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子猫転生  作者: ニャンコ先生
第ニャー部 下巻
36/57

偽りの劣等生編 そのニャニャーン

「それでは学籍番号の若い順に自己紹介をしてもらおうか。

 一人二分くらいを目安に話して欲しいが、突然なので準備が出来ていない子もいるだろう。

 だから名前と学籍番号だけを言ってくれれば、それだけで終わりにしてしまってもかまわない。

 もしそれだけではさびしいと思ったなら、自分の属性や誕生日、出身地などを付け足してくれ。

 もちろんそれ以外に言いたいことがあれば何でも話すといい。

 あまり長く喋りすぎたらストップをかけるかもしれないけれど、それ以外は自由だ」



 そうして始まった自己紹介タイムは、僕にとって拷問のような時間となった。

 最初のやつがこんなことを言い出したのだ。


「俺の尊敬する人は、兄貴です。

 情けない話ですが、俺は自分の順位を見て自信を失くしていました。

 自分のことを落ちこぼれだと卑下していました。

 だけど兄貴の言葉で目が覚めたんです。

 縮こまっていてはいけない。もっと自信を持って伸び伸びと頑張れ。

 努力は報われる。これまで頑張ったから、俺はここにこうして居られる。

 そうやって自分自身で今までの苦労を認めてあげていいのだと、そう教えていただきました。

 だから明日からも自分を認めていけるように、今日から精一杯頑張っていきます。

 兄貴、そしてみなさん!

 どうか俺がくじけそうになったとき、渇をいれてください。

 よろしくお願いします!」



 その子が一礼すると、何故か拍手が沸き起こった。

 それで流れは決まってしまった。



「兄貴が……、俺のことを優秀だって言ってくれて、泣くほど嬉しかったっス……。

 だから、そんな兄貴を失望させないためにも、気合を入れて頑張るっス!」


「わたしは今日初めて、本来ならばここにこうしていることも無かったのだと知りました。

 だからチャンスをくれたニャスターさんが、それを誇りに思えるようになることが目標です!」



 お前らこれ自己紹介タイムだかんな!

 僕をいじめる時間じゃないかんな!

 何人か絶対楽しんでるだろう!


 特に教頭先生! 笑いをこらえているように見えるのは気のせいか!

 これはひょっとして先生の差し金なの?!

 うにゃあああ! おのれ、教頭先生め!




 その後も賞賛と感謝の言葉が僕に向かって浴びせ続けられた。

 思いっ切り否定したかったのだが、みんな元気が出たと喜んでくれているのだ。


 水を差すのは野暮というものである。ここは黙って耐えるしかない。

 だが、それがこんなに恥ずかしいことだとは思わなかった。


 そもそもみんなを勇気付ける言葉ってのも僕が言ったんじゃないからね!

 ニーオが言ったんだからね!



 正直に言ってニャルミの健康チェックの方がまだマシだ。

 あれは天井のシミを数えていれば終わるからね。

 もちろんやって欲しいという意味じゃないからね! 勘違いしないでね!




