第四十五話 シャムティア国王との会談
「どうだバン、見違えたであろう?」
リトラ侯爵家別邸の客室で、ワルナが指した先には、豪華なドレスを装ったフェンミィが居た。
「あ、ああ……」
品の良いナチュラル気味のメイクに、趣味の良い浅葱色のドレスと装飾品、そしてコルセットで強調されたボディラインからパニエで広がるスカート。
見目麗しい雅やかな令嬢が、恥ずかしそうに頬を染めて目を伏せていた。
普段の素朴な感じも魅力的で決してこれに劣るものではないが、それでもこの、別人の様な整った美しさは衝撃だった。
「うむ、素材は良いのだ、磨けばこのように光り輝く」
ワルナは我が事のように誇らしげだ。気持ちは分かる。
「あの首飾りを売るんじゃなかったな……」
つい俺の口からそんな言葉が出た。
「え? あ! ふふっ」
それを聞いたフェンミィが嬉しそうに笑った。
「でも結局、耳が出たままの出席になってしまいました」
「気にするな、俺は好きだよ」
出っ放しの耳と尻尾を気にするフェンミィに、俺は自分の気持ちを正直に伝えた。
お、赤くなった。
久しぶりだったからかな?
「もうっ、大魔王様も素敵ですよ」
俺はやたらと高価そうな侯爵の服を借りていた。
「いや、バンの方はあまり似合ってないぞ、服に着られている」
ワルナは全く遠慮が無かった。
「そ、そんな事ないよ、かっこいいよバンお兄ちゃん。
フェンミィお姉ちゃんも素敵だよ」
サティがフォローしてくれる。
後ろに控えているココもこくこくと頷いている。
二人共、気を使わせてごめんな。
「ね、もし王様と喧嘩になったら、バンお兄ちゃんを守ってあげるからね」
「ありがとうサティ」
これからシャムティア国王と会談する為に王城へ向かう。
サティはあくまでも俺の味方で居てくれるらしい。
本当にありがたい。
「まかせて、なんかサティね、すっごく力がいっぱいなの」
「王城はダンジョンの上に建てられているからな。
ここはコアに近く、ダンジョンからの魔力が濃いのだ」
ワルナがサティにそう答える。
そうなんだ、合理的だな。
だが改めて意識する。
「俺にとっては不利な場所か……」
「だいじょぶ、バンお兄ちゃんに意地悪する人は、全部サティがやっつけちゃうから」
可愛らしく小さな二の腕で、力こぶを作るようなポーズをとったサティがそう言った。
「う~ん、それだとお父さんはちょっと困るかなぁ」
「知らないっ」
父親のぼやきに、サティはプイっとそっぽを向いた。
◇
「よく来てくれたな、大魔王」
「お会い出来て光栄です、アスラーヤ国王陛下」
俺とシャムティア国王は、王城の三階に有る広いバルコニーで握手を交わす。
こんな場所で会談をして大丈夫なのかとも思ったが、向こうの指定なのだから仕方がない。
国王の正式な名前はアスラーヤ・リヴ・グリシャ・シャムティアだそうだ。
まあ、ファーストネームだけ覚えておけば問題ないだろう。
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう、座ってくれ。
どうだ、ここから見る庭園は美しいであろう?」
「はい、これ程までに見事な庭を見たのは初めてです」
これはお世辞ではなく本音だった。
暖かく穏やかな午後で、とても心地が良い。
事前にワルナから、敬意を払いつつもへりくだっては駄目だと言われていたのだが、難しい。
まあ、完璧じゃなくてもいいか。
「シャムティアは貴国と友好を築きたいのだ」
俺とフェンミィが着席するのを待ってから、シャムティア国王が切り出した。
彼は、赤黒い髪と髭を蓄えた体格の良い男性だった。
四十近いらしいのだが、若々しく、生気に溢れていた。
「余の臣下であるリトラ候とは、かなり親密の様ではないか。
余とも同じ関係を結んで欲しい」
そのリトラ家の人々は別室で待機しており、ここに居るのは王と護衛、そして俺とフェンミィだけだ。
「私も同じ気持ちです、アスラーヤ陛下」
ワルナやサティとの良好な関係を保つ為にも、シャムティアとは対立したくない。
「それは素晴らしい。
では両国の友好を願い、具体的な話に入ろうではないか」
◇
「ふむ、シャムティアの要求は大きく分けて四つか」
ワルナが、シャムティアの事務官が作ってくれた、会談の記録と調印書の草稿を読んでそう言った。
国王との約一時間をかけた会談が終わり、俺達は王城の与えられた部屋に集まっている。
いくつかの提案が行われ、すぐには答えられないと伝えたら、国へ持ち帰って検討する事を認められた。
「まずは不変の約定の破棄だな。
とっくに有名無実化しているが、正式に文書にしようという事か」
俺が国家の事情に疎いので、ワルナが相談に乗ってくれている。
「次に、大魔王国の関税率を協定で決める事と、大魔王国内で犯罪を犯したシャムティア国民の裁判権を要求か。
シャムティア王国が小国に押し付ける、典型的な不平等条約だな」
「そうなのか。
しかし、なぜそんなものを欲しがるんだろうな?
