怠惰な襲撃の一日編 その十三
細かな打ち合わせを終えて屋上に戻ると、既に三十人の新入生部隊が集結していた。
全員の腕に色のついた布が巻かれている。
どうやらその色で部隊を識別するようだ。
『ブルー! 最後尾に後退!』
『全隊! 前進!』
『イエロー! 魔法準備!』
『レッド! 放て!』
先程からそんな号令が聞こえてくる。
冗長なやりとりにも思えたが、急ごしらえの戦隊なのでこれくらい分かりやすい方が良いのだろう。
『全隊! 急速離脱!』
時折そんな命令が出されると、全員大慌てで十メートルほど移動する。
それは万一の場合に備えた避難訓練だ。
号令は今のところその五種類だけだが、やってみると意外に難しいらしい。
傍目からも、どうにもスムーズに動けていないように見える。
人が多く密集しているために、一瞬のタイミングのずれが全体として大きな遅れになるためだろう。
安全だと強調されているためか、訓練には緊迫した様子がない。
むしろ全員、レクリエーションでもしているかのように楽しんでいる。
しかしふざけた行動を取る子はいない。
みんなきちんと指示に従っている。
それはおそらく『俺達は選抜されたエリートだ』という意識があるためだろう。
さてその攻撃隊三十名だが、上位二クラスから五名ずつ、他の六クラスからは三名ずつが選ばれている。
僕らのクラスからは二名と少ないが、実力を考えれば参加させてもらえるだけでも光栄だろう。
ちなみにその二名はニャロリーヌと、えーと、ナントカくんだ。
二人ともまだ自分の隊名を覚えられなくて、腕に巻かれた布の色を何度も確認している。
それも仕方がないだろう。
いわゆる、頭では分かっているが身体が反応しない、ってやつだ。
何度も練習して、なじませるしかない。
屋上にはこの三十名の他に、特別に見学を許可された者達が何十人も来ている。
ほとんどが僕とニャルミのクラスの者で、他のクラスからは数名ずつだ。
それと生徒会側からの視察役として、ニャーフック先輩たちも集められた。
まあ見学というと聞こえはいいけれど、実は万一の時のための保険、予備戦力要員なんだけどね。
『状況によっては、君達も戦闘に参加してもらうかもしれない。
だから気を抜かないように』
そうやって説明されているから、問題はないだろう。
それからここには殿下もいらしている。
例によってカーペット上の椅子に座り、戦況を見守る構えのようだ。
これはおそらく、生徒達を安心させるための措置だ。
王族がいるならそれだけ安全な場所なのだ、と誰もが感じている。
さて城壁の上ではゴロゴロと音を立てて荷車が通っている。
兵士達の後ろに何か物資を置いているようだ。
おそらく緊急時の治療道具とか予備の杖とか、あるいは食料とかそういったものだろう。
一人の兵士が早速その包みを開き、何か瓶のようなものを取って栓を開けた。
ぐいっぐいっとおいしそうに飲んでいる。
そうやって痛快に飲み干すと、新たに一本取り出しながら満足そうな笑顔で仲間に何かつぶやいた。
話しかけられた方も瓶を取り出し、これまたおいしそうに飲み始めた。
二人で仲良さげにゴロゴロウニャウニャと飲んでいる。
これはひょっとしたら、戦いの前に行う彼らなりの儀式だろうか。
滅多に飲まないような物を口にすることで、これから戦いが始まるのだと身体に言い聞かせているのかもしれない。
それはさておき、何を飲んでいるのか気になってきた。
僕らにももらえるのだろうか。
ペロリと一舐めして味を確かめてみたい。
「敵先行隊を目視確認! 総員戦闘配置!」
突然どこからかそんな叫び声が聞こえてきた。
すぐに事態を告げる銅鑼の音が響き渡る。
兵士達の顔つきが、真剣味を帯びはじめた。
そんな緊迫した事態の中、僕らにも補給物資が届けられた。
見学の子達にもおみやげとして配られている。
まがりなりにも待機要員として居てくれることへのお礼なのだろう。
補給物資を確認しておいた方が良いのだろうけれど、やめておこう。
今からでは時間がもったいないのだ。
何せ敵がもう見えているからね。
準備期間も含めて、守備兵たちがどうやって戦うのか、今そちらを見逃したくはない。
新入生隊は、もう一度作戦の段取りを確認している。
