突然の不幸
一人の少年が道路へ駆け出す。
彼は、バスケットボールを抱えながら、友達との約束に間に合うように急いで集合場所へ向かっていたのだ。
キキッ‼ と、自動車が急ブレーキをかける音がする。目の前に飛び込んできた少年に気づいた自動車の運転手は慌ててブレーキを踏んだが、間に合わない。少年も、その時初めて事態に気が付くが、そのままつまずいて転んでしまった。
そのとき道路へ飛び込んだ一人の男性がいた。
彼は少年を抱え込みながら自動車を避けようとする。
しかし、自動車は男性の下半身を直撃し、男性は少年と一緒に吹き飛ばされた。
男性はしっかりと少年を抱いたままゴロゴロと転がる。そして転がった先で男性はコンクリートの壁に頭を強くぶつけた。
俺は、後悔することが何よりも嫌だ。
親友の苦しみに気付きながらも親友を救えなかった俺は、もう二度と後悔したくないと心の底から思った。
だから助けられる子供を助けずに一生後悔するなんて嫌だったのだろう。
頭に走る衝撃と真っ暗になって消える俺の世界、記憶の中で俺の冗談に爆笑する親友の顔、そして、灯の狂ったように泣き叫ぶ声を俺は忘れられない。
――――???――――
ここはどこだ。
この俺、中谷照幸は目を開けて辺りを見回した。
辺り一面の黄色の花畑。
何故だか分からないが、ここには人が沢山いる。更に不思議なことに、皆が楽しそうな笑みを浮かべているのだ。意味が分からない。一体何がそんなに楽しいんだろう。
それにしても、これは夢なのか? にしては鮮明過ぎる。
「あの……」
急に後ろから誰かに声を掛けられた。後ろを振り向くと、いかにも爽やかな感じの青年がいた。
「あなたは今来たばかりの人ですよね」
「は?」
どういうことだ。こいつは何を言っている?
「やはりすぐには状況を受け入れられませんよね」
ますますわからなくなってきた。なんなんだよマジで。そもそも俺はさっきまで何してたんだっけ…………。
俺は確か婚約をした彼女と街を歩いていた。
そうだ。俺の彼女の灯の両親のところに行って、そして俺達は遂に認めてもらったんだった。今までは反対されていたけれど、今日は確かに認めてもらった。
「灯をよろしく頼む」
お義父さんの真剣な眼差しに、俺も真剣に頷いた。
俺にとっても灯にとっても最高の日だった。
その後は、いつものスーパーに寄って、そして―――そうだ。目の前で道路に飛び出した子供が車に轢かれそうになって、その後は――――。
目の前の青年は、とても親切そうな目をしていた。本当にこの世の人間なのかと思ってしまうくらいだ。
――――?????――――
まさか、いや、あり得ない。さっきまで普通に生活していたんだから。
ここは、まさか――――。
俺の脳裏にはある言葉が思い浮かんだ。
『天国』、もしくは『極楽』。
そんなの信じたくない。
そんな筈はない。
違う。違う、違う違う違う。
すると親切な青年は俺にこう言った。
少し暗い表情をして。
「残念ですが、あなたはもう、お亡くなりになられました」
現実は残酷だった。神様なんて本当にいるのか。だったら何で助けてくれなかったんだ。
神様のいるであろう『この』世で、俺は絶望の絶望の底に叩きつけられた。