?」
「それは読者に対する冒涜です!」
「まあいい。潜入に成功した三人だが、悪の組織『居眠り小五郎』に死角は無い」
「潜入された時点で死角があると思うんですけど!」
「たちまち包囲されるも、寝次郎の機転により辛くも脱走に成功する。必死に逃げる三人! 追ってくる刺客! 鳴り響く銃声!」
「室町末期なのに、銃声って何ですか! 時代考証が無茶苦茶だ!」
「絶体絶命のピンチ! 追い詰められ、自らもコールドスリープされるのだろうと覚悟をする三人の頭上から颯爽と響く声! そう、あの『冒険と旅人の宿』のマスター! マスク・ド・ファイアーマン!」
「誰! 今まで一度も出て来てないんですけど!」
「小説版オリジナルキャラだ。原作をなぞるだけでは余りにも芸が無いだろ?」
「そんな事言ったら寝太郎以外全員オリジナルでしょう!」
「しかし、ストーリーは限りなく原作を忠実に再現していると思うぞ? 寝太郎寝てるし」
「むしろそこ以外には、全く原作の面影すら見えないんですが! あと、マスク・ド・ファイアーマンって横文字にしてるけど、日本語に訳したら『ひょっとこ仮面』って意味ですからね?」
「身代わりになるマスク・ド・ファイアーマンの最後の台詞は、『この世で吸う最後のタバコだ。ゆっくり吸わせろ』」
「何かちょっと格好いい! ひょっとこの仮面つけてるくせに!」
「ちなみに、その戦いでの敵のボスでドイツ系アメリカ人、『ミンミンダッハ』の最後の台詞は『あべし!』で決まりだな。某漫画に敬意を表して」
「絶対敬意を表して無いですよね!」
「『ひでぶ!』の方がいいか?」
「そう言う問題じゃないです! それは間違いなく雑魚キャラがやられる時の台詞です! なんで敵のボスの扱いはそんなに適当なんですか! あと、日本中を眠りに陥れようとしてる敵のボスが某眠気覚ましドリンクみたいな名前はまずいでしょ! 色々!」
「それは『眠○打破』だろ? こっちはミンミンダッハだ」
「うわ、開き直りやがりました!」
「マスク・ド・ファイアーマンの、文字通り捨身の活躍により、辛くもピンチを脱した三人は夕日に誓うのであった……『晩御飯はカレーで!』」
「もはや何を意識しているのかもわからない!」
「以上、『三年寝太郎 ザ・レジェンド ~そして、伝説へ~』」
「寝太郎出てきてないし!」
「冒頭で出てくるぞ。『兄貴が眠りについてからもう三年か……』って」
「回想シーンのみですか!」
「君がオリジナリティを出せと言ったから、オリジナリティを出してみたんだ。主役が最後まで登場しないなんて、意外性があるだろう?」
「そのレベルでオリジナリティだと思ってる貴方が何より意外です!」
「しかしながら、敢えて童話を下敷きにする事によって、何処かで見た事があると思える作品にもなっている」
「原作ブレーカーな内容の作品に、良くそこまで過大評価が出来ますね! 何処でも見た事無いですよ、そんな作品! 後、元々はツンデレを研究してたんですよ! 何処にツンデレが居るんですか!」
「心配するな、寝次郎はツンデレキャラにしようと思っている。決め台詞は、『べ、別に兄貴の為じゃ無いからな』だ」
「本当は貴方、ツンデレを小馬鹿にしてるでしょ!」
「ちなみに、寝次郎の台詞はこれだけだ。本編開始から終盤まで『べ、別に兄貴の為じゃ無いからな』」
「心の機微を捉えるのが小説のアドバンテージじゃ無かったんですかねぇ! 何処に心理描写があるんですか、ソレ!」
「そこはキャサリンで補充する。キャサリンは義妹キャラだしな」
「今までのツンデレの話は何処に行った!」
「キャサリンもツンデレにすれば良いだろう。そうだな……こんなのはどうだ?」
『もう~、お兄ちゃん! 何時までも寝てないで、早く起きてよ! ほら、早く!』
『ZZZ……』
『もう! い、何時までも私が起こしに来ると思ったら大きな間違い何だからね!』
『ZZZ……』
『全く……何時まで経っても起きないんだから……そ、そんなに中々起きないなら……ちゅ、ちゅー……しちゃうぞ?』
「どうだ?」
「浅い! 何て言うか、ツンデレの上っ面をなぞっただけの、本当に浅いツンデレです!」
しかも、それはどちらかと言うと『幼馴染』属性のキャラの気がするんですけど! そもそも、コールドスリープされてる兄に対して『早く起きてよ』って、若干頭がかわいそうな子な気もするんですけど!