おそらく何度も耳にして既に分かっていることだが、全員集中して聞いているようだ。
やがて当初の予測どおり、北東の塔付近に最初の一群が到着した。
突進してきた小鬼級の魔物へ向けて三人一組で魔法を放ち、各個撃破しているようだ。
思っていたよりもあっさりと、魔物達は倒されていく。
だけどそう見えるのは敵が弱いからではない。
兵士達が毎日努力を積み重ねてきたからなのだ。
無駄のない動きや流れるような連携が、それを物語っている。
それに比べ、魔物には統率された動きはない。
数体がまとまって同時に攻めてくることはあるが、せいぜいそのくらいだ。
数が多すぎるために、全体として動くことができないらしい。
数が多いために時たま城壁に接近されることもあるが、小鬼級一体だけではどうしようもなく撤退していく。
壁際で頑張る個体もいたが、塔からの射撃を受けてそれも逃げていった。
「みんな見ていろ、大鬼級だ」
指差されたその先では、北東の塔へ向けて巨大な魔物が接近していた。
遠くてあまり良く見えないが、かなりグロテスクだ。
雷術士が放った閃光が、その足元に着弾する。
巨体がよろめき動きの鈍ったところに、塔の屋上から一斉に魔法が放たれる。
どうやらこちらと同じような戦法でいくらしい。
ただし火球は五個ずつ。人員は半分のようだ。
二度三度と攻撃が繰り返された。
魔法は全て吸い込まれるように命中する。
やがて何度目かの攻撃で大きな火柱が立ち上ると、大鬼級が倒れこんだ。
勝ち鬨が聞こえてきた。
どうやら無事に倒せたらしい。
「手順はあれと同じだ。練習どおりやれば何も問題ない。
幸い今日は風も弱く穏やかだ。我々にはとても有利な状況だ」
号令係のおじさんが、みんなを安心させるようにそう言った。
雷術士のおじさんもウニャウニャとうなずいている。
だけどこの土壇場になって、全員ガチガチに緊張している。
みんなが杖を握るその手に、力がこもっているのが分かる。
それも無理はない。
大多数の者にとっては、これが初陣なのだ。
随伴している兵士達が、力を抜くようにとみんなの肩をやさしく叩く。
深呼吸を促したり、声を出させたりして緊張を解きほぐす。
そうこうしているうちに、この北西の塔にも敵が近付いてきていた。
機動力の高い小鬼級が何体か、挑発するように迫ってくる。
それをけん制するように弱い火球が放たれる。
これは既に交戦中であると言っても良いだろう。
小鬼級一群の後ろには、大鬼級も控えている。
その大鬼級六体の布陣は、前方から一、二、三体と並んで正三角形のような形だ。
今回はその最初の一体を、新入生隊が倒す手はずになっている。
その方がみんな戦闘に集中できるからだ。
一度に数体を相手にすると、万一の時のサポートが難しくなるためでもある。
初めて近場で見る大鬼級の姿は、象の鼻を二つつけた巨人のようだった。
身体はひょろりと縦に長い異様な風体で、とても不気味である。
「それでは始める! 全員、魔法準備!」
雷術士が杖を振りおろした。
大鬼級の足元めがけて雷光が放たれ、大きく燃え上がった。
魔物はたまらず一瞬、動きを止める。
それを確認して、すぐに号令が上がる。
「ブルー! 放て!」
残念ながら新入生隊の最初の攻撃は、足並み揃わずてんでんバラバラに分散してしまった。
命中は二発だけだ。残りはほとんどが手前の地面に衝突した。
会議で誰かが言っていたとおり、打ち下ろし型の投射はみんな初めてらしく、思い通りに操れないようだ。
続けてイエローチームとレッドチームからも魔法が放たれる。
ブルーチームの様子を見ていたからか、狙いは少し良くなっている。
だがそれでも命中は五発ずつだ。
大鬼級に着弾した箇所からは赤い光がチラリと見えたが、すぐにそれは掻き消された。
どうやら大鬼級には、魔力を打ち消すフィールドのようなものがあるらしい。
防御力が高いとされる由縁はここにあるのだろう。
大鬼級は腕を器用に使って、こちらににじり寄ってくる。
巨大な化け物がゆっくりと近付いてくるのは、あまり気持ちの良いものではない。
僕らは後方で見ているからまだいいが、最前列で戦っている彼らにはものすごい重圧として感じられるはずだ。
ふと見学者たちが感想を漏らした。
