第百三話 大魔王国 王都
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*シャムティア国王アスラーヤ視点となります。
まだ朝だというのに、夏の日差しは容赦なくシャムティア王国の街道を照りつけていた。
前後に多くの護衛馬車を引き連れ、王家専用の大型馬車が走る。
車内は魔法による冷却が行われ、同じく魔法のサスペンションにより快適な空間が維持されていた。
「アスラーヤ国王陛下は、大魔王城をご覧になった事がございましたか?」
余にそう尋ねてきたのは、馬車に同乗している地方都市ナーヴァ領主のリトラ侯爵だ。
昨夜は彼の屋敷に泊まっていた。
有能だが、なかなかに油断のならぬ男である。
「無いな、だが話には聞いている。たいそう立派な城だそうではないか」
「ええ、驚かれると思いますよ。この一月半で磨きがかかっておりますので」
そうだ、この車列が目指す場所は大魔王城なのだ。
明日、そこで大魔王の結婚式典が行われる予定で、余はそれに招かれている。
「一月半……か、まさかたった一月半で大魔王が、我がシャムティア以外の魔族国家を全て征服するとは夢にも思わなかったぞ」
「私もでございますアスラーヤ陛下」
大魔王は、怒涛の快進撃でシャムティア王国以外の魔族国家を全て侵略し、征服していた。
伝説通り、魔族の王となったのだ。
恭順を示した王には地方領主として自治を与え、従わぬ王家は取り除き直轄した。
封建制と絶対王政の入り混じった奇妙な政治形態となっていたが、大魔王の力が圧倒的に強く、各領主に対する影響力は絶大だった。
大魔王は、まるで恐怖の象徴のように恐れられる一方で、守護者のように慕われてもいた。
「シャムティア王都で会った時には、全く野心を感じさせぬ男だったのだがなぁ」
「気が変わった、という事でありましょう。
奴隷商人ギルドは寝た子を起こしましたな」
リトラ侯爵が苦笑いで答える。
まったくだ、よけいな事をしてくれた。
「ふん、気が変わったらから軽く世界を征服か、まさに伝説の存在だな」
「ええ、間違いなく伝説の通りの出鱈目な存在でございますよ。
物理的にも魔法的にも完全に無敵で、瞬間移動でどこへでも一瞬で現れる。
更に大魔法インフルエンザも健在で、はるか上空から城をも砕く轟雷を降らせることも出来る。
あのドラゴンですら歯牙にもかけない。
この一月半で、全ての魔族が伝説の復活を思い知った事でしょう」
この目で見た時には、そこまで常識外れな存在とは思えなかったのだが、あれは力を隠していたと見るのが正解だろうな。
「こうなると、アムリータの判断が正しかったな」
シャムティア王国は多大な貢献が認められ、大魔王国以外でゆいいつ存在を許された魔族国家となった。
大魔王国は、我が国が交戦中だった国家に横から手を出すことも無かった。
そして、交戦中だった敵国は次々と我が国に降伏し、新しい領土となった。
大国シャムティアは、更に巨大な超大国へと変貌していた。
それでも大魔王国と比べれば、国土面積で十倍以上、総人口で八倍程度の国力差があるのだが。
「しかし、アムリータ王女殿下のおかげで、大魔王国への浸透工作には失敗いたしました」
「ダイバダか」
余はリトラ侯爵に苦笑いを返した。
アムリータめ、いったいどうやってあの難しい男を担ぎ出したのやら。
まつりごとに疎い大魔王に恩を売りつつ、次々とシャムティア王国のシンパを政治中枢に送り込む計画は失敗した。
つい先日、三万人の機動部隊員と共に、送り込んだ内政の専門家二十余名も、シャムティア王国へと帰還している。
彼らはただ良いように使われただけだった。
「大魔王国は身分にこだわらず広く人材を募り、着々と育成をしているようです。
急速に国としての体裁を整えつつありますな。
更に、大量の大魔王金貨が猛威を振るっております」
渋い顔をしたリトラ侯爵がそう言った。
「金貨か……」
大魔王国は、驚くほど大量の金貨を発行し続けている。
金の含有量が九割を超える優良な金貨で、いったいどこからそれだけの金を調達しているのかまったくの不明であった。
国内の金貨を統一するつもりらしく、既存の金貨との交換が積極的に行われている。
各国の通貨を支えていたのは金の価値だ。
金の大量流入は急速な貨幣価値の下落を招いており、シャムティア王国にも深刻な影響があった。
貴族や大商人、貯蓄の多い者ほど打撃を被っている。
大魔王は武力だけでなく、経済でも圧倒的な強者だった。
大魔王国は、飢餓や不況に苦しんでいた国も多数抱え込んだのだが、その財力で強引に解決していた。
「どうやら国境を越えたようです、アスラーヤ陛下、窓の外をご覧ください」
リトラ侯爵に促され、余は窓の外を見る。
緩やかに曲がった街道の先に、建設中の砦が見えた。
「あれが報告に会った、転移ゲートを内包した砦か」
