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子猫転生  作者: ニャンコ先生
第ニャー部 下巻
35/57

偽りの劣等生編 その三

 翌朝。

 ニャルミに教室まで連れて行ってもらうと、入り口の辺りで少年が出迎えてくれた。



「あ、兄貴! おはようございます!」


「おはよう、ニーオ」



 クラス分けも成績順だ。

 本来なら二十五人ずつ八つに分かれるのだが、今年は特例で九クラス目が出来た。



「おはよう、ニーオくん。お兄ちゃんのことよろしくね。じゃあまた後で」


「了解っス! ニャルミさん! 行ってらっしゃいませ!」


「ありがとう、ニャルミ、また後でな」



 ニーオはいいやつだ。ニャルミの代わりに僕の面倒を見てくれるという。

 本当はニーオくんって呼びたいんだけど、呼び捨てにしてくれと言って聞かないのでそうしている。


 繰り返しになるけれど、ニーオが自発的にそう言っているんだ。

 まあ昨日のもてなしが効いたのかもしれないけど……。


 それにしても接触テレパスにあんな使い方があるとは思わなかった。

 ニーオのように信じ込みやすい人が相手なら、ものすごい効果があるんだな。


 ああ、誰かに話したい。誰も話せる相手がいない。悲しい。



「ささっ兄貴、こちらへどうぞ」



 ニーオの肩を借り、扉を開けて中に入る。みんな楽しそうに雑談している。

 僕とニャルミ以外は寮住まいだから、既に顔見知りなのかもしれない。


 僕も早くみんなと仲良くなりたいな。

 よく見るとなんとなく見覚えがあるぞ。入学式の時近くに座っていたからだな。


 そう思って席へ向かおうとすると、突如全員が雑談をやめて立ち上がり、僕に向かって会釈してきた。


「ちゃーっす」

「にゃーっす」

「みゃ、みゃーっす」


「お、おはよう」


 とりあえず挨拶を返したものの、状況が分からないのではこれからどうしたら良いのか分からない。

 そうやって僕が面食らっていると、何故かニーオが満足そうにウニャウニャとうなずいていた。


「兄貴! 僕が教育しときましたんで! こんな感じでよかったですか?」


「え、あ、その……」


 教育って何だよ! そう言い淀んで固まっていると、みんなが僕に詰め寄ってくる。


「オッス! ニャスターさん、はじめましてっス」

「俺達ニャスターさんのおかげで入学できたんスね。知らなかったっス!」

「こんな僕が合格したなんて今でも信じられないっス。

 それもこれもニャスターさんのおかげです!」


 どうやら昨日の噂に尾ひれがついて、クラス中に広まっているようだ。

 しかも半分合っているような違っているような微妙な話なので、否定しにくい。


「ええと、その、それは話の成り行きでそうなったというか……。

 きっかけは僕かもしれないけれど……、うーん」


「やっぱりそうなんですね! このクラスのみんな感謝してますよ!

 このクラスの全員、本来なら落第してたんですからね!」

「俺たち、ニャスターさんのためなら何でもできるっす」

「わ、わたしもニャスターくんのためになら何だってするよ」


 な……、何でも?

 男の子だけでなく、女の子にまでそう言われて僕の顔が緩む。


 それってひょっとして、ちょっぴりニャーンなお願いでも良いのかな?

 マ……、マタタビパーティとかしちゃってもいいのかな?


 だがすぐに気を取り直して、その甘い誘惑に打ち勝つ。

 こういうのって、その反応で人としての器を量られることになるんだよね。


「そう言ってくれるのは、とても嬉しい。

 だから早速一つだけ、みんなにお願いしたいことがある。

 それは、普通に接してほしいということだ。

 対等な関係でいよう。

 こういう変な雰囲気になるのは、僕の望んでいることじゃない。

 みんなで伸び伸びと学園生活を楽しもう」


 多分こんな感じでいいはずだ。それは僕の本心でもある。


 女の子たちの目が少しやわらかくなった。

 もう少し言葉を付け足してやるか。


「それから、これはきっちり否定しておくけれど、みんなが入学できたのは決して僕のお蔭なんかではないんだ。

 僕自身にそういう権力があるわけじゃない。

 ただ単に、みんなの努力が報われただけなんだ。だから誤解しないでくれ」


 しかし逆に、男の子達は困惑しているようだ。

 その様子を見て取って、ニーオがその儚げな声を精一杯振り絞る。


「さすが兄貴っス!

