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さよならを言えた日  作者: 白福あずき
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私が生まれた日


1997年春


私は岐阜のとある田舎町で生まれた。


産まれる直前まで母に付き添っていた父が、会社に顔を出してくると席を外して間もなく『私』は母のお腹から出てきたそうだ。


だから私を1番最初に見たのは父ではなく、母の昔からの友人だった。



私が生まれるまでは父と母、後に私の兄となる2人の息子と父方の祖父母の4人暮らしだった。


初めての女の子に家族は大喜びだったそうだ。


初めて喋った言葉は、私を目に入れても痛くないほどに溺愛していた「パパ」ではなく「ママ」だったそうだ。


父はさぞかし残念だっただろう。


いや、もしかしたらそれよりも初めて言葉を話した事に喜んでいたのかもしれない。



私はもちろん当時のことは覚えていない。


家の階段から落ちたことや、夜1人でトイレに行ったところを兄に驚かされて泣いたことは覚えている。


それはもう保育園の頃だったかもしれない。



私が住んでいた町は本当に小くて、保育園は町に2つあったが幼稚園は1つだけだった。


そして小学校、中学校と変わらない顔ぶれ。

田舎ゆえ、生徒数も決して多くはなかった。


川に囲まれた小さな町。

バスは2時間に1本あれば良い方。

電車なんてものは通ってすらいない。



そんな田舎町で私はなに不自由なく暮らしていた。





小学生の頃、移動手段は自転車。


友達と必死にペダルを漕いで町の端っこまで旅をした。

車で数分のその距離は、子どもの私からすれば日本を横断した気分だった。



夕方の5時になったことを告げる音楽を聞いて、慌てて帰路についたことも覚えている。


でも遊ぶのに夢中になって、音楽が聞こえず帰りが遅くなった日はこっぴどく母に怒られた。





中学生の頃、隣町に大きなショッピングモールができた。


友達と自転車を漕いで、堤防を登って降って、見慣れない道を進んでそこへ向かった日はまるで冒険している気分だった。



中学生になって好きな人もできた。

母にも父にも恥ずかしくて言えなかった。


町で行われる、小さな小さなお祭りに彼がいないかと友達とドキドキしながら参加した。



最後にそのお祭りに参加したのはいつだったか。


高校2年生の頃だっただろうか。


急に懐かしくなって、保育園からの友人と浴衣を着て参加した。


昔より屋台が出ていたが、やっぱり規模は小さくて変わってないなと、なんだか懐かしくなった。



それからおよそ1年後、私は大きな決断をする。


この田舎町からでる決断を。




生まれてからずっとこのまちに住んでいた。


町が少しずつ変わっていくのをこの目で見てきた。

ずっと、ずっと見てきた。



でも変わっていったのは町ではなく、私だったのかもしれない。


少しだけ外の世界を見て見たくて、少しだけ外の世界で暮らしたかった。


少しだけ背伸びをしてみたかった。



そんなことを考えた高校2年生の冬。


決断する時はすぐそばまで近づいていた。




生まれた時から父と母、2人の兄とずっと一緒だった。


いっぱい喧嘩もした。

家に帰りたくない日だってあった。


それでも最後は笑って、みんなでご飯を食べた。



笑って、泣いて、笑って。

怒って、怒られて、また笑って。



そんなありふれた毎日が、本当は何よりも幸せなものだと気付いたのは19歳の夏。

父と過ごした最後のひと夏だった。



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