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子猫転生  作者: ニャンコ先生
第ニャー部 下巻
39/57

偽りの劣等生編 その七

 幸いにして、まわりのみんなは事件のあったほうに夢中だったので、僕らが注目されることはなかった。


 その直後、本棚の陰から見知らぬ少年が飛び出し、そのまま走り去って行った。

 着衣がはだけていたように見えたのは気のせいだろうか。



 そしてすぐさま次の叫び声が響く。



「にゃあああああ! 許してください!」


「うるさいわね! いいから黙ってじっとしてなさい!」


「ふにゃあああああああああ! 誰か助けてええええええ!」



 どうやら生徒同士の揉め事のようだ。


 それを確かめようとみんなの後ろから覗いてみると、十メートルほど離れた先で絡み合う人影が見えた。

 少女が少年の上に馬乗りになって、その服を脱がせているようだ。


 いったい何故そんなことを……。


 それにしても、オイ、コラ、少年よ! もっと本気で抵抗しなさい。

 助けてやりたいところだが、楽しんでいるようにも見受けられるので、手が出せないぞ。

 まさか衆人環視の中、女の子に服を脱がせられるのが好きとか、そういう趣味を持ってるんじゃないだろうな。



 さて落ち着いてよく見てみると、その少女がかなり幼いことに気がついた。

 それと同時に、つい先ほど聞いた噂のことを思い出す。

 彼らが言っていた『すごい幼女』とは、この子のことだったのだ。


 確かになかなかの魔力を持っている。

 新入生の中では飛びぬけて高い方だ。


 そうは言ってもニャルミの半分くらいだろうか。

 ニャルミが規格外すぎるのだ。




「あらあらまあまあ」


「ほうほうなるほど」



 ニャルミとニーオもいつの間にかこのショーを見学していた。



「ああやって服を脱がすのは、服従させる上での基本よね」


「裸にすることで、抵抗する意志を奪うんすね」


「わかってるじゃない。そのとおりよ」



 こらこら君達、暢気に解説してるんじゃないよ。

 とは言っても僕も野次馬にきてるようなものだから強く言えないな。


 などと考えていると、そこへニャーフック先輩がやってきた。



「ああ、君達もいたのか。

 やれやれ、図書館ていうのは、こういったプレイを披露したり観察したりする場所ではないのだけどなあ」


「さすが副会長、真面目ですね。じゃあ先輩は見ないんですね」


「当たり前だよ、わたしはいつだって真面目だ!

 だから真面目に見学させてもらうよ」



 そんな風に先輩がふざけるので、僕はつい突っ込みをいれてしまった。



「いやいや先輩、助けてあげてくださいよ」


「そうは言うけどね、おいそれと手を出すわけにはいかないのよ。

 わたしは生徒会役員だ。下手に介入したら後々面倒なことになる。

 それぞれの生徒の体面ってのもあるしね。

 もちろん本当にまずい状況になったら助けるが、このくらいなら静観するしかない。

 あ、君達が救いに行くというのなら止めないぞ。

 むしろそうしてもらえるなら、わたしらとしても非常にありがたい。

 同級生が助けるならば、問題にはならないだろう」


 体面か。確かに魔術学園の生徒は貴族の子弟が多いからな。


「なるほど。それじゃ僕もこのままもう少し見守ることにします。

 彼が本当にいやがっているのかどうか、判断しかねますからね」



 そうやって僕も静観を決め込もうとすると、ニャーフック先輩が意地悪そうに笑った。



「いやいやニャンコ番長、助けてあげてくださいよ」


「ど、どうしてその呼び名を……!

 三年生にまでその噂が広がってるんですか……」


「うん。もう学園中に広まってるよ。

 まさか本当に猫を引き連れているとは思わなかったけどね。

 どうだろう、番長の初仕事としてこの場を丸く治めるというのはいかがかな。

 多少のことには目をつぶるよ」


「い、いえ。できればその肩書きは返上したいので、あまり目立ちたくないのです」


 ニャルミもうんうんとウニャずいている。

 ニーオもウニャウニャうなずいていたが、途中でびっくりしたように僕を見た。


「そ、そんな兄貴! ここは名を上げるチャンスですよ!」


「ニーオ、僕は静かな学園生活が望みなんだ」


 ニーオはしゅんとうなだれた。そんな顔をされても困るよ。

 一体僕に何を期待しているんだ。


 ニャーフック先輩も一瞬残念そうな顔をしてみせたが、すぐに普段通りの表情に戻る。


「そうか、それならば仕方が無い。

 もうしばらくすれば、おそらく司書さんあたりが注意しにくるはずだ。

 図書館は静かに使いましょうってね。

 それでこの件は終わりだろう。

 だが頭が痛いよ。

 どうやらあの少女、行く先々で問題を起こしているらしいんだ。

 入学式もすっぽかしたって話だよ。まったく前代未聞だ。

 そのうち本当に生徒会役員として対処しなければならなくなるもしれない。

 そうなる前にどこかの番長さんが問題を解決してくれたらなあ」


 そんなことを言われてもどうすることもできない。

 優しく諭して素直に話を聞くような子ならば良いのだが、どう見てもそんなタイプには見えない。

 いや、そんな素直な子は同級生に馬乗りになって服を剥いたりしないだろう。


 申し訳ないが、僕にはそういったことにかかずらっている暇は無いのだ。


「噂をすれば何とやらだ。

 ただ予想と違って、司書さんではなく館長がお見えになったようだ」


 ちらりと振り返ってみると、教頭先生がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 教頭先生が図書館長も兼任しているのだ。


