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子猫転生  作者: ニャンコ先生
第一部 上巻
5/57

子猫編 そのニャー

 せっかくいいところに貰われて来たのだ。

 少女の寵愛を得るためにも、しばらくは猫をかぶって暮らそう。

 そうすれば良い生活ができるだろう。


 少女の名はニャルミ。

 そしてどうやらこの里には、同年代の友達が少ないらしい。

 あるいは居るのかもしれないが、身分の問題で遊びにくいのかもしれない。


 そういうわけで僕はかっこうの遊び相手にされたようだ。



 それにしても子供の相手は大変だ。

 少女は話し相手が欲しかったのか、際限なく話しかけてくる。

 相槌が『ニャー』のみで良いとはいえ、さすがに疲れた。

 そんなわけで少女が飲み物を取りに行った隙に、僕は狸ならぬ子猫寝入りを決め込む。


 猫耳少女はすぐに帰ってきた。

 僕が寝ているのを覗き込み、「ニャー」とか言いながら僕のしっぽをさわる。

 まあいいか、このまま寝てしまえ。



 だが少女はそんな僕にはおかまいなしにしっぽを撫で続ける。


 暇なのだろうか。しょうがない、ちょこっとだけ相手をしてやるか。

 僕はしっぽの先をひょいと振ってやる。


 すると途端に少女は感嘆の声をあげた。

 やけに嬉しそうで、歌でも歌いだしそうな勢いだ。

 こんなんでいいのか……、ちょろい、ちょろすぎる。



 どうやら適度なツンが効果的だったらしい。

 子猫の道も厳しいな。精進せねばなるまい。



 さてそんな感じでかまってやっていると、少女の父がやってきた。

 ご機嫌なニャルミは大喜びで出迎える。



「ニャルミ、子猫の様子はどうだい?」


「うん、すごくいい子だよ。今お昼寝中なの」


 少女の声がワントーン高い。

 どうやらパパは少女に好かれているようだ。


「そうか、じゃあちょっと早いが今日の訓練をはじめよう。

 先に行っているから、準備ができたら来なさい」


「はーい」



 何の訓練だろう。気になるな。

 部屋から出る良いチャンスかもしれない。

 これから住むのに十分かどうか、この家のことを探っておきたいのだ。


 やや不自然かもしれないが、今起きたら連れて行ってくれるだろうか。

 僕は大きく背伸びをしてから、目が覚めたよとアピールをしてみる。



「ニャーン」


「あ、ニャスター起きたの? ごめんね、今から訓練なの。お留守番しててね」


「ニャー、ニャー」


 着替え中のニャルミに近づき、頭をスリスリとこすりつけてみる。


「え? 何? 一緒に行きたいの?」


「ニャー」


「それじゃ、おとなしくしているって約束できる?」


「ニャー」


「んー。仕方ないにゃあ」


 ニャルミが僕を抱え上げる。

 そのまま部屋を出るが、ふと立ち止まり、僕を入れたあのバスケットを取りに戻る。

 大丈夫ですよ。おとなしくしてるからそんなもの必要ないですよ。


「ニャー」


「うん、念のためよ。パパにしかられるかもしれないからね。

 そうなったらニャスターも困るでしょう?」


「ニャー」


「うんうん、ニャスターは聞き分けが良くていい子だね」



 少女の足取りは軽い。


 訓練が楽しみなのだろうか。

 それとも父とのふれあいが待ち遠しいのだろうか。


 僕らは早足で廊下をつきすすむ。






 扉を開けると、四方を建物で囲まれた中庭が開けていた。

 どうやら運動場になっているらしい。

 こちらに気付いたニャルミパパが歩み寄ってくる。


「なんだい、連れて来ちゃったのかい」


「ニャスターがどうしても来たいって言うから。ねえ、いいでしょう?

