第十二話 危険な天才幼女
「改めて名乗ろう。我が名はワルナ・ナーヴァ・リトラ、この地方都市ナーヴァを治めるリトラ家の長女だ」
「バンだ」
領主の娘がちゃんと名乗ったので、俺もとりあえずその名を口にした。
ちなみに盗賊退治は無事に終わり、討伐隊側に犠牲者は出なかったそうだ。
ワルナも今は鎧を外していた。
フェンミィは回収してきた革細工を換金するために出かけている。
時刻は既に夕方となっていて、店が閉まる前に済ませようと慌てていた。
「それでサティの処置についてだが、私の妹はとても危険なのだ、理解して欲しい」
やはりワルナとサティは姉妹だった。
サティに元の姿へと戻してもらった俺は、ワルナと向かい合ってサティの部屋にあったソファに座っている。
そして俺の膝を枕にしてサティが寝息をたてていた。
泣き疲れたのかぐっすりと眠っているが、俺の左手を掴んだまま離そうとしない。
「だからこの子をまた閉じ込めるというのか?」
驚いた事に、サティは元々この塔に監禁されていたのだそうだ。
魔法で何重にも封印されて。
もうネグレクトなんてレベルの話じゃない。虐待だ。
「……そうだ」
そう言ったワルナはとても苦しそうだ。
「理解できる訳ないだろ? いったいサティの何が危険だって言うんだよ?」
俺の語気が荒くなる。
そりゃまあ、人をいきなりぬいぐるみに変えるとか悪戯にしては度を越しているかもしれないが、ちゃんと注意してやればいいだけだろうに。
人の家の事情とはいえ、これを見過ごす訳にはいかない。
「昔話をしよう……」
ワルナは沈痛な面持ちで語りだした。
「妹はダンジョンからの魔力を扱う事に関して、王国でも数百年に一人と言われる程の天才でな」
ワルナはこうしていてもサティを警戒している感じだ。
ピリピリとした空気が伝わってくる。
「だが、その力が大きすぎて本人も持て余している。
あまりに強すぎる魔法を制御できず、その気が無くても発動させてしまうんだ」
「サティが少し煩わしいと思っただけで、相手の心臓がとまったり、石像になったりした。
一度に扱える魔力の量が膨大で、呪文も術式も介さずに結果が現れる」
ワルナの話は衝撃的だった。
心臓が止まる? 石像だと?
それが事実なら確かに隔離の必要があるのかもしれない。
「大勢の使用人が、家庭教師が、対処に来た魔術師が、全て被害に合った。
幸いな事に死者だけは出ていないのだが、深刻な問題が多発した。
根本的な解決法は無く、私の父リトラ伯爵は魔術で厳重に封印された建物を作り、そこにサティを監禁することにした」
なるほど、ここは正真正銘の牢獄だったんだな。
この子があれ程に寂しがるのも当然の境遇だ。
「この高さは逃亡防止の為か?」
俺は気になった事を尋ねる。
「いや、違う。
この監禁部屋が高く造られているのは、ダンジョンから供給される魔力の性質に由来する。
ダンジョンから供給される魔力は大地を伝わって伝播されるんだ。
そして、大気中ではその効率が極端に落ちる。
つまり地面から離れると急速に減少していくんだ」
「なるほど、だからなるべく高い場所なのか」
ワルナが頷いた。
「ここに伝わる魔力は、おおよそ地表の三分の二程度になっている。
とはいえ、サティの力の前には焼け石に水なのだがな」
「ダンジョンから遠く離す訳にはいかなかったのか?
大魔王領みたいな場所なら魔法は使えないんだろ?」
俺の疑問にワルナは頭を振る。
「確かにそれならサティは普通の幼児に戻る。
なにかあれば簡単に殺されてしまう無力な幼児にな。
そして、護衛をつけても同時に無力化してしまう」
ああ、それはそうか。
サティを危険に晒したくないとは思っているんだな。
俺は少し安心した。
「他に方法は無いのだ」
めきりと音がした。
それはワルナが奥歯を噛み締めた音だった。
「サティを監禁すると決めた時、母だけは最後まで反対し、結局一緒に監禁される事を選んだ。
幼い妹にとっては母だけが唯一の希望だっただろう。
だが、その母もほどなくして死んだ」
ワルナの整った顔が辛そうに歪む。
「まさかサティが母親を?」
だが、死者は居ないと今さっき……。
「父はサティが殺したと思っている。
だが私は違うと思う。
あの子が、この世界でたった一人だけ心を許せた母を、例え無意識でも殺すはずが無いだろう」
ワルナはまるで、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「母が死んでから、妹は更に厳重に隔離された。
一日に二回、魔術師が直接接触せずに食料を届け、夜の食事には強力な睡眠薬が入っている。
そうして無理やり眠らせた隙に清掃等が行なわれる」
隔離されている割に部屋自体は掃除も行き届いて綺麗だったのはそういう訳か。
俺は辺りを見回して、気がかりだった事を思い出す。
「そういえば、部屋の中にぬいぐるみや人形が沢山置かれているけど、これまさか元は人間じゃないだろうな?」
「これは普通の人形やぬいぐるみだ。
ぬいぐるみに変えられた者はバンが始めてだよ」
沈痛な面持ちだったワルナの顔が、少しだけほころぶ。
そうか、ホラー展開にはならなかったか、良かった。
「母が死んだときに、私はこの子に辛く当たってしまった。
恥ずかしい話だが、母を失った悲しみをどうしても抑え切れなかった。
それが原因で私はサティに嫌われている」
本当にそうだろうか?