「実を言うと、ひょっとしたら俺も活躍できるんじゃないかな、なんて思ってた。
だけど、まだまだ修行が足りないなって悟ったよ」
「体調が悪いから、選抜隊の方は断ってよかったわ」
「ちょっと自信なくしちゃったにゃ。明日からがんばるにゃ」
見学者たちはうなずきあっている。
突然、新入生隊のメンバーから悲鳴が上がった。
迫り来る大鬼級を見て、恐怖したようだ。
随伴のおじさんたちも、これ以上近付かれては危険と判断したらしい。
雷術士に何か合図を送っている。
雷術士がうなずき、もう一度魔法を放つ。
それは大地を掴んでいた前腕部に着弾し、真っ赤な炎を上げた。
おそらく威力が高いため、魔法は防御フィールドを貫通したようだ。
このように、防御フィールドを貫くはある程度の威力が必要だ。
新入生達の攻撃では、貫通させるのは難しい。
しかし威力が足りない場合は数に任せればいいのだ。
大鬼級も無尽蔵に防御フィールドを作り出せるわけではない。
「もう一押しだ! もう少しで防御結界を中和できる!」
号令のおじさんから激が飛んだ。
みんな顔を叩いたりして気合を入れなおしている。
「ブルー、放て!」
号令のおじさんの言葉を信じて、みんなの魔法が放たれる。
新入生隊の攻撃は三順目に入った。
一順目二順目に比べて狙いは良くなっているものの、相変らず命中率は低い。
魔法の準備が間に合わず、発射の号令が出ても何もできない子もいた。
毎回魔法は五、六発当たっているようだが、それらはすぐに打ち消されてしまう。
本当に防御結界を打ち破れるのだろうか。
本当に新入生だけで倒せるのだろうか。
もし、倒せなかったら……?
そんな疑問を抱きはじめたころ、突然巨大な火球が放たれるのが見えた。
誰かと思って確認すると、それはやはりニャロリーヌだった。
脂汗をたらしながら、放った魔法の行方を見届けている。
ニャロリーヌの魔法は狙い通りに大鬼級に炸裂した。
魔法は打ち消されることなく貫通し、大きな炎を上げた。
同時に着弾したほかの魔法も、小さいものではあるが魔物の身体を焼いた。
どうやら転生者として意地を見せたようだ。
しかし神託スキルで魔力を浪費していなければ、もっと楽に活躍できていたはずだ。
「やったぞ!」
「僕達だけで倒せるぞ!」
「いや、雷術士の先輩が助けてくれたからだ!」
まだ倒してもいないのに、みんな嬉しそうだ。
手ごたえのなかった魔物から、ようやく倒せそうな兆しを感じ取れたのだから仕方ないか。
戦闘はその一撃でだいぶ楽になったようだ。
まだまだ油断はできないが、後は消化試合のようなものになるだろう。
伝令が走っていく。
おそらく予定通り倒せそうだと伝えに行くのだろう。
これは良いニュースだ。心なしかその足取りも軽く見える。
殿下をちらりと見てみると、満足そうにヒゲをさすっていた。
僕は城壁の方へと注意を向ける。
小鬼級との戦いは激しさを増しているようだ。
数十体を相手に必要最低限の人数で切り盛りしているから、負担がとてつもないらしい。
魔力切れをおこしたのだろうか、担架で運ばれていく人が見えた。
新入生達が大鬼級を倒せそうだというニュースが、早速伝えられたらしい。
こちらの塔をめがけて、みんなが手を振っている。
その表情には安堵の色が見受けられる。
兵士達の負担も少しは減ったはずだ。
もしもの事態に備えて、戦力を温存しておかなければならなかった分が使えるようになったからだ。
そうやって下の様子を探っていると、突然あたりがあわただしくなった。
屋上の様子に意識を戻すと、ちょうど殿下からねぎらいの言葉が発せられるところだった。
「よくやってくれた! 新入生諸君! 大戦果だ!」
どうやら新入生隊が無事に大鬼級を倒したらしい。
新入生隊が全員で整列し、誇らしげに殿下に一礼した。
全員心地よい疲労に包まれて満足しているようだが、「早く移動するように」と号令のおじさんが急かしている。
そうなのだ、まだ安心は出来ないのだ。
まだ射程外ではあるが、既に二体の大鬼級が左右から接近してきている。
いよいよニャルミの出番である。
ニャルミのサポート役として、雷術士一人と女性兵士二人が与えられている。
女性兵士の一人は僕用にあてがわれたのだが、ニャルミについてやってくれとお願いしたのだ。