「まさか教頭先生が出てくるとはな。

 でもあの先生なら角の立たない形ですませてくれるはずだ」


 そう言われて僕はほっと胸を撫で下ろした。

 僕らは少女たちの方を向きなおし、事の成り行きを見守る。



 だがどういうわけか、教頭先生は僕らの後ろで立ち止まり、一緒に様子を眺めている。


 そして気が付くと、背後から何か独り言のようなものが聞こえてきた。

 それも僕らにしか聞こえないように声を潜めているのだ。



「はー、困ったなー。

 誰か彼女を止めてくれるような優秀な生徒はいないものかな。

 わたしが出ると話がややこしくなってしまうんだよな。

 できれば生徒同士でどうにかしてほしいな。

 はー……。

 面接でわたしのことをボコボコにしたと噂の新入生が頑張ってくれるといいな。

 そうしたらいろいろなことを水に流せるんだけどなー」



 そこまで言うと、教頭先生は踵を返して立ち去った。

 僕らは結局振り返ることができなかった。



「今のって……何!?

 ひょっとして、わたしたちでアレをどうにかしろってこと?」


「そうみたいだね……」


「ご指名か。さすがだな、ニャルミさん! そしてニャンコ番長!

 これはもう行くしかないだろう!」


「すごいっす兄貴! ニャルミさん!

 教頭先生のお墨付きがでたっす!

 こりゃもうやるしかないっす!」


「え!? ちょっ!」


「キャッ! 何!?」


 僕とニャルミは二人に押されて、みんなの前に出された。


 ちょうど少女が少年を解放したところだ。

 僕らと少女は目が合ってしまった。



「何よ、あなたたち。名前と番号を言ってみなさい」


 その迫力に気圧されて、僕らはつい素直に答えてしまった。


「い、一番のニャルミ……です」

「二百二十二、ニャスターだ」


 するとその少女は意外なことを口走った。


「ふーん。二百二十二ってことは、つまり、劣等生よね。

 そしてその魔力……、どうやらあなたたちが『偽りの劣等生』とその一味で間違いないようね。

 こっちのちっこいのが百二十、そして劣等生が百五十なのかしら」



 百二十と百五十、聞きなれたその数字。

 そしてニャルミほどではないが、この子の持つ魔力。


 もしかしてこの子は……。



「おい、あの子番長様に向かって失礼なこと言ってるぞ」

「百二十とか百五十って何のことかしら? 身長?」

「しっ! かかわるな。仲間だと思われたらヤバイ」



 周りの子達が騒ぎ始めた。

 いずれにしろこれはまずい。

 色々な意味でまずい。


 僕は念のため少女に確認を取ってみることにした。



「なあお嬢ちゃん、百二十とか百五十とかって何のことかな?」


「うんうん、詳しく聞かせてもらえるかな」


「ふふん、まあ分かりやすく言えば能力を数値化したようなものかしら。

 あなたたちは一般人に比べれば高い能力を持っているかもしれないけれど、わたしに言わせればまだまだね!

 なんせわたしは二百二十もあるのよ!

 分かったら、ひざまずきなさい! 特別に家来にしてあげるわ!」


 少女はそう言って僕の腕を掴むと、力任せに引きずり倒そうとした。


「お兄ちゃん!」

「ああ、大丈夫だ、ニャルミ」


 ものすごい力だ。筋力強化のスキルだろうか。


「へ、へえ。これでも倒れないなんて、あなたやっぱりそうなのね」


「そうって何が『そう』なのかな?」


「知る必要は無いわ。

 わたしは何でも知っているし、このとおりあなた達よりも優れているのよ。

 だから黙ってわたしに従っていればいいの!