 パパ、ニャスターを抱っこしててね」


「猫がそんなこと言うわけないだろう。まったく。仕方ないにゃあ」


 ニャルミパパは渋っていたものの、僕を渡されるとまんざらでもない様子だった。


 さて今後この家に住むのだから、ニャルミの家族に媚を売っておくのも悪くないだろう。

 ニャルミパパを見つめてかわいげに「ニャーン」と鳴いてみる。

 への字に結ばれていたパパの口元がほころぶ。パパもちょろい、ちょろすぎる。


「よーし! じゃあパパが面倒をみてるから、ニャルミは練習をはじめなさい」


「はーい」


 ニャルミは台の上にバスケットを置き、杖を持って運動場の中心へと向かう。



 ニャルミパパはそれを見ながら椅子に座り、僕をぎこちない手つきで撫でる。

 それに応じて「ニャーン」と鳴いてやると、デレデレの笑顔が返ってきた。


 だがさすがに娘の方が気になるらしい。すぐに手をとめ少女に注意を向ける。

 僕も手の中で向きを変え、同じ方向を見つめる。




 はじまったのは魔法の訓練らしい。

 壁にとりつけられた的に向けて、ニャルミが光の球のようなものを放っている。

 的に当たると、光の球はきらきらと輝きながらはじける。

 そのたびにニャルミパパはうんうんとうなずく。



「分かるかい。

 うちのニャルミは百年に一人、いや、千年に一人あらわれるかどうかという魔法の才能の持ち主なんだよ。

 将来が楽しみだ。そう思わないか?」


 ニャルミパパは猫の僕に向けてひとりごとのように自慢する。

 どうやらとてつもない親馬鹿らしい。


 だがこれなら猫馬鹿になる才能は十分にありそうだ。

 将来が楽しみだ。そう思うよ。




 それはさておき、魔法のある世界なのか。

 僕がチート能力に何を選んだか分からなかったが、魔法の才能にした可能性が高いな。

 猫でも肉弾戦はできるだろうが、それをやるために必要なチート能力が多すぎるのだ。

 人間並みの戦闘能力にするだけで、ポイントのほとんどが吹き飛んでしまうだろう。


 猫という種族の特性と転生ポイントが少ないという条件。

 それらをあわせて考えると、魔法タイプが一番理にかなっている。



 よし、それならニャルミの魔法訓練は今後の参考になるだろう。

 よく観察しておこう。




 オーラのようなものがニャルミの手元を包んで輝いている。

 だんだんその輝きは増してゆき、一定量たまったところで腕を振ってそれを飛ばす。


 どうすればあのようにオーラを出せるのだろうか。

 もう少しリサーチが必要だ。今後の課題だな。




 二十回ほど撃ったところでニャルミが振り返り、駆け寄ってくる。


「よし、じゃあ昨日のおさらいだ。魔力探知の訓練をしようか」


「はい、パパ」


 ニャルミは杖をかまえ、目を閉じた。何かに集中しているようだ。


 ニャルミパパはそっと立ち上がり、ニャルミのまわりを回るように静かに歩き出す。

 それに合わせてニャルミもその場で回転してこちらを探り当てる。



 なるほどそういう訓練なのか。



「ニャルミ、今日は調子がいいじゃないか。何かコツをつかんだのかい?」


「うん、なんだかはっきりと魔力を感じられるの」


「ニャー」


「あ、そうか、ニャスターが一緒だからかも。ねえパパ、ちょっと貸して」


 ニャルミパパは名残惜しそうにしながらも、娘に促されるまま僕を手渡す。

 ニャルミは僕を抱きながら、再び目を閉じて意識を集中させた。


「やっぱりそうだ。ニャスターの魔力はすごいよ!

 わたしよりも才能あるかもしれない!

 どうにかしてニャスターに魔法を教えられないかなぁ」


「ハハハ、ニャルミよりもすごいなら勇者さまだな。勇者猫だ」


「んもー、信じてないなー」


 どうやら僕の残りのチート能力は、魔法系の才能で決まりらしい。

 パパはスルーしていたが、おそらく間違いないだろう。



 ニャルミは僕を抱いたまま訓練を続ける。

 引き続き魔力探知の練習をするようだ。


 だが今回、パパはニャルミから段階的に離れていく。

 より遠方の魔力を探知できるように、少しずつ慣らしていくのが目的なのだろう。




 さて、これなら僕も今すぐ練習できそうだ。

 さっきみたいな魔法と違って、こっそり試している分ならおそらくバレないだろう。


 ニャルミの様子を観察しながら、魔力探知とやらのやり方を考えてみる。


 そしてその思索により、ふとした懸念に襲われた。

 その懸念とは、魔力探知の原理がアクティブソナーやレーダーのそれに近いものかもしれないということだ。

 すなわち、自分から何かを発してその跳ね返りを検出している可能性があるのだ。


 だがニャルミは、受身の状態でパパの居場所を探っているように見える。

 それに良く考えたら、仮にそうだったとしてもニャルミの発した何かの跳ね返りを感じればいいだけの話だ。


 だから今は感覚を研ぎ澄ませるだけで充分だろう。




 というわけで僕も目をつぶり、見よう見まねでパパの気配を探る。

 しかし微弱ながらも足音が聞こえて、それで位置がわかってしまう。


 あれ? そういえばニャルミも猫耳があるのに足音で分からないのだろうか。

 確かにパパは音をたてずに歩くのが上手だけど、微かに聞こえるよね?