 唯一の救いといえば、窓から入ってきた猫だ。

 いわゆる茶白、あるいは茶トラ白とよばれるタイプで、オレンジ色の毛並みがとても美しい。

 その猫は机に飛び乗ると、僕にむかって小さく「ニャ」と鳴き真っ白なお腹を見せた。


 ひょっとして僕を慰めてくれるのかい。


 名も知らぬその猫は、僕が顔をうずめようとしても抵抗することなく受け入れてくれた。

 僕は猫だから分かるが、これってけっこう怖いんだよね。

 そのふわふわとして暖かでふっくらとした感触を顔面で感じつつ、僕は湧き上がる羞恥心を耐え忍んだ。


 ※ 注意! 一般的にはただのヘンタイ行為です。公衆の面前で猫に顔をうずめることは控えましょう。




 けれども話を聞いているうちに、みんながそういうことを言いたがる背景が見えてきた。


 成績が思わしくなくて落ち込んでいた時に、前向きな言葉をかけてもらったこと。

 そして最下位組という劣等感を、番長が居るクラスだということで解消したいということ。


 魔法を使える子ってのは、通常それだけで優等生扱いなんだよね。

 だからこのクラスのみんなは、こうして劣等生扱いされることに慣れていないみたいなんだ。


 いつまでもこのままじゃ困るけれど、僕をきっかけに変わってくれると言うのなら、今だけは我慢しよう。

 僕一人がつらい目に遭えばそれでみんなが救われるんだ。






 そして猫のお腹の感触を楽しんでいるうちに、いつの間にか二十人分の苦行が終わり、ニーオの番になっていた。


「ニーオです。

 実は僕には、産まれたとき別の名前がありました。

 猫耳エルフのみなさんはご存知だと思いますが、貴族は『ニャ』で始まる名前を許されています。

 ここまで言えばお分かりでしょう。

 僕は遥か遠方の地で貴族の嫡子として産まれました。

 しかし、とある事情により僕は廃嫡され、名前と姓を失いました。

 いえ、隠していてもいずれは分かることです。だから言います」


 そうか。あの話をするんだな。

 それなら真面目に聞いてあげないと失礼か。


 僕は起き上がった。猫がさびしげに僕を見る。

 そんな顔をしないでおくれ。後で二人っきりで今の続きをしよう。


 ニーオはそのまましばらく押し黙っていた。

 そしてすがるような目つきで僕を見た。

 僕は小さくうなずいてみせる。

 それでようやく決心がついたようだ。

 小さく深呼吸をしてから、固く閉ざされた口を開く。



「……僕は、呪い持ちです」



 その一言でクラスの雰囲気が変わった。

 それまで聞こえていた暖かな笑い声が止み、静寂があたりを包んだ。



 呪い。隔世遺伝によって発動する忌まわしき呪縛。

 ある一定以上の魔力を持つ者のみにそれは発現し、様々な悪影響をもたらすという。

 ニーオの身体が弱いのは、そのせいなのだそうだ。


 呪い持ちの子が出たことが公になれば、その家が受けるダメージは計り知れない。

 だからニーオはそうなる前に、自分から家を出たのだという。


 そしてこれまでに受けた教育を無駄にしないために、魔術学園に入って司書となる道を選んだのだそうだ。



「……そしてこの学園を卒業すれば、名誉騎士の称号がもらえます。

 それでもう一度ニャから始まる名前を持つことが、僕のもう一つの目標でもあります」



 もちろん素性がばれないように、その時は別の名を騙ることになるそうだ。

 本当の名前は戻らないけれど、それよりも大切な誇りを取り戻せる。

 それで十分だと、ニーオは語った。


 壮大な拍手が沸き起こった。

 ニーオが照れながら席に着く。



「さすが番長の一番舎弟のニーオさんだ」

「うんうん、兄貴の言葉ほどではないけど、元気をわけてもらっちゃった」

「そうだ、次は兄貴の番だ! 期待してるっスよ! 兄貴!」



 みんなが僕の言葉を待っている。

 だけど今の話の後で話すことなど何も無い。


 このクラスの本当のヒーローは、ニーオ、お前だよ。


 逆境にも負けず、立派な目標を持っている。

 そしてクラスのみんなを励ます明るさを兼ね備えている。


 そんなニーオになら、僕は喜んで番長の座を譲り渡すよ。


 しかしそんな僕の期待とは裏腹に、クラスは異様な盛り上がりを見せている。



「兄貴! 兄貴!」

「番長! 番長!」

「兄貴! 兄貴!」




 僕が立ち上がると、みんな固唾をのんで見守っている。


 今ならまだニーオの話が強く印象に残っているはずだ。

 だからそれを消さないように、僕は必要最低限のことだけを言うつもりだ。


「学籍番号二二二二二。

 ニャスター・ニャン・パラリーです」


 そしてそれだけで、僕はすぐに着席する。

 みんな不思議そうに僕を見ている。


「え? それだけなの?」

「どうして何ですか兄貴! もっと何か言ってくださいよ!」

「そうっスよ! これじゃまるでニーオさんの方が……。あ、いや、その……」


 そうだ、それでいい。

 これから僕は出来るだけ目立たなく行動して、ニーオの素晴らしさをみんなに分かってもらうのだ。



 だが折り悪く、そこで時間を告げる銅鑼が叩かれる。

 そしてその音が鳴り響く中、教頭先生が大声で僕らに告げる。



「まさか本当に名前と学籍番号だけしか言わない者がいるとは思わなかった。

 だが、おかげで時間ぴったり終わることができた。

 さすがはニャスターさんだ。こうなることが分かっていたから、簡潔に済ませたんだね。

 では次の時間は学園生活の基本的なルールを説明しよう。

 これから十分間、休憩だ。

 分からないことがあれば、ニャスターさんに何でも頼ると良い。

 彼は何でもできる。きっとみんなの力になってくれるだろう」



 僕の気を知ってか知らずか、教頭先生はやたらと僕を持ち上げた。


 そして上機嫌で教室を退出していった。

 するとすぐにクラスメイトたちが押し寄せてくる。



「さすが兄貴っスね! すべて計画通りですか?!」

「当たり前だろ! 失礼なことを言うな!」

「すごいっす! 一瞬意味が分からなかったっス!

 やっぱり番長は俺達の理解を超えてるっス!」

「この猫どうしたんですか! いったいどうやってたらしこんだんですか!」

「兄貴ほどの人物となると、猫も憧れて寄ってくるんですね! さすがっス!」



 どうやら教頭先生の誘導により、せっかくの作戦が水の泡となってしまったようだ。

 おのれ教頭先生め! いったい僕が何をしたというのだ!


 僕は再びオレンジ猫の白いお腹にダイブした。




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