1人(ぼっち)と魔神①
パーティ脱退届けに名前を書き終え、ミッションの受付をしている二人の受付嬢がいるカウンターへ向かった。
周りは次にどんなミッションを受けるか楽しそうに、そして真剣に相談をするたくさんの声で溢れている。
そんな人達を避けながらカウンターへと向かう。周りの声を聞いているとせっかく勇気を出して声を上げた事も後悔に変わってしまいそうで聞かないようにした。
やっとカウンターに着くと、二人の女性が私を見つめた。
「ハアイ、ご帰還おめでとう。次のミッション?それとも私に会いに来た?」
金髪カーリーヘアの美女がお決まりの言葉を言ってくる。こうして面と向かって顔をきちんと突き合わせたのは初めてかもしれない。いつもはセージたちの後ろにいたものだから顔がきちんと見えなかった。
「フラン、定型文を常に言えば良いというものではないわ。彼女の右手、脱退届けを持っている」
隣で冷静にそう言うのは黒髪ロングの女性。こうして二人を見ると雰囲気がまるで違う。
「あら、本当だわ。それじゃあ貸して?」
私は小さく頷いて先ほど書いた脱退届けを手渡した。
パーティを組む時と抜ける時にはこうした簡単な手続きが必要になる。
「はい、ありがとう。あなた、アルミ・ユグゼラは6人パーティから脱退、と…。了解したわ、また新しく頑張ってね。それで?加入届けは?それともこれからお仲間探しかしら?」
脱退届けを見ながら器用に彼女は何かを書き留めていく。
ぼんやりとその姿を見ながら口を開いた。
「今度は1人です。そういう場合も、何か提出した方が良いんですかね?」
「え?あ、ああ…いや…いらない、かな?」
「なら良かった。脱退届だけで良いんですね」
そう言うと二人は顔を顔を見合わせている。
「うーん、そうねえ、別に良いんだけど…5人からじゃないと援助金が出ないのは知っているわよね?」
援助金。パーティを組んでミッションをこなしていく前にお金が援助される。
条件によって金額は違うけれど、武器や薬などを揃えるためにもかなり有難い制度だ。
「はい、知ってます。だからたくさんミッションこなさないとって…」
「うん、アー、とてもいい心がけ。でもねアルミ?1人じゃこなせないミッションの方が圧倒的に多いわ。無理して1人で頑張って白骨化していたらどうする?発見はかなり遅れるわよ?それとも人生投げ捨ててる?」
「投げ捨ててない!だから、その…やり直そうって…決めて…」
語尾が弱くなるのが自分でも分かった。
2人の視線に耐え切れなくなりそうになりながら、なんとか見つめ返す。
「アルミ、例えばよ?例えばこのミッション」
そう言って金髪の女性が一枚の紙を取り出した。そこには魔神討伐の案件、そして成功報酬に二千万、と書かれている。
「この魔神討伐、ガバデラ山の登頂にある洞窟…そこに住んでいる魔神を討伐するものよ。まず、ガバデラ山を登りきる事が不可能。複数人で行ったってダメだった。運よく登れても一人で魔神なんて倒せる?無理よね?そういう事。それにあの掲示板にはそんなミッションがたくさん載っている。お一人様向けなんて無いのよ」
カウンターに置かれた魔神討伐のミッション。確かに、こんな大それたミッション受けようと思った事もない。あのパーティでだって話題にものぼらなかった。
「…ガバデラ山って、雲の上にある…あの山ですよね?」
「そうよ、上に行くにつれて道の補整もされていないと聞くわ、もちろん何日かかってもおかしくない」
「その、魔神って…どんな人なんですか?」
「ヒト?…え、ああ…その土地を支配しているって噂。どんなバケモノかは分からないわ。報告がないの」
そして金髪の女性はため息を吐いた。この話は終わりと言わんばかりでカウンターに置いた魔神討伐の紙も仕舞ってしまう。
私はどうすれば良いかと何もなくなったカウンターをぼんやり見つめていると後ろから来た人に押されてその場からはじかれてしまった。
もう既に彼女は違う人を相手に手続きを始めていた。
「…やっぱり、だめ…なのかな」
1人じゃ、旅には出られない。冒険は複数人でするものだ。それが常識、普通。
分かってはいるけれど、こんな中途半端な時期にあぶれてしまってはまっすぐ進むことは出来ないのかな。
本当にだめ?上手くなんていきっこない?
