こんな夢を観た「かかし…」
幼なじみの桑田孝夫と、村へ戻る山道を歩いている。
「早く帰らないと、日が暮れちゃうね」わたしは辺りを見回しながら言った。
村まではざっと5キロほど。へんぴな田舎なので、人の家どころか街灯の1本も立っていない。夜ともなれば、鼻をつままれてもわからないような闇に包まれる。
「大丈夫だって。天狗山のてっぺんに、今やっと太陽が触れたところじゃねえか。村に夕日が射す風景を見ながらの到着だろうよ」
笹川隧道に差しかかる。50メートルばかりのトンネルだったが、手掘りの跡が妙に生々しく、昼間でもあまり通りたくない場所だった。
「昔、ここで工事をしていた村の衆が、落盤で何人も亡くなったってよ」桑田は、わざと声を殺してそんなことを言う。
「し、知ってるよ、そんな話。うちのおじいちゃんから何度も聞いたし」強がっては見せるけれど、本当は怖くて仕方がなかった。
「じゃあ、これは知ってたか?」トンネルの中で、桑田のヒソヒソ話が気味悪く反響する。「もう二度と事故が起こりませんようにって、村の長老の孫娘、確かまだ3つか4つだったらしいが、その子を人柱にしたんだぜ」
「え、それほんと?」わたしはぞくっと寒気がした。
「ああ、ほんとさ。誰も口をつぐんで話そうとはしないがな。西の畑の小五郎、奴はその長老のひ孫だろ? あいつから、直接聞いたんだから、間違いねえよ」
わたし達の足音に混ざって、もう1人、誰かがついてくる気配がした。
「ねえ、桑田。後から誰か来てない?」わたし自身は振り返るのが恐ろしく、正面のトンネル出口だけをじっと睨みながら言う。
桑田は振り返った。
「薄暗くてよくわからねえけど、誰もいないようだぞ。おれ達の靴の音がこだまして、そんな気がしたんじゃねえのか?」そう言って笑う。
トンネルから出る直前、桑田が何気ない口調で言った。
「でな、さっき言った人柱ってな、ほれ、そのトンネルの脇に」
思わず目をやると、赤いちゃんちゃんこを着た小さな女の子が、もの悲しく立っているように見えた。
「わあっ!」わたしが叫び声を発すると、桑田はそれを見て大笑いする。
「どうした、何か見えたのか?」
もう1度見てみると、ヒガンバナが1輪、風に揺れているばかりだった。
「もうっ、桑田が変なことを言うからっ!」ほっとすると同時に腹が立ってくる。
その時、また足音を聞いた。今度は間違えようもない。
「聞こえた?」わたしは桑田にそう言う。
「ああ、草履のような音だったな」桑田も真顔でうなずいた。
暗いトンネルを透かしてみると、向こう側から差し込む赤い陽に滲むようにして、ぼーっと人影が見える。
「人か?」と桑田。
「それにしちゃ、背が高いよね」わたしは生唾を飲み込む。
足を重そうに引きながら、ゆっくりとこちらへやって来る。刈り終えた稲束でも引きずるような、ずりっ、ずりっ、という乾いた音を立てながら。
光が届くところまで近づいて、ぼんやりと顔が照らされる。わたし達はようやく、それが誰だかわかった。
いや、誰と言うより、「何」というべきか。
「おい、ありゃ増田さんとこの畑のかかしじゃねえか」ギョッとしたように桑田がささやく。
「何で、かかしが1人で歩いてるのっ?」無意識のうちに、桑田の手を探って握りしめていた。
「やばそうだ、逃げるぞっ」桑田が走りだす。手を握っているわたしも、引っ張られるようにして駆け出していた。
トウモロコシ畑を越えればもう村が見える、そんな丘までやって来て、わたし達はハアハアと息を切らしながら止まった。
「さっきのあれ、かかしだったよね」わたしは喘ぎながら言う。たった今、自分で見てきたばかりなのに、とても信じられなかった。
桑田は黙って突っ立ったっている。
「どうしたのさ、桑田。何とか言ったら――」
夕日に照らされて真っ赤に染まったかかしが、わたしをじっと見下ろしていた。




