怠惰な襲撃の一日編 そのニャニャニャンニャーン
ある意味でニーオ回、長いですご注意
二話か三話にわけても良かったのですが、人によって好みの分かれる話だと思うのでこのままにします
具体的にいうと猫猫写が足りません
学園の平和を守るため、これから怠惰に過ごさなければいけない。
そんなわけの分からない予感がした。
これには従うほかないだろう。
ただ単にサボるための理由が欲しいわけではない。決してそうじゃない。
この条件を守ることでみんなが幸せになれるのだ。
僕は怠け者とののしられようともかまわない。
そのための第一歩として、僕はみんなにこのことを伝えなければいけないだろう。
「どうしたんですか、兄貴?」
「ああ、今日は一日怠惰に過ごすって決めたんだ」
「お兄さま、今朝もそんなことおっしゃってたような……」
「兄貴、今朝もそんなことおっしゃってたような……」
「ボス、今朝もそんなことおっしゃってたような……」
全員が冷ややかな目で僕を見る。
「みんな一斉に突っ込みを入れるのはやめてよ!
まあ、今のは言い方がまずかったか……。
改めて言わせて貰うよ!
つまりだ、あの時とは決心のレベルが違うんだよ!
今回は……、その、本気なんだ!」
「分かりました兄貴! そういうことなら協力させていただきます!」
「分かりましたボス! そういうことなら協力させていただきます!」
「………………」
よし! 僕の熱意が伝わったぞ! もう一押しだ!
「何を分かってくれたのか僕にもさっぱり分からないけど、みんな理解が早くて助かるよ。
どうやらこれで未曾有の危機は回避できそうだ。
もう一度言うよ! 僕はこれから怠け者になる!」
しかしその努力はニャルミの一言であっさりと無駄になってしまった。
「さあトヨキー先生が来たわよ。
良く分からない冗談はそれくらいにして、お兄さま、さあ行きましょう」
「違うんだ! 冗談とかじゃないんだ! 僕は徹底的にやるからね!」
「冗談はそれくらいにして、兄貴、さあ行きましょう」
「冗談はそれくらいにして、ボス、さあ行きましょう」
みんなには冗談だと勘違いされてしまったけれど、まあいいか。
これで運命が大きく変わった気がするからね。
僕らはウニャウニャゴロゴロと歩き出した。
トヨキー先生は大雑把に人数を確認していたようが、それが終わると大声で叫んだ。
「みなさん、この後説明会の予定でしたが、諸事情により開始が三十分ほど遅れそうです。
申し訳ありませんが、もう少しだけ屋上の景色を楽しんでいてください。
そして三十分後、おおまかにでかまいませんのでこの辺りに集合してもらえますか」
先生はあたりを見回しながら、もう一度同じ連絡を繰り返す。
そして全員に伝わったようだと大方見当をつけると、僕達のもとへと近付いてきた。
「すいません、両クラスの委員長は、全員揃っているか確認してもらえますか。
順序良く整列してもらえれば簡単に分かるのですが、貴族の子弟がたくさんいらっしゃるので、それは難しいんですよね。
それにわたしのクラスの生徒達だけなら見分けがつくのですが、今日は二クラスの合同です。
よそのクラスの子が紛れ込んでいたりすると、正直分からなくなるんですよ。
生徒さん同士のほうがつながりもあるので、こういったことには強みがあると思うのです。
もちろんこちらでも確認していますが、ご協力いただけますか」
昨日の依頼の仕方に比べると、非常に丁寧だ。
丁寧すぎるせいか、僕はその話になんとなく違和感を覚えた。
「わかりました。そういうことでしたら是非協力させてください」
ニャルミがそう答える。僕もうなずく。
こういったことは委員長の仕事だから、頼まれたら断るわけにはいかないだろう。
さっき怠け者宣言をしたばかりだが、きっとこれくらいなら怠惰の神様も許してくれるはずだ。
「ありがとうございます。お二人とも、頼りにしていますよ」
「先生、ところで予定が遅れるのって、何かあったんですか?」
僕はそう質問してみた。
先ほどの違和感が気になったからだ。
「ああ、実は恥ずかしい話なのですが、簡単に言ってしまうと準備不足だったんです。
なにぶん今回初めて屋上でやるので、計画にいくつか漏れがあったんですよね。
不足していた物はほとんど近場から取り寄せできたのですが、移動黒板だけはどうしようもありませんでした。
そういったわけで、今校舎から運んできてもらっています」
なるほど、それで三十分か。
ここから校舎まで五百メートルくらいなので、大人の足なら往復しても二十分くらいだろう。
だけど移動黒板とやらを探したり、運んだり、塔の上まで持ち上げたりすることを考えれば、ちょうどそれくらいになるだろうか。
念のため、本当に人を使いに出しているのかどうか、ここまで来た道を魔力探知で確認してみる。
しかし思ったよりも人の通りが多く、誰が黒板を取りに行ったのかは分からなかった。
それに塔と校舎を結ぶルートは他にもある。
特定するのは無理そうだ。
ちょっと疑いすぎかな。
もう少し先生を信じるべきだろう。
「では、わたしは少し見回ってきます。
今の話は内密にお願いしますよ」
教頭先生は手帳を取り出し、何かチェックをつけながら歩いていった。
リストか何かで全員が居るかどうか確認しているようだ。
なにぶん人数が多いから、そういった小道具は便利だろう。
なるほど。僕も委員長として、座席表の写しでも持ち歩くべきだったかな。
ひょっとしてニーオが持ってたりしないかと周りを見たが、ニーオはどこかへ行ってしまったようだ。
残念だが、ニーオに頼ってばかりというのはよろしくない。
リストの件は今後の反省材料ということにして、今はどうやって確認するかを考えるべきだな。
「さてニャルミ、僕らはどうやって調べようか」
「先生がおっしゃっていたように、他のクラスの子がまじってる可能性があるのよね。
お姉ちゃんもそんなこと言ってたわ。
どうせ説明会なんてどこで聞いても同じでしょ?
だからそろそろそういうイタズラをしたくなる頃なんだって。
昨日のオリエンテーションでも、確かにそう感じたわ。
チェックも甘かったし、入れ替わってても気付かれなさそうなのよね。
これは面倒でも、一人ひとり確認した方が良さそうかしら」
「そうか、そうだな」
それにしてもこれだけ人が多いと確認が面倒だ。
探知で済ませちゃってもいいんだけど、困ったな。
クラスの女子だけなら全員見分けがつくんだけど、まだ男子は分からないんだよね。
どうしようかと思案しはじめたその時、いつの間にか姿が見えなくなっていた二人が戻ってきてこう言った。
「オッス! 兄貴! 確認してまいりました!
兄貴を含めまして番長組二十三名揃っております!」
「揃っております!」ニャロリーヌが復唱する。
「あ、ありがとう」
「いえいえ、舎弟として当然のことをしたまでです。
それから差し出がましいことかもしれませんが、ニャルミさんの組も確認してまいりました!
こちらもニャルミさん含めまして二十五名全員揃っております!
寮住まいのコネを生かして確認しましたので、ご安心ください!」
「え、わたしのクラスも? ありがとう」
「それにしても早いじゃないか」
先生の話の途中で行ったのだとしても、最長でニ分ほど、最短なら一分くらいしか経過していない。
「はい、実はですね、今日のことは先輩から教えてもらってまして、対策を立てておいたんですよ。
それでさっき屋上を見回っている間に、おおよそのチェックをしておいたんです。
もちろんこんなに短時間で報告できたのは、何人か協力者がいたおかげでもあります。
さて、先輩からどんな事を聞かされて、何故その対策をたてたのか、そのあたりのことを報告させていただきたいと思います。
少し長くなりそうなのですが、お時間いただいてもよろしいでしょうか?」
ニャルミと僕は顔を見合す。
「そんなに長い話なの?」
「できるだけ手短にいたしますが、ちょっとだけ長くなりそうです。
なにしろ表の話と裏の話がございますので」
「表と裏ね、まあお願いするよ」
「ではまずこの説明会ですが、毎年各クラス間で生徒同士入れ替わりをやるのが伝統になっているそうなんです」
「ああ、そうみたいね」
ニャルミが答える。僕もうなずく。
伝統になっているとまでは聞いていないが、長そうな話の腰を折ってさらに長くなっては困る。
「さすがお二人です。
しかしその生徒入れ替わりですが、実はかなりの確率でばれちゃうんです。
そしてそれを実行した生徒たちには、重い罰が下されます。
だけど変だと思いませんか?
こういったことが繰り返されるなら、学園側は事前に警告をしておくべきです。
ですが、何も言われなかったのは兄貴もご存知でしょう」
「そういえば、そうだね」
「うん、わたしも特に注意を受けていないわ」
つい先程教頭先生の口からそんなことを言われたが、それはこの場合ノーカウントだろう。
あくまで生徒全員に警告されてはいない。
「やはりそうなんですね。
ではここからが重要な話です。
実はですね、このタイミングでわざと規則を破らせ、見せしめを作ることが学園側の目的なのです。
それによって、この学園の規律がとても厳しいということを教えるんです。
ここは一見のんきな学園に見えますが、間違いなく最前線の戦場です。
だからいつまでも浮かれ気分では、不幸な結果を招くだけなんですよね。
寮の先輩方もそれが分かっているからこそ、新入生をたきつけます。
『毎年やってるけど先生達は全く気付いていない。その証拠に何も注意されないはずだ』と吹き込みます。
その情報どおり、先生は何も言いません。だからこそ新入生は信じちゃうんです。
結果、数人の犠牲者が出ることになりますが、それでようやく新入生は規律を守ることが重要視されていることを知るわけです。
これは残念なことですが、目の前で誰かが罰せられないとどうしても甘えが出ちゃうそうなんですよね。
なお実際にそそのかされる新入生は、先輩に反抗的な子が多いのだそうです。
『度胸のありそうな君なら、これくらいへっちゃらだろう』とおだてたり『怖くなったのかい臆病者』と煽ったりするそうです。
なんにせよ毎年のことですから、どうやってその気にさせるかノウハウがたまっているわけです。
ターゲットとして選ばれてしまったら、その罠から抜けるのは容易ではないでしょう。
ちょっと長くなりましたが、ここまでが表の話です」
「ほうほう、なるほど」
表と言いつつ、十分に裏事情の話じゃないか。
先輩たちにしてみれば、そうやって新入生を扇動することは他にも利点があるだろう。
先達の者に逆らうと痛い目に遭うと教えることが出来るのだ。
さらに言い訳もしやすい。
『お前たちのためにやったことだ』
『来年お前が新入生に教えてやる番だ』
そうやって怒りやらなにやらの矛先を変えることもできるだろう。
実際に先輩達の中には、去年その犠牲者になり今年新たなイケニエを作るのを楽しみにしている人もいるかもしれない。
そうかなるほど、こうして負の連鎖が続くのか。おそろしい仕組みだ……。
さて僕は思うところがあって、ちらりとニャロリーヌを見てみた。
すると、いかにもわざとらしく目をそらされた。
どうやらニャロリーヌも、入れ替わりをしてみたらとそそのかされた一人のようだ。
ニーオがニャロリーヌを手なずけることができたのも、ひょっとしたらこのことが原因かもしれない。
今朝になって事情を聞かされて、すんでのところで救われたという感じだな。
なるほど、ここまで話半分で聞いていたのだが、これである意味裏が取れた。
裏……、そうだ! 裏の話って何だ?!
「そ、それで裏の話って?」
「はい、その話をする前に、この件で各クラスの委員長がどういう立場になるのかを説明いたしましょう」
「え? 委員長の立場?!」
「はい、お二人にも関係することです。
順を追って解説いたします。
まず担任の教師から委員長に指示が出されます。
クラスのメンバーが揃っているかどうか確認するように、というものです。
ここまではお二人とも体験されていることなので、よくよくご存知でしょう。
さて先生からの指示通り調べてみれば、クラスのメンバーが入れ替わっていることに気付くことになります。
それを先生にどう報告するか。これが難しい選択なのです」
「そうか、なるほどね」
ニャルミと僕がうなずく。
ニャロリーヌだけが分かっていない感じだ。
どうやら全ての話を聞かされてはいないらしい。
「はい、ご推察の通りです。
正直に入れ替わりの事実を報告すれば、それはクラスメイトを敵に回すことになります。
かといって誤魔化せば、入れ替わりが発覚した後、委員長も罰せられます。
もちろん委員長からすれば、自ら危険な遊びをしている子達をかばう理由など全くないでしょう。
ただ多勢に無勢でして、そんな理屈が通らないのが世の常というものであります。
我々一般生徒というものは、たとえ自分達が悪かろうとも、委員長には最後まで味方をして欲しいものなのですよ。
それがクラスを束ねる長として、生徒から期待される役割なのです。
しかも委員長には、状況に不利な点があります。
それは毎年大体五、六クラスで生徒入れ替わりが発覚するということです。
つまりそれだけの数の委員長が、この選択を強いられるというわけです。
そして比較できる対象があれば、誰しも比べてしまうものです。
クラスメイトをかばった委員長と告げ口した委員長との差は、新入生の目に色濃く映ることになるでしょう。
さらに犠牲者の多くは、『隣の委員長は味方をしてくれたのに、僕らの委員長はそうしてくれなかった』と責任を転嫁してしまうのです。
かと言って、たとえ生徒をかばい一緒に罰を受けたとしても、それだけ御しやすい委員長なのだと陰口を叩かれるだけなんですけどね。
まとめますと、どちらを選んでも委員長としてはおいしくないのです。
それどころか、対応の仕方を間違えれば、クラスに居づらくなるかもしれません。
ちなみにもしそうなったとしても、学園はそれなりの配慮をしてくれるそうです」
ニーオはちらりとニャロリーヌを見た。
ニャロリーヌは不思議そうな表情をして首をかしげる。
なるほど、そういうことか。
ニャロリーヌのクラス替え申請があれほど迅速に処理されたのは、それだけ慣れているためだったのだろう。
このイベントでクラスの変更を余儀なくされる者が、毎年出ているのかもしれない。
ニーオは再び視線を戻して話し始めた。
「ちなみに、開始時間が三十分ほど遅らされるというのも、学園側の用意した筋書きの一つです。
少し長すぎますが、生徒達に空白時間対策をするようにと前もって指示が出されていますから混乱は少ないでしょう。
三十分間。これは調べる時間を作るためでもありますが、委員長に考える猶予期間を与えるためでもあります。
入れ替わった生徒を見つけ、何故そうしたのか話を聞いて、その上で委員長がどう判断するのかを学園は知りたいのです。
もちろん時間が足りなかったという言い訳は通用しないでしょう」
委員長がどう判断するかだって?
クラスを束ねる者がどういう人物なのか調べることは、確かに学園にとっては重要なことなのだろう。
でもそれならむしろ……。
そうか、ようやく僕にも裏の話とやらが見えてきた。
僕とニャルミは目配せをしてうなずきあう。
ニャロリーヌはいまだ良く分かっていなさそうな顔で、僕らがするのを真似して首を曲げた。
「さてお待たせしました。いよいよ裏の話です。
もちろんここまで話せば、お二人ともお分かりになっているかと思います。
ですがニャロリーヌのために、敢えて説明いたしましょう。
実はこの生徒入れ替わりイベントは、委員長としての腕の見せ所でもあるのです。
きっちりと入れ替わりを成功させるか、あるいは阻止するか。
そのどちらかを達成することが、委員長に与えられた裏の課題なのです。
入れ替わりを成功させればヒーローになれるでしょう。
ただしこれには情報力と統率力、そして運が必要です。
いくら有能な委員長であろうとも、相手先が間抜けな委員長では、必然的に同じ運命を辿ることになります。
入れ替えを成功させる秘訣などの話は省略しますが、ここで最大の難関とされるのが、実は教頭先生の存在なのです。
なんと毎年トヨキー先生は、新入生全員の顔と名前と学籍番号を把握しているそうなんです。
教頭先生がどの塔に向かうか、それを見極めるのが勝負どころとされているほどです。
しかし今年は残念ながら、我がクラスの担任がその教頭先生です。
相手が悪すぎます。
最初から入れ替わりをさせない方向で頑張るしか道はありません。
結局この場合どうすれば良いかと申しますと、生徒一人一人お願いすることになります。
先輩からそそのかされても決して従わないようにと、なだめたりすかしたり、脅したりじゃらしたりと、色々な手段でお願いするのです。
ですがもしその委員長に人気がなかったり、あるいはみんなから不満を買っていたりすれば、そんなお願いも裏目に出ることになります。
つまり結果は委員長の人徳次第です。
統率力が問われると言っても良いでしょう。
まあ面倒な話はさておきまして結論を申し上げますと、両クラス全員こころよく入れ替わりに参加しないと誓ってくれました。
事後報告になってしまったのは申し訳ございません。
一番最初に報告したことの繰り返しになりますが、この屋上にいるべき二クラスの生徒は、今現在一人も欠けることなく一人の余分もなく揃っております」
さっきまでぽかーんと口を開けて聞いていたニャロリーヌが、ニーオを尊敬の目つきで見つめている。
僕も尊敬しちゃうよ。すごいよニーオ。
クラスのみんなと仲良くしていて良かった……。
これからは心を入れ替えて、みんなから愛される番長になれるよう頑張るよ。
朝の挨拶も褒めておいて良かった。
言わせてくれてありがとうニャロリーヌ!
統率って素晴らしいね!
さて、しばらく呆然としていたニャルミがようやく我に返ったようだ。
「そ、そんな大ごとだったの!? ちょっと! どうして教えてくれなかったのよ!」
「ニャルミさん、申し訳ございません!
しかしながら、僕がそれを知ったのもつい昨日帰宅してからのことだったんです。
通達を出したりなんだり工作をするのに手間取って、このように報告が遅れてしまったのです」
「つ、通達って……?」
「端的に申し上げますと、『ニャンコ番長及びその妹ドラゴンスレイニャー両名に恥をかかせることのないよう両クラスに関わる生徒入れ替わりを固く禁じる』というものです。
もちろん送付先によって文言は変えておきましたのでご安心ください。
この話も長くなりそうですが、説明してもよろしいでしょうか」
「できるだけかいつまんで頼むわ……」
「そ、そうですか……。ここからやっと面白い話になるのに残念です。
今のような内容を両クラス生徒全員と全寮長、それから各クラブの部長あてにですね……」
「ちょっと待って! わたしのクラスメイト全員に送ったの?!」
「はい、そのとおりです」
ニャルミは頭を抱えた。
そりゃそんなことがあれば、『ドラ猫スケ番』もとい『ドラスケ』なんて呼ばれるわけだ。
「……続けて」
「はい、それでですね、あちこち立場を考えないといけなかったので大変だったんです。
学園のため、適度に犠牲者を出さなければいけない。
先輩の顔も立てなきゃいけない。
やる気になった生徒たちを抑えなきゃいけない。
既に入れ替わる予定が立っていたら、その調整もしなきゃいけない。
他にも色々ありましたが、それもこれもみんな今では良い思い出です」
「念のために聞くけれど、それだけのこと一人でやったの?」
「いいえ、もちろん違いますよ。僕一人でできることなんて高が知れてます。
寮の先輩方が『新たな伝説の生き証人になれる』って喜んで手伝ってくれました。
共同作業ってのは良いものですね」
「新たな……、伝説……?!」
「ああ、はい。
辻褄をあわせるために『我々ニャンコ番長一家はおそるべき計画を立てている』って予告しなきゃいけなかったんですよ。
それも含めまして、通達やら何やらこんな大それたことをしでかす委員長はいなかったとみんな楽しんで手助けしてくれました」
「ニーオくーん、その通達とやらで『新たな伝説を刻むぞ』とかそういう告知はしてないわよね?」
「さすがニャルミさんです。なんでもお見通しですね」
「ちょっ……、勝手にそんな……、大丈夫なの!?」
「まあニャルミ、落ち着いて。
それよりニーオ、いったいどうやって収拾をつけるつもりなんだい」
「申し訳ございません。
一介の新入生数名が上級生にお願いするにしても、聞いてもらうのは難しいのです。
ましてや相手はそれなりに実力も権力もある寮長や部長たちです。
納得してもらうためには、そのくらい大きく言わないといけなかったんですよ。
今回両クラスあわせて五十名弱を取りまとめ入れ替わりを阻止したことを、予告していた計画の一つだとして先輩方に報告する予定です。
確かにそれだけでは、賞賛に値するとはいえ伝説と呼ぶにはやや物足りないかもしれません。
しかしご安心ください。
実はここだけの話ですが、『この入れ替わりイベントを制した委員長のみが生徒会長になれる』という暗黙のルールがあるのです。
ですから今回の宣言は、生徒会長選挙出馬表明と受け取ってもらえたはずです。
実際各クラブ部長の方々からは、すぐに良い返事をもらえました。
おそらく部費などを考えると、将来生徒会に入るであろう有望な新入生を敵に回したくないと考えたのでしょう。
ですから大丈夫です!
伝説に不足している分は、これから積み上げていけば良いのです!」
生徒会長になるには、生徒入れ替わりイベントで失敗してはいけない。
先程までニーオにじゃれつきかかろうとしていたニャルミの勢いは、その事実を知らされてトーンダウンした。
お姉ちゃん大好きなニャルミは、同じく生徒会長になるのが夢らしいのだ。
そうだ、生徒会といえばニャーフック先輩を思い出した。
こんなことになっているのなら、教えてくれても良かったのにと思う。
それとも生徒会役員としては立場上『頑張って』と応援するくらいしかできないのかな。
さてそのジンクスとやらが本当なら、ニャルカお姉ちゃんもこの件で何かやったということだろうか。
そのことも聞いてみたいが、今は話を先に進めるのが先だ。
なんせここまでたっぷりと話を聞かされたので、あれから十分間、いや二十分近くたっているはずだ。
「その件は後で聞かせてもらうことにして、話を進めようか」
「わかりました。では次の話ですね。えーと……」
話が大きすぎていまだにその全部を消化し切れていない僕らとはあべこべに、ニーオはまだ喋り足りないようだ。
あれだけぺらぺらと話しておいて、さらにまだ語ることがあるらしい。
「そうそう、言い訳ばかりになってしまいますが、本当は朝一で兄貴に報告しようと思っていたんですよ。
しかし具合がよろしくないと伺いまして、それなら結果が出るまで余計な心労をかけさせない方が良いかと愚考した次第です……」
それを聞いて、ニャルミが何か言いたげに僕をみる。
だけどなニャルミ、たとえそれを聞かされていたとしても、僕らにはどうしようもできなかったと思うよ。
ニーオの言うとおり、余計な心配をせずにすんだのだからそれで良いじゃないか。
僕はニーオに答えながら、それをニャルミに伝える。
「ああ、うん、その判断は間違ってなかったと思うよ。
そんな話を聞かされてたら、結果が気掛かりになって授業どころじゃなかったはずだ。
ここへ来る道すがらとか話せる機会はあったけど、それも含めて今このタイミンが一番良かっただろうね」
「うん、そうかもね……」
ニャルミは少し不満げだったが、話を進めたいという僕の意向がわかったのか流してくれた。
「ありがとうございます、兄貴! その一言を聞けてほっとしました」
「では次の話をお願いするよ」
「了解しました。
先輩から聞いたのですが『やりたきゃやれ、僕は入れ替わってると知ったら、容赦なく先生に報告するぞ』なんて宣言しちゃうのは愚の骨頂だそうです。
それはつまり『入れ替わった上にわざと見つかってくれ』と言ってるようなものなんだそうです。
現にそういった轍を踏んで失脚していった委員長が過去に何人もいると聞いています」
そ、そうなのか……。
僕なんかは何かの拍子でそんなこと言っちゃいそうだよ。
今日みたいに、自堕落モードで過ごそうなんて決めてた日は特にね。
もちろんもう少しオブラートに包んだ言い方にするだろうけどさ。
今回はニーオが全部やってくれて本当に助かった……。
それはさておき、枝葉末節の事柄は今聞くことではないかな。
「あまり時間がないので、細かい話は後で聞かせてくれないか」
「すいません、了解しました。
えーと、では最後に一つだけ。
兄貴たちは寮暮らしではありません。
そのためこの情報を前もって知る機会が少なかったのです。
しかしその不利をサポートするのが、舎弟たる僕の役目なのです。
今回色々と不手際もございましたが、なにとぞこれからも側に置いてやってくださいませ!」
ニーオはそう言って大きく頭を下げた。
それを見てようやく僕は気が付く。
ここまで僕らのために働いてくれたニーオに対して、まだ感謝の言葉を伝えていないんじゃないだろうか。
同時に別のことも理解した。
僕らがこの学園でニャンコ番長として平和に暮らしていくためには、ニーオの存在が必要不可欠なのだ。
言い方を変えるなら、もしニーオがいなければ僕らはひどい目にあっていたということである。
だけど一体何故ニーオはこれほどまで僕らに尽くしてくれるのか。
下衆の勘繰りかもしれないが、僕は一つの仮説にたどりついた。
呪い持ちで入試順位学年ワースト二位、おまけに貴族でもないニーオは、それゆえに爪弾きにされかねない存在だ。
たとえば今回『上級生に反抗的な新入生』がいなかったのなら、入れ替わりをするよう上級生から命令を受けていたかもしれない。
そんなニーオにとって、ニャンコ番長の一番舎弟という立場は都合が良いのだ。
少なくとも不当に軽んじられることはなくなるだろう。
今日みたいに多少の面倒ごとはあるかもしれないけれど、それを差っ引いてもおつりが来るはずだ。
ここまで頭の回るニーオのことだ。
そんな打算で僕の舎弟になる道を選んだのかもしれない。
いやいや、こんな憶測はニーオに失礼だな。
今はただ、僕らのために尽力してくれたニーオに対して、感謝の気持ちを伝えるべきだ。
「ニーオ、いやニーオくん、ありがとう。本当にありがとう。
これからもずっと友達でいよう!」
握手を求め、僕はニーオに手を差し伸べる。その手を取ってニーオが答える。
「兄貴! 何水臭いこと言ってるんすか! 舎弟として当然じゃないですか!
こちらこそお願いです! どうかニーオと呼び捨てにしてやってください!
若頭と呼んでくださってもけっこうです!」
「そうか。頼りにしてるよ、若頭!」
「はい! 兄貴! いや、親分!」
ニーオの手に力がこもった。
あれ、兄貴から親分にレベルアップしちゃったぞ。
ニーオにつられて若頭って呼んじゃったからかな。
まあいいか。
もう、いろいろなものをあきらめるよ。
僕もニーオの手を強く握り返した。
この瞬間、僕はニャンコ番長として生きていくことを決意した。
そして同時に、番長一家の頭脳とでも呼ぶべき若頭ニーオが誕生した瞬間でもあった。
この日からニーオは出世街道を猫まっしぐらに進み、やがては『呪いのニーオ』の名で全生徒からおそれられる存在になるのだ。
だがそれはまた別のお話。
実は第二部がかなり長くなっちゃっているので、その話は第三部でする予定です。
「ニーオくん、ありがとう。わたしともずっと友達でいてね」
ニャルミもニーオの手を取ってそう言った。
ニーオはトラウマがよみがえったか、突然挙動がおかしくなった。
「は、ははははは、はい! ニャルミさんには一生逆らいませんにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」
「あ、ごめんね」
ニャルミはニャっと手を離し、僕にすり寄る。
「お兄さま、どうやら全部本当みたいですわ」
ひょっとして『全部嘘でしたニャー』みたいなオチなんじゃないのかと願っていたのだが、その可能性も消えたか。
ニャルミはニーオに向き直って頭を下げた。
「よろしくね。ニーオくん」
ニーオは少し落ち着いたものの、いまだに鼻息が荒い。
「は、はい! ニャルミさん、こちらこそよろしくお願いいたしますにゃ!」
良かった。どうやらこれでこの話はひと段落ついたようだ。
でも良く考えるとまだ何も解決していないような……。
まあいいか。僕はこれから怠惰をきわめればいいだけなのだ……。
だがそうやってほっとしたのも束の間。
ニーオにすがるニャルミを見て、ニャロリーヌの目があやしく光ったような気がした。