「ふむ。ツンデレの台詞だと思ったのだが」
「台詞自体はツンデレっぽいんですけどね! ツンデレって、『ツンからデレに移行』する時が一番見てて面白いんじゃないですか! 今のは完全にデレモードでしょ! ツンが無いじゃないですか!」
「寝太郎が眠りに就く前までは、完全なツンキャラだったが、眠りについた事により自身の気持ちを確認した……という設定でどうだ?」
「いや、どうだと言われても……そもそも、冒頭の回想シーンのみにしか出てこないんでしょ、寝太郎。それじゃ、読者は『ツン』の時がわから無いじゃないですか!」
「そこは読者それぞれの想像に任せる」
「心理描写はキャサリンで補充するって言ったのに読者に丸投げですか! 有り得ないでしょ!」
「『ツンデレキャラ』という枠さえあれば、勝手に一から想像して裏設定まで作ってくれるのが今のラノベ読者層だ。何の為の『属性』だと思ってる」
「少なくともその為の属性では無いと思ってます!」
肩でぜえぜえ息をするボクを、きょとんとした眼で見つめる部長。
……分かった。分かっちゃいました、ボク。
何と言うか……本当に、この人は根本的な事が何にも分かっちゃいない。
「……分かりました、部長」
「何がだ?」
「今日はトコトン付き合います。部長に、素晴らしい作品を作って貰う為に!」
「有り難い話だが……どうした? 急にモチベーションが上がったようだが?」
そりゃ、モチベーションも上がりますよ。イイですか? 今の部長の話を聞く限り、確実に前作を超える、全米が泣きだして裸足で逃げ出すレベルの駄作が生まれる可能性、大な訳ですよ?
いや、別に駄作でも構わない。『小説家になる一番の近道は、取りあえず終わりまで話を作ってみる』だし、それ自体は全然構わないんだけど……
……その話を最初に読むの、ボクですよ?
投稿作品、と言っては居たものの、もともとボクをぎゃふんと言わせる為の物。確実に感想を求められるだろう。完璧主義者の部長の事だ、『改稿点があれば教えてくれ』なんて事も言うだろう。あのレベルのクオリティで。
……最初から書きなおせ、とは流石に言えないです。
「そ、そんな事はありません、部長! ボク、最初からモチベーションマックスです!」
「そうか? なら良いんだが」
「ええ! そうだ、部長! こんなのはどうですか?」
◇◆◇
「さて、もう良い時間だ。そろそろ帰ろうか」
「……そうですね」
つ、疲れた……何なんだ、この人は。結局、アレから一時間半以上、部長の電波トークを聞いてたよ。なんだ、『幼馴染で義妹でツンデレで、でも純情なサキュバスがいきなり一つ屋根の下で同居する物語』って。カオス過ぎるでしょ、ソレ。しかも、あざといし。
「中々に有意義な時間だった。助力、感謝する」
「そうですか。それは良かったです」
「ふむ。次回作には期待してく……」
言葉の途中で、部長が大きな欠伸を一つ。普段が完璧主義者なだけに、こんな気の抜けた部長は滅多に見られない。
「部長? 眠いんですか?」
「失敬。昨日は寝るのが少し遅かったのでな」
「勉強ですか?」
「いや、本を読んでいた」
「本?」
「ああ。ライトノベルを書こうと思った以上、ライトノベルの事を知らなければならないと思ってな。売れ筋のライトノベルを二十冊ほど買い込んで、明け方まで読んでいた」
「二十冊って……そんなにですか?」
ボクが一年……いや、二年かけて読む本の量よりも多いんですけど……
「仮にも、小説の賞に応募するんだ。無論、一回で大賞に手が届くなどと夢みたいな事を考えている訳ではないが、それでも出す以上は何らかの結果を残したいから……なんだ? その顔は」
部長の言葉に、苦笑していた事に気付いて首を左右に振って見せるボク。
「何でも無いです。部長っぽいな、って思っただけで」
本当に……この人は、負けず嫌いだなって。
有り余る才能があるのに、それだけじゃ無くて……きちんと、努力もするんだなって。
……二十冊読んで、あの程度にしかキャラを捉えきれてないのは、若干残念な感じもするんですが……言わぬが華、ってやつでしょ?