 だけどちょっと難しくてその意味が分からなかった子たちがいるみたいっス!

 だから、兄貴の言いたいことを代弁させてもらうっス!

 えー、つまり僕たち底辺組は、成績が悪いからといってそれに引け目を感じなくてもいいということです!

 こうして入学したからにはみんな同じ魔術学園生徒なのだから、もっと自信を持って対等に振る舞えとおっしゃっておられるわけです!

 みんな兄貴を信じて学園生活を楽しいものにしていこうっス!」


「なるほどにゃー、そういうことだったですね」

「さすがニャスターさんだ。言うことが違うなあ」

「わかりやした! 兄貴についていくっス!」


 誤解を解くせっかくのチャンスだったのだが、残念ながらニーオのせいで完全に曲解されてしまった。


 だけどみんな楽しそうだし、クラスの雰囲気が悪くなったわけでもない。


 うーん、このままでもいいか。

 せっかくクラスがまとまっているのに、その和を乱す必要はないからね。


 それに正直なところ、ここまでこじれてしまうと訂正するのが面倒くさい。

 少数ながら何人かは、僕が本当に言いたかったことを察してくれたみたいだ。

 だからそれでいいだろう。



 さて、座席は学籍番号順だと聞いている。


 通常は五席五列だが、このクラスは三人少ない。

 そういうわけで。僕は一番後ろ、窓際から二番目だ。

 だがそこに座ろうとすると、ニーオがそれを押し止める。


「違いますよ兄貴。窓際の番長席へどうぞ。

 こっちの通路に近い方は僕が座らせてもらいます。

 その方がお互い便利だと思うんすよ。小間使いはおまかせくださいっす」


「いや、でも……」


「大丈夫です! もう座席表は作り変えてあります。ほら!」


 ニーオがそう叫ぶと、誰かが教卓の方で何か紙切れを掲げた。

 どうやらあれが座席表とやららしい。


 ちらりとしか見ていないが、僕の席が派手に装飾されていたようなのは気のせいだよな?

 でかでかと番長と書かれていたような気がするが、見間違えだよな。そう思いたい。


「じゃ、じゃあせっかくだし……、それで」


「やったぁ! これで番長だ!」

「もうこれで怖いものはないっス!」

「俺達には番長がついてるにゃ!」


 今、番長って言ったね!? やっぱり見間違えじゃなかったんだね!