私のほかに1人でいる人なんて誰もいない。どうしたのかという彼らの私に向けての視線も何だか自分が惨めに感じて嫌になる。
「ねえ、あなた」
「え?」
声をかけてきたのは先ほど話した受付嬢の隣にいた黒髪の女性だ。彼女も受付嬢のはずだ。
「あなた、本当に1人でやっていくの?」
「え…、まあ…」
「1人じゃ出来る事が限られるわ。援助もない。それでもあなたは、進んでいくの?」
綺麗な黒目が私を見つめる。その黒目には自信のなさそうな自分自身が映っていた。
「……進みたいって、思ってる」
「思うだけじゃ弱いわよ、いつか絶対に挫ける。挫けても、助けてくれる仲間はいない。1人は楽だけど、堕ちるのも早いわ」
確かにそうだ。自分の気持ち次第で簡単にやめてしまう事が出来る。でも、それでも、やり続けたい。始めてみたいと思っている。
「それでも、やりたい…です」
「馬鹿なのね」
そう言って彼女は封筒を差し出した。何かと思って顔を見やると「どうぞ」とだけ言われた。
受け取り、封筒を開けるとそこには数枚の紙幣が入っている。
「貸してあげるわ。必ず返しに来なさい」
「え、待って、そんな…なんで」
「私、あなた達のパーティ嫌いだったのよ。碌な成果もあげずにヘラヘラと。…見ていないと思っているのかもしれないけれど私とフランは全パーティの代表者と引き受けているミッションを覚えているわ。知っている?フラン曰くあなたたちは穀潰しのトップクラスよ」
それだけ言うと彼女はまたカウンターに戻ってしまった。
私の手には紙幣が数枚。これで準備も出来る。本当は断るのが常識なんだろうけど、断ることは今のところ出来ない。大したミッションもこなさずに、しかも今までの報酬は6分配だ。貯金なんてないし、母様に送るお金だって減りつつあった。
きっとこれは最後の、“やり直し”だ。
私は慌ててカウンターへ駆け込み、前にいた人を押しのけて声をあげた。
「さ、さっきの!魔神の、貸して!」
「え、何…さっきの…」
金髪の女性が私を見て眉を寄せている。手元にはちょうど先ほど見た魔神討伐の詳細が書かれた案件の紙があった。ひったくるように取ると、一度会釈をして早足でその場を後にする。
魔神討伐で二千万、これが成功したら立て直しどころじゃない!きっと最高に再起復活出来る!むしろ前より良くなるに決まっている!
「ちょっと勝手に…!」
「大丈夫よ、フラン。無理なら帰って来るでしょう。それに、穀つぶしが減るかもしれない。少しの投資で上手くいく時もあるでしょう?」
「…何の話よ」
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ずっと使っているオンボロのリュックに必要最低限のものを詰め込んでいく。
腰には暫く使っていなかった双剣をかけた。
こうした準備は何度もしているのに何だか今日は緊張する。でも悪い気分じゃない。
私は一通り準備を終えると山の近くまで行くという今にも止まりそうな小汚い列車に乗り込んだ。
人は誰も乗っていない。そわそわしながら座席に座り、ぼんやりと窓の外を見やる。
早いうちに行った方が良い。どうせ山は何日もかけないと登れない。それに、あまり長く考えているとやっぱりやめようかな、なんて考えになってしまうかもしれない。そんなのはダメだ。
「はあ…本当に行っちゃうんだなあ」
全部が独り言になってしまうのが少し空しいけど仕方ない。前だって同じようなものだった。
数時間して列車が止まり、下りて30分ほど歩くと1つの村があった。
そう言えば受付嬢の1人が魔神はその土地を支配していると言っていた。この村は何か被害にはあっているのだろうか。
村の入り口には古くなった木の看板がかかっている。文字は掠れて読めない。
私は少し考えてから村に入ることに決めた。魔神がどんなものか知っているかもしれない。
人気はないが、木造の家がちらほら見える。
奥に進むと、店か何かをやっているのだろう、汚れた縦長のテーブルに果物を並べている女性が見えた。
「あの、…ええっと…」
「……誰ですか?」
腐りかけた林檎を片手に振り返ったのは若い女性だった。
服がやや汚れていて美人なのにもったいないとふと思った。
「え、あの…私、カバデラ山を登ろうと思って…」
「自殺志願者ですか?」
「い、いや違う!…山の上に、その…魔神がいるって…聞いて…えー、つまり…」
言ってしまえ!1人で魔神討伐しに来ましたって!
