怠惰な襲撃の一日編 その十一
トヨキー先生が、選抜試験の内容を説明する。
「ここから見えるあの北の森に、動物が何頭かうろついています。
それを魔力探知で探してください。
時間は十分間です。
何かを見つけた方は、わたしか殿下のところに来てください。
方角と距離、種類や大きさ、頭数などを答えてもらいます。
では、はじめてください」
砦から一キロか二キロほど、なだらかな平原が続いている。
北の森はその先だ。
つまりそれ以上の距離を探知できる能力が必要だ。
これはかなり難しいだろう。
新入生達もそれを分かっているのか、ほぼ全員あきらめムードだ。
見込みが無いと判断して、猫と遊び始めている者もいる。
だけどニーオは違った。
大きく手を広げ、何かを感じ取ろうとあがいている。
そんな頑張っている姿をぼんやり眺めていたら、ニーオと目が合った。
僕は声をかけてみる。
「ニーオ、いけそうかい」
「はい、なんとか。
とは言っても森の入り口ぐらいまでなんですけどね。
それ以上は何が何だか分かりません」
「そうなのか。頑張ってな」
「はい、もうちょっと試してみます!」
森の入り口のあたりには、小鳥か小動物らしき微弱な反応しかみつからない。
先生が言っている『動物』っていうのは、おそらくそういったものとは違うだろう。
もっと大きなイノシシとかのことだ。
さて僕もニーオに負けていられない。
頑張ってみるか。
探知範囲を広げてみる。
だが何も見つからない。
ニャルミもさっぱりのようだ。
延々と遠くまで調べてみるが、それらしき大きな反応は全くない。
二キロ三キロと距離を延ばすにつれ、探索範囲もマタタビ算式に増えていく。
距離が倍になると、新たに探索すべきエリアは三倍になるのだ。
それにしてもさっぱり見当たらない。
本当に動物なんているのか?
まさか『みつかりませんでしたと報告することが正解』、なんていうずるい試験じゃないよね?
そんな疑問を持ち始めた頃、僕はようやくイノシシらしき反応を見つけた。
距離にしておよそ五キロほど先だ。
これはテストとしては、かなり難しいんじゃないのかな。
イノシシの反応はやや弱い。
寝ているのか何なのか、じっとしていて動かないようだ。
「ちと、今日は日が悪かったかな」
そう殿下がつぶやいた。
ちらりと様子を見てみると、殿下も自ら動物を探しているようだ。
殿下は僕らへ告げるように、再びつぶやいた。
「だがあれくらいは見つけて欲しいものだ」
どうやら殿下もそれなりに探知能力を扱えるらしい。
そしてこの砦で探知偵察兵としてやっていくには、それくらいの能力が必要なのだろう。
さて、ニャルミの様子はどうだろうか。
ちらりと横を見てみる。
ニャルミは猫耳をぴくぴくさせながら、目を閉じて集中している。
邪魔をしては悪い。声をかけているのはやめておこう。
それにおそらくニャルミなら、もうしばらく時間をかければみつけられるはずだ。
「まだ誰もみつけられないのか!
よし! 見つけた者には、副賞としてこの子猫と遊べる特典をやろう!」
しびれを切らせて殿下がそう叫んだ。
抱え上げられた子猫が、何故か誇らしげにミャーと鳴いた。
あきらめて猫と遊んでいた子たちが、何人かやる気を取り戻したようだ。
再び森の方へ向けて手を伸ばし、気配を探っている。
さすが殿下だ。どうやればみんなにやる気を出させられるのか、心得ていらっしゃる!
よし、念のためその先も一応探っておくか。
『イノシシをみつけて探索を止めるようのでは半人前だ。詰めが甘いな。甘すぎるな。
そのすぐ先にもう二頭、そしてその先に三頭いるはずだ。
そんなことではこの子猫と遊ばせるわけにはいかないな!』
なんてことを言われたら困るからね!