「はいアスラーヤ国王陛下、大魔王国は奴隷商人ギルドの技術も手に入れております」
あのゲートには痛い目に合わされた。
軍事で、そしてそれ以外でも、世界の常識を一変させる画期的な技術だ。
我がシャムティアも現物を手に入れたのだが、複製どころか維持することもできずに使用不能となっていた。
「……欲しいな」
「本日の会談で交渉されてはいかがでしょう?」
今日の午後、余は大魔王と会談する。
内容はシャムティア王都で提案された同盟に対する返答と、これからの両国関係についてだ。
すでに官僚によってある程度の合意はなされているが、交渉の余地はあるだろう。
◇
建設中の砦では、緑色の風変わりなゴーレムが働いていた。
他に作業をしている人影はない。
居るのは砦の防衛部隊らしき少数の者達だけで、彼らは余の馬車に向かいひざまずいている。
「建設作業はゴーレム任せなのか?」
「はい、アスラーヤ陛下。
彼らはオートマタと呼んでおりますが、我が国のゴーレムより遥かに高度で緻密な作業を行えます」
うむ……それも欲しいな。
あの絶対者相手にどこまで譲歩を引き出せるだろうか。
「いよいよゲートをくぐります」
リトラ侯爵がそう言った後、馬車は砦の中へと進み、その奥にある転移ゲートをくぐった。
ゲートを通過した先は同じような砦で、なんの代り映えもせず本当に転移したのかと訝しんだ。
だが、建物から外へ出ると、その景色は一変していた。
「本当に一瞬で別の場所へ移動するのだな」
「ええ、ここは大魔王城から少し離れた場所となります。アスラーヤ陛下」
転移ゲートの出口が置かれていた砦から外へ出ると、周囲には建築中の建物が所狭しと立ち並んでいた。
数多の緑ゴーレムが忙しそうに働いている。
そして、更にその外側には、とてつもない数のテントが張られていた。
テントでは大勢の人間が暮らしているようだ。
「ここが例の城下町なのか?」
「いいえアスラーヤ陛下、ここは城下町の近辺にできた、衛星都市とでも呼ぶべき街の一つです。
大魔王城とその周辺地域は爆発的に人口が増えており、建築ラッシュとなっております。
いずれはシャムティア王都を超える規模になる事でしょう」
百万都市の維持は並大抵ではない困難が伴うのだが、このゲートとゴーレムそしてあの財力があれば、かなり楽になるのだろうな。
◇
「この土地はなんとも無駄だな、防衛の為か?」
衛星都市から城下町までの間は、石とは違うなにかにより舗装された広い街道と広場、そして不思議なモニュメントがあるだけだった。
「奴隷商人ギルドとの戦で大勢の死者を出し、この場に埋めたので慰霊……だそうです」
余の疑問にリトラ侯爵が答える。
「ふむ、たかが戦死者ごときで感傷的な事だな、まるで人族のようだ」
「大魔王は異世界人ですからね。人命が過剰に尊重された甘い世界から来たのでしょう」
ふん、なるほどな。
しかし、これ程広大な土地を一月半で舗装したのか。
信じがたい大事業だな、材質はなんであろう?
あちこちに花壇や造園された樹木なども見受けられるが、なんとも殺風景な……ん?
「よく見ればそこかしこに大量のテントと人影があるな」
「明日行われる結婚式典の準備ですな、一般人はこの広場に集まる予定だそうです」
◇
「たしかに見事な物だな」
馬車の列は、大魔王城の城下町へと入っていた。
シャムティア王城を遥かにしのぐ巨大で荘厳な大魔王城を中心として、数万はあろうかという石造りの建物が広がっている。
城も城下町も黒とグレーのモノトーンで統一され、落ち着いたシックな風景をつくりだしていた。
「死体処理のついでに城も街も、徹底的に洗浄したそうです」
リトラ侯爵がそう説明した。
「ほう」
なるほど、街は活気に溢れていたが清潔で、街道には馬糞一つ落ちていなかった。
随分と労働力に余裕があるではないか。
「人獣族が目立つようだが?」
「ええ、大魔王国王都とその周辺には、ガガギドラの奴隷であった人獣族が全て移住しております。
王都人口の三分の二以上が人獣族ですよ」
余の疑問にリトラ侯爵がそう答えた。
「奴隷……か」
大魔王国は奴隷制を廃止するそうだ。
愚かな話だ。
奴隷の首輪と奴隷制度は、国を支える根幹のひとつだというのに。
魔法とゴーレムの発達したシャムティアでさえそうなのだ。
大魔王国の自治領が廃止すれば、大きな混乱とともに運営が立ちいかなくなるだろう。
この愚かな素人政治を大魔王国が行った理由には心当たりがある。
アムリータめ、随分と気にいられたようではないか。
だが、お前の妄執が大魔王国を亡ぼすぞ。
しかも大魔王は我が国にもそれを求めている。
事前の交渉では、これが最大の懸案事項となっていた。
冗談ではない、そんな条件を飲めるものか。
実現は不可能なのだ。
この会談で、ろくに国家を知らぬ伝説を相手に、それを理解させねばならぬだろう。