 さあ早くそこにネコろがりなさい! 念のために剥いて確かめてあげるわ!」


「ど、どうして服を脱がす必要があるのかな。

 それからさっき言っていた『偽りの劣等生』ってどういう意味なのかな」


「そうね、あなた達になら教えてもいいかもしれないわね。

 わたしには未来を予知できる力があるの。それが告げているのよ。

 カギは『偽りの劣等生』が握っていて、その劣等生を見極めるには『服を脱がせば分かる』ってね」



 やはり間違いない。この子も転生者だ。


 予知の力というのも本物だろう。

 服を脱がされたら、僕が『偽りの劣等性』であることがばれてしまう。

 それであんなことをしていたのか。



 そして、おそらく少女は前世の記憶を引き継いでいる。


 それならばまだ対処のしようがあるというものだ。


 この場を丸く治める方法。

 それは単に僕らが転生者だと打ち明けることではない。

 そのやり方では彼女をおとなしくさせることは出来ないだろう。



 ではどうすればいいのか。


 答えは簡単だ。

 僕は彼女の耳元でそっとささやく。



「へ、へー。その若さでこの力、すごいですね。

 それに、こんな幼くして何でも知っているなんて、まるで生まれ変わりみたいだ。

 物語で読んだことがあるくらいですけれど、ひょっとしてあなたがそうなんですか?」



 前世記憶を引き継いだ転生者にとって、それを他人に知られるのは禁忌中の禁忌だ。

 相手が知らないのなら、それは転生者同士でも遵守されなければならない。


 みるみるうちに少女の顔色が青ざめていき、それとともに僕の腕にかけられた力も抜けていく。



「え、なんのことかしら? さっぱり分からないわ」



 やっぱりそうだ。

 転生ポイント二百二十で記憶継続持ちってことは、実質ニャルミと変わらないじゃないか。

 後でそれを教えたら、どんな顔をするのか楽しみだ。



「お嬢さん、ちょっと三人でお話しようか。

 僕達の家に来ないか。美味しいお茶と甘いお菓子があるよ」


「あ、いや、その……。わたし忙しくて……ごめんなさい」


「逃げるのかい? それじゃまるで自分がそうなんだって認めたことになるよ。

 どうしようかな。みんなに話しちゃおうかな。

 この学園は噂の広まるのがすごく早いからね。僕もそれですごく苦労したんだ」


「や、やめて……。いや、違うから……。その……」


「うん、分かった。ただ僕はきみとお話がしたいだけなんだ。

 お誘いを受けてくれるかな」


 少女は力なくうなずいた。

 だが、隙あらば逃げ出そうという魂胆が透けて見える。


「ニャルミ!」


「うん、分かった! さ、行こっか」


 先ほどまでの話で、ニャルミも事情は飲み込めているらしい。

 阿吽の呼吸で少女の手を握る。


 もうこうなったらやぶれかぶれだ!

 ニャンコ番長としての名前が学園中に轟こうが知ったことではない!


 昨日二人掛かりでニーオを引きずって帰ったが、今日はこの少女を相手にそれをすることになるとはね。



「にゃ? にゃにをするの!? はーなーしーてー!

 にゃあああああああああ!」


「ははは、暴れてもいいけど、みんなに言っちゃうよ」


 そう言うと少女はおとなしくなる。


「え、あ、はいっ! 静かにしてます!」


「怖がらなくても大丈夫だよ。ちょっと話を聞かせてもらうだけだからね」


「うんうん。すぐに済むわよ。痛くしないから安心してね」


「にゃあああああ! ごめんなさい! ごめんなさい! はーなーしーてー!」


 少女の叫び声が、図書館中にこだました。

 その騒ぎを聞きつけて、さらに人が集まってきた。


 彼らの噂話が、はっきりと耳に入ってくる。



「お、おい! 何事だ!」

「なんであの子引きずりまわされてるの?」

「昨日と同じだ……、やっぱり番長は番長なんだ……」

「どうやらこれから、番長が生意気な新入生を教育するらしい」

「まあ、今のは仕方ないよね」

「うん……、これに懲りて少しはおとなしくなるといいな」

「ああ、あの子か。遅かれ早かれこうなるとは思っていたが……」

「ああやって二人掛かりで両手を抑えて、杖を持てなくするのが手口らしいぞ」

「マジかよ。そこまで計算ずくか。手馴れてやがる……」

「驚くのはまだ早いぞ。何でも教頭先生や生徒会のお墨付きらしい」

「え、どういうこと?」

「依頼があったみたいよ。裏の仕事ってやつね」

「うん、さっきコソコソ話しているのを見た」

「え?! ニャルミさんもなの? わたし信じてたのに……」

「噂は本当だったのか……」



 その人ごみの中に、僕らをを笑顔で見守る教頭先生と副会長の姿が見えた。

 二人とも覚えてろよ! これは貸しだからな!



「にゃ!? にゃあああああああ!」


「おっとごめん、つい力が入りすぎてしまった」


「にゃああああああああ! ゆーるーしーてー!」



 この日、新たな伝説が刻まれた。


 白昼堂々衆目にさらされる中で、番長が嫌がる生徒を無理やりどこかへと連れ去ったというものだ。

 そして恐ろしいことに、番長をとがめる者は誰もいなかったという。




番長編はここまでです

しばらくお休みします

ある程度まとめて投稿した方が良いのかニャー

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