せっかくだからここは能力全開で探ってみよう。
偵察係に選ばれたいってこともあるからね。
思ったとおり、そこから少し距離の離れた場所に数頭の群れをみつけた。
少しと言っても、さらに一キロほど先だけどね。
多分これは鹿だろう。
鹿の群れは森の中心から離れるように移動している。
気を良くした僕は、さらにその先も探してみることにした。
十キロか十二キロか、そのくらいの距離にたくさんの反応がある。
やけに数が多いが何の群れだろうか。
こちらを目指して移動しているようだ。
いや待てよ、この反応の特徴は記憶にある。
そうだ、これは魔物の反応だ。
今回は残念ながら、見知った女の子だとかそういうオチではない。
何度も確かめてみるが、魔物で間違いないようだ。
子鬼級にまじって、大きな反応がいくつかある。
ドラゴンではないようだが、大鬼級だろうか。
今日、森に動物が少ないのも、これが理由かもしれない。
「ふぅ」
不意にニャルミが溜め息をついた。
その表情から焦りの色は見られない。
むしろ一仕事終えたかのような誇らしげな顔つきだ。
どうやらニャルミはイノシシを探り当てたようだ。
だけど今はそれに喜んでいる事態ではないんだ。
「ニャルミ、ちょっと」
「ん? 何なに? お兄ちゃんもみつけた?」
「えーと、なんていうか、今はそれどころじゃないんだ。
悪いけど、ちょっと背中をかいてくれ」
当然のことだが、着ぐるみの背中がかゆくなるはずはない。
だけどニャルミはそれで僕の言いたいことを察してくれたらしい。
ニャルミは制服の下から手を入れて、僕の背中をかく真似をする。
背中のチャックが開き、僕はそこから猫手を出してニャルミの手に触れる。
僕は魔物の群れに意識を集中させ、それを接触テレパス持ちのニャルミに伝える。
着ぐるみごしでも伝わらないわけではないのだが、直接触れた方が精確なのだ。
ニャルミは肉球の感触をプニプニと楽しんでいたが、やがてその手が止まった。
距離が遠かったためやや時間がかかったものの、ニャルミにもそれが何であるかわかったようだ。
「こ、これって……」
「ああ……」
「どうしよう。どうすればいいかな」
「報告すべきだろうな。だけどみんなに余計な不安を与えるわけにはいかない」
「う、うん、そうだね」
「そういうわけで、ちょっと殿下のところまで言ってこっそり伝えて来てくれないか」
「何故わたしなの……、お兄ちゃんが報告した方が……」
何故かっていうと、それは今日できるだけサボりたいからだ。
ではなくて、サボった方が良い結果を得られると僕の直感が告げているからだ。
だけど怠惰宣言時の反応を見る限り、それを正直に話してニャルミを納得させるのは難しいだろう。
それでは話がスムーズに進まない。
ああ、そうか。それを理由にすれば良いのだ。
「遠方に魔物らしきものをみつけたなんて話は、僕より主席のニャルミが報告した方が信頼してもらいやすい。
今は一刻を争う時だ。話をスムーズに進めるため、そうした方が良い。
子猫と遊べる特典は駄賃としてニャルミに譲るよ。それより早く報告を頼む」
「う……、うん、分かった。じゃあ行って来る」
子猫と遊べなくなるのは惜しいが、この際仕方ない。
怠惰の道を究めるには、それくらいの代価は払わなければいけないのだ。
ニャルミが殿下のところに向かう。
それを見て、暇そうにしていたトヨキー先生もやって来る。
ニャルミは自己紹介やら何やらを簡潔にすませ、魔物の到来を告げた。
トヨキー先生の後押しや、ニャルミが主席ということもあって、殿下はこの話を信じてくれるらしい。
「伝令! 一級偵察班を至急召集せよ!」
殿下がそう叫んだ。
そしてニャルミにささやくように伝える。
「すまんな。他の者に確認させる。
おぬしの言うことを疑っているわけじゃない。
だが物事には、順序や取り決めと言うものがあるのだ」
「お心遣い感謝します、殿下。
ただの学生の言葉に耳を傾けていただけただけで光栄です」
ニャルミのその言葉に、殿下は満足そうにうなずいた。
さて、殿下の掛け声と共に、猫耳の兵士達があわただしく何か準備を始めた。
そして十秒くらいすると、いつもより一オクターブ高い銅鑼の音が鳴り響いた。
「何がおこってるにゃ?!」
「一級召集班?」
「なんにゃなんにゃ」
生徒達が少し動揺している。
そして数分のうちに、一人の若者が到着した。
その若者は目標の方角とおおよその距離を教えられると、すぐに索敵を開始した。
しかしその一、二分後、残念そうに首を振る。
「確かに、その方角に何か居るようです。しかし遠すぎます。
おそれながら、私の力ではそれが何かまでは分かりません。
ニャプランか、あるいはニャクリンヌなら……」
ちょうどその時、屋上入り口あたりから声が響いた。
「遅くなりました!」
「おお、ニャプラン。来てくれ。
あの方角、距離は約十キロくらいだ」
「十キロ?! そんな遠くの魔物をどうやってみつけたんだ?!
いや、その話は後だな。今はとりあえず探ってみる」
殿下たちの周りには既に人だかりができていて、みんな何が起きたのかと不安げにみつめている。
沈黙が数十秒続いた後、ニャプランと呼ばれるその猫耳の男が口を開いた。
「確かに魔物ですね。だが数が多すぎます。
おそらく大鬼級が五体、いえ、五体以上としか言えません……。
それに小鬼級がおそらく数十体……。
こちらは数え切れません。
現在魔物の群れは、砦に向けてまっすぐ接近中です」
「ふむ……、大鬼級だけでも正確な数が分からぬか」
「申し訳ございません、もう少し接近してこないことには……」
「そうか。おぬしはどうだ?」
殿下がニャルミに問う。
ニャルミはそれを受け、進言する。
「おそれながら殿下。大鬼級は八体です」
「きみは?」ニャプランが声をかける。
「はい、ニャルミと申します」
「その名前は聞き覚えがあるぞ。
ああ! ひょっとして、君が噂のドラゴンスレイニャーか!」
「彼女が発見者だ」
「あ、はい、えーと、あの、その……」
ニャルミはちらちらと僕を見て返答に困っている。
いいんだ。数を見分けたり細かいことをやってくれたのはニャルミだ。
「ニャクリンヌを待ちたいところだが、確定で良いだろう。
非常呼集をかける。だが大鬼級が八体か……、ちと多いな」
守備隊長たる殿下の令を受け、兵たちが再びあわただしく動き始める。
先程よりさらに高い銅鑼の音が、急場を知らせるように幾度も鳴り響いた。