たしかに二人の会話はぎこちなかったが、嫌われているのとは違う気がした。
「自分が、我が家が、いかに残酷な事をしているのかは分かっているつもりだ。
だが、それでも、この子を自由にさせる訳にはいかない」
ワルナの瞳には強い決意が宿っている。
なるほど、事情も、この娘の気持ちも理解できた。
けれど!
「この子って、そこまで危険なのか?」
俺は根本的な疑問を口する。
「今説明しただろう……」
話がふりだしに戻って、ワルナが疲れたように言った。
「いや確かに俺も色々されたが、魔法を持て余しているようには見えなかったぞ」
ワルナが語る過去の妹像は、まるで別人の話のように思えた。
「なあワルナ、君はまだサティが話も通じない幼児だと思ってないか?
以前はどうだか知らないが、今は成長して話が通じるようになってるぞ」
それはさっきフェンミィが証明していた。
ちゃんと話せば分かってくれるのだ。
「同時に力の制御も出来るようになっていると思うんだが……」
「……なに?」
心底意外そうにワルナが驚く。
もしかして過去のイメージが強すぎて、思考停止しているんじゃないか?
「なあ、例えば、眠いサティを無理やり起こしたら無意識に魔力で攻撃されるんだよな?」
「その通りだ。例えどんな些細なことでも、その子の機嫌を損ねてはいけない。」
「よし、なら無理やり起こして証明してみよう」
「やめろバン! 容認できない!」
ワルナが立ち上がり俺を止める。
だが俺は意見を変えるつもりは無い。
「もう閉じ込める理由が無いことを証明できるかもしれないんだぞ?
そうなれば、この子は普通に生活出来るだろ?」
「う……」
ワルナが黙り、考え込む。
そして何かを決断し、顔を上げる。
「よし、試して見よう。だがサティを起こすのは私だ」
なるほど、危険を買って出たか。良い奴だな。
だが譲る気は無い。
「いいから黙って見ててくれ。サティ、おーい、サティ」
俺はサティの顔をつついたり、ほっぺをぷにぷにしたりする。
「やめろ! 最後の被害者が出てから、まだ半年経って無いんだぞ!」
俺は、焦るワルナを無視してサティを起こす。
「サティ、サーティ」
「んんー……ねむいぃ……」
サティが目覚めた。
ワルナの緊張がひしひしと伝わってくる。
「ちょっと起きてくれサティ」
「んんんっやーだ」
俺はぐずるサティを揺り動かして無理やりに起こす。
「サティ、ほら起きる」
「むー……バンお兄ちゃん嫌い」
と言いながらも、サティは俺の言葉に従い目を開けて身体を起こす。
そして、小首をかしげて、
「なあに?」
と言った。
特になにも起こらない。
「ほらな?
もう十分じゃないか? それとも他になにかしてみるか?」
ワルナは驚愕に目を見開いていた。
「いや……もうとっくに無事ではすまない筈……なぜだ?」
「あれだ、子供の成長なめんなってことじゃないか?
半年で劇的に育ったってことだろ」
「では……もう」
「ああ、この子を隔離する必要は無いと思うぜ」
「…………あ……うう……」
ワルナの両目に涙が溢れ出す。
ぼろぼろと泣きながらソファーの間に有ったテーブルを乗り越え、きょとんとしているサティに抱きついた。
「す……すまぬ……サティ……くっ、うううう」
ワルナはサティの頭を胸に抱き、声を押し殺すようにして泣いていた。
「え? なに? なんで?」
困惑しながらもサティは実の姉のなすがままになっていた。
どこか嬉しそうに見えるのは気のせいではないだろう。
◇
その後、念のために魔法治療師を待機させて使用人の志願者相手にも実験されたが、特になにも起こらなかった。
サティに以前の様な危険性が無いことは完全に証明されたのだ。
俺達は母屋の応接室へと移動していた。
サティの部屋にあったのと同じ様なソファに、俺達三人は同じ様な配置で座っている。
「そういえば、サティはなんで俺のところへ来たんだ?」
「知らない人が居たから……だよ」
実験から解放され、再び俺の膝を枕にして横になったサティが答える。
無理やり起こされた彼女はまだ眠そうだった。
「あの部屋から俺が居ることが分かったのか。
それですぐにやって来れたって事は、あの部屋の封印なんていつでも破れたって事だよな。
なぜ今までは外に出なかったんだ?」
「だって……みんなが怖いって、サティの事……。
いなくなれば良いって……」
「う……」
向かいのソファに座ったワルナがまた涙ぐんだ。
「化け物だから、怖いから、いなくなれば良いって。
みんながそう思ってるから……」
サティが辛そうに顔を歪める。
「サティは他人がなにを考えているのか分かるのか?」
「うん、分かるよ、なんとなく……」
「そうか、それはなかなか厳しいな……」
この子に突きつけられた他人の本音は、心を切り刻むナイフだっただろうに……。
俺が頭を優しく撫でてやるとサティはとても気持よさそうに目を細めた。
なんか猫を撫でてる気分だ。
「えへへ、でね、サティを知らない人なら怖がらないかなって。
それに、すっごく退屈してるのが分かったから、遊んでくれるかもしれないし。
勇気を出して、お話ししに出かけたの」
なるほど、それで俺のところへ来たわけか。
「勇気を出して、本当に良かった」
そう言って笑ったサティには、さっきまでの辛そうな表情は微塵も残っていなかった。
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