子猫編 その一
長い長い夢を見た気がする。
いや、夢ではないようだ。
そうだ。僕は子猫に生まれ変わっていた。
目を開けるとおかあさん猫がやさしそうに僕を見つめる。
安心する匂いにつつまれ、お乳を飲んでから僕はまた眠りにつく。
心地よいまどろみの中で、僕はこれまでのことを振り返る。
神様が転生させてくれたのは覚えている。
確かポイントをどう割り振るかについていろいろ揉めたはずだ。
しかしどんな能力を選んだのか、全然覚えていない。
僕のポイントは百五十ほどだったような気がする。
そして記憶が残っているということは、『記憶残留』を選んだことになる。
これには百ポイント必要だったはずだ。
さらに猫に転生するために、あれやこれやで二十ポイントほど使ったはずだ。
つまり残りはおよそ三十ポイント。
それで送りだすのは難しいと神様は言っていた。
使命のために必要とされる能力が足りないのだそうだ。
神様を名乗るジジイは、やけに渋い顔でそんな話を得々と語っていた。
それで夢の中ではつい反発してしまったが、こうして冷静になってみるとあそこで引いて正解だったと思う。
なぜなら下手に神様の機嫌を損ねたら、他の子たちの二の舞を演じていた可能性があるからだ。
ダメな子たちの話を先に聞いておいてよかった。
何せ男の子には厳しそうだったからな、あのジジイ。
さて、僕は誰も思いつかないような打開案で見事に一発逆転したみたいなのだ。
だが具体的にどういった内容を提案したのかよく思い出せない。
今僕は猫として生きている。記憶も残っている。
いろいろ辻褄があっていないようにも思えるが、僕が今こうしてここにいるということはきっと僕のアイディアが良かったんだね。
そういや『記憶残留』の取得についても、神様はあまり乗り気じゃなかったみたいだな。
お勧めできない理由を女子高生に延々と語っていた。
その話が理解できないわけじゃないが、やっぱり『記憶残留』は選びたいよね。
少女も言っていたように、定番だもんね。
それをはずすなんてとんでもない!
関係ない話だけれど、今思えばわりとタイプの女の子だったな。
神様が甘い顔をしたくなるのも分からなくはない。
あれ、そういえば請け負った使命のことも忘れている。
何をすればいいんだったっけか。
大事なことなのに覚えていないや。
どんな能力を持っているのかも全然分からないし、困ったなー。
対策のたてようがないや。
しっかりしてよ神様! 記憶残留がちゃんと機能していないよ!
まあいいや、そのうち思い出すのかな?
もう少し成長して自由に動き回れるようになれば、何か分かるかもしれないよね。
そういうことにしておこう。
にゃんだか眠いし、もうこのまま寝ちゃうニャー。
活動時間が少しずつ増えてきた。
それに伴い、家の様子がだんだん分かってきた。
部屋は思っていたよりも狭いが、悪くは無い。
猫用おもちゃが完備されており、住環境としては申し分なさそうだ。
住人は猫耳である。ときどき僕の様子を見にやってくる。
たまに猫じゃらし的なもので遊んでくれるので、本能の赴くままにじゃれつく。
彼らは合間合間に何か声をかけてくるが、その言葉の意味は分からない。
どうやら言語チートは取らなかったようだ。
神様の話だと言葉は自然に覚えるようなので問題ないだろう。
それに言語チートを取るなら、古代語とか竜族語とかにしないともったいないもんね。
それから今さらだけど、どうやら僕は三毛の雄猫のようだ。
こちらの世界でも三毛の雄は珍しいらしく、僕のことをやけに丁寧に扱ってくれる。
だけど確か『三毛の雄』は二十ポイントくらい使うんだよな。
そのレアリティを考えれば、その高いポイントも妥当なところではある。
だがちょっともったいなかったかもしれない。
まあいいか。ここは楽天的に考えよう。
