怠惰な襲撃の一日編 そのニャニャーン
猫ハーレム状態を満喫していた僕は、そのために注意を怠っていた。
完全に油断し、魔力探知で周辺の安全を探ることをサボっていたのだ。
その来訪者は、ゆっくりと坂道を登って僕達のもとへと近付いてきていた。
一匹の猫がようやくそれに気がついた。
突如鋭く振り向き、スロープへと注意を振り向ける。
どうしたのだとその猫を見ると、その四肢には力が漲っており並々ならぬ事態が訪れたことを予見させる。
すぐさま周りの猫達にもその緊張感が伝播していく。
そうやって猫達から気付かされて、僕はようやくその方向へ魔力探知を行った。
なんてことだ。
まだ数度しか体感したことはないのだが、この魔力の特徴は良く覚えている。
これは全く想定外の事態だ。
学園の中だから戦闘が起きるはずがないと油断し、気ぐるみを置いてきてしまった僕のミスだ。
僕らのことをかばうように、ボス猫であるハチクツくんが前に出た。
だがその猫耳や尻尾を見る限り、完全に戦意を失っているのがわかる。
精一杯の勇気を振り絞って、僕らを守ろうとしてくれているのだ。
みんな不安げにニャーニャーとなきはじめた。
かつて魔物の襲来を知らせた学園の猫達の伝説。
まるでそれが再現されたかのようだ。
そしてついにその襲撃者が姿を現した。
その者はよだれを払うがごとく口元に手をやると、猫にはわからない意味不明なうなり声をあげた。
だけど僕には、それがどういう意味を持っているのかがはっきりと分かった。
おそらく僕のスキルがそれを可能としたのだ。
今だからこそ分かる。『言語習得ブースト』とか、多分そんな能力だ。
この世界の言葉をあれだけスムーズに覚えることはできたのは、きっとそのおかげだろう。
とにもかくにも、その襲撃者はこんな意味のことを口にしたのだ。
「みんなお待たせー! 今日も来ちゃった! 全員居るかなー?」
猫達はその声に慌てふためき、逃げようとする。
だが逃げ場はない。
唯一の退路がその襲撃者によって断たれているのだ。
そしてこの猫達の慌てぶりを見れば、何が行われたのかは容易に推測できる。
ニャロリーヌが手当たり次第に猫可愛がりしまくったのだろう。
猫という生き物は、必要以上にかまわれるのをとても嫌うものだ。
「あら、見ない顔がいるじゃない。
そうか、なるほど。ひょっとしてあなたがわたしの『運命の猫』なのかしら。
お告げ通りなら、あなたは『三毛なのに男の子』のはずよ」
お告げだって?!
おいおいおい、そんなことに『神託』能力を使っていたのかよ。
無駄撃ちしてんじゃないよ! そりゃ確かに僕は特別な猫だけどさ……。
僕はハチクツくんの前に出て、「ニャー」と一声鳴いた。
その声で周囲の猫達の緊張が解け、僕を頼るように背後へと集まる。
「ふふふ、早速あなたが相手してくれるの?
嬉しいわ。たっぷりかわいがってあげる」
くぅ、僕が猫だと教えなかったことが裏目に出た。
どうするか。この際カミングアウトしてしまうか。
「昨晩ちょっと嫌なことがあってね。
癒しが欲しいのよ。愛を分けて欲しいのよ。優しさに飢えているのよ」
おっと、それを言われるとつらいんだよな。
それに僕が猫だって言い出しにくくなっちゃった。
ニャロリーヌが一歩一歩近付いてくる。
周りの猫達はおびえている。
この事態を切り抜けるには、誰かがイケニエにならなければならないだろう。
困ったな。他の猫達に昨日の僕達の尻拭いをさせるわけにはいかない……。
よし決めたよ! もういいさ! 僕が犠牲になろう!
全てを受けいれ覚悟を決めたその瞬間、僕はようやく気がついた。
早朝に僕が感じたあの『予感』は、このことを指し示していたのだ。
おそらくこれから、この僕に、あの時見たビジョンと同じ惨劇がおこるのだろう。
避けようと思えば避けられた未来のはずだったのに、不覚だ……。
違うな、これは運命だったのだ。
人間一人が、いや子猫一匹が、運命という巨大な力をどうこうしようと思ったのがそもそもの間違いだったのだよ。
ここで断っておくが、決して昨日図書館で見た光景がうらやましかったなんてことはない。
幼女に組み伏せられて馬乗りされ、裸にひん剥かれていた少年を見て、自分もそうされてみたいとか思っているわけではない。
僕は望んだ未来になるように最善をつくした。
そして全ては起こるべくして起こってしまった。ただそれだけなのだ。
「あらあら、やっぱり男の子だったのね。
私の運命の猫ちゃん、仲良くしましょうね」
その後、何が行われたのかをここで詳しく語ることは出来ない。
なぜならこの小説が年齢制限をつけていない上に、医療行為であるとごまかすのが難しいからだ……。
いや、念のため注釈はつけておこう。
※ 何が起きたかよく分からないけれど、多分おそらく医療行為のようなものです。
僕が何をされ、何を感じたのかは、みなさんの想像におまかせする。
いやこの書き方だとちょっと問題があるかな。
少し補足しておこう。
結論から言うと、みなさんが思っているようなものでは無かったですね。
こういうことは想像の範囲内に留めておくのが夢を壊さないコツだと悟りました。
ただ一つ言えるのは、今日一日活動するエネルギーを全て吸い取られてしまったような感じがするということです。
もちろん変な意味じゃないですよ? 猫ってのはかまわれ過ぎるのが嫌なのです。
決して僕が満足しきっただけだとか、ただ単に疲れているだけだとか、そういうわけじゃないです。
信じてください! みなさん!
以上補足終わり!
襲撃者が満足して去っていった後、僕はしばらく呆然としていた。
弱りきった僕をなぐさめるように、必死にみんなが優しくしてくれる。
そんな中、放心状態の僕を家まで帰してくれたのはハチクツくんだった。
よく覚えていないが、子猫を運ぶように僕をくわえて運んでくれたのだ。
それはみんなのかわりに犠牲になった僕に対する、ボス猫としての配慮だったのかもしれない。
ありがとうハチクツくん。
気に入った! 僕の家にきて妹からブラッシングしてもらっていいぞ!
帰りが遅かったせいか、ニャルミは家の前で僕を待っていた。
ピョンピョン飛び跳ねていなかったから、まだ時間に余裕があるのだろう。
「あら、あらあら。一体どうしたの? とりあえず入って」
扉を開けるとハチクツくんは当然のように家にあがりこみ、僕をベッドに下ろした。
「それで? 説明してもらえるのかな?」
「えーとね……、ちょっとはしゃぎすぎてバテちゃった。
それで困っていたところを、こちらのハチクツくんが親切に家まで運んでくれたんだ。
その恩返しをしたいので、何かおもてなしをして差し上げて」
「ハハーン、運動不足を取り戻そうと急に無茶をしたのね。
どんなことでも少しずつ負荷をあげていかないとだめよ。
それにしても満足気ににやけてるのが気になるわね。
うーん、まあいいか。
さてハチクツくん、うちのニャスターがお世話になりました。
あまり時間ないけど、何かお出ししましょう。
ニャスターもほら、そんなところで伸びてないで、早く着ぐるみを着てらっしゃい」
「う、うん……」
結局ニャルミに着ぐるみまで運んでもらったのは言うまでもない。
それにしても疲れた……。
よし決めた! 今度こそ決めた!
今日は一日自堕落な生活をおくることにしよう!
ニャロリーヌのストレスを解消することで、もう今日の仕事は果たしたような気がする!
そうだ! そうしよう!
こうして伝説に残るほど怠惰な僕の一日が幕を開けたのだった。
長い前振りだったニャー