心の中ではそう自信満々に言い切ったところだけど、彼女の疑いと冷たいまなざしに早くも心が折れそうになる。
「魔神。…はい、います」
「えっ、あ…そうなんだ…」
彼女は魔神という言葉を聞くと再び果実を並べながら話し始めた。
「あの山には魔神が住んでいる。だから私たちの村は水が枯れて作物はとれない。子供が病気で倒れるし、大人は仕事を失って隣の町に行っている」
「それ、全部魔神のせいなの…?」
「ええ、勇者様がそう仰っていたわ」
「勇者様……」
セージみたいなやつじゃないだろうな。勇者と聞くと嫌なイメージがついてしまった。これは良くない。
「その勇者様はどこに…」
「さあ、もう別の場所へ行かれたんじゃないかしら。あの山は振り落とす山だから」
「なに、その…振り落とすって…」
「1人になるまで振り落とされる。仲間を失いたくないと途中で下山されたそうよ。仲間思いの、素敵な勇者様…」
希望の失せた目でそう呟く姿は見ていていいものじゃない。
そんな事、思っちゃいないのだろう。だってそれはパーティ側の気持ちであって彼女たちの気持ちじゃない。
「…魔神って、どんな人なんだろう。知っている?」
「…さあ?私たちはいつも見下ろされているから分からないわ」
「そう…、だよね」
だから人気がないのか。私は向かいの空を見上げた。
遠くに見える山、きっとあれがカバデラ山だ。霧に包まれていてよく見えないけど。
「ところで、あなたはどうして此処へ?」
「えっ、いや…話の流れの通り、魔神を…ええっと…」
「魔神を、何?」
「たお、…しに来ました」
すると彼女は顔を上げて怪訝そうに私の後ろを見ている。
「他のお仲間さんたちは?」
「……私、1人です…」
「…そういう冗談、嫌いだわ」
はあ、とため息を吐かれてしまった。
「私たちは生きる事さえ苦しい!なのに他所からきて、からかいにきたの?!最低ね!」
地面に林檎が勢いよく叩きつけられる。
思わずびくっと肩を揺らし、崩れた林檎を見つめる。彼女は足早に店の中へと戻ってしまった。
「………どうしよう」
もの凄くテンションが下がった。これから頑張れないかもしれない。
少しでも期待して欲しかったなんて甘い考えだろうか。頑張って、なんて声をかけてくれたら…そんな事を考えていた自分がいた。
私は落ちた林檎を拾い、土を払った。赤黒い林檎。そこに映るのは情けない顔をした自分だ。碌な表情じゃない。
でも、このまま帰るわけにはいかない。無理でも何でもとりあえず山頂まで行かないと何も始まらない。
心まで荒んだままでは、彼女だって可哀想だ。
「…よし、行くか」
林檎を籠に戻し、その場を後にした。
この静かな村に活気が戻ったら、きっと私も心から笑えるだろう。
私はもう一度雲がかった山を見上げ、足を進めていった。