 まあ猫耳があるからといって、耳が良いとは限らないか。


 いずれにせよ耳が良すぎるのも困りものだ。



 だがたとえ答えがわかっていても、訓練にならないというわけではない。

 訓練は答えではなく、過程が重要なのだ。



 五感を遮断し、さらに雑念を消す。

 そうすれば他に感じとれるのは魔力だけだろう。



 現時点で分かるのはここまでだ。あとは実践あるのみ。

 僕はパパのいる位置に注意を集中させる。



 ん? ひょっとしたらこの意識集中さえも、魔力探知の阻害になっているかもしれない。

 力を抜いてあるがままを受け入れた方がよいのだろうか。



 そんな風にしばらく試行錯誤していると、何かゆらぎのようなものを感じ取れるようになった。

 これが魔力探知で合っているだろうか。


 僕はすぐさまニャルミに向けて同じことを試してみる。

 ニャルミからも同じようにゆらぎのようなものを感じる。


 そのゆらぎはパパから感じたものよりも数倍大きなものだ。

 ニャルミに魔法の才能があるというのはどうやら本当らしい。


 よし、これが魔力探知で間違いないだろう。

 それにしても思いのほかあっさりとできてしまった。

 チート能力おそるべしだな。



 ニャルミは少し距離があるせいなのか苦戦していた。

 だが、僕が成功してからしばらくして、ニャルミも探り当てたらしい。

 パパの方を振り向く。


 パパはみつかったのを確認すると、また距離を取って方角をずらす。

 今度はパパの位置を知らないものと想定して、できるだけ広範囲から探ってみる。



 その結果ややコツがいるものの、難無くパパを探り当てることができた。

 ニャルミも僕ができるとすぐにそちらを振り向く。二人とも順調だ。



 それを運動場の端まで続けると、パパはとても驚いた様子で帰ってきた。


「すごいなニャルミ。

 優秀な子だとは思っていたが、まさか昨日の今日でこんなに上達するなんて。

 この域まで達するのに普通は数ヶ月はかかるものだよ」


「うん、ありがとうパパ。

 でもね、うまくできたのはニャスターが手伝ってくれたからなの。

 こっちだよって教えてくれたの。そのあたりを探ったらすぐに分かったわ」


 ん、そうなのか。ひょっとして訓練の邪魔をしてしまったのだろうか。


「ハハハ、そうか。勇者猫さまさまだな」


「んもー、また信じてない!

 ニャスター、手伝ってくれたんだよね?」


 ニャルミは僕を抱え上げ、同意を求めるように顔をあわせてそう言った。

 まあ味方してやるか。パパも冗談だと思っているみたいだし。


「ニャー」


 だがそうやって援護射撃をした瞬間、僕は不意に誓約のことを思い出した。

『転生したことを悟られないよう努力する』

 記憶の中で、僕はそう自分自身に向けて誓っていた。


 あまりよくない予感がした。誓約を破ったらまずい気がする。

 猫らしからぬ振る舞いは控えて、普通のニャンコのように振舞おう。


 だが具体的にどうしたら良いだろう。


 そうだ。何もない方向を見つめてごまかそう。

 猫はそういうことよくやるよね?


「ん、ニャスターどうしたの? あっちに何かあるの?」


「何もないじゃないか。ほら見なさい。猫は猫だ」


 僕はあくびをして知らん振りを決め込んだ。




「うんうん。それはともかくこの段階は卒業だな。

 これからは時間のあるときに、遠くの魔力を感知してみなさい」


「はい、パパ」


 ふむふむ、僕も暇なときに試してみよう。


「よし、よくできたご褒美だ。今日の訓練はここまでとする。

 子猫が来たばかりだし、受け入れの準備も残っているだろう。

 ちゃんと面倒をみてあげなさい。

 じゃあパパは仕事に戻るよ」



 その時、中庭の扉が開き、部下らしい男が現れた。



「訓練中恐れ入ります! 魔物の襲撃を受け、報告に参りました!

 現在交戦中ですが、数が多く苦戦を強いられております」


「ふむ、詳しい状況を聞こう」


「はっ。視認できたものは小鬼級が六体です。

 他に未確認ながら大鬼級が一体いるようです。

 襲われているのは北と東の砦の中間、ここからですとおよそあちらの方角になります」




 男が指差したのは、偶然にも先ほど僕が見つめたあの方角だった。




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