この毛並みのおかげで、きっといいところに貰われて行けるのだろう、多分。
能力と使命の詳細だけど、数日経過したのに思い出せない。
どうやら神様とやりとりした記憶のうち、重要なところが欠落しているようだ。
そういうものなのだろうか。
自分で探り当てないといけないらしい。
こまったニャー。
こちらの世界の言葉が分かってきた。
とはいえ断片的な単語のみだ。
ご飯。猫ちゃん。かわいい。おねむ。ニャー。
猫耳の人たち同士が話している言葉は、とても早口で聞き取れない。
僕に言葉を教えようという気持ちはないらしい。
おかあさん猫もしゃべれるわけではないし、しょうがないか。
おはよう。おやすみ。おいで。いい子。遊ぼう。
それならばこっそり覚えるまで。
言語という概念それ自体を理解しているので、覚えるのはかなり楽だろう。
子猫だからなのか、やたらと眠い。
ほとんど一日中寝ているような気がする。
そして起きると一回り成長してるような気がするニャー。
猫耳の人たちの言葉がおおよそ分かるようになった。
物覚えが良すぎる。子猫だからだろうか。
身体もだいぶ自由に動かせるようになってきた。
運動能力は高いような気もするが、普通の猫の範疇かもしれない。
身体強化系の能力はとらなかったのだろうか。
記憶残留の他にどういった能力があるのか早く突き止めたいな。
そういえば記憶残留と相性の良い能力は各種才能系だ、って神様は言ってたな。
そうなるといろいろ試してみた方がいいのか。
いずれにしろもう少し大きくなってからだな。
今はとりあえず眠いニャー。
今日は見知らぬ女の子がやってきた。
十歳くらいだろうか。こちらに来てから小さな子を見るのは初めてだ。
整った顔立ちで猫耳と眼鏡が可愛い女の子だ。
着ている服やアクセサリーが少しばかりゴージャスである。
そこから推測すると、かなりいいところのお嬢さんらしい。
どうやら僕を見るためにわざわざやって来たらしい。
少女は猫との接し方を知らないらしく、僕は少し乱暴な扱いを受ける。
最初は我慢していたのだが、あまりにも強く撫でるので怒ってやった。
少女は驚いて僕から距離を取った。
それを見ていた家の人が、少女に僕の扱い方を教える。
少女は素直にそれを聞いて、おそるおそる僕に近づいてそっと僕を撫でる。
「ごめんね、もう怒ってない?」
「ニャー」
女の子はそう謝ると、すぐに帰って行った。
ひょっとしたら優良物件を逃してしまったのかもしれない。
まあいいかニャー。
家の人たちが、かわるがわる僕に挨拶に来た。
ひとしきり僕を愛でてやさしく撫でる。
前に一度だけ見たあの女の子がやってきた。
僕を持ち上げて立派な細工の籠の中に入れる。
中にはきれいな布が敷いてあり、なかなか居心地が良い。
どうやら僕はこの子の家にもらわれていくことになったらしい。
籠の蓋が少し開けられて、おかあさん猫に挨拶しなさいと言われた。
おかあさん猫が僕をやさしく毛づくろいした。
どうやら子猫がもらわれていくのは慣れっこになっているらしい。
別れの儀式はあっさりと終り、女の子は僕の入った籠を抱えて家路を急ぐ。
道すがら少女は僕の名前を考えているらしい。
ときどき籠の隙間から僕を覗いて候補の名前をつぶやく。
変な名前はつけないでほしいニャー。
籠の隙間から見えてきた女の子の家は、宮殿のように豪華だった。
「ニャスター、今日からはここがあなたのおうちよ」
僕の名は知らぬ間にニャスターに決まっていたようだ。
なんと言うか、どうにもコメントしづらい名前である。
まあ決まってしまったものは仕方がないか。
使用人らしき大人たちが彼女に挨拶をする。
やはり彼女は身分が高いのだろう。
どうやら転生ポイントを使わずにとても良い家柄の子になれたみたいだ。
三毛の雄を選んでよかったニャー。
2014.04.23 修正 二の舞を踏む→演じる