第二十九話 再び獣人族の村へ
ワルナの屋敷で過ごすようになってから七日後、フェンミィの体力が回復したので、俺達は獣人の村へ出発する事になった。
よく晴れた、暖かな春の早朝だった。
リトラ伯爵邸の玄関には四台の馬車が止まっている。
そのうち一台は馬運車の様な荷馬車で、巨大な乗用の鳥が乗せられていた。
フィクションのファンタジーでよく見かけるアレだ。
「またすぐ遊びに来てね、バンお兄ちゃん、フェンミィお姉ちゃん」
今日も黒いゴスロリ風の服を着たサティが、馬車に乗り込む俺達を見送りに来てくれていた。
その後ろにはメイド姿のココが控えている、使用人が様になってきたじゃないか。
うん、この二人はもう大丈夫だろう。
「ああ」
俺は笑顔で嘘をつく。
フェンミィが無事に村へ着いた事を確認したら、どこか遠くへ旅立つつもりだった。
「あれ?」
そんな俺をサティが訝しがる。
この数日、サティの前では今後の事を考えないように気を遣っていたが、さすがに直接尋ねられてはごまかせないようだ。
「またなサティ」
俺は慌てて馬車に乗り込む。悟られただろうか?
「またねサティちゃん」
「留守を頼むぞサティ」
俺に続いてフェンミィとワルナも馬車へ入ってくる。
フェンミィは大魔王城を出た時に着ていたエプロンドレス、ワルナは剣を帯びてはいたが普段着で、珍しくスカートをはいていた。
リトラ家の使用人が、膨らんだフェンミィのリュックを馬車の中へ運んだ。
俺も自分の分身四十体を客車の屋根にへばりつかせる。
「出してくれ」
「ハッ」
ワルナが御者に命じる。
「全車出発」「出発」
御者の声が響き、馬車が滑るように走り出す。
「これほど慌てて戻る必要があったのか? フェンミィ。
今夜は新月だろうに」
馬車の客室でワルナがフェンミィに尋ねる。
俺も、もう少しゆっくりしてれば良いのにと思っていた。
「うんでも、元気になったのにサボってばかりもいられないよ。
新月でも魔力が使えない以外は普通なんだし、村の皆も条件は一緒だし」
「そうか。
確かにだいぶ元気になった、少なくとも見た目はな」
ワルナはそう言ったが、フェンミィはまだ少しだけ調子が悪そうだ。新月期には仕方がないらしい。
「ワルちゃんこそ大丈夫? 忙しいんじゃないの? あまり寝てないでしょう?」
「まあ、いろいろあったからな。戦費も調達せねばならぬし」
シャムティア王国はあのままジンドーラム王国を制圧し、自国の領土としていた。
そしてその国境付近でメイコ共和国と戦争になっている。
「貯蓄を全て吐き出す事になりそうだが致し方あるまい。
メイコとの全面戦争が再開した上に、東からはバガルタン王国が国境を越え進軍してきたからな」
ワルナがこともなげにそう言った。
え? 今聞きなれない国の名前が出たぞ?
進軍してきた? それって他の国から戦争を仕掛けられたって事だろ? 二正面作戦?
「シャムティア王国は大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない」
俺の疑問にワルナは平然と答えてくれる。
「バガルタン王国は大きな国だが、それほど脅威でもない。
なにせ今は、年間三万の餓死者を出すような酷い状態だ。
疲弊し、滅びかけた大国だ」
年間三万人の餓死者だと?
「それって、ジンドーラム王国より酷い状態なんじゃないか?」
「ああ、ジンドーラム王国より酷い状態の国も珍しくは無いぞ。
それにこの数日で、我が国だけではなく各地で争いが激化、あるい勃発している。
戦争も珍しい物ではないのだ」
ワルナがこの世界の荒れた現状を語る。
「この数日でって……もしかして俺の所為か?」
「一時的にはな。だが、もともと戦乱は世に溢れていたのだ。
貴公が気に病むような事ではないぞ」
本当にこの世界は過酷で殺伐としているんだな。
ココみたいな奴がいっぱい居て、理不尽に殺されていくのだろうか?
