いつもの事
「あのさぁ」
一番聞きたくない言葉だった。
「要らないんだよ」
何が、だなんて愚問だ。それには主語がなくとも伝わるものが在るからである。
この人が指している"要らない"というのは当然の事、私だ。彼女は私を玩具だと思っている。
どこかの誰かと体を重ねて自分を産み、そして飽きが来たらこうして私にやつ当たる。
今だってそうだ。
こうして気に入らない事があれば私を使ってストレスを発散する。もうこれにも随分慣れてしまい、今や生活の一部だ。
呆れ返る。これが自分の母親だなんて思いたくもない程に。
ふう、と息を吐くと頭に血が昇っている彼女はそれを見て、更に顔を赤くする。そして大声で喚き散らすのだ。どっちが子供やら。
この人に期待するものはなにもない。
地位も名誉も、何もかも棄てて惨めにドブの水を煤って生きているのだ。
何十、何百と男を喰って金に媚び。
そんな母の自尊心を回復させるために私は此処に在るのだ、と自覚したのは最近のこと。
なんせまだ10年しか生きていないのでこの行為の理解に苦しむのだ。
こんなもの無駄でしか無い。そんなことをしてる暇があるなら職を探せばいいものを。
しかし此方は食べさせて貰っている身、そんな事をほざけばまた母の怒りを買い、更には鉄拳も頂いてしまうことだろう。
頭が空っぽな母なりの生き方なのであろう。
プライドや自尊心を棄て、それでも無様に地を這いずり生きようとする。
まぁそれも素晴らしいと言えばそうであろう。
最も、私はそんな生き方は御免だが。
憐れむ様に彼女を見る。それは同情では無く昔からの癖だ。この人のせいでこの癖がついてしまったのだ、どうにかして貰いたい。
顔は良いせいか昔から顔のみ無傷。
殴られる、という行為が日常茶飯事の私には彼女が死んだこの世界はどうにも退屈で、自分を見失いそうになる。
ああ、暇だ。
痣だらけの体を摩れば机を支えに立ち上がり、担任に何時も通り「体調が悪いので保健室行っていいですか」と伝える。
そう、何時も通り。今の私にはこれが日常。
担任の呆れた表情を横目に、狭く息苦しい教室を出る。
今日もまた、何も無かった。