たいした取り引きもないし、そもそも魔力の空白地にシャムティア国民が来る事はほとんど無いと思うんだが」
会談中には、あまり意味の有る取り決めに思えなかった。
「この二つは実益よりも、国家の立場を明確にするのが目的なのだろう。
シャムティア王国は大魔王国より上であり、四百年前のようにその臣下になる訳ではないということだ」
「なるほど、そういう事だったのか」
分かりやすい説明でありがたい。
「三つ目は軍事同盟だな。
どちらかが戦争状態となったら自動的に参戦し、戦力を提供する事が義務付けられる」
「それなんだが、俺がシャムティアの戦争に参加して、インフルエンザをばら撒く事が期待されてるよな?」
「そうだろうな」
これが会談の本題だ。
この国が俺達に便宜を図ってきたのも、それが目的だろう。
「俺がシャムティア王国に本気で軍事協力をしたとする。
その場合、全ての魔族を制する事が出来ると思うか?」
「その可能性は高いと思う」
俺はこの過酷な世界をなんとかしたくて、大魔王になる事を決意した。
それが叶うなら別に誰が君主でも良いのだ。
「シャムティア王国が全ての魔族を征服したとする。
その国は、弱者が住みやすい場所だと思うか?」
「今よりは遥かにマシだろう。
だが、貴公が目指す世界には及ばないと思う」
つまり俺は、現実的な妥協をするかどうかを迫られている訳か。
しかも状況は逼迫しているらしい。
会談の最中に伝えられた情報。
「リザードマンの王国が、大規模な戦争の準備をしているか……。
この情報は鵜呑みにして良いと思うか?」
「それについては僕が答えよう。
間違いない。
リザードマンの王国『ガガギドラ』は、一ヶ月以内に大魔王国へ侵攻する」
リトラ侯爵が断言してくれた。
俺にとって一番大事なのは自国民の安全だ。
シャムティア王国との軍事同盟は現実的な妥協だろう。
とりあえず持ち帰って、皆と相談してみよう。
「フェンミィはどう思う?」
俺は会談が終わってから、あまり話さない彼女の意見を求めた。
「え? あ? なんですか?」
フェンミィには珍しく、聞いてなかったらしい。
「どうした? 体調が悪いのか?」
「その、ええと、コルセットがきつくて」
俺の問いにフェンミィが答えた。
ああそうか、かなり締め付けるらしいよな、コルセット。
「それは配慮を欠いたな、別室で着替えると良いだろう」
ワルナがフェンミィを促して部屋を出た。
◇
「さて、四つ目についてだが」
フェンミィを別室へ連れて行った後、戻ってきたワルナが草稿を手に取りそう言った。
「ああ、それは問題ないんじゃないか?」
会談における四つ目の議題はどうでもいい事に思えた。
「俺と第三王女の政略結婚なんて、断れば良いだけだろ?」
昨日、俺達を待ち構えていた生意気な子供王女、あの子と俺の婚姻が提案されていた。
あの子が何故やって来たのかが分かってスッキリはした。
名前……なんて言ったっけ?
「違うぞバン、これは大事な事だ。
この結婚を断れば、同盟の話も無くなる可能性が高い」
「え? そんな馬鹿な」
そんなものが軍事同盟すら左右する問題だというのか?
「いいか、よく聞け、これは血の問題なのだ。
大魔王国王家に、シャムティア王家の血を入れて影響を強める。
同時に両家を融合させて、全ての魔族を治める正当性を得るつもりだろう。
貴公と第三王女アムリータ殿下の間に生まれた子供は、シャムティア王家との婚姻を迫られる筈だ」
「そうなんだ……」
人質程度の意味しか無いと思っていた。
だから、向こうから差し出すのは変だと思ったんだよなぁ。
結婚についても真剣に考えないといけないのか……。
「う~ん、外交ってのはやっかいだなぁ」
俺が頭を抱えると、ワルナが頷いて言う。
「その通りだ。
内政より自由にならず、往々にして内政よりも国民の生活に影響する。
外交とはとても大切なものだ」
ですよね。
だいたい、俺って子供を作れるのか?
男性器は有るし、機能しているように見える。
だが、本当に生殖能力があるのかどうかは不確定だ。
だからと言って簡単に試すわけにもいかないしなぁ。
お読み頂きありがとうございます。