そう思うと胸が痛む。
◇
「ワルちゃん、鳥馬を貸してくれてありがとう」
「礼には及ばぬ、いつも通り村に着いたら放してくれ。
無事だという印を忘れぬようにな」
「うん、分かってるよ」
大魔王領との国境付近で俺達を乗せた馬車列は停車し、荷馬車から巨大な鳥が下ろされた。
某フィクション等で見かけるアレに酷似したその鳥は、自らに魔力を生む器官を持ち、ダンジョンからの魔力を必要としないのだそうだ。
俺とフェンミィは、ここでワルナや馬車の護衛と分かれる。
ここから先は、二人でこの鳥馬と呼ばれた鳥に乗って進むのだ。
「バン、色々とありがとう。フェンミィを頼む。そして是非また屋敷を訪ねてくれ」
ワルナがそう言って右手を差し出す。
握手の習慣もあるのかぁ、この世界の風習は謎だらけだな。
俺はワルナの意外に繊細で華奢な手を握る。
「礼を言うのは俺の方だ、君と出会えて本当に良かった」
屋敷を訪ねる件には返事をしなかった。彼女にはなるべく嘘をつきたくなかったのだ。
「鳥馬の準備が完了しました」
護衛の兵士が報告する。
鳥馬には二人用の鞍がつけられ、更にフェンミィのリュックが括られていた。
この巨大な鳥は人を乗せなければ空も飛べ、人獣の村で離せば無人でリトラ伯爵邸へ飛んで戻るのだそうだ。
その際に無事に着いたことを示すなにかを持たせれば、通信手段にもなるという優秀な動物だ。
「またよろしくね、クニカ」
「クケッ」
フェンミィは鳥馬に慣れているようで、一声かけてから軽々とその上に跨った。名前はクニカと言うらしい。
「さあ、行きましょうかバンさん」
そしてフェンミィが俺を促す。
「その呼び方がやっと定着したな」
俺はおっかなびっくりという感じで、フェンミィの後ろへ座る。
息がかかる程の間近に美少女の後姿があった。
ちょっと胸が高鳴る。
「そうですね。
ねえ、バンさん。大魔王様じゃなくても、大魔王城にずっと居ていいんですからね」
驚いた。見透かされたのかと思った。
ここからでは、フェンミィの方から振り向かない限りその顔は見えないので、真意は分からない。
「なんと言っても、私の命の恩人なんですから」
「ありがたいけど、いいのかい?」
彼女が前を向いていてくれてよかったと思った。俺は声音にだけ気をつけて返事をする。
「はい、なんでしたら一生をかけてご恩返ししますよ?」
そこでフェンミィは振り向いた。
それは確かに笑顔だったのだが、どこか悲しそうに見えた。
「それってプロポーズでいいの?」
俺はごまかすように軽口を叩く。
「違いますぅ」
即答したフェンミィが笑った。少し調子が戻ってきたかな?
そして、前を向き直したフェンミィがワルナに挨拶をする
「じゃあ行くね、ありがとうワルちゃん」
「ああ、また会おう、フェンミィ、バン」
「ありがとうな」
俺はワルナに軽く手を振った。
友と呼んでくれてありがとう、嬉しかった。
「出発しますね、バンさん」
二人を乗せた鳥馬は軽快に走り出した。
◇
俺達は草原をゆっくりと進む。鳥馬の巡航速度は時速二十キロに満たない。
これをゆっくりだと思う程、この世界の移動手段は高速だった。
俺の分身達がその後を追って自走している。
実は戦闘形態の俺が、フェンミィをお姫様抱っこで走って運ぶ案もあったのだが、乗り心地の問題でこの鳥馬での移動となった。
俺の戦闘形態は表面が硬く、あちこちが尖っている。
その上、人を運んだ経験なんて無かった。
元気な人でも病気になりそうな乗りごこちっす、との評価をココから頂いていた。
◇
鳥馬は、道の無い森の中も滑らかに走り続ける。
だんだん目的地が近づいてくる。
ここまで俺達はあまり言葉を交わさなかったが、気まずい感じなど微塵も無かった。
春の暖かな快晴の中で、昨日、久しぶりの入浴をしていたフェンミィの艶やかな髪が良い匂いで香る。
なんて安らぐ時間なのだろうか、これが長く続けば良いと思えた。
けれど、もうすぐこの娘ともお別れなのだ。
胸が痛む。まるで、もう一度ワイヤーウルフを失うような気分だ。
だが彼女を守る為だ、仕方がない。
「あれ? 見張りが居ない。おかしいな……交代の時間かな?」
迫る別れの瞬間に気を取られていた俺は、愚かにもフェンミィの言葉を聞き逃していた。
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