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子猫転生  作者: ニャンコ先生
第ニャー部 下巻
55/57

怠惰な襲撃の一日後日談編 その一

おまけの話です

だらだら続きます


この第ニャー章のまとめでもあります。


12000字ちょいと、ちょっと長くなってしまいました。

次の話は短くなりそうです。


 久しぶりに念入りな健康チェックをほどこされ、健康体だと太鼓判をいただいた次の日のことだ。


 猫勝負とかいうわけの分からない試合に参加するため、僕は子猫の姿のまま家を出る。




 昨晩ハチクツくんは家まで付いてきて、そのまま泊まっていった。

 今のところ特定の飼い主はいないらしく、このままうちの子になりそうだ。


 そのハチクツくんだが、今朝もニャルミからブラッシングを満足そうに受けていた。

 僕の猫ハーレムが順調に形成されつつあるようだ。






 さて今朝、猫集会は開かれないようだ。


 集会場に他の猫達が来ている気配はない。

 ニャロリーヌの襲来で、みんな懲りたのだろうか。




 そんなことを考えているうちに、例の訓練場に到着する。

 分かっていたことだが、そこにはニャロリーヌが待ちかまえていた。






「おそいよー。今日は誰も来ないのかと心配しちゃったじゃない」


「ニャー」

 しばらくみんな来ないかもしれませんよ。

 それより、どうせ僕の身体が目当てなんでしょう?

 あんなことやこんなことをする気満々だって分かってます。

 ですから、さっさとすませちゃってください。

 その間、僕はお空の雲の数でも数えています。

 それで他の猫達の被害が減るのなら、お安いものです。

 つらいことですが、みんなのために僕はよろこんで犠牲になりましょう。


「うんうん、来てくれてありがとう。

 でも今日は時間もあまりないから遊ぶのはまた後でね。ごめんね」


「ニャー」

 あれ、今日は何もしないのですか。

 期待してたわけじゃないんですが、何もされないのは少しさびしいです。

 本当に何もしないんですか?

 肉球とかさわってもいいんですよ?

 なんなら甘噛みとかしましょうか?

 ちょ、ちょっとだけならサービスしてあげちゃんだからねっ!


「うんうん、あのね、今日は子猫ちゃんにお願いがあるの。

 一緒に来て欲しいところがあるんだ」


「ニャ?」

 あれ? 何もしないの?

 僕のお腹に顔面をうずめてスーハースーハー匂いをかいで体中あちこちまさぐったりしないの?

 肉球をぷよぷよもみまくったり、しっぽをごしごしこすったり、ひげを一本一本指でなぞって数えたりしないの?



 僕の決意とは裏腹に、何故かニャロリーヌは近寄ってこない。

 それどころか座りこんで視線を逸らし、敵意がないことをアピールしている。



 無理やりかまわれるのは嫌いだが、全く相手にされないというのも面白くない。

 それは猫として当然の心理。


 イタズラされるのは嫌だけど、ちょっとだけならいいんだよ?




 僕は何が起きても驚かないように心を決め、おそるおそるニャロリーヌに近寄っていく。


 だがニャロリーヌは僕が近づいても何もしない。


 しょうがないニャー。時間もないし、今回だけだよ?


 僕はニャロリーヌの膝によじのぼる。



「すごい、本当に来てくれた! ニーオお兄さまのおっしゃったとおりだ!」


「ニャー」

 え? ニーオがなんだって?



 ニャロリーヌは嬉しそうに笑うと、僕を抱き上げ用意してあったバスケットに入れた。

 やわらかな布がしかれていて、なかなかに居心地のよい場所だ。


 そのままバスケットごと僕をしっかりと抱えると、揺れないように歩き出す。


 昨日のあの惨劇と比べると、とても穏やかだ。

 話し方さえも気を使っているようで、僕をびっくりさせないようにしているのが分かる。



「昨日は乱暴にしちゃってごめんね。

 あの後ニーオお兄さまから、猫さんの扱い方について基本を教えてもらったの。

 それでやっと猫さんたちが逃げていく理由が分かったわ。

 猫さんたちに好かれようとしてたのに、わたしは逆のことをやっていたのね。

 ショックだったわ。

 あなたはまだ子猫だから、警戒心が薄いのね。

 もう嫌がるようなことはしないから、わたしのこと嫌いにならないでね」




 ニャロリーヌは大きな溜め息をついた。


 そうだったのか。


 ニーオ、ありがとう。

 言いにくかったことを伝えてくれたんだね。

 損な役回りだが、いつかは誰かがやらなければいけないことだった。


 ニーオはいいやつだな。色々な意味で助かったよ。



 とはいえニーオにばかり酷な仕事をまかせるのも良くないな。

 あとで僕からもニャロリーヌに助言をしてやろう。


 猫への接し方がだいぶ改善されたが、まだまだ甘い。


 子猫直伝で猫の気持ちを伝授してあげれば、いつの日か猫まみれになることも夢ではないはずだ。




 ところで些細なことだけど、昨日ニャロリーヌはニーオのことを『兄上』と呼んでいた気がする。


 それが今朝は『ニーオお兄さま』になった。

 もしかしたら誰かさんの真似だろうか。


 しかしニーオお兄さまって、なんだか回文みたいで言い辛そうだな。






 そうこうしている間に会場に到着した。

 学園のグラウンドだ。


 会場には、既にたくさんの人が集まっている。


 ほとんどは学生だが、兵士達やメイドさんたちなど大人もまじっているようだ。


 屋台が何軒も出ている。まるでお祭のようだ。

 焼きとうもろこしやら駄菓子やら焼肉やら、おいしそうな匂いが漂ってくる。


 それを朝食代わりにみんなウニャウニャと食べているようだ。

 いいなあ。マグロの切り身とかあれば是非いただきたい。



 でもねえ、こんな大規模な催し事になってしまって大丈夫なのかな。


 言っちゃなんだけど、メインとなる猫勝負はとてもショボそうだぞ!

 あまりハードル高くしても、猫はわざわざ飛び越えたりしないよ!

 期待はずれだとか言われても困るよ!




 僕らは出場者席に案内された。

 大き目のテントが三つ張られ、テーブルと椅子が用意されている。

 ここでしばらく待つことになったようだ。


 僕はニャロリーヌの膝の上に置かれて、そっと背中を撫でられる。



 会場にはたくさんの猫も集まっていた。

 おいしそうな匂いにつられてやってきたらしい。


 だが僕らの周りに猫は近寄ってこない。

 僕が持つ猫ハーレムパワーは、ニャロリーヌがいるために中和されているようだ。

 十メートルほど距離をおいて、僕らの様子をそれとなく見守っている。


 ニャロリーヌは他の猫たちとも遊びたさそうだが、追い回したりせずじっと待つことにしたようだ。


 うんうん。

 そうやっておとなしくしていれば、そのうち猫達の警戒も解けるかもしれないよ。


 僕も香箱を組んで静かにしていることにした。




 それにしても何故こんなに人が集まったのだろうか。

 娯楽の少ないこの学園で、こういうイベント需要が高いということだろうか。


 その理由を探るため、僕は聞き耳を立てる。



 すると断片的な情報が次々と入ってくる。



「……猫勝負楽しみだね。どっちに……」

「……朝からお肉とか、よく入る……」

「……今日も回収作業でしょ? しっかり食べなきゃ……」



 ふむふむ。なるほど。



 程なくして、だいたいの事情が分かった。



 まず、昨日だけでは魔物の回収作業が終わらなかったようだ。


 だがよく考えればそれも当然のことだ。

 むしろあれだけ大量の魔物がいたのだから、一日で終わったらびっくりだ。

 そんなわけで、今日も引き続き作業を続けるのだという。



 そしてこの集会は、回収作業の激励会とか壮行会のような位置づけになるらしい。


 屋台が全部タダで食べ放題!

 その代わり、今日もお仕事がんばろう!

 そんな意味がこめられているらしい。



 だけど食べ放題だけではグダグダになる。


 作業は意外と大変だから、何か催し物でもやって士気を高めたい。

 お偉いさんのスピーチもいいけれど、ストレス発散になるような娯楽もほしい。

 もちろん作業前なので、過度に興奮するようなものではなく、手ごろな娯楽。




 そんな都合の良い娯楽、知りませんか?




 この集会の主催は生徒会だ。


 副会長のニャーフック先輩は、昨日の一件を知っていたらしい。

 せっかく猫勝負をやるのなら、都合よく利用したいと考えたようだ。

 司会と審判をニャーフック先輩が受け持つということで、話がまとまったらしい。




 でもこれだけは言わせてほしい!


 猫勝負って、おそらくそれほど面白いものじゃないよ?!

 士気を高めるどころか、反対の効果になるんじゃないかと心配だよ!

 まあ今さらそれを言っても、何もはじまらないんだけどね……。





「明日も授業はお休みになるって噂だにゃ」

「そっかー、じゃあ明日は学園をあちこち冒険したいにゃ」



 猫耳の少女二人がそんな話をしながら通り過ぎていった。

 クリームとフルーツたっぷりのクレープ包みのお菓子を食べている。


 それをちらりと見たニャロリーヌが、うらやましそうな顔をして溜め息をついた。

 彼女はこの集会で主役の一人だから、あちこち見て回れないらしい。

 ひたすら待機するのが、彼女の今の仕事だ。




 今度は向かいから、猫耳の少年二人が歩いてくる。


 香ばしいソースがかかったたこ焼きのような物を持っている。

 それを二人で分け合いながら、楽しそうに笑いあっている。


 ニャロリーヌのおなかが小さく、くぅと鳴いた。

 それをごまかすように、僕の背中をそっと撫でる。


 食べ歩きは楽しそうだもんね。気持ちは分かるよ。




 そうやって出場者席で待っていると、やがてニャーフック先輩がやって来た。


「おはよう。元気かい」

「おはようございます。はい、猫ちゃんも元気です」

「ほう……子猫ちゃんなんだ。すごく可愛いね。三毛の毛並みがとても綺麗だな。

 ところで朝食まだでしょう? はい、これ差し入れだよ。

 それから子猫ちゃんにも」

「ありがとうございます」


「ニャーン」

 この匂いは期待していいのかな? ありがとうございますニャー。



 期待して見ていると、テーブルの上に屋台で買ってきたらしい品々が並べられる。



 その中に先ほどのクレープのお菓子をみつけると、ニャロリーヌがとろけるような笑顔を見せた。




「子猫ちゃんもおいで。ご飯だよ」


 僕は誘われるまま、ニャロリーヌの膝の上からテーブルによじ登る。

 すると僕の前にもお水とご飯が用意された。


 真ん中にマッグーロのおさしみ。

 その周囲に鳥のささみと卵黄の玉子焼きにカツオブシをかけたものが規則正しく並べられている。


 二人の話し振りによると、玉子焼きが卵黄のみなのは猫たちのためにわざわざそうしているらしい。

 その余りの卵白で、お菓子作りをしているのだそうだ。

 おいしければ僕は何でもいいんだけどね。


 僕は二人に見守られたポジションで安心してご飯をいただく。

 時々顔を上げて二人を見ると、「うんうんお食べ」と笑顔でうなずいてくれる。




 二人はしばらく雑談しながら、軽食を取っている。




 会話に混じれない僕は、程なくして食べ終わってしまった。

 そうなると退屈なものだ。


 そういえば、ニャルミはどうしたかな。


 僕は気配を探ってみる。


 すぐにニャルミはみつかった。

 本部をはさんだ反対側のテントに来ていたようだ。


 どうやらあちら側がニャルミ陣営らしい。


 どちらも陣営というほど、たいしたものじゃないけどね。


 あちら側は、ニャルミ、ニーオ、それから猫のハチクツくんもいるようだ。

 こちら側は、ニャロリーヌ、ニャーフック先輩、そして子猫の僕。


 ん? ニーオとニャーフック先輩を入れ替えた方が、自然じゃないかな。

 ニャーフック先輩とニャロリーヌって、あまり接点がなさそうだからね。



 一瞬そう思ったけれど、すぐに僕は考え直した。


 ニャーフック先輩は、審判もすることになっている。

 だからそれを考慮して、こういう割り当てにしたのだろう。

 先輩がニャルミとばかり親しいと、いろいろと勘繰られかねないからね。



 ニャロリーヌはそんなことには無頓着で、先輩と楽しげにご飯を食べている。

 神託のお告げどおり、どうせ勝てるだろうと確信してるみたいだ。


 まあいいか。

 それにしても暇だ。ちょっと二人にちょっかいかけてやれ。


 ニャーン。






 食事が終わり、観客のみんなのおなかもふくれてきた頃、「そろそろ時間だ」とニャーフック先輩が立ち上がる。


 僕はニャロリーヌに近寄って、「なになに? なにかやるの?」という感じでわざとらしく小首をかしげてみる。

 ニャロリーヌはうんうんうなずいて、僕をバスケットの中へとしまった。




 試合会場であるグラウンド中央へと歩いていくと、いよいよ始まるのかとみんなの注目を集まってくる。




 僕はバスケットの中から、周囲の様子を探る。


 そのとき、ふとニャーフック先輩がつぶやいた。



「生徒会長も来てるね」



 そういえば生徒会長って、いまだに見たことがなかったな。

 どんな人なのだろう。


 ニャーフック先輩はテントの方をながめているようだ。

 そちらに目をやると、ちょうどこちらに向かってニャルミが歩き始めている。



 僕は運営本部らしきテントに意識を集中する。


 だが、人がいっぱいいて特定は難しそうだ。

 残念、もう少し早ければ分かったかも知れない。



「そういえば生徒会長ってどんな方なんですか?」


 僕の疑問を代弁するように、ニャロリーヌがそうたずねた。


「え、知らないとは言わせないよ?

 入学式でも……。

 ああ、きみはサボったんだったね。

 それなら、その罰ということで秘密にしておこう」

「えー、そんな意地悪しないでくださいよー」

「だめだめ。これに懲りたら学園行事には積極的に参加するように」

「うにゃー」



 うにゃー!

 僕も入学式に参加してたんだけど、分からなかったよ!

 式の間中ずっと魔力探知を使って転生者探しをしていたので、何があったか覚えていないってこともあるけど。



 ……あ、でも、ひょっとして。


 僕は昨日のニーオの話を思い出していた。

 確か生徒会長になる条件がどうのこうのと言っていたな。


 そこから推理すると、もしかして生徒会長とは……。






 暇をもてあました僕がそんな推理をしていると、ニャルミが到着した。

 僕のことをちらりと見てから、ニャーフック先輩に挨拶をする。



「おはようございます、ニャーフック先輩」

「おはよう、よく眠れたかい」



 ハチクツくんはニャルミについてこなかったようだ。


 おそらくニャロリーヌを警戒しているのだろう。

 テントの中からこちらの様子をうかがっている。


 ニーオもさすがに本会場まではついてこないらしく、ハチクツくんとともにこちらを見守っている。


 そのニーオは、ハチクツくんをやさしく撫でて幸せそうな顔を浮かべている。


 ハチクツくんは誰にも身体をさわらせないとかいう噂があったよね?

 一体これで何人目なんだ。やはり噂は噂でしかないのか。

 それともニャロリーヌのおかげで耐性でもついたのだろうか。




「昨日はすごい活躍だったね。

 さすがはニャルカ先輩の妹さんだ。

 ところで。例の返事をそろそろいただけないかな」


「生徒会執行部のお手伝いをさせていただくという話ですね。

 微力ながら、やらせていただきたいと思います」


「おお、それは助かるよ。じゃあ後で詳しく話をさせてくれ」



 二人の会話を聞いて、僕はニーオの話を再び思い出していた。


 生徒会長になるための条件を、ニャルミは既にクリアした

 その上、昨日の戦闘であれだけの活躍っぷりをみせた。


 おそらく将来の生徒会長として、誰もが認めてくれるだろう。


 それにニャルミ本人も、その気なのだ。

 だってニャルミは、生徒会長になるのが夢なのだ。

 ニャルミはお姉ちゃんの後をおいかけるのが好きなのだ。


 可能ならば今すぐにでも生徒会長に……。


 いや、それは僕の思い込みかな。

 ニャルミの気持ちは、ニャルミ本人にしか分からんからね。



「それじゃちょっと準備があるから、二人とも少しだけ待っていてくれ」



 ニャーフック先輩は本部テントへと向かっていった。

 おそらく開始前の最終確認だろう。



 そしてこの場には、ニャルミとニャロリーヌ、そして僕だけが残される。


 ニャロリーヌはこの時を待っていたのか、小さな声でニャルミにささやく。



「ニャルミお姉さま。

 今更こんなことを言うのもどうかと思いますが、こんな試合は中止にしませんか。

 結果の分かっていることなんて、無意味です。

 お姉さまの名声に傷をつけるだけにすぎません。

 もしお望みなら、わたしから負けを認めて取り止めにしたいと思います」



 どうやらニャロリーヌは、昨日のニャルミの戦いぶりを見て心を入れ替えたらしい。

 ニャルミの真似をして『ニーオお兄さま』とか言っていたし、その言葉はどうやら本心からのものだろう。


 ニャルミはしばらく間をおいてから、ニャロリーヌの提案に答える。



「中止にはする必要はないわ。

 あなたは自ら望んだ試合ですら、望みの結果を得ることが出来ないのね」


「え……」



 ニャロリーヌの望み。

 それはニャルミの名誉が守られることなのだろう。

 あるいは彼女の神託能力の確かさを、ニャルミに認めてほしいのかもしれない。


 ニャルミが『ニャロリーヌは凄いね』とでも言えば、言葉どおりに勝負を中止にしたに違いない。

 ……まあこれだけ盛り上がってる会場で、イベントを取りやめるのは大変だろうけどね。


 だが、ニャルミの口から出た言葉は違っていたのだ。



「わたしは違うわ。

 わたしは、望みのものを手に入れられるのよ」


「そ、それはわたしが負けるというのですか!

 それは絶対にあり得ません!

 わたしの能力は絶対です!」



 ニャルミはもったいをつけるようにゆっくりと首を振る。

 そしてニャロリーヌをみつめて、言い聞かせるようにつぶやく。



「ニャロリーヌ、この世の中には、『絶対』なんてことはないわ。

 あなたは少し能力に頼りすぎているのよ」



 ニャルミが凄そうなことを言っている。


 けれどニャルミは、そもそも最初から負ける気なんだよね。

 負けてスケ番という汚名を返上することが、ニャルミの望みなのだ。


 ドラスケとかブラスケとか呼ばれるのは、何が何でも避けたいらしい。

 それだけの話なのだ。



「……分かりました。

 そこまでおっしゃるのなら、もう言うことはありません。

 この勝負、全力で戦わせていただきます」



 いやいや、全力も何もないよね?!

 単なる猫勝負だよね? 言うなれば僕の気分次第だよね?!


 気合とかそういうもので、どうにかなるものでもないよ!

 むしろ猫が警戒するから、気合とかはない方がいいよ!


 まあニャロリーヌがどうしようとも、結果は分かりきっているんだけど……。






 交渉が決裂したころ、ニャーフック先輩が何人か助手を引き連れて戻ってきた。

 テントの方では、何人もの人があわただしく動き始めている。



「はじめるよ」と先輩は僕達にささやき、二人がうなずく。



 ニャーフック先輩が、大声で叫ぶ。



「ご来場のみなさん、おまたせいたしました。

 これより猫勝負を開催いたします」



 にゃー!

 にゃーにゃー!!

 にゃーにゃーにゃー!!!



 会場が沸き立つ。


 みんな、何をやるのか分かっているんだろうか。

 猫がどっちへ行くのかを、ただ見守るだけだよ。

 あまり期待しないでね。頼みます。



 ニャーフック先輩の前口上が続く。



「……本日は五百名以上に集まっていただきました。ありがとうございます。

 それでは猫勝負開始前にルールの確認を行います」



 両者共に十メートルほど離れてにらみあう。

 その中間に僕を置く。


 開始の合図後、僕を呼ぶために二人で色々アピールする。

 呼びかけたり、猫じゃらしを振ったりする。


 そしてそのアピールにつられて、僕が向かった方が勝ち。


 非常にシンプルだ。


 反則や時間切れなどの細かい既定はない。

 規定はないが、審判の裁量に全てまかされる。




 以上。これだけ。



 本当にどうでも良い試合内容だが、何故かみんな盛り上がっている。



「……では条件の確認です。

 勝者には栄えある『スケ番』の座が贈られます。

 つまりニャルミさんが敗れた場合、スケ番の名を返上することになります。

 今後誰であろうとも、彼女をスケ番と呼ぶことは許されません

 猫勝負は神聖で絶対的なものです。

 両者ともその結果を受け入れることを、ここでもう一度宣誓してください」


「結果を受け入れます!」

「受け入れます!」



 ニャルミはウニャウニャと嬉しそうにうなずいている。


 ニャルミはドラスケだのブラスケだの呼ばれるの嫌がってたもんな。

 これで打ち合わせどおりニャロリーヌを勝たせれば、みんな幸せになれるのだ。



 まあいいか。茶番に付き合うよ。



 ニャーフック先輩の前口上が続く。



「えー、現在の勝ち猫投票状況は、ニャルミさんが七割近くの票を集めて圧倒的人気です。

 対するニャロリーヌさんは、三割とスロースタートです。

 ですが、この先まだどうなるかは分かりません。

 未投票の方がまだまだいらっしゃいます。

 見事予想を的中された方には、食券二枚がプレゼントされます。

 なお、外された方にも残念賞として食券二枚をプレゼント中です。

 試合をよりいっそう楽しんでいただくためにも、ご投票の方お願いいたします。

 さて、ここでお二人のプロフィールを紹介いたしたいと思います」




 おい、それじゃ賭けになってないよ! 健全すぎるよ。

 ……ってお祭りだから、それでいいのかな。



 ニャーフック先輩が、二人のプロフィールを読み上げている。



 その間、僕は助手さん達によって闘技場へと運ばれていった。

 丸く猫かれた印の上にニャンと置かれ、どさくさにまぎれて頭と背中と喉を撫でられた後、籠のようなものをかぶせられた。

 籠の中は薄暗く、外の様子が透けて見える。なかなか居心地がいい。




「それでは猫勝負をはじめます。

 この手を振り下ろすと同時に開始です」



 会場は静まり返る。

 籠の隙間から見ると、ニャーフック先輩が両手を挙げて待機中だ。


 しかしなかなか始まらない。


 いつ始まるのかと注意を集めて、場を盛り上げようとしているようだ。


 さっさとはじめて欲しいニャ! ためないでほしいニャ!


 ニャ……。


 ニャ……!



「試合開始!」



 ようやくその手が振り下ろされたようだ。

 同時に籠がゆっくりと持ち上げられ、視界がクリアになる。



「三毛にゃ!」

「子猫にゃ!」

「かわいいにゃ!」



 観客から一斉に感想の声が上がる。

 かわいい? 僕が? そんなこと知ってるよ?

 知ってるけど、もっと言ってくれてもいいんだよ!?



「試合中はお静かにお願いします!」



 ニャーフック先輩から観客に注意がされてしまった。

 試合は続行するようだ。

 僕としては別に良かったのだが……。



「猫ちゃーん、おいでー」

「おいでー、こっちだよー」



 ニャルミとニャロリーヌが僕を呼ぶ。




 僕はニャルミをちらりと見る。

 あまりやる気なさそうに、猫じゃらしをふりまわしている。


 僕はそちらに一歩踏み出す。


 途端に会場がにゃーっと沸き立つ。



 そこで僕は歩みを止める。


 力の限り猫じゃらしをふっていたニャロリーヌが、僕を呼ぶ。



「おいで! 子猫ちゃん!」



 その声に僕が振り向くと、会場にはため息がいくつも重なる。


 うーむ。ニャルミを応援している人が、かなり多いようだ。



 ……これ以上会場をやきもきさせる必要はないだろう。

 ニャロリーヌを勝たせるのはいいが、気を持たせすぎると僕が悪者にされかねない。


 僕はニャロリーヌのところへと走っていく。



「そこまで! 勝者! ニャロリーヌさん!」



 ニャーフック先輩が終了を告げた。


 とたんに会場はニャーとかウニャーとか騒がしくなる。


 終わったのだ。


 それにしても本当にショボい試合でした……。



「ん、これで終わりなのかにゃ?」

「もう終わりなのかにゃ?」

「あっけなさ過ぎるにゃ」

「猫勝負ってのはこういうもんだにゃ」

「そうだにゃ、これくらいさっぱり終わった方が後腐れなくていいんだにゃ」

「でもにゃー」

「にゃー」



 開始前に盛り上がりすぎたせいか、消化不良気味という感想がいくつか聞こえてくる。


 それも当然のことかもしれない。

 試合中静かにしていなくてはならないので、余計にウニャウニャがたまったのだろう。



 それに大多数の観客は、ドラゴンスレイニャーのニャルミに勝って欲しかったようだ。

 事前の投票とやらでも、ニャルミが人気だったからね。


 賞品は変わらぬとはいえ、一度投票してしまえば応援したくなるのは当然の心理だろう。





「では、勝利者インタビューです。

 ニャロリーヌさん、何かひとことお願いします」



 新聞部の腕章をつけた生徒が、ニャロリーヌにそう問いかけた。

 しかしニャロリーヌはそれに答えようとせず、ニャルミを見つめている。



「ニャロリーヌさん? 勝利の感想をどうぞ」



 再度の呼びかけで、ようやくニャロリーヌは口を開いた。

 だがその瞳には、ニャルミしか映っていないようだ。



「ともあれ、お姉さま。結果はこの通り、わたしの勝ちです。

 なぜ、どうして、負けると分かっていて試合に出たのですか。

 昨日のことで、ようやくお姉さまのことを尊敬できると思っていたのに残念です。

 正直、少し幻滅いたしました」



 それは勝利の感想というよりも、ニャルミへの詰問である。


 新聞部員は少し困った様子で、どうしたものかとニャルミの方へと身体を向ける。


 観客も様子がおかしいことに気が付いたようで、自然と僕らに注目が集まる。




「……そうだったの。

 これは言いたくなかったのだけれど、今回はあなたに勝たせてあげたのよ。

 あなたはわたしの手のひらの上で、肉球を探して踊っていただけなの。

 わたしはスケ番の名を返上したかった。

 だからあなたを利用させてもらった。それだけだったの。ごめんなさい」


「わ、わざと負けたとでも言うんですか!?」


「そうよ」


「そんなはずがありません!」


「でもそれが事実なの」


「事実も何もありません、結果はわたしが勝った。それだけです!」


「違うわ! そうだと言ったらそうなのよ!」


「ありえません! この子猫は、わたしの運命の猫なのですから!」



 二人の言い合いは激しさを増していく。

 やがてニャルミがこらえきれないように叫んだ。



「……言って聞かせるより、自分の目で確かめた方が早いでしょう。

 ニャスター! 二度回ってニャーと言いなさい!」



 ニャ!?

 なんだよそれ、そんなの打ち合わせになかったぞ。

 それに僕のことを本名で呼ぶんじゃないよ!


 ……まあそれだけニャルミも興奮しているって事か。

 それならおとなしく従っておいたほうが良さそうだ。



 僕はニャロリーヌの手の中からウニャッと抜け出て地面に降り立った。



 とたんに会場が沸き立つ。



「おおっと、これはどういうことでしょうか?!

 子猫ちゃんがニャルミさんの指示に従うのでしょうか?!

 二度回って、ニャーと言ってくれるのでしょうか!?

 もしも本当にそうなら、これは凄い事です!

 みなさん、お静かにお願いします!」




 僕は周りの注意が集まったのを確認し、ニャルミの指示通り動いてみせる。


 もちろん子猫として、したたかにやらせてもらったよ。

 わざとよちよち歩きでくるりと周り、一際高い声で「ニャーン」と鳴いてみせたのだ。



 それを見守っていたみんなから、自然と拍手が沸き起こった。


 拍手が鳴り止まぬ中、ニャルミは座り込んで僕を呼んだ。



「ニャスター、おいで」




 おいでと呼ばれてすぐさま向かうのは、猫としての矜持に反する気がする。


 だけど仕方ないニャー。

 さっきも試合中ニャロリーヌに呼ばれてまっしぐらに走ってしまったのだし、細かいことは気にしないでおくニャー。


 僕はニャルミのところへ頼りない足取りで歩いていく。

 ニャルミは僕を抱きかかえ、誇らしげに立ち上がる。



「ごめんなさい。このニャスターは、うちの猫なのよ。」



 とたんに会場が沸き立つ。



「どういうことなのにゃ? インチキだったってことかにゃ?!」

「いずれにしろ、ニャルミさんは負けだから条件を飲まなきゃいけないにゃ」

「そうだにゃ。猫勝負の結果は、神聖なのだにゃ。絶対守られないといけないにゃ」

「つまりそれほどまでにニャルミさんは、スケ番と呼ばれたくなかったんだにゃ」

「気持ちはわからんでもないにゃ。未来の生徒会長がスケ番では、色々こまるにゃ」

「そういうことなら仕方ないにゃ。わたしらも反省すべきだにゃ」




 観客の反応はニャルミに好意的だ。

 昨日ニャルミが大活躍したからということもあるのだろう。


 だけど万一のことを考え、ここいらで話の流れを切り替えた方がいいかな。

 インチキだって話が発展して、僕らが責められたら困る。


 ついでに僕の存在もアピールしておこう。

 僕は「ニャー」と鳴いてみる。


 そう鳴いたことで、みんなの注目は再び僕に集まり出した。



「そ、それより子猫に芸をしこめるなんて凄いにゃ」

「いやいや違うにゃ。あの子猫が凄いんだにゃ」

「それよりニャスターって、なんでお兄さんと一緒の名前なんだにゃ!?」

「わたしの推理だと、ブラコンだからだにゃ。

 それだけお兄さんのことが好きなんだにゃ」

「なるほどにゃー、それは説得力があるにゃ」



 会場がおさまりかけたその時、突然ニャロリーヌが叫んだ。



「こ、この前お姉さまのお家にお邪魔したとき、その子猫いなかったじゃないですか!」


「ああ、あの時は寝てたのよ。子猫だからいっぱい寝るの。

 うちにはニャスターちゃん用の道具が揃ってるわよ? なんなら見に来る?」


「……っ! その子猫ちゃんはわたしの運命の相手ですよ!」


「あなたにとってそうかもしれないけど、わたしにとってもそうなのよ。

 その答えじゃ不満かしら」


「ぐ、偶然よ! 認めませんわ!」


「……もう一度やってみせれば納得してもらえるかしら」


「や、やれるものなら、やってみせてください!」



 ニャルミは大きく溜め息をついた。


 観客も僕の雄姿を見たがっているようだ。



「もう一度みたいにゃ」

「もう一回やってほしいにゃ」

「ニャスターちゃん、がんばってにゃ」



 僕を地面におろし、やさしくなでながらニャルミは告げる。



「よし、じゃあまたやってみようね。

 今度は二度回ってニャーニャーって言ってみよう。できるかな?」



 調子にのったニャルミが、微妙にアレンジを加えてきた。


 だけどそれには従わないほうがいいな。

 あんまり賢すぎる子猫というのも考え物だ。


 利発すぎるのをアピールして、逆に気持ち悪がられたら困る。



「どうしたのかな? 二度回ってニャーニャーだよ?」



 僕は先ほどと同じようにくるくる回ってから、「ニャー」とだけ鳴いた。


 どうやらそれで正解だったようだ。

 みんなウニャウニャうなずいた後、何かを納得したように拍手をはじめた。



「本当に言葉が分かるのかと思ってびっくりしたにゃ」

「でも、うちの猫ちゃんは言葉分かってるけどにゃ」

「猫飼いはみんなそういうにゃ、聞き飽きたにゃ」

「そんなことよりニャスターちゃん、よくがんばったにゃ」

「うんうん、えらいにゃ」

「やっぱり子猫は子猫なんだにゃ」



 和やかにみんな僕らを見守っている。

 ニャロリーヌだけがひとり変な顔をしていた。


 しかしニャッと我に返り、つかつかとニャルミに歩み寄ると頭を下げて言った。



「まいりました。お姉さま。

 試合には勝たせてもらいましたが、勝負には負けたようです。

 先ほどは分もわきまえず、失礼なことを言ってしまいました。すいません」


「いいのよ。

 わたしこそニャロリーヌを利用させてもらうためとはいえ、煽るようなこと言っちゃったもの。

 ごめんね。おあいこ、ってことで許してね」


「いえ、そもそもわたしが反抗的な態度を取っていたのが悪いのです。

 お気になさらないでください」



 ニャロリーヌが再び頭を下げる。

 ニャルミは、ニャロリーヌの頭をそっと抱き寄せる。



「お姉さま……、実はお願いがあります」


「うんうん、何かな?」


「今度、お姉さまのおうちに遊びに行ってもいいですか?

 ニャスターちゃんに会いに行ってもいいですか?」



 そんな! やっぱり最初から僕の身体が目的だったんですね!?


 ニャルミは少し吹き出すように笑ってから答える。



「しょうがないにゃあ。いいわよ、いつでもいらっしゃい。

 ただし、いつでも会えるとは限らないわよ」


「お姉さま……、ありがとうございます」



 ニャルミとニャロリーヌは抱き合ったまま、二人ともにこやかで幸せそうだ。

 どうやら、和解が成立したらしい。


 僕も早く教頭先生と和解したいけど、抱き合うのはちょっと嫌だな。



 猫勝負に不満気味の観客も、ようやくこれで納得してくれたらしい。



「にゃるほどにゃ」

「ハッピーエンドにゃ」

「正義は勝つにゃ」




 よし!


 色々あったけれど、作業前のイベントとしてはなんとか合格じゃないのかな?






 だがそう安堵したのも束の間。


 不意にニャーフック副会長が叫んだ。



「さてお集まりの生徒諸君、お聞きください!

 お静かにお願いします!」



 今朝のメインイベントは、どうやら猫勝負ではなかったようだ。

 会場が静まると、副会長が話を続ける。



「先ほどの勝ち猫投票により、この会場に五百名以上の生徒が集まっていることを確認しました。

 これは生徒総数の三分の二以上に該当します。

 生徒会規約に基づき、ここに臨時生徒総会を開催します!

 同時に緊急動議を提出します!

 議題は、現生徒会長の解任と新生徒会長の選出についてです!」




 猫勝負の甘い余韻に包まれた会場で、突然のクーデターが始まった。




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