ところで現在屋上には、大鬼級討伐のための専用チームが一部隊待機中だ。
待機中とはいえ、時折小鬼級めがけて援護射撃を行っている。
もしニャルミが大鬼級一体しか倒せなかった場合、彼らの出番となる。
予定通り二体を倒せれば、やがて来る三体を倒すために彼らはそのまま備える。
もちろん彼らだけで大鬼級三体もの軍勢を倒せるはずがない。
北東の塔で先ほど戦っていた部隊がもうすぐ合流予定だ。
しかし道中、小鬼級の殲滅を手伝いながらなので、到着にはもう少し時間がかかるだろう。
さて、まずは右側から来る一体だ。
左手から接近中のもう一体は、先ほどまで新入生達の補助に回っていた雷術士が足止めをしている。
おそらく練習がてら、ニャルミが少し弱めの魔法を放った。
弱めとはいっても、それはこれまでのニャルミの練習を見てきた僕の感想だ。
それに込められた魔力は、先ほどのニャロリーヌの一撃に匹敵するかもしれない。
魔法は大鬼級のやや手前に着弾したが、大きく炸裂して小鬼級の一体を巻き込んだ。
小鬼級はその一撃で動きを止めた。
「あれが聖魔法……」
「はじめてみるにゃ……」
「小鬼級が一撃だにゃ、すごいにゃ……」
ひょっとしたらニャルミは、わざと小鬼級を狙ったのかもしれない。
まあ何にせよ、魔法は無駄にならずにすんだわけだ。
魔法の行方を見届けると、再びニャルミに注目が集まる。
ニャルミの杖には既にかなりの魔力が込められている。
次はそれなりに魔力をこめた一撃を放つようだ。
おそらく今の一発で狙いを完全に修正できたのだろう。
随伴している雷術士も、既に準備はできている。
ニャルミが合図を送ると、雷光がほとばしった。
その一撃で動きを緩めた大鬼級めがけ、ニャルミの魔法が放たれる。
魔法は直撃し、大きくはじけてあたり一面を白く染め上げた。
日中であるためか、あの夜ほど眩い光ではない。
とはいえ、まるで雲が切れて太陽が現れたように明るい。
やがて光の拡散がおちつき、魔物の姿が見えてきた。
魔法の直撃を受けたらしき大鬼級の前腕部が変色している。
そしてその部位は、最早うまく動かせないようだ。
やはり問題なく聖魔法は効いている。
しかし魔法の何割かは防御フィールドで中和されてしまっていたようだ。
あれほどの一撃にもかかわらず、大鬼級は触手のような腕を使って再び動き出した。
しかしその瞬間、十秒ほどしか経っていないのに、先ほどのものと同程度の魔法が放たれた。
どうやら魔力変換効率を下げ、代わりに充填速度を上げているようだ。
短時間のうちに連発するのは、防御壁を再生させないためだろう。
三度それは繰り返された。
いつしか誰もが無言となり、ニャルミを見守っている。
みんなその迫力に圧倒されているようだ。
そして三度目の攻撃が終わった時、大鬼級から魔力反応が感じられなくなっていた。
みんなにもそれが分かったのか、歓声が沸き上がる。
「すごい、俺たちが三十人でやっとたおした大鬼級をあんなにあっさりと……」
「さすがドラゴンスレイニャーにゃ!」
「ニャルミさん一人でわたしたち三十人分だにゃ!」
しかしニャルミはその声にこたえることもなく、次の一体へと視線を向けた。
そして随伴している女性兵士に向けて、何かつぶやいている。
女性兵がうなずき、何かを伝えるために殿下のもとへと向かう。
おそらくもう一体の大鬼級も、ニャルミが相手をするのだろう。
その横顔に光る汗が見えた。
どうやらかなり無理をしているようだ。
北北西から来ている大鬼級と戦うためには、少し場所を移動しなければならない。
ニャルミはゆっくりと歩きながら、魔力を練り上げている。
だが何か様子がおかしい。尋常ではない力を感じる。
いつぞやの満月の時のような、とてつもない魔力が杖に宿っているのだ。
どうやら次は一撃で決めるつもりのようだ。
残りの魔力では、先ほどの倒し方をするのに足りないと判断したのだろう。
ニャルミが決戦の舞台へ上っていく。
足止めに当たっていた雷術士が魔力切れを起こしたらしく、その場に倒れこむ。
ニャルミの指示を受けて、随伴兵たちが彼を運んでいく。
僕らの視界には、ニャルミと大鬼級だけが映っていた。
次は少し遅れるかもしれませんニャー