 もういいよ。僕が悪者になればそれで丸く収まるんだ。

 細かいことに気を使うのは、エネルギーの無駄だ。

 どうか担任の先生も、こういったことを笑って見逃してくれるような度量のある人でありますように。



 ニーオに助けられて座席についたそのすぐ後、時間を告げる銅鑼の音が鳴り響いた。

 みんなはもう少し騒ぎたがったようだが、それぞれの席へと戻っていく。


 そしてその銅鑼の余韻がまだ残っているうちに、教室の前の扉が開き先生が入ってきた。

 時間に厳しい先生なのだろうか、そう思ってその顔を伺うとどうも見覚えがある。


 立派に蓄えられた髭と、鍛え上げられた身体。

 知性を感じさせる眼鏡に、引き締まった顔つき。


 試験の日に会ったきりだが、僕はすぐに思い出す。

 そうだ。教頭先生だ。


 あれ、そういう役職付きの先生って、普通は担任にはならないんじゃないのかな。

 世界が違えば慣例も違うということだろうか。


 教頭先生は教卓に構え、一人一人顔を見ながら全員が来ているのを確認する。

 僕と目が合うと一瞬たじろぎ、さらに座席表を見て顔を歪めたが、すぐに何事も無かったかのようにその作業を続けた。


「おはよう。今日から君達の担任になるトヨキーだ。

 知っている者もいるだろうが、この学園の教頭を務めている。

 それゆえ本来は担任という職務には就かないのだが、今年度は事情があってこういうことになった」


 教頭先生はそう言ってちらりと僕を見る。

 そして何かあきらめたように溜め息をつくと、話を続けた。


「事情と言っても隠しておくような話でもない。

 要するに先生の数が足らなかったのだ。

 そしてこう言っては何だが、君達を合格させるべきだと最初に発言したのは私だ。

 だからその言動の責任を取っただけなのだ。

 もちろん私はその言葉通り、君達に期待している。

 一年間仲良くやっていこう」


 ああ、そういえばそんなこと言ってたな。

 僕の代わりに落ちる人がかわいそうだとか何とか。

 その言質を取られて担任を押し付けられたのか。かわいそうに。


 だがそんな僕の同情とは裏腹に、教室がざわめき出す。


 それも当たり前だ。

 ついさっきまで僕のおかげで入学できたみたいな話になっていたのだから。


 突然ニーオが立ち上がって、そのか細い声を張り上げる。


「先生、一つ質問があります。

 僕らが繰上げ入学になったのは、ここにいる兄貴、いや、ニャスターさんのお蔭だと聞いています。

 それは……、えっ、あっ」


 ニーオにこれ以上喋られては、収まる話も収まらなくなる。

 僕はニーオの裾を引っ張って座らせ、代わりに立ち上がる。


 束の間の天下だったが、自分から望んだことではなかった。

 むしろ番長とかいう肩書きは背負いたくない類のものだ。


 だから、ここでみんなの誤解を正そう。

 おそらくこれが最後のチャンスだ。


 僕は少し間を置き、みんなの注目を集めてからゆっくりと語り掛ける。



「何か誤解があるようだから、ここでもう一度訂正しておきます。

 今年度、合格者が増えることになったことの発端は、確かに僕だったかもしれません。

 だがそれは単なるきっかけでしかありませんでした。

 学園長先生がおっしゃっていたように、みんなが優秀であったことが直接の原因です。

 そして僕らが入学できるように働きかけてくださったのは、ここにいる教頭先生なのです。

 だからみんなが感謝すべき相手は僕ではく、先生なのです」


 しーんと静まり返る教室。

 僕はそっと座席につく。


 みんなは僕と先生を交互に見ている。

 その猫耳がしょんぼりとうなだれている。

 猫耳のない子も、がっかりとした表情を浮かべている。


 幻滅させてすまないが、これで良かったのだ。

 僕は図書館に通いながら時々猫と遊ぶような、そんな平和な学園生活が望みなのだ。



 さあ、先生。もう一度きっぱり否定しておくれ。

 そうすればこの騒動も落ち着くだろう。

 僕はそういう願いを込めて教頭先生を見つめた。



 その教頭先生は何か考え込むように口元に手を置いていたが、すぐにまた話を始めた。


「あー、言い方が悪かった。英雄はそこにいるニャスターさんだ。

 彼がいなければ、多分このクラスはなかっただろう。

 もちろん確かに彼の言うように、君達を受け入れるために多大な労力が費やされたのは間違いない。

 だがそれは私一人がやったことではない。教職員みんなが頑張ってくれたお蔭なのだ。

 そしてそもそも、それもこれもニャスターさんが居なければ成り得なかったことなのだ。

 もう一度言う、今回のこの件に関しては、ニャスターさんがヒーローだ」


 あれ、おかしい。何故そんなことを言うのかな、先生……。

 変に空気読まないでよ!

 再びみんなの目がキラキラと輝き出してしまったではないか!


「なんだ、やっぱりそうなのか」

「ニャスターさんもトヨキー先生もどっちも英雄だにゃ。

 そういうことでいいにゃ。良いクラスに入れて幸せだにゃ」

「なんかよく分かんないけど美しい譲り合いにゃ」


 譲り合い。傍目からは確かにそう見えたかもしれない。

 だがクラスメイトの何人かは、もっと別の視点からこの茶番を解釈したようだ。


 そう。これは教頭先生がこの僕に屈服した紛れもない事実なのだと……。


 それは面接で教頭先生と僕が揉めていた話などと絡まって、新たな噂を作り出していく。

 その噂が僕の耳に入るのはもう少し後のことだった。

 だが、この時点での僕にはそれを知る由もない




「さて、これからみんなに自己紹介をしてもらった後に、委員長を決める予定になっている。

 だけど委員長はニャスターさんで決まりかな。みんなもそれでいいよな?」


「委員長! 委員長!」

「兄貴! 兄貴!」

「番長! 番長!」


「では満場一致ということで」


 満場一致じゃないよ! 僕の意見がそこに含まれていないよ!

 だけどみんなが楽しそうに連呼しているのを見ていたら、僕はもう反論する気力を失ってしまった。



 そしてこれが、ニャンコ番長伝説の幕開けだった。




文章寝かせたりないかもですが、2のつく日のうちに

次こそちょっと遅れるかもしれませんニャー


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