「釈然としないモノがあるが……まあ、いい。鍵は……」
「ああ、良いですよ部長。ボクが返してきますから」
明け方までじゃ、殆ど徹夜でしょ? 早く帰って、ゆっくり寝て下さい。
そう思いながら、マフラーを首に巻いて立ち上がるボクに、部長が一瞬眼を見開いた後、額に手をやって首を二、三度左右に振った。
「……忘れていた」
「何がです?」
頭に疑問符を浮かべるボクに真っ直ぐ指を突き付ける部長。ええっと……
「人に指差ししちゃいけません、って習いませんでした?」
「瑣末な問題だろう」
「そうかな? まあ、良いですけど。それで? 何を忘れていたんですか?」
「属性」
「属性?」
「『ボクっ娘』属性。こんなにすぐ近くに居たと言うのに……失念していた」
「……ああ」
『ボク』の一人称の事ですか。
「物語に出てくるボクっ娘は、基本的にロリキャラ、妹キャラ、もしくはスポーツ得意なボーイッシュキャラと相場が決まっているからな。あまりにもボクっ娘キャラからかけ離れている癖に『ボク』という一人称を使う女性が居た事をすっかり失念していたよ」
「……確かにボクは髪も長いし、どちらかと言えば体育は苦手な方ですけど……取りあえず、喧嘩売ってるんですか?」
良いじゃないですか、女子高生が『ボク』って言っても。
「それは別に構わん。見る所を見れば、君にも充分『ボクっ娘キャラ』の素質があるしな」
「ちょ、人の胸見て何言ってるんですか!」
「気にするな。貧乳はステータスだ」
「ほっといて下さい! って言うか、そんなに人の胸をジロジロ見ないで下さい!」
「観賞に堪え得るボリュームになってからそう言う事は言いたまえ」
「酷いセクハラだ! き、気にしてるんですよ、コレでも!」
「君の胸とかけまして」
「謎かけ! 急に何で!」
「壇ノ浦で滅亡とときます」
「……」
「……」
「……そのココロは、だろう?」
「……そのココロは!」
「どちらも『平』でございます」
「有り得ない! 部長と出会ってから一番酷い発言ですよ、ソレ!」
「落ち着け、フォローもある。君の胸とかけて、パンドラの箱ととく」
「そのココロは!」
「まだ『希望』が残ってます」
「心の底から放っておいて下さい!」
若干涙目になりながら叫ぶボク。ぐす。い、いいもん! 高校生になって身長だって二センチ伸びたし、まだまだ成長期だもん!
「そんなに気にする事でも無かろう。大きいと肩が凝ると聞くし、重力に従って垂れてくるとも聞く。そもそも、そんな脂肪の塊で人間の価値が代わる訳では無い」
「そういう問題じゃないですよ! 男の部長には分からないかも知れないですけどね! これはプライドの問題なんです!」
そう。身体測定は戦場だ。体重、胸囲、腹囲と、ボク達女子高生がその数字の増減にどれほど一喜一憂しているか……
「ふむ。それは申し訳無かったな。以後気をつけるとしよう」
「……ふん」
ふんだ! もう知らない! なにさ、部長のバカ! タダでさえ、『ボク』って一人称で『アンタは本当に男の子みたいだね』って友達にも言われてるのに! せ、せめて胸ぐらい大きくなってくれないと、流石にボクだって立つ瀬がな――
「……あ」
そう思ってそっぽを向くボクの肩に、ふんわりと部長のコートがかかった。
「ぶ、部長? な、何ですか、コレ?」
「君を傷つけた事に謝意を表して、中々に美味なラーメン屋にでも招待しようと思うが……あいにく、ココから少しだけ遠くてな。今日は寒いので、そのコートを貸そうと思うが、どうだ?」
「どうだって……ぶ、部長は?」
「私は男だから、多少の寒さは問題ない。女の子は体を冷やしてはいけないんだろう?」
そう言ってこちらに、『芸術品』とも称される造りの顔で、にこやかな笑みを見せる部長。う、ううう……その顔は……ズルイです。
「ええっと……部長の奢りですか?」
「ラーメン屋に誘っておいて、君の分は自分で払え、と言うほど甲斐性が無い男では無いと自負している。如何せん、昨日の散財が祟って金欠なのでチャーシュー麺までだが」
「……餃子は?」
「それぐらいはまあ構わんが……良いのか? 仮にも男子高校生の前で女子高校生が餃子等を食べて」
「う!」
た、確かに! にんにく臭いのはちょっとイヤかも!
「まあ、意中の男の前以外でなら、にんにく料理を食べても構わんだろう。君が好きなら唐揚げもつけても……だから、なんだ? その顔は」
「……いえ。流石にそんな台詞が出てくるとは思っても見なかったんで」
あからさまに、これみよがしに、びっくりするぐらいあざとく溜息をついて見せるも、部長は訝しげな表情を浮かべたまま。
「……」
今度は……胸中で小さく溜息をつく。
ねえ、部長?
知ってますか?
ボク、そんなに本が好きな訳じゃないんですよ?
高校に入るまで、碌に本を読んだ事が無かったんですよ?
……わざわざ、貴方しか居なかった文芸部に入部したんですよ?
「……部長の鈍感」
少しぐらい、気付いてくれても良いんじゃないんですか?
貴方が……『伊野薫』が、意中の男じゃなかったら……コートを貸して貰ったぐらいで、こんなに頬が紅くなりませんよ?
「何か言ったか?」
「べ、別に何でもありません! さ、早く行きましょう! ボクは鍵を返してきますから!」
「誤魔化されているみたいで若干釈然としないんだが」
「い、良いんです! イイ女には秘密がつきものなんですから!」
「……イイ……女?」
「だ、だから! 胸を見ながら疑問符を浮かべないで下さい! と、とにかく! 部長は下駄箱で待ってて下さい! ボクもすぐ行きますから!」
部室に部長を残し、ボクは逃げるように……いや、実際逃げているんだけど……一路、廊下へ。
「……もう! 部長のバカ! 鈍感!」
階段の踊り場を一足飛びで駆け降り、職員室に向かう。ううう、頬が熱い。そ、そりゃ、確かにボクだって、部長に気付かれない様に、気付かれない様に、どちらかと言えばつっけんどんに接して来た。それで気付いてくれって言っても無理があるのは分かるし、仮に本当に気付かれちゃった日には、文芸部の窓から飛び降りかねない程恥ずかしいですよ? は、恥ずかしいんだけど……そ、その、少しぐらいは気付いてほしい気持もある、微妙なオトメゴコロでありまして……
「だ、大体! ボクがずっと部長の事を考えてる事ぐらい、気付いてくれても罰は当たらないと思うんですけど!」
……いや、八当たりだってのは百も承知だが。
で、でも! ……朝起きて、真っ先に部長の顔が思い浮かんだり、文芸部の部室で本そっちのけで部長の横顔を眺めていたり、グランドで体育の授業を受けてる部長の姿が見えたただけで、辛い数学が乗りきれるぐらいにハッピーになったり、今日みたいにちょっと優しい顔をされたら、天にも昇らないばかりに嬉しくなったり、そうやって何時でも部長の事を考えてるんだ! 少しぐらい気付いても罰は当たらないでしょ、このどんか――
……。
………。
…………ん?
「……ははは」
思いも寄らず……という表現が正しいのか、正しく無いのか。
その考えに思い至ったボクは、苦笑を浮かべてしまう。
「……普通の高校生では、とても到達できない領域ね」
まあ……確かに、あの人は普通の高校生では無いだろう。良い意味でも……勿論、悪い意味でも、規格外の人だ。
「……ツンデレは相手にも受け入れる器の広さがいる、だったかな?」
ツンデレとは、素直になれない女の子の事。
好きで好きで仕方が無い癖に、その事を『秘密』にして、わざとそっけない態度をとる女の子の事をツンデレと言うのなら。
「……恋する女の子は皆ツンデレですよ、部長」
さて……それでは、『恋する女の子』であるボクは『ツンデレ』らしく、早く鍵を返して部長の下に向かいますか。
「……べ、別に部長に早く逢いたい訳じゃないんだからね!」
渡り廊下で、苦笑交じりに呟いて。
言葉とは裏腹にボクは、職員室に向かう歩みを、少しだけ早くした。
と、言う事で恋姫二次以来の女性主人公ものです。書きやすいな、